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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード5 このすばらしき勇者生活に終わりを
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19 大司教、おとぎ話の魔女に挨拶に行く

 家の外からテレサを呼ぶ声がする。

 テレサやフォベリオ、お付きに騎士の皆に緊張が走る。


 「テレサ、いないのかい?」

 再度、テレサを呼ぶ声。フォベリオは他の二人にテレサの拘束を命じ、自身が玄関先に赴いた。

 ドアを開けると、眼の前にいたのはカミさん風の女性である。粗末な野良着姿だが見た目は可愛く、黒髪の魅力的な女性だ。

 手にはバスケットを下げている。


 「あんた、だれだい?」

 女がフォベリオに尋ねる。

 「私はエーネハイム王国の大司教でフォベリオと申します。」

 「大司教?」

 にこやかに語るフォベリオに対し、女は訝しげな顔をする。

 「よろしければお名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 「メルダよ。」

 メルダはぶっきらぼうに答えた。

 「テレサさんのお友達ですか?」

 「別に友達ってほどのものじゃあないけど、テレサはいないのかい?」

 「ええ、テレサさんにこの地方の言い伝えなどを聞きにまいりましたが、あいにく留守のようです。」

 「そうかい。せっかく、野苺のパイを持って来たのに。」

 残念そうな口調でメルダは自分の持ってきたバスケットを撫でる。

 フォベリオの意識の内に猜疑が浮かぶが、それは面には出さない。

 「メルダさんは、村にお住まいで?」

 「ああ、ときどき寄らせてもらっているんだ。」

 その答えにフォベリオの目が光った。

 

 「ほお、私も昨日から村にお世話になっておりましたが、メルダさんをお見掛けしませんでしたね。」

 その言葉にメルダの顔色が変わる。

 「ずっと家にいたからね。会わなかったんだろう。」

 「村長は村人全員を呼び出したと言っておりましたが……」

 フォベリオが怪しい笑みを浮かべる。


 メルダに警戒心が表れる。


 「そうかい、あたしはのけ者だったんだろうよ。」

 メルダが顔を背けると、その態度にフォベリオの疑惑はますます募る。

 「どうです?ちょっとお話しませんか?」

 「悪いね。あたしも忙しいんだ。テレサもいないし、これで失礼するよ。」

 メルダはその場から去ろうとしたが、フォベリオの手がメルダの腕を取り、それを妨げた。

 「なにするんだい!」

 メルダはフォベリオの手を払い除けようとするが、思ったよりフォベリオの握力が強く、容易に離れない。


 「中でゆっくりお話ししましょう。テレサもいることですし。」

 「さっき、いないって言ってたじゃあないか。」

 「すみません。私の勘違いだったようです。」

 フォベリオの目が怪しく光る。それを見て、メルダの顔が険しくなった。


 そのとき家の中ではテレサが二人に抑えつけられて身動きできない状態だった。特に付き人はテレサの口を押え、叫べないようにしている。

 (メルダが来ているのか?)

 表でのやり取りを聞いたテレサは、なんとかこの束縛を逃れようと藻掻いた。しかし、二人の力は強い。

 (くそっ、離しやがれ。)

 テレサが自分の口を塞いでいる付き人の手をおもいっきり噛んだ。

 「いっつ!」

 あまりの痛さに付き人の手が離れた。その機を逃さずテレサが大声で叫ぶ。

 「メルダ、逃げろ!」

 

 その声にメルダとフォベリオが反応した。

 気が逸れたフォベリオに向けて、メルダが持っていたバスケットを顔に投げつける。

 それがまともに当たり、フォベリオの手がメルダから離れた。

 その隙にメルダは脱兎のごとく駆け出す。

 「逃がすな!」

 フォベリオの合図で家を囲んでいる雑木林の中から騎士がバラバラと駆け出してきた。

 総勢6名ほど。

 それがあっという間にメルダを取り囲んだ。


 「おばさん相手に物々しいわね。」

 焦りを感じながらも強気で言う。しかし、そんな声も聞こえぬ風に騎士たちは包囲を縮めてくる。


 「メルダさん、あまり手荒な真似はしたくない。おとなしくしてください。」

 「こんな取り囲んどいて、手荒もなにもあったもんじゃないわ。」

 メルダは周りを見廻しながら身構えた。

 「私はただお話を聞きたいだけなんですよ。」

 「なんの話だい?」

 「森の魔女の話ですよ。」

 フォベリオの目が惨忍な彩りに染まる。

 「知らないよ!」

 メルダの叫びと同時に足元から黒い煙が噴き出した。


 「なんだ!?」

 辺りが煙で真っ暗になる。

 「下手に動くな。」

 フォベリオの指示が騎士たちの動きを止める。しかし、警戒は解かない。


 衣擦れの音が鳴るが、それ以外、何も起きない。

 やがて、煙が晴れ、視界が開けると、その場にいたはずのメルダの姿がない。

 「どこへ行った?」

 地面にはメルダが来ていたと思われる野良着が落ちていた。

 フォベリオがそれを拾い上げると、周りを見渡す。

 「逃げたか?」

 「追いますか?」

 騎士のひとりが聞いてきたが、フォベリオは首を横に振る。

 「多分、森に逃げたのでしょう。地理に不案内な私たちでは追っても迷うだけです。」

 「では、どうなさります?」

 「話が聞ける者がまだ一人残っています。」

 そう言いながらフォベリオが家の方に目を向けた。


 その様子を木の上から見つめる黒猫がいた。


 遠い地でそんなことが起きているとは知らないおれたちは、ローデシャルに別れを告げて、プリムラのいると思われる大陸の南部に出かけようとしていた。

 「さて、どうやってプリムラのところに行くかだな。」

 「どうやってて、馬車か歩きしかないでしょ。」

 シャーリーはなにを当然なことをという風に聞き返す。

 「馬車とか言ったって、すぐには調達できないだろう。」

 「私の浮遊魔法(フロート)では、あんたたちを運べないよ。」

 「シャーリーの転送魔法(トランスポーター)は?」

 気軽に尋ねたおれの顔をシャーリーは目を見開いて睨みつけた。

 「気軽に言うな。あの魔法は地点設定をきちんとしないと大変なことになるんだ。それにスクロールは使い切ってもうないんだよ。あらためて作るにしても時間がかかる。」

 「そうか。」

 シャーリーの話を聞いて、おれは考え込んだ。


 「ともかく、麓に降りて馬車を手配することを考えた方がいいだろう。」

 思案するおれを無視してシャーリーが麓に向かって歩き出そうとしたとき、おれはそれを呼び止めた。

 「シャーリー、プリムラのいる場所はわかっているんだろ。」

 「場所がわからなきゃ案内できないだろう。」

 当たり前のことを聞くなという顔をするシャーリーに、おれは笑いかけた。

 「その場所を教えてくれ。」

 「口で言ってわかるのか?」

 シャーリーはおれの言わんとすることが理解できていない。

 「イメージしてくれればおれの方でなんとかする。」

 「えっ、イメージ?」

 「そう、その場所を思い浮かべてくれ。」

 そう言いながらおれはシャーリーの額におれの額をくっつけようとした。


 いきなりの行動に、シャーリーは驚き、身を引く。


 「なにをするんだ?」

 「額をくっつけて、シャーリーのイメージを取り込むんだ。」

 「えっ?なにそれ、気持ち悪いんだけど。」

 あからさまに嫌な顔をするシャーリーをアウローラが後ろから抑えつけた。

 「ご主人様の言うとおりにしろ。」

 有無を言わさぬ圧力にシャーリーは身をすくめた。

 「大丈夫、痛くないから。」

 笑顔で近づくおれに、シャーリーが顔を背ける。

 「顔を背けたらくっつけられないだろう。」

 「ご主人様に額を着けられるんだ。ありがたいと思え。」

 

 いや、それは違うと思うから。


 シャーリーもあきらめたのか、おれの方に顔を向け、目を瞑った。

 その額にそっとおれの額を着ける。

 「シャーリー、プリムラのいるところをイメージしてくれ。」

 その言葉に意を決してシャーリーはその場所をイメージする。


 おれの脳裏にシャーリーのイメージした地形、場所、光景が流れ込んでくる。


 「よし、終わり。」

 おれは額を離し、中空に作業画面(ディスプレイ)を出す。シャーリーは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 画面上にはこの大陸の地図が表示されている。そこにシャーリーから取り込んだイメージを重ね、地図とリンクさせる。

 イメージと地図が交錯し、ひとつの地点を表示する。

 「ここか?」

 画面を拡大して、地形を確認する。どうやら森の中らしい。

 「いきなり森の中ってのもなんだな。近くに村とかないのか?」

 辺りを移動しながら探していると、村らしきものが表示された。

 「ここにするか。」

 移動地点を決定すると、おれはアウローラとシャーリーを呼んだ。

 

 「行く先は決まった。おれに掴まれ。」

 そう言うとまっさきにアウローラがおれに抱きついてきた。

 シャーリーはおずおずと近づいてくる。

 「大丈夫なのか?」

 疑わしい目でおれを見る。

 「大丈夫だから掴まれ。」

 おれが手を差し出すが、躊躇して手を握ろうとしない。

 「ご主人様、こんなやつほっておいて私たちだけで行きましょう。」

 「ちょっと置いてかないでよ。」

 シャーリーが慌てておれの手を握り、おれの身体に抱きついてきた。

 「よし、行くぞ。」


 二人を抱いたままおれの身体がふわりと浮き上がる。

 「移送(トランスファ)

 おれたちの身体が空に向かって上昇していく。

 そのスピードは徐々に上がっていき、やがて目にも止まらぬ速さで空中を飛翔していった。

 「きゃあああ───‼」

 シャーリーの悲鳴だけを空中に残して。


 場面は変わって、ここは王都にある王城。その天守の塔。

 そのベランダに設えたテーブルとイス。それに悠然と座り、ワイン片手に王都の破壊された光景を眺めているのはショーマ王だ。その向かいのイスに座り、同じようにワインを飲んでいるのはユーリッド。そして、ベランダの入り口に漫然と立っているのはアーロンである。

 「ひどいものだな。」

 ショーマ王の口から言葉が零れる。

 「あの黒竜相手に王都が全滅しなかっただけでも儲けもんだわ。」

 ショーマ王の言葉にユーリッドは軽く返す。

 「ふん、変な邪魔が入らなけりゃ、黒竜は倒していたんだ。」

 入り口そばに立っているアーロンは、不機嫌そうに言い放つ。

 「変な邪魔か…、確かに見知らぬ者だったな。」

 「何者なのかしらね。」

 ユーリッドは、この前の出来事を推測しながらワインに再度口をつける。それをそばで見ているアーロンは、苛立ちを爆発させた。

 「陛下、おれに任せてくれ!今度会ったらあいつを八つ裂きにしてやる。」

 「勇ましいな。」

 ショーマ王は無機質な返答をする。

 彼の脳裏にあるのは、突然割り込んできた女の正体だ。

 (なぜ、あの場に現れたのだ。そして、あの竜を助けた。つまり、竜を操っていたやつの仲間ということか?)

 いまのこの状況では情報が少なすぎてなにもわからない。

 

 「ユーリッド、おまえの配下を使ってあの女を探し出せるか?」

 突然、話を振られ、ユーリッドは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐにその意味を理解し、笑みを浮かべた。

 「私の配下ね。陛下のお望みとあれば。」

 「よし、すぐに動かしてくれ。私のほうでも各地方官に触れを出して女を探す。」

 「見つけたらすぐにおれに知らせろよ。おれの手で切り刻んでやる。」

 アーロンが握りこぶしを見せながらユーリッドに頼んだ。それに対してユーリッドは軽く頷く。

 「教えてあげるから、いまは大人しくしてなさいね。」

 子供をあやすような口調に、アーロンは殺気を迸らせる。

 「アーロン、いまは自重しろよ。」

 ショーマ王に釘を刺され、アーロンは殺気を収めた。


 「ところでフォベリオはどうしているのかしら。」

 「確か魔女を探しに行くと言ってなかったっけ。」

 アーロンは関心なさげに答えながら、ユーリッドの前にあるワインの瓶を取り上げ、ラッパ飲みする。

 「そうだったわね。」

 ユーリッドも関心なさげに返答する。

 それを見て、ショーマ王は苦笑を浮かべるが、いまは王都に現れた女のことで頭が一杯であり、探索に出掛けたフォベリオに思いは及ばなかった。


 王都で自分の話題が出ていることなど知る由もないフォベリオは、例のテレサの家で明日の予定を話し合っていた。

 フォベリオの目の前にはテレサが椅子に縛られた格好で、俯いている。

 その口からはよだれが垂れており、目の焦点はあっていない。

 「だいたいの居場所はわかったな。」

 「はい、これ以上はこの者から聞き出すのは無理でしょう。」

 「ふむ、予定の数量を超えて飲ませたからな。仕方がないだろう。」

 フォベリオと会話を交わした付き人は、テレサの足元に転がるいくつかの小瓶に目をやった。

 

 いわゆる自白剤というやつだ。

 それをテレサに無理やり飲ませ、魔女の居場所を聞き出したわけだ。


 「明日の朝には、魔女のところへ向かう。皆の者に準備を怠るなと伝えなさい。」

 フォベリオが傍らに立つ騎士に命じると、騎士は軽く頷いたあと部屋から出ていった。

 「大丈夫でしょうか?」

 「うん?なにがだ。」

 フォベリオが付き人の問いに軽く頭を傾ける。

 「いえ、相手が伝説の魔女だとしたらどのようなことが起こるかと。」

 付き人が不安そうに語ると、フォベリオは軽く笑う。

 「安心しなさい。どんな魔女であろうと、女神の加護を受けた私の前では無力です。」

 自信満々に語るフォベリオを見て、付き人は安心したような笑顔を向ける。

 「申し訳ありません。いらぬことを申しまして。」

 頭を下げる付き人に、フォベリオは手で制した。

 「かまいません。すべては明日です。」


 そう会話している外では日が暮れ、天空には三日月が登っている。

 その月明かりの下、屋根の上に佇んでいた黒猫が屋根から飛び降りると、一目散に森の中を駆けていった。


 森林地帯の奥のさらに奥、ひときわ目立つ大木がある。

 その根元には一軒の家が、まるで木の中にはまり込んだような格好で建っていた。

 さきほどの黒猫がその家の前まで駆けてくる。


 玄関の前まで駆け寄ってきた黒猫は、その扉を両足で掻いた。

 その音に呼応するように扉が開く。

 黒猫がその扉の隙間から中に入っていった。


 中は、天井にぶら下がったランプからくる暖色の灯りで、隅々まで照らし出されている。

 整然と整理された室内は、来る者の心を落ち着かせるようだ。

 その中央のテーブルの前に、女性が書物片手に、椅子に腰かけている。

 白黒のゴシック調の衣服に白いエプロン、豊満な姿形ながら魅力的な美人だ。

 その女性に入ってきた黒猫が話しかけてきた。


 「プリムラ様、大司教と名乗る者がここに明日来るようです。」

 「そう、じゃあ、きちんともてなしをしないとね。」

 プリムラは可愛らしい笑みを浮かべて、書物を閉じた。 

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