16 からっぽやみ魔王 エルフを救いに行く
アーロンの剣が上段から振り下ろされる。
それを身体をずらして躱すアウローラ。
振り下ろされた剣は、アーロンのすさまじい膂力で下段から振り上げられ、アウローラの首を狙う。
しかし、アウローラが身体をのけぞらして、それを躱し、そのままバク転して後ろに下がった。
「やるわね。」
「姉さんもなかなかやるじゃあねえか。」
二人の顔に喜色が浮かぶ。
「これはどうだい?」
竜撃剣を振り上げたアーロンが、超スピードで振りぬく。
ふたつの剣勢が、アウローラに向かって並んで飛翔した。
左右に避けることはできない。
後ろに下がることもできない。
なぜなら、二つの剣勢を追うように,、アーロンが恐ろしいほどのスピードで突きを伸ばしてきたからだ。
アーロンが笑う。それは勝利を確信した証。
アウローラも笑う。それは自信の顕れ。
竜撃剣の切っ先がアウローラの喉元を貫いた──かに見えた。
数本の髪の毛を残して、アウローラの姿が消える。
「上か!?」
叫びとともにアーロンが上を振り仰ぐ。
頭上をアウローラが優雅な姿で飛び越える。
アウローラが着地する。同時にアーロンがのけぞりながら剣を突き出した。
金属音が響く。
「ざんねん」
喜色満面のアウローラがそこにいる。
その手には象牙色の剣が握られており、アーロンの竜撃剣を受け止めていた。
「いつのまに」
「言ったでしょ。自前の得物があるって。」
アウローラがニコリと笑う。
アーロンがのけぞった格好から、中段の構えに直った。
「それじゃあ、ここからはいい訳なしだぜ。」
うれしそうにアーロンが笑う。
「はじめからいい訳なんかしてないわよ。」
アウローラも同様に笑う。
二人の剣気が絡み合い、火花を散らす。
そんな二人の戦いとは離れた所で、おれはローデシャルを連れて、ゴーリーの屋敷に向かっていた。
スライド(摩擦軽減)のおかげで短時間で屋敷には着いた。
「着いたぞ。ローデシャル。」
おれがローデシャルに告げたが、ローデシャルからの反応がない。
背負った彼女を地面を下ろし、その顔色を窺うと、えらく青白い顔をしている。
「だいじょうぶか?」
「す・すまん…」
ローデシャルは口を手で押さえると、おれに背を向け、勢い良く吐いた。
車酔いってやつか?
おれはローデシャルの背中をさすってやると、落ち着いたのか、おれの方に身体を向けた。
「迷惑をかけました。もう大丈夫です。」
顔色はまだ青白いが、吐き気は収まったようだ。
「もう少し休もうか?」
「いや、時間がおしい。このまま乗り込む。」
「わかった。」
ゴーリーの屋敷は、そこらの貴族の屋敷に負けず劣らず豪勢なものだ。
おれたちはその屋敷の正門に立った。
この騒ぎで逃げたのか、門番がいない。
「よし、入るぞ。」
門には鍵が掛かっておらず、すんなりと中に入れた。
なかなかりっぱな庭が広がっており、趣味の良さが伺える。
正面玄関まで続く石畳を歩いて行くが、だれひとりおれたちを見とがめる者が出てこない。
「こりゃ、みんな、逃げたかな?」
おれの軽口にローデシャルは無言で答える。
警戒は解いてないようだ。
ローデシャルがあたりを警戒しながら玄関ドアに手をかける。
開けようとした手をおれが制した。
“どうした”というような顔をおれに見せるローデシャルを後ろに下がらせ、代わりにおれが玄関ドアを開けた。
途端にボーガンの矢が飛んでくる。
おれの胸に突き刺さる──と、ローデシャルはびっくりした。
しかし、ボーガンの矢はおれの前でなにかに吸い込まれるように消え、そのままの勢いで後ろから飛び出し、庭の中に消えていった。
(ふう、よかったぜ。ショートカット(空間短縮)をかけておいて。)
安堵の吐息を出した後、おれは屋敷の中に一歩踏み込んだ。
案の定、エントランスホールには五人ほどの用心棒と思える男たちが並んでいる。一人がボーガンを握っていた。
「だれだ!貴様は?」
親玉ぽいのが叫ぶ。
「お客さんだけど、ちょっといいかな。」
おれは淡々と答え、淡々と尋ねた。
「ここにエルフの少女がいるはずなんだけど、どこにいるか知らない?」
あまりに予想外の問いかけに男たちは一瞬、呆然とした。しかし、すぐに気を取り直し、怒りと殺気をはらんだ表情を見せる。
「貴様、火事場泥棒か!?」
「そんな、人聞きの悪い。──でも、そうなるのかな。」
おれが他人事のように言うと、相手の怒りと殺気は更に増大する。
「殺せ!」
再びボーガンの矢が飛んでくる。
同時に、剣を持った三人がかかってきた。
再びボウガンの矢が消える。
その現象にかかってきた三人に戸惑いが走る。
その隙にローデシャルが三人の間に飛び込んでいった。徒手空拳でひとりを殴り倒すと、その剣を奪い、他の二人をあっという間に斬り倒す。
ボーガンを構える男が次の矢を装填する間に、おれはカット(空間抜出)で消した矢をペースト(空間定着)で男の前に出現させる。
思い通り、出現した矢は男に当たり、そのまま床にひっくり返った。
あまりに鮮やかな反撃に、残った一人は逃げることも忘れて呆然となった。
そこへローデシャルが駆け寄り、胸倉を掴む。
「エルフの少女が捕らわれているはずだ。どこだ!?」
その問いに男は目を逸らす。
その態度に怒ったローデシャルが、相手を押し倒し、その右手に剣を突き刺した。悲鳴を上げる相手を無視して、ローデシャルが更にすごむ。
「次は左手だぞ。さっさと言え!」
「待ってくれ、言うから助けてくれ。」
男は必死に助命を請う。ゴーリーに忠義も義理もないようだ。
「どこだ!」
「二階の一番奥の部屋だ。」
それを聞くと、ローデシャルは男の顎を蹴り上げて気絶させ、二階に通じる階段に向かった。当然おれもその後を追う。
二階に辿り着いたおれたちは、一番奥にある部屋のドアの前に立った。
中はシンとしている。
ローデシャルがドアノブに手をかけるのを、またおれは制した。
「さっきみたいなことがあるかもしれない。」
「今度は大丈夫だ。」
ローデシャルは壁に身体をつけると、ドアノブを回し、そっとドアを押した。
ドアが音もなくゆっくりと開く。
矢もなにも飛んでこない。
ただ、女の鳴き声や震える声が聞こえる。
ローデシャルがそっと中を覗くと、なかに四人ほどの女が隅の方で震えながら寄り添っていた。
どうやらゴーリーの妻妾と思われる。
ローデシャルが中を見渡すと、反対側の隅に女の子が膝を抱えて縮こまっている。
金髪の、まさしく人形のような可愛らしい少女だ。
「エーネシャル!」
その声に少女が顔を上げた。
「おねえちゃん!」
少女が相手の正体を知って安心したのか、泣きながらローデシャルに縋りついてきた。
「無事でよかった。」
「おねえちゃん、おねえちゃん。」
ローデシャルの胸の中でエーネシャルは、涙や鼻水を拭こうともせず泣きじゃくった。そんな妹の頭を撫でたローデシャルは、自分の袖でその涙と鼻水を拭ってやった。
「エーネシャル、痛いところとか、気持ち悪いこととかない?」
「うん、大丈夫。ここに連れてこられてからずっとお部屋にいた。」
「そう。ひどいことはされなかったようね。」
ホッとしているローデシャルにおれが声をかけた。
「長居は無用だ。さっさと行こうぜ。」
その言葉に同意したローデシャルは、エーネシャルの手を握り、その場を立ち去ろうとした。
そのとき、隅にいた女の一人が口を開いた。
「あの、わたしたちは?」
「おまえたちに手出しするつもりはない。」
「それはありがたいのですが、そうじゃあなくて…」
言いにくそうな相手の態度にローデシャルはなにかを感じたようで、
「自分たちのことは自分たちでなんとかしろ。」
と、冷たく突き放す。
その言葉に女たちは絶望の表情を見せた。
「さ、テヴェリスさん、行きましょう。」
「そうだな。」
おれたちは女たちを置いて部屋を出ていった。
「いいのかい。置いてって。」
「エルフを物としか扱わない連中を助ける義理はない。」
「ま、そうか。知り合いでもないしな。」
納得した顔をしたおれは、屋敷から出ていこうとした時、外ですさまじい音が轟いた。
「早く逃げた方がいいな。巻き込まれるのはごめんだ。」
「ええ、そうしましょう。」
ローデシャルはエーネシャルの手を引いて、屋敷から外に出た。
そのとき、再び破壊音が轟いた。
見れば、さきほど黒竜が暴れたところで、建物が次々と弾け飛んでいる。
しかし、黒竜の姿は見えない。
「アウローラのやつか。」
そう思ったおれは、アウローラに念話をかける。
アウローラとアーロンの剣戟は、周りの建物を破壊しながらまだ続いていた。
見た目、互角の格闘に見えるが、アーロンの顔にはすでに笑顔はなく、焦りでひきつっている。
(くそ、こいつ遊んでやがるのか?)
こちらの攻撃はすべて受けきられ、その隙間隙間に攻撃を挟まれてアーロンは苦戦を強いられていた。
「まだまだ、やれるよね。アーロンの兄さん。」
アウローラの笑顔が悪魔のように見える。
(ユーリッドのやつ、どこにいやがるんだ。)
そのユーリッドは、アーロンそっちのけで、シャーリーの行方を追っていた。
「隠れたって、私の眼からは逃れらないわよ。」
杖に乘って上空を飛びながらユーリッドは街の中を探る。
やがて、ユーリッドの眼に低空で飛ぶシャーリーの赤く染まった姿を捉える。
「見つけた」
ユーリッドの唇が残忍に吊り上がる。
シャーリーはなんとか王都外に逃げ出そうと、浮遊魔法のスピードを上げた。その甲斐あってシャーリーの視界に外壁が映る。
「外に出れば……」
そのとき、殺気と魔法特有の揺らぎを感じる。
「まさか!?」
振り返ると、自分の上空にユーリッドの姿が見える。
その周りにはフォーコ・ランチャ(火炎槍)が、炎の切っ先を見せてこちらを狙っていた。
「死にな!」
ユーリッドの指がシャーリーの見えない姿を差し示す。
フォーコ・ランチャ(火炎槍)がそこへ正確に放たれた。
「くっ ダークアロー(闇夜の矢)!」
シャーリーの周りに真っ黒な矢が出現、飛んでくるフォーコ・ランチャ(火炎槍)に向かって射出された。
フォーコ・ランチャ(火炎槍)とダークアロー(闇夜の矢)が空中でぶつかる。
火花が花火のように飛び散り、双方が消滅する。
「やるわね。でも、これはどぅお。」
ユーリッドが片手をあげると、空一面に炎の槍が出現する。
それを見たシャーリーの顔色が一瞬で青白くなった。
「フォーコ・ビョッジャ(炎の烈雨)」
「くっ」
シャーリーの右手が懐に入り、なにかを取り出した。
そこへ炎の槍が土砂降りのように降り注いだ。
爆裂音とともに半径500m圏内が爆炎で包まれた。
その火柱がアウローラとアーロンの眼にも映った。
「うん?」
それに気を取られたアウローラに隙が生まれた。
「隙あり!」
必殺の突きがアーロンから繰り出される。
しかし、その突きもアウローラの持つ剣の腹で受け止められた。
「隙をつくなら黙ってやりなさい。」
嘲笑とともにアーロンの剣が弾かれる。
(くそっ、勝てねえのか?)
同時にアーロンの自信も揺らぐ。
そんなとき、アウローラの頭におれからの念話が届いた。
『アウローラ、こっちの用事はすんだ。一旦引き上げるぞ。』
「えっ?」
アウローラが名残惜しそうな声を出す。
『どうした?』
「いえ、なんでもありません。承知しました。ご主人様」
念話が切れると、アウローラは剣を別空間の箱にしまった。
それを見て、アーロンが訝しがる。
「なんのつもりだ?」
「今日はこれでおしまい。」
アーロンに残念そうな顔を見せながらアウローラは背中から翼を出し、その場から飛び上がっていった。
「まて!勝負はまだついてねえぞ!」
「また、今度ね。」
叫ぶアーロンを残し、アウローラはいまだ倒れている黒竜の元へ飛んでいった。
黒竜の上まで飛んでくると、黒竜に向かって一喝した。
「いつまで寝ているの。さっさと起きて山に帰りなさい。」
その言葉に目を覚ました黒竜は、アウローラの姿を見止めると驚いたような声をあげた。
「ほら、ぐずぐすしない。」
ゆっくり立ち上がる黒竜の首根っこを捕まえたアウローラは、そのまま引き上げた。
黒竜の巨体がいとも簡単に持ち上がる。
「さあ、お帰り。」
黒竜の巨体がすさまじい勢いで放り投げられ、上空高く舞い上がると、その勢いを利用して黒竜は翼を羽ばたき、すっかり明けた青空をアルルト山脈に向かって飛んでいった。
それを見送ったアウローラは、おれとローデシャルを迎いに、ゴーリーの屋敷へと方向を変えた。
その様子をアーロンは黙って見送る。
そこへユーリッドが杖に乘ってやって来た。
「アーロン、あの女はどうしたの?」
「飛んでいった。」
呟くように答えるアーロンの様子に、ユーリッドは不安そうな顔でアーロンのそばに降りてくる。
「大丈夫?アーロン」
半ば、放心状態のアーロンを見て、ユーリッドは心ならずも心配そうに尋ねる。
「で、勝ったの?」
その問いにアーロンが反応し、先程までの放心状態から怒りの状態に変化していった。
「勝負はついてない。」
「へ?どういうこと」
「相手が逃げたんだ。」
「逃げた?」
強く握りしめた自分の拳を見つめながらアーロンは身体中を震わせていた。
「ああ、だれかに呼ばれたようで、黒竜をどっかに放り投げた後、向こうに飛んでいった。」
そう言って、東の方向を指す。
「え?うそでしょ。あの竜を放り投げたの?」
ユーリッドは信じられない顔をして問い質す。
「ああ、そうだよ。現に黒竜はどこにもいないだろ。」
そう言われて、周りを見たユーリッドは、あらためて黒竜がどこにもいないことに気付いた。
「確かに」
(ちくしょう。おれを見逃したっていうのか?)
怒りで打ち震える身体を抑えながらアーロンはいつまでも自分の拳を見つめていた。




