17 からっぽやみ魔王 助けたエルフの子におとぎ話を聞く
屋敷から出たおれたちは、アウローラの迎えが来るのを黙って待っていた。
すでに夜は明け、東に登った太陽が王都を照らしている。
あらためて黒竜による被害が露わになった。
特に西側の被害が甚大だ。
大聖堂は完全に崩壊し、その周辺の建物も瓦礫の山と化している。
あちこちで火災が発生しており、その煙に交じって、人々の怨嗟の声が聞こえてくる。
「大変なことになったな。」
外部の人間が良く言うような感想を口にすると、ローデシャルは鼻で笑った。
「罰が当たったんだ。」
ローデシャルはこの現状に同情はしていないようだ。
そばではエーネシャルがこの惨状に恐怖し、姉の身体にしがみついている。
それぞれがそれぞれの思いを抱いているとき、アウローラの飛んでくる姿が三人の眼に映った。
アウローラは三人の姿を見つけると、急いでその地点に降りてきた。
「お待たせしてすみません。」
アウローラが丁寧にあやまる。
その美しい姿と竜の翼という不釣り合いな姿を見たエーネシャルは、おとぎ話の妖精を思い出し、キラキラした目でアウローラを見つめた。
「エーネシャル、ご挨拶しなさい。竜王様よ。」
その言葉を聞いて、おとぎ話が現実に起きたと感動し、エーネシャルは操り人形のようなお辞儀を返した。
「はじめまして。竜王様、エーネシャルといいます。」
そんなエーネシャルのかわいい姿を見て、アウローラの胸がキュンとする。
「さて、さっさとここを離れるか?」
そんなアウローラをほっておいて、おれは次の行動を考えた。
「テヴェリスさん、なにか所用があったのではないのですか?」
「この現状じゃあ、所用を片付けるのは無理だな。出直すよ。」
相手の情報がいまだ良く掴めてないと思ったおれは、仕切り直すことを決めた。それに他の娘たちを探さないといけないし。
「とりあえず、アウローラがいた竜王殿にもどろう。」
「あの、山にですか?」
アウローラが首を傾げる。
「ローデシャルたちを竜王殿に連れていかないといけないしな。」
「そんな、わたしたちは……」
遠慮しようと口に出かかった時、自分のそばで縋りつくエーネシャルを見て、その言葉を飲み込んだ。
「幼い女の子をつれて、あの山まで行くのは無理があるだろう。」
おれがローデシャルの思っていることを口にすると、ローデシャルは恥ずかし気に頷いた。
「じゃあ、決まりだな。アウローラ、この娘たちを竜王殿まで連れて行ってくれるか?」
「それはかまいませんが、よろしいのですか?」
「ああ、今後の事はあとで考えればいい。」
おれの指示でアウローラは、ローデシャルとエーネシャルを抱え込んだ。
「テヴェリスさんはどうするんですか?」
「おれは後からついていくよ。」
その言葉が理解できないローデシャルを抱えたまま、アウローラは翼を羽ばたき、竜王殿に向かって飛び立っていった。
上空高く飛び上がったアウローラを見て、おれも竜王殿を確認すると、移送を起動した。
おれの身体がふわりと浮き上がると、猛スピードで竜王殿に向かって飛翔を始めた。
雲や景色が次々と後方に飛んでいく。
前を飛んでいたアウローラにも追いつき、アウローラに念話をかける。
『アウローラ、先に行っているぞ。』
『私もすぐに参ります。』
『おまえは急がなくていい。エルフといえどお前の普段のスピードには耐えられないだろう。』
『畏まりました。』
アウローラとの念話はそこで切る。
どうやら見える範囲なら念話は通じるようだな。
そうこうしているうちに、アウローラを追い越していく。
やがて目の前にアルルネ山脈が見えてくる。
途中、なにか黒い大きなものを飛び越していったが、まあ、いいだろう。
例の森を超え、平原を超え、竜王殿のあった洞窟の上空に辿り着く。
下には黒竜が開けた大きな穴がある。
おれはそこへめがけて降りていった。
体勢を変え、足からゆっくりと着地する。
周りを見廻すが、だれもいない。瓦礫の山があるだけだ。
「アウローラもエルフの連中もまだ到着していないようだな。」
瓦礫を飛び越え、アウローラが開けた大穴を覗く。
「あの二人もここを脱出したようだな。」
なんとなく安堵したとき、上空から羽ばたき音が聞こえてきた。
見上げると、アウローラがローデシャルとエーネシャルを抱えたまま、ゆっくりと降りてくるところだった。
瓦礫の上に降り立ったアウローラが二人を下ろすと、二人を置いておれのところに駆け寄ってくる。
「お待たせしました。ご主人様。」
「いや、案外早く着いたな。」
「できるだけ急いできましたので。」
その言葉に心配になったおれは、ローデシャルの方を見る。案の定、ローデシャルが座り込んで蒼い顔をしている。それに対して、エーネシャルは初めての経験にはしゃいでいるようだ。
とりあえず、今後のことを考えないと。
「アウローラ、プリムラたちの情報は本当にないのか?」
「ないですね。」
「そうか」
ともかく、他の愛人たちの情報を収集しないといけない。ただ、あれだけのチートな連中だ。伝説とか伝承とかになっているかもしれない。アウローラのように。
そう思ったおれは、へたり込んでいるローデシャルの元へ歩み寄った。
「ローデシャル、疲れているところすまないのだが、聞きたいことがあるんだ。」
「私でわかることであれば。」
「魔女の話を聞いたことはないか?」
「魔女?」
プリムラなら魔女として伝承されているかもしれないと思ったのだが、ローデシャルの反応はいまいちだな。
「私知っているよ。」
横で聞いていたエーネシャルが割って入ってきた。
「えっ、知っているの?」
「うん、絵本で読んだもん。」
「エーネシャル、それはおとぎ話の魔女でしょ。」
「いや、聞かせてくれるかい?」
おれはローデシャルを制し、エーネシャルの背の高さに身を屈め、その話を促した。
「いいよ。昔々、遠い遠い国にある深い深い森の中に魔女さんが住んでたんだって。」
「どんな魔女なのかな?」
「とってもえらい魔女で、困っている村人を助けたり、お腹のすいた子供たちに料理をふるまったりしたんだって。」
料理と言うキーワードにおれが反応した。
「その魔女は料理がすきなのかい?」
「うん、料理が大好きで、とってもおいしい料理をつくるんだって。だから、国の王様が魔女を自分のところへ招こうとしたんだって。」
「それで?」
「魔女が断ると、王様はひどく怒って、ひどい言葉で魔女を罵ったものだから怒った魔女は、その国を滅ぼしたんだって。」
プリムラだ。
たぶん、その王様は言ってはならない言葉を言ったんだろうな。
隣でアウローラも確信を持ったのか、大きく頷いている。
「それでその国ってどこかわかるかい?」
その問いにエーネシャルは首を傾げた。
「絵本のなかのおとぎ話だ。具体的な国の名前はないのだろう。」
「ローデシャルは聞いたことはないのか?」
ローデシャルに問い直したが、彼女もどこの国のことかは知らないらしい。
手掛かりは途切れてしまった。
おれとアウローラが途方にくれていたとき、天井の穴から黒竜が降りてきた。
黒竜の羽ばたきですさまじい突風が吹く。
瓦礫に掴まって、皆が飛ばされないようにしている鼻先に、黒竜は降り立った。
ローデシャルとエーネシャルがその巨体に恐れを抱く。しかし、アウローラは平気な顔で黒竜に近づいていった。
「よしよし、やっと戻ったか。うん?」
アウローラが黒竜の右の前足が無くなっているのに気付く。
「そうか、あいつにやられたんだな。かわいそうに。」
まさしくペットを労わるように声をかけるアウローラに、ローデシャルは信じられないといった顔をし、エーネシャルは尊敬の眼差しを向ける。
「よし、いま、治してやるぞ。前足を出せ。」
アウローラの言葉に従って黒竜が前足を出すと、別空間の箱から小さなナイフを取り出したアウローラは、それで自分の指を切った。
赤い血が吹き出し、それを黒竜の失った前足にかけてやる。
すると、失った前足から肉が盛り上がり、徐々にそれが前足の形になっていくと、1分後には元通りに治ってしまった。
黒竜が喜びの咆哮を上げる。
ローデシャルとエーネシャルは信じられない面持ちでこの光景を見ている。
おれはおれで、そんなことより、これからの事を考えている。
「よかったな。黒竜よ。」
クロと呼ばれた黒竜が鼻先をアウローラに擦り付けてきた。
「竜王様、クロというのは?」
ローデシャルが思わず尋ねる。
「こいつの名前だ。黒いからクロだ。」
安直なつけ方だなとおれが思っていると、クロがなにかアウローラに話しかけるようなそぶりを見せた。
「どうした?うん、人が倒れている?」
アウローラの言葉が気になったおれは、アウローラのそばに歩み寄った。
「どうしたんだ、アウローラ。」
「ご主人様、この先の平原に人が倒れているそうです。しかも、女の人が。」
「女が倒れている?」
こんなところに来るような人間はいないはずだが。
「ローデシャル、この先の平原に人が倒れているらしいが、エルフの仲間じゃあないのか?」
「おかしいです。仲間は馬車を使ってここまで来るはずですから、まだまだ時間がかかるはずです。」
確かに昨日、別れたばかりのエルフたちがもうここに着いているわけがない。
しかし、気になる。
「ちょっと見に行ってみよう。」
おれがアウローラを引き連れて行こうとするのをローデシャルが引き留めた。
「待ってください。あの、この竜はこのまま置いていくのですか?」
「大丈夫だ。おまえたちに危害はくわえない。」
アウローラが保証するが、二人はいまいち不安のようだ。
すると、アウローラがクロの前に立った。
「おい、クロ、あの人たちが怖がっているから身を縮めろ。」
その言葉に従うように黒竜の身体から靄のようなものが吹き出し、その身体が徐々に縮まっていった。しばらくして、10mもあったクロの身体は1m足らずの竜の姿に変わった。
「これなら大丈夫だろう。おい、クロ、この人たちをしっかり守るんだ。」
アウローラの命令にクロが軽く鳴く。
その姿に愛着を持ったエーネシャルがクロのそばに駆け寄り、その頭を撫でる。
クロもエーネシャルにすぐ懐いたようで、その鼻先でエーネシャルの頬を撫でた。
「うふふ、くすぐったい。」
仲睦まじいエーネシャルとクロの姿を横目に、おれたちは洞窟から外へ歩き出した。
アウローラが開けた穴を抜けて、平原に出たおれたちは、倒れているという女を探し始めた。
「ご主人様、私は空から探してみます。」
「ああ、頼む。」
アウローラは背中から翼を出し、あっという間に上空高く飛んでいった。
おれは周りを見廻しながら平原を歩いて行く。
こんなとき、ティアラがいたら助かるのに、と思っているとアウローラから念話が入った。
『ご主人様、見つけました。』
「どこだ?」
『ご主人様から真っすぐ先の岩に囲まれた場所です。』
以前、宿営したあの場所か。そう思い出したおれは、その場所に向かって駆け出した。
しばらく走っていると、覚えのある場所に辿り着き、赤黒いマントにくるまれた人物が倒れており、そのそばにアウローラが立っていた。
「ご主人様」
「アウローラ、この人かい?」
「はい」
おれは屈みこんで倒れている女性の顔を覗き込んだ。
見覚えがある。
たしか鮮血騎士団のひとりだったはずだ。
しかし、なぜここに。
あのとき、洞窟に残っていたのは髭もじゃ男と顎髭男のふたりだったはずだ。
そんなことを考えているうちに女性が目を覚ました。
「おい、だいじょうぶか?」
声をかけたおれの顔を見て、女性 シャーリーは驚いたように目を見開いた。
「おまえはだれだ⁉」
「おれの名はテヴェリス。あなたは確か鮮血騎士団のひとりだったよな。」
そう指摘されて、シャーリーは警戒心を露わに後ずさりした。
「べつに危害をくわえようとは思わないよ。ただ、どうしてここにいるのか聞きたいだけだ。」
「……」
シャーリーは黙して語らず。そんなシャーリーの顔を見てアウローラがなにかを思い出した。
「あんた、王都のあの場所にいたよね。」
「!」
アウローラの顔を見て、シャーリーも何か思い出したようだ。
「あんた、確かアーロンと戦っていた女。」
警戒心に恐怖が入り混じり、シャーリーの身体が震えだす。
「さっきも言った通り、あなたに危害をくわえるつもりは毛頭ない。だから、こわがらないで。」
なんとか警戒心を解こうとするが、相手はおれを信用していない。
まして、となりにはアウローラがいるからな。
「君の名前を教えてくれないかな。」
安心感を与えるような笑みを讃えて尋ねるが、シャーリーの反応はいまいちだ。
「なんとか答えたらどうだ。おんな!」
アウローラが足を踏み鳴らして威嚇する。
それに飛び上がるような反応したシャーリーの口が少し開く。
「シ・シャーリー…だ…」
ぼそぼそ声だが、なんとか聞き取れた。
「シャーリーか。ところでどうしてここにいるんだい?」
再び優し気に尋ねるが、シャーリーの口は堅く閉ざされる。
「おい、ご主人様が優しくしている間に答えた方がいいぞ。」
おれでもわかる威圧感でアウローラはシャーリーを睨む。
恫喝がシャーリーの固い口をこじ開けた。
「転送の魔法であの場から逃げたんだ。」
「転送魔法?」
高度な魔法だ。誰彼と使えるものじゃあない。
「ああ、あの憎たらしいユーリッドから逃げるために使ったんだ。あやうく丸焦げにされるところだったよ。」
ユーリッドが放ったフォーコ・ビョッジャ(炎の烈雨)が着弾する寸前、万が一に用意していた転送魔法のスクロールに魔量を流し込み、その場から転送して逃れたのだ。それを思い出したとき、シャーリーの胸のうちに恐怖と安堵と感謝が湧き上がり、混流した。
「それでここにいるってわけか?」
「ああ、そうだよ。」
すべて話して吹っ切れたのか、シャーリーの顔はさばさばしている。
「ところで、その魔法、誰に教わったんだ?」
「だれって、おとぎ話の魔女さ。」
「えっ?」
今年もあとわずかです
あっという間の一年でした
今年の分はここで終了です 続きは年が明けてからになりますが とりあえず2週間ほどお休みを取りたいと思っています
英気をやしなって続きを書きますので みなさんの応援をお願いします
できればポイントをつけてくれますと励みなります
では、よいお年を




