18 からっぽやみ魔王 おとぎ話の魔女に会いに行く
シャーリーの何気ない答えにおれは目をむく。
「シャーリーはおとぎ話の魔女を知っているのか?」
おれはシャーリーの両肩を掴んで揺さぶりながら問い質した。
「いたい、いたい、離してよ。」
「あ、すまない。」
思わず興奮してしまったことを謝罪し、両手をシャーリーから離した。
「痛いな。まったく、何なんなのよ。」
シャーリーの恨みがましい視線を浴びながら改めて問い直した。
「本当にすまない。おれたちはおとぎ話の魔女を探しているんだ。シャーリーは彼女がどこにいるか知っているのか?」
「ああ、知っているよ。」
シャーリーの瞳に狡猾な光が宿り始める。
「知っているなら教えてくれないか?」
「ただでは教えられないわね。」
シャーリーが顔を背け、意地悪そうな笑みを浮かべる。
それを見て、アウローラが怒りを露わにする。
「ご主人様、おまかせください。私が口の利き方を教えてあげます。」
残忍な笑みを浮かべてアウローラが威圧する。
シャーリーの顔色が青白くなった。
「まあまあ、落ち着けよ。アウローラ。いいよ。何が欲しいんだい。」
「まずは私の生命の安全。」
シャーリーは上目遣いにアウローラを見ながら答えた。
「それは大丈夫だよ。君の安全はおれが保証する。」
「おまえの保証か?ちょっと不安だな。」
その言葉にアウローラの目が殺気立つ。
「わかった。おまえの言うことを信用しよう。」
あわてて肯定すると、アウローラの殺気が消える。
「じゃあ、教えてくれるかい。」
「その前に彼女の居場所をどうして知りたいんだい?」
シャーリーの疑問は当然だろう。別に隠すようなことでもないと思ったおれは、素直に事情を話すことにした。
「その魔女っていうのは、たぶんおれの探している愛人だと思う。」
「へっ」
シャーリーの顔から表情が消える。
「あんた、いまなんて言った?」
「だからおれが探している愛人だと。」
「つま‼??」
シャーリーは目が飛び出るほど眼を見開いた。
「あんたが師匠の旦那っていうのかい?」
「そうだが、おかしいか?」
おれが不思議そうに尋ねると、シャーリーは呆れ顔から怒り顔に変化した。
「冗談じゃあない。師匠は500年前からあの森に棲んでいる魔女だぞ。それがどうしてあんたの旦那になるんだ!」
「そうだな。なんて説明すればいいか……」
おれは困り顔で頭を掻いた。
「私をだまそうとしているんじゃあないだろうね。」
疑惑の目で睨むシャーリーを見て、アウローラの目に再び殺気が点る。
「ご主人様が騙すですって。聞き捨てならないな。」
その殺気にシャーリーの怒りがしぼんでしまう。
「まあいいわ。それで師匠の居場所を知りたいの?」
「ああ、そうなんだが。さっきから師匠って言ってるが、プリムラはおまえの師匠なのか?」
「そうだよ。私に魔法のいろはを教えてくれた師匠……って、あんた、なぜ師匠の名前を知っている?」
「ああ、やっぱりそうか。おとぎ話の魔女ってプリムラなんだ。」
おれが安心したような顔をすると、シャーリーはおれの言ったことが真実なのか大嘘なのかわからなくなっていた。
「一体、おまえは何者なのさ?」
恐ろしいものを見るような目で見るシャーリーに、おれは照れ笑いをする。
「何者っていわれても、見てのとおりのただのおっさんだけどな。」
「信じられない。あの師匠があんたのような人の愛人だなんて。」
「まだ疑うのか?」
アウローラが指をポキポキ鳴らしながらシャーリーに迫る。
「いや、疑わない。さっき、わたしの身の安全を保証するって言ってたな。どうやって保証するんだ?」
「ええっと、そうだな。君の身に危険を及ぼす相手を排除したら大丈夫だろ。」
「排除って、相手は勇者とそのパーティだぞ。」
「プリムラも交えればなんとかなるだろう。」
そう言うおれにシャーリーは自身が覚えているプリムラの姿と、目の前のアウローラの姿を重ね、なんとなく得心がいったような顔をした。
「わかった。約束通り師匠のところに案内してやるよ。」
「君が道案内をするっていうの?」
「ああ、口で言うよりそのほうが早いだろう。」
「嘘を言うなよ。」
アウローラはまだシャーリーを信用していないようだ。
「よし、善は急げだ。ローデシャルに挨拶をしたら出かけよう。」
ところ変わって、ここはフォルドール大陸の南側に位置する森林地帯。
昔、この森林地帯の東側に、とある王国が存在していた。
100年以上続いたその王国は、ある日、突然滅びる。
いまや、その威光は森の中に埋もれ、その存在さえも忘れられようとしている。
ただ、絵本に載るおとぎ話以外は。
そんな伝説が残る森林に足を踏み入れようとする一団がいた。
その日、森林地帯に程近い村に、エーネハイム王国の調査隊と名乗る男たちが現れた。
「われわれはエーネハイム王国調査隊の先ぶれである。村長はおるか!」
村の広場に村民を集めたうえで、男は馬上から大声を上げて呼びかける。
その呼びかけに応じて、ひとりの初老の男が前に進み出た。
「私が村長ですが、何用でございますか?」
「ここに調査隊の本隊が到着する。一夜の宿を願いたい。」
「調査隊?」
その言葉に村民の間で不安が広がる。
「宿を提供するのは構いませんが、このような貧しい村、たいしたおもてなしはできませんが。」
「かまわん。寝泊まりする場所と建物を提供してくれればよい。あと、情報もな。」
「情報?」
村長の額に皺が寄る。
「あと、1時間ほどで本隊がくる。」
「あの、何人ほどいらっしゃるのですか?」
「総勢、50名だ。」
「50名!?」
村民が騒がしくなる。
「たのむぞ。」
先ぶれは言うだけ言うと、そのまま村から駆け去っていった。
「村長、どうするんだ?」
「とりあえず、50名分の家を空けよう。女たちには食事の用意をさせるのだ。それから馬のための餌の用意も。」
村長の言葉に村民は大わらわで駆け戻っていった。
「やれやれ、厄介なことだ。」
村長はため息をつきながら自分の家へ戻っていった。
先ぶれの言葉通り、本隊と思われる一団が村にやってきた。
2台の馬車と3台の荷馬車、そしてそれを守るように同行する騎馬隊。その掲げる旗にはエーネハイム王国の紋章が描かれている。
広場で出迎えた村民一同の前に停まった馬車の中からは、藍色のローブを羽織った聖職者と思わるような者が降り立ち、その後に純白のローブを纏ったひときわ威容を誇る男が降りてきた。
「調査隊の隊長であられる大司教フォベリオ様である。一同、控えよ。」
先ほどの男が大声を発した。それにあわせて、村民一同が頭を下げる。
「かまいません。みなさん、頭を上げてください。一夜の宿をお貸しいただきありがとうございます。」
フォベリオが笑顔で皆に感謝の言葉をかける。
「大司教様、今宵は私の家にお泊り下さい。」
村長が率先して道案内をする。そのあとにフォベリオ大司教、付き人と続く。他のものは村人の案内で泊まる家に案内され、荷物運びは村外に野営ということになった。
その夜、村長の家では晩餐が済み、くつろぎの時間の中、村長とフォベリオ大司教そして付き人と三人で向き合っていた。話題はもちろん魔女のことである。
「この森の中に魔女がいるという話ですが、お聞きしたことはありますか?」
「噂話としては。実際には魔女に会ったという者はおりません。私も実際に会ったことはありません。」
「だれもですか?」
フォベリオの目が村長の目をじっと見つめる。しかし、村長の目にはなんの揺らぎも見られない。
「村の者で会ったことがあるという者はおりません。ただ……」
「ただ?」
「村はずれにテレサという年寄りがおります。その者は小さい頃、会ったことがあると。」
「ほお…」
フォベリオの目がきらりと光る。
「その者に会わせていただけますか?」
「それはよろしいですが、この辺では偏屈で通っているばあさんですよ。話も本当かどうか。」
「かまいません。会って話をしてみたいですね。」
フォベリオの口元に期待感に満ちた笑みが浮かぶ。
「しかし、また、なぜ魔女のことを調べているのですか?」
「あなたはおとぎ話に出て来る魔女のことはご存じですか?」
「まあ、それは。一国を滅ぼしたというお話でしょ。」
村長はなにをいまさらという顔をした。
「もし、そんな恐ろしい魔女が実在したらこまるでしょう。」
フォベリオは真剣な目つきで村長に問おうた。
その真剣な口調に村長の背中に冷たいものが走る。
「まさか、単なるおとぎ話ですよ。」
「だったらいいのですがね。私は陛下より王国の安寧を託されております。その安寧を脅かすものが少しでも存在するなら打ち滅ぼさなくてはならない。」
フォベリオのその口調は冷たく、その場のものを凍らせるように響いた。
村長自身も自分の身体が凍るような錯覚を起こす。
「いや、お話が過ぎたようですね。もうそろそろ休むとしましょう。」
フォベリオの顔が初めの頃の柔和なものに戻る。それを見て、村長もホッと一息をつく。
「家内に寝室へ案内させましょう。お~い」
「今日は有意義なお話を聞かせていただきありがとうございました。」
柔和な笑顔を湛えたままフォベリオは椅子から立ち上がると、村長に手を差し出した。
「いえいえ、大したお話もできませんで、恐縮です。」
そう言って村長はフォベリオの手を握った。
「では、おやすみなさい。」
ちょうど村長の奥さんがやってきたので、フォベリオはその後について部屋から出ていった。むろん、付き人も後に続く。
部屋から出ていった大司教を見送った後、村長は落ちるように椅子に座った。
「ふう、えらい人と話すと疲れるわい。」
肩を揉みながら愚痴のように呟く村長であった。
次の日、フォベリオとその付き人、護衛の騎士の8人は、村長の案内で昨日の話に上がったテレサの家へ出向いた。
テレサの家は村から1㎞ほど離れた所にあり、森林が一部突出した部分に囲まれた敷地に建っている。フォベリオたちは雑草が生え放題の敷地を踏み越えながらテレサの家の玄関先までやってきた。
「テレサ、いるかい?」
村長が玄関ドアを叩く。
しばらくして玄関ドアがゆっくりと開いた。
そこにいたのは小柄で粗末な野良着を着こんだ老婆であった。
「なんじゃ、村長か?なんのようじゃ。」
そっけない話しぶりに村長は苦笑する。
「王国の大司教様がお話があるそうだ。」
村長の回答にテレサは、村長の後ろにいる身なりのりっぱな聖職者をまぶしそうに見上げた。
「わしには話はないがの。」
あくまでそっけない。
それに対して、フォベリオは怒るでもなく、穏やかな口調で語りかけた。
「あなたがテレサさんですか?ここいらでは一番の物知りと聞いて、お話をお伺いにきたのです。」
「それほど物知りではないがな。」
フォベリオの物言いに多少照れた仕草を見せたテレサに、フォベリオは人懐っこい笑顔を送る。
「いえいえ、ご謙遜はいりません。村長さんや村の人からはあなたのお噂は拝聴しております。ぜひともこの愚者にお話をお聞かせください。」
こうも下出に出られては、テレサも悪い気はせず、彼らを招き入れた。
狭い居間で、木製の簡素なテーブルを囲んでテレサとフォベリオは相対した。付き人と二人の騎士は隅で立っている。村長は用が済んだということで帰らされた。
「で、話と言うのは?」
「森の魔女についてです。」
唐突に切り出すフォベリオにテレサは眉毛を上げた。
「森の魔女?」
「あなたはこの辺では一番の物知りだ。森の魔女の事をご存じなのでは?」
人懐っこい笑顔を見せながらフォベリオの口調はどこか威圧的である。しかし、テレサはそんなことには動じない。
「森の魔女のことなら絵本を読めばいくらでも書いてあるよ。」
「そんなありきたりな答えを聞きたいわけでありません。」
フォベリオの笑みが消えた。
「あたしだってなんでも知っているわけじゃあないよ。」
テレサはあくまでそっけない。
「魔女がこの森に住んでいるという確かな話を聞き及んでいます。それでも知らないと。」
「どこでそんな話を聞いたか知らないけど、そいつはガセだよ。この森にそんな魔女はいない。」
テレサは落ち着いた態度で否定する。それを見て、フォベリオが後ろにいる付き人に何かの合図をした。
後ろにいた付き人が肩に掛けていたバックから何やら布に包まれたものを取り出す。それをフォベリオに渡すと、フォベリオはそれをテーブルの上に置き、布を取り払った。
出てきたのは水晶のように透き通った多面柱である。
それを立てて、手をかざす。
「もう一度、お聞きします。森の魔女についてご存じですね。」
「知らんものは知らん。」
テレサがそう言うと、多面柱の中から紅い灯がほんのりと灯った。それを見て、テレサの顔に不安の色が浮かぶ。
「嘘はいけません。この【虚実の測柱】の前で嘘をつけばちゃんとわかるのですよ。」
フォベリオが薄笑いを上げる。それを見て、テレサの額に冷や汗が浮かんだ。
「何度も言うが、ほんとに知らんのじゃ。」
「あくまでも白を切るというのでしたら、当方にも考えがあります。」
再びフォベリオが後ろにいる二人に合図を送る。
それに呼応して、付き人と騎士が動き出した。
テレサの後ろに立った二人は、両脇からテレサを抑えつける。
「何をする気じゃ。」
抗おうとするテレサの前にフォベリオは一本の小瓶を取り出す。
「なあに、正直になってもらうだけですよ。」
フォベリオが小瓶を持ってテレサに近づく。
「や、やめろ!」
テレサの顎をフォベリオの右手が抑える。もう片方の手に持つ小瓶の栓を親指で抜く。
甘酸っぱい匂いが漂ってくる。
テレサの目が恐怖で一杯になる。
そのとき──
「テレサ、いるかい?」




