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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード5 このすばらしき勇者生活に終わりを
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20 おとぎ話の魔女vs大司教① おいしいお茶をどうぞ

 大司教が待ち望んだ朝が来た。

 テレサの家を出たフォベリオは、護衛の騎士6人を引き連れて森の中へと入っていく。


 鬱蒼とした森は、日が登った時間だというのに薄暗い。

 幾重にも重なった枝葉が、太陽の光を遮っており、そのせいで湿度も高く、じめじめとしている。


 テレサから聞き出した魔女が住む家に通じる道は、細く、張り出した雑草に隠れて、ともすれば見失いそうになる。

 先頭の騎士が手にした剣で、張り出す枝木、雑草、蔓や蔦を斬り倒しながら道を確保し、前へ進む。そのため行進速度はえらく遅くなり、疲労も重なってくる。

 「隊長、一旦休憩しましょう。」

 フォベリオが提案すると、隊長と呼ばれた騎士は全員に休憩を指示した。

 

 皆がその場で、水を飲んだり、汗を拭いだりとそれぞれの行動をとるなか、フォベリオは上を見上げて考え込んでいた。

 「どうされました?」

 付き人がそばに寄り、フォベリオに尋ねる。

 「いや、こうも樹木が鬱蒼としていると、自分たちがいまどのあたりにいるのか判りにくいなと思ってな。」

 「そうですね。同じような風景に感覚がおかしくなりそうです。」

 付き人も周りを見廻して、不安そうに語る。

 「どれ、一度、われわれがどこにいるか、確認しよう。」

 そう言うとフォベリオは左の手の平を広げ、詠唱を唱えた。

 「ボラ・アポストル(天翔ける使徒)」

 するとフォベリオの手の上に光が集まり出し、それが鳥の形となって空へ飛び立っていった。

 

 木々の間から上空に飛び上がった光の鳥の目がフォベリオの視覚と繋がる。

 上空高く飛び上がった光の鳥は、その場を旋回しながら現在の情景をフォベリオへ伝えた。

 「テレサの家からあまり進んでいないようですね。おや?」

 フォベリオの視界にひときわ大きい木が映る。

 「ほほぉ、あれが目的地のようですね。」

 フォベリオは自分の視覚に映し出された目標を頭に刻みつけると、隊長に向かって前進の命を下す。

 騎士たちは命ずるまま森を進み始めた。


 先ほどと同じ繰り返しで進む一団は、しかし、フォベリオのおかげで確実に目標へ向かいつつあった。

 それを苦々しく見る一匹の黒猫。

 「簡単に辿り着けると思うなよ。」

 そう言い残して、黒猫は森の中に消える。


 なんの障害もなく行軍は順調に進んでいたが、いよいよ森も深くなり、昼近いというのに夕暮れのような薄暗さが周りに落ちている。

 それとともにいつの間にか霧のようなものが一団を覆っていた。

 「霧で前が見えません。」

 付き人が不安そうに呟く。

 フォベリオは霧の彼方を見通そうとするかのように見つめたが、何も見えない。

 そのとき、フォベリオと光の鳥の繋がりが途切れた。

 「む?どういうことだ?」

 繋がりが切れたということは、光の鳥が打ち消されたか、繋がりが遮断されたか。フォベリオの中に警戒心が高まる。

 「なにか見えます。」

 先頭の騎士が叫ぶ。

 

 その叫びにフォベリオのはじめとする一同が注目した。

 見れば、霧の中に黒く、巨大なものが蠢いている。

 「なんだ、あれは?」

 騎士の一人が叫びながら抜刀する。それに続いて他の騎士も抜刀した。

 やがて、蠢くもの形が定まり、皆の前にその正体を現す。


 三つの頭を持った地獄の番犬(ケルベロス)だ。


 「ケ・ケルベロスだ!」

 「なぜ、こんなところに!?」

 一同に動揺が走る。

 「狼狽えるな!陣形を整えて備えよ。」

 隊長が皆を叱咤する。

 その号令に皆が剣先をケルベロスに向けた。


 そこへ三つの口から恐ろしい咆哮が放たれる。


 全員の体が震える。


 しかし、誰一人として逃げる者はいない。


 先頭の二人が勇敢に斬りかかった。

 刃がケルベロスの足に届こうという寸前、ケルベロスの姿が掻き消える。


 「!?」

 

 するといつの間にか後ろにケルベロスが姿を現し、口から炎を吐いた。

 それを避けようと皆が左右に散る。

 「うおおお──!」

 隊長が踵を返すと同時に、地面を蹴り、ケルベロスに向かって飛び上がる。

 上段からケルベロスの頸めがけて、ロングソードを振り下ろした。

 すると、再びその姿が掻き消えた。


 そして、別な場所に現れ、口から再び火を吐く。


 その光景を見て、フォベリオが疑問に思った。

 (なぜ、巨大な足を使ってわれわれを襲わない?)

 その疑問の対する仮説がフォベリオの頭に浮かんだ。


 「隊長、全員であの怪物へホリネス・チェーン(聖なる鎖縛)を放ってみよ。」

 「了解しました。総員、詠唱を唱えろ。」

 騎士全員が詠唱を始めた。


 「「「「「「ホリネス・チェーン(聖なる鎖縛)」」」」」」」

 

 6人の騎士から金色に輝く鎖がケルベロスに向かって射出される。

 そのままなら6本の鎖はケルベロスに絡まるはずだった。

 しかし、鎖はケルベロスの身体に巻き付かず、そのまま突き抜けてしまった。


 「なにっ!?」

 隊長を始め、騎士全員が驚きの声をあげる。その中でフォベリオだけが確信の笑みを浮かべた。

 「やはりな。」

 「どういうことでしょう?」

 付き人が素直な疑問を投げかけた。

 「あの怪物は幻影だということだ。」

 「幻影?しかし、あの炎は本物でしたよ。」

 「確かに炎は本物だ。しかし、三つある頭の一つからしか炎が出ないのはおかしいと思わないか?それになぜ、あの巨体を使って我々を押しつぶさない。」

 フォベリオの疑問に付き人は思い当たり、その言葉に納得する。

 「では、あれは…」

 付き人がいまだこちらを睨むケルベロスに視線を送る。

 「隊長、全員こちらに集まり、防御態勢をとれ。」

 フォベリオの命令に騎士たちは彼の周りに集まり、剣を構えて防御態勢を取った。

 「よし、いま化けの皮を剥がしてやる。」


 フォベリオが精神を集中し始めた。

 それを阻止せんとケルベロスが炎を吐く。

 「イージス(神の盾)」

 騎士の前に光の壁が現れ、炎を遮る。


 「ディオサ・ルス(女神の祝光)」


 フォベリオの両手からまばゆいばかりの光が迸り、それがフォベリオたちの周りを隅々まで照らし出した。


 一瞬、森全体が白色に包まれる。


 輝きが収まり、森の姿が見え始めると、先程のケルベロスや霧が跡形もなく消え去っていた。

 

 「やはり、幻影だったか。」

 フォベリオがポツンと言うと、夢見たように呆然としていた騎士たちが我に帰り、辺りを捜索しはじめた。

 「なんの痕跡もないですね。」

 「逃げたようだな。」

 隊長の報告に納得顔のフォベリオは前進の命を下した。


 そのフォベリオの一団から逃げるように森をかける一匹の黒猫がいた。

 やがて、黒猫は目的の場所に着いたのか、立ち止まると盛んに鳴き声を上がる。

 その先には大木にはめ込まれたような家があり、その玄関から白黒のゴシック調の衣服に白のエプロン姿のプリムラが出てきた。

 プリムラの姿を見ると、黒猫の身体が黒い靄のようなものに覆われ始め、やがて女性の姿に変身した。

 その顔は昨日、テレサの家を訪れた、メルダと名乗った女性である。ただ、違うのは裸体であるということだ。

 「プリムラ様、すみません。足止めできませんでした。」

 メルダが深々と頭を下げた。

 「ご苦労様、おまえは家の中に入って、着替えなさい。」

 「しかし…」

 心配そうなメルダにプリムラは笑いかける。

 「大丈夫。私に任せなさい。」

 その言葉に従って、メルダは家の中に入っていった。

 

 一人残ったプリムラは、来客をもてなす準備を始める。

 「楽しいお茶会になるかしら。」


 森の中を前進し続けたフォベリオの一団は、ようやく開けたところに出た。

 広場のように開けたその場所は、芝生のような雑草ときれいな花々が咲いており、畑とみられるところもある。

 なにより巨大な木がそびえており、その根元には一軒の家が埋め込まれているように建っていた。

 そして、その家の前にプリムラがひとり、かわいい笑顔を見せて立っている。

 「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。」

 プリムラはフォベリオたちを歓迎するように丁寧なお辞儀をする。

 それを見て、一同は警戒心を露わにした。


 人里離れた所に女性がひとり、しかもそばには白いテーブルとイス、その上にはアフタヌーンティーセットが乗っているのだ。

 あまりの場違いに警戒心を持つのも当然である。


 「お茶など用意いたしましたので、さ、どうぞ。」

 プリムラはイスのひとつを指し示す。

 それに応じて、フォベリオが一歩前に歩み出た。

 「大司教様」

 騎士たちが心配顔で呼び止めるが、それを無視してフォベリオはプリムラのそばまで近寄った。

 「遠慮なく掛けさせてもらおう。」

 フォベリオはそばの椅子を引くと、そこへ座った。


 プリムラがポットを取り上げ、ティーカップにお茶を注ぐ。そのあと、そのカップを静かにフォベリオの前に置いた。

 紅茶の良い香りが漂ってくる。

 フォベリオはそのカップを取り上げた。すると、後ろに控えていた付き人が急いで駆け付け、フォベリオに飲むのをやめさせようとする。

 「大司教、毒が入っているかもしれません。私が毒見をいたします。」

 「あら、毒なんてそんな無粋な調味料は入れておりませんよ。」

 「大丈夫だ。ラルゴ。」

 ラルゴと呼んだ付き人を手で制し、フォベリオはお茶を一口飲む。

 心配げに見守るラルゴの前で、フォベリオは頬を緩め、感嘆の息を吐く。

 「うむ、おいしいお茶だ。おまえも座って相伴にあずかれ。」

 「ありがとうございます。さあ、そちらの方もお座りになって、いっしょにお茶を召し上がってください。」

 プリムラに勧められ、ラルゴもフォベリオの隣に座った。騎士たちは少し離れた所で立ったままだ。


 「あなたもご一緒にどうぞ。」

 フォベリオに促され、プリムラもその向かい側に座った。


 不思議な茶会が始まった。


 「改めて自己紹介をしよう。エーネルハイム王国の大司教、フォベリオと申す。」

 フォベリオが頭を下げると、プリムラはイスから立ち上がり、

 「申し遅れました。プリムラと申します。」

 優雅に挨拶すると、あらためてイスに座り直した。


 「ところで、プリムラ殿がおとぎ話の魔女か?」

 フォベリオが唐突に尋ねた。

 「あら、巷ではそんな風に呼ばれているのですか?」

 プリムラは微笑みを讃えながら尋ね返した。

 「王国にもあなたの話は伝わっている。国を滅ぼした魔女として。」

 フォベリオはその鋭い視線をまっすぐにプリムラに向けるが、プリムラはその視線を意に介せず、ただ微笑みを浮かべるだけだ。

 「私は単なる料理人です。それ以上でもそれ以下でもありません。」

 柔らかく反論するプリムラに、フォベリオが威圧的な笑みを見せる。


 「単なる料理人が国を滅ぼしますか?」

 「おとぎ話でしょう。それは。」

 プリムラの表情になんの揺らぎも見えない。すまし顔でお茶を飲んでいるだけだ。

 「おとぎ話でも危険と思われる存在は見逃すことはできないのですよ。この国の平穏を願う者としては。」

 「あら、証拠も証言もないのに罪人扱いですか?」

 フォベリオの有無を言わせぬ物言いに、プリムラも冷静に返す。

 「ここに来る途中、われわれを襲った魔物がいた。」

 「それが私のせいだと?」

 プリムラの目が威圧的に光る。

 「それにテレサと言う老婆からあなたが魔女だということも聞き出している。」

 その言葉にプリムラの眉が上がる。

 「その者が証人だというのですか?」

 「そういうことだ。ともかく、王都までご同道願おう。」

 フォベリオが立ち上がると、騎士たちが一斉にプリムラの周りを取り囲む。


 「強引ですね。」

 一色触発の状況においてもプリムラは何事もないようにお茶を飲んでいる。

 「立ってもらおうか?」

 隊長が少し緊張した面持ちでプリムラに命令した。しかし、プリムラはそれに従わない。

 「ご同道したいのはやまやまですが、私はここである人を待たなければなりません。ここを動くわけにはいかないのですよ。」

 困ったような笑顔をフォベリオに向けて、プリムラは立ち上がろうとしない。

 「大司教様のご命令です。無理にでも連れていきます。」

 そう言うと隊長は、部下に目で合図した。

 その合図に頷いた部下は、プリムラを両脇から抱え上げようとした。その拍子にテーブルがひっくり返り、ティーセットが地面に落ちて割れる。

 「あら、せっかくのお茶が、もったいない。」

 零れたお茶を見て眉間に皺を寄せたプリムラは、騎士の手を無造作に外し、割れたティーセットを拾い上げる。簡単に掴んだ手を外された騎士たちは、お互いに顔を見合わせ、続いて怒りを面に出した。

 「抵抗するか。このデブ女。」

 その言葉にプリムラのこめかみがピクリと動く。

 

 再び捕まえようとした騎士二人の手をすり抜けると、プリムラは割れたティーカップを騎士たちに投げつけた。

 「なにをする!?」

 投げられたティーカップを払い除けた騎士は、剣に手をかけ、身構える。

 その目の先には、先程とは違う殺気に満ちたプリムラが立っていた。

 「いま、なんと言った?」


 その殺気に警戒したフォベリオが騎士全員に命じた。

 「拘束しなさい。」

 その命令に応じて、騎士全員が詠唱を唱えた。


 「「「「「「ホリネス・チェーン(聖なる鎖縛)」」」」」」」


 隊長をはじめとした騎士6人の手から黄金に輝く鎖が射出され、それがプリムラに幾重に絡まり、縛り上げた。

 「おとなしくしろ。デブ魔女。」

 黄金の鎖で身動きできなくなったと見た騎士から罵りの言葉が投げかけられる。

 その言葉にプリムラのこめかみがまたピクリと動いた。

 「二度も……… 死にたいようね。」

 プリムラの口から死の宣言が漏れる。


 殺気が更に増す。


 フォベリオを含め全員が総毛立つ。


 「ダークランス(闇の魔槍)」


 騎士たち全員の影が揺れると同時に黒い槍が影から突き出した。しかし、騎士たち全員の身体を光の壁が覆い、黒い槍の鋭い切っ先は騎士たちに届く前に粉々に散っていった。

 「残念でしたな。魔女殿。こんなこともあろうかと、皆にバレナ・ディヴィナ(聖なる結界)をかけておいたのですよ。」


 「なるほど。準備万端というわけですね。」

 プリムラの口元が吊り上がる。

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