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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード5 このすばらしき勇者生活に終わりを
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16 からっぽやみ魔王 エルフを救いに行く

 アーロンの剣が上段から振り下ろされる。

 それを身体をずらして躱すアウローラ。

 振り下ろされた剣は、アーロンのすさまじい膂力で下段から振り上げられ、アウローラの首を狙う。

 しかし、アウローラが身体をのけぞらして、それを躱し、そのままバク転して後ろに下がった。

 

 「やるわね。」

 「姉さんもなかなかやるじゃあねえか。」

 二人の顔に喜色が浮かぶ。


 「これはどうだい?」

 竜撃剣(ドラゴンバスター)を振り上げたアーロンが、超スピードで振りぬく。

 ふたつの剣勢が、アウローラに向かって並んで飛翔した。


 左右に避けることはできない。

 後ろに下がることもできない。

 なぜなら、二つの剣勢を追うように,、アーロンが恐ろしいほどのスピードで突きを伸ばしてきたからだ。


 アーロンが笑う。それは勝利を確信した証。

 アウローラも笑う。それは自信の顕れ。


 竜撃剣(ドラゴンバスター)の切っ先がアウローラの喉元を貫いた──かに見えた。


 数本の髪の毛を残して、アウローラの姿が消える。


 「上か!?」


 叫びとともにアーロンが上を振り仰ぐ。

 頭上をアウローラが優雅な姿で飛び越える。


 アウローラが着地する。同時にアーロンがのけぞりながら剣を突き出した。


 金属音が響く。


 「ざんねん」

 喜色満面のアウローラがそこにいる。

 その手には象牙色の剣が握られており、アーロンの竜撃剣(ドラゴンバスター)を受け止めていた。


 「いつのまに」

 「言ったでしょ。自前の得物があるって。」

 アウローラがニコリと笑う。

 アーロンがのけぞった格好から、中段の構えに直った。

 「それじゃあ、ここからはいい訳なしだぜ。」

 うれしそうにアーロンが笑う。

 「はじめからいい訳なんかしてないわよ。」

 アウローラも同様に笑う。


 二人の剣気が絡み合い、火花を散らす。


 そんな二人の戦いとは離れた所で、おれはローデシャルを連れて、ゴーリーの屋敷に向かっていた。

 スライド(摩擦軽減)のおかげで短時間で屋敷には着いた。

 「着いたぞ。ローデシャル。」

 おれがローデシャルに告げたが、ローデシャルからの反応がない。

 背負った彼女を地面を下ろし、その顔色を窺うと、えらく青白い顔をしている。

 「だいじょうぶか?」

 「す・すまん…」

 ローデシャルは口を手で押さえると、おれに背を向け、勢い良く吐いた。

 

 車酔いってやつか?


 おれはローデシャルの背中をさすってやると、落ち着いたのか、おれの方に身体を向けた。

 「迷惑をかけました。もう大丈夫です。」

 顔色はまだ青白いが、吐き気は収まったようだ。

 「もう少し休もうか?」

 「いや、時間がおしい。このまま乗り込む。」

 「わかった。」


 ゴーリーの屋敷は、そこらの貴族の屋敷に負けず劣らず豪勢なものだ。

 おれたちはその屋敷の正門に立った。

 この騒ぎで逃げたのか、門番がいない。

 「よし、入るぞ。」

 

 門には鍵が掛かっておらず、すんなりと中に入れた。

 なかなかりっぱな庭が広がっており、趣味の良さが伺える。


 正面玄関まで続く石畳を歩いて行くが、だれひとりおれたちを見とがめる者が出てこない。

 「こりゃ、みんな、逃げたかな?」

 おれの軽口にローデシャルは無言で答える。

 警戒は解いてないようだ。


 ローデシャルがあたりを警戒しながら玄関ドアに手をかける。

 開けようとした手をおれが制した。

 “どうした”というような顔をおれに見せるローデシャルを後ろに下がらせ、代わりにおれが玄関ドアを開けた。


 途端にボーガンの矢が飛んでくる。


 おれの胸に突き刺さる──と、ローデシャルはびっくりした。

 しかし、ボーガンの矢はおれの前でなにかに吸い込まれるように消え、そのままの勢いで後ろから飛び出し、庭の中に消えていった。


 (ふう、よかったぜ。ショートカット(空間短縮)をかけておいて。)


 安堵の吐息を出した後、おれは屋敷の中に一歩踏み込んだ。

 案の定、エントランスホールには五人ほどの用心棒と思える男たちが並んでいる。一人がボーガンを握っていた。

 「だれだ!貴様は?」

 親玉ぽいのが叫ぶ。

 「お客さんだけど、ちょっといいかな。」

 おれは淡々と答え、淡々と尋ねた。

 「ここにエルフの少女がいるはずなんだけど、どこにいるか知らない?」

 あまりに予想外の問いかけに男たちは一瞬、呆然とした。しかし、すぐに気を取り直し、怒りと殺気をはらんだ表情を見せる。

 「貴様、火事場泥棒か!?」

 「そんな、人聞きの悪い。──でも、そうなるのかな。」

 おれが他人事のように言うと、相手の怒りと殺気は更に増大する。

 「殺せ!」

 再びボーガンの矢が飛んでくる。

 同時に、剣を持った三人がかかってきた。


 再びボウガンの矢が消える。

 

 その現象にかかってきた三人に戸惑いが走る。

 その隙にローデシャルが三人の間に飛び込んでいった。徒手空拳でひとりを殴り倒すと、その剣を奪い、他の二人をあっという間に斬り倒す。

 ボーガンを構える男が次の矢を装填する間に、おれはカット(空間抜出)で消した矢をペースト(空間定着)で男の前に出現させる。

 思い通り、出現した矢は男に当たり、そのまま床にひっくり返った。

 あまりに鮮やかな反撃に、残った一人は逃げることも忘れて呆然となった。

 そこへローデシャルが駆け寄り、胸倉を掴む。


 「エルフの少女が捕らわれているはずだ。どこだ!?」

 その問いに男は目を逸らす。

 その態度に怒ったローデシャルが、相手を押し倒し、その右手に剣を突き刺した。悲鳴を上げる相手を無視して、ローデシャルが更にすごむ。

 「次は左手だぞ。さっさと言え!」

 「待ってくれ、言うから助けてくれ。」

 男は必死に助命を請う。ゴーリーに忠義も義理もないようだ。

 「どこだ!」

 「二階の一番奥の部屋だ。」

 それを聞くと、ローデシャルは男の顎を蹴り上げて気絶させ、二階に通じる階段に向かった。当然おれもその後を追う。


 二階に辿り着いたおれたちは、一番奥にある部屋のドアの前に立った。

 中はシンとしている。

 ローデシャルがドアノブに手をかけるのを、またおれは制した。

 「さっきみたいなことがあるかもしれない。」

 「今度は大丈夫だ。」

 ローデシャルは壁に身体をつけると、ドアノブを回し、そっとドアを押した。


 ドアが音もなくゆっくりと開く。


 矢もなにも飛んでこない。

 ただ、女の鳴き声や震える声が聞こえる。


 ローデシャルがそっと中を覗くと、なかに四人ほどの女が隅の方で震えながら寄り添っていた。

 どうやらゴーリーの妻妾と思われる。

 ローデシャルが中を見渡すと、反対側の隅に女の子が膝を抱えて縮こまっている。

 金髪の、まさしく人形のような可愛らしい少女だ。

 「エーネシャル!」

 その声に少女が顔を上げた。

 「おねえちゃん!」

 少女が相手の正体を知って安心したのか、泣きながらローデシャルに縋りついてきた。


 「無事でよかった。」

 「おねえちゃん、おねえちゃん。」

 ローデシャルの胸の中でエーネシャルは、涙や鼻水を拭こうともせず泣きじゃくった。そんな妹の頭を撫でたローデシャルは、自分の袖でその涙と鼻水を拭ってやった。

 「エーネシャル、痛いところとか、気持ち悪いこととかない?」

 「うん、大丈夫。ここに連れてこられてからずっとお部屋にいた。」

 「そう。ひどいことはされなかったようね。」

 ホッとしているローデシャルにおれが声をかけた。

 「長居は無用だ。さっさと行こうぜ。」

 その言葉に同意したローデシャルは、エーネシャルの手を握り、その場を立ち去ろうとした。


 そのとき、隅にいた女の一人が口を開いた。

 「あの、わたしたちは?」

 「おまえたちに手出しするつもりはない。」

 「それはありがたいのですが、そうじゃあなくて…」

 言いにくそうな相手の態度にローデシャルはなにかを感じたようで、

 「自分たちのことは自分たちでなんとかしろ。」

 と、冷たく突き放す。

 その言葉に女たちは絶望の表情を見せた。

 「さ、テヴェリスさん、行きましょう。」

 「そうだな。」

 おれたちは女たちを置いて部屋を出ていった。


 「いいのかい。置いてって。」

 「エルフを物としか扱わない連中を助ける義理はない。」

 「ま、そうか。知り合いでもないしな。」

 納得した顔をしたおれは、屋敷から出ていこうとした時、外ですさまじい音が轟いた。

 「早く逃げた方がいいな。巻き込まれるのはごめんだ。」

 「ええ、そうしましょう。」

 ローデシャルはエーネシャルの手を引いて、屋敷から外に出た。

 

 そのとき、再び破壊音が轟いた。


 見れば、さきほど黒竜が暴れたところで、建物が次々と弾け飛んでいる。

 しかし、黒竜の姿は見えない。

 

 「アウローラのやつか。」

 そう思ったおれは、アウローラに念話(テレフォン)をかける。


 アウローラとアーロンの剣戟は、周りの建物を破壊しながらまだ続いていた。

 見た目、互角の格闘に見えるが、アーロンの顔にはすでに笑顔はなく、焦りでひきつっている。

 (くそ、こいつ遊んでやがるのか?)

 こちらの攻撃はすべて受けきられ、その隙間隙間に攻撃を挟まれてアーロンは苦戦を強いられていた。

 「まだまだ、やれるよね。アーロンの兄さん。」

 アウローラの笑顔が悪魔のように見える。

 (ユーリッドのやつ、どこにいやがるんだ。)

 

 そのユーリッドは、アーロンそっちのけで、シャーリーの行方を追っていた。

 「隠れたって、私の眼からは逃れらないわよ。」

 杖に乘って上空を飛びながらユーリッドは街の中を探る。

 やがて、ユーリッドの眼に低空で飛ぶシャーリーの赤く染まった姿を捉える。

 「見つけた」

 ユーリッドの唇が残忍に吊り上がる。


 シャーリーはなんとか王都外に逃げ出そうと、浮遊魔法(フロート)のスピードを上げた。その甲斐あってシャーリーの視界に外壁が映る。

 「外に出れば……」

 そのとき、殺気と魔法特有の揺らぎを感じる。

 「まさか!?」

 振り返ると、自分の上空にユーリッドの姿が見える。

 その周りにはフォーコ・ランチャ(火炎槍)が、炎の切っ先を見せてこちらを狙っていた。

 

 「死にな!」

 

 ユーリッドの指がシャーリーの見えない姿を差し示す。

 フォーコ・ランチャ(火炎槍)がそこへ正確に放たれた。


 「くっ ダークアロー(闇夜の矢)!」


 シャーリーの周りに真っ黒な矢が出現、飛んでくるフォーコ・ランチャ(火炎槍)に向かって射出された。

 フォーコ・ランチャ(火炎槍)とダークアロー(闇夜の矢)が空中でぶつかる。


 火花が花火のように飛び散り、双方が消滅する。


 「やるわね。でも、これはどぅお。」

 ユーリッドが片手をあげると、空一面に炎の槍が出現する。

 それを見たシャーリーの顔色が一瞬で青白くなった。

 「フォーコ・ビョッジャ(炎の烈雨)」

 「くっ」

 シャーリーの右手が懐に入り、なにかを取り出した。

 そこへ炎の槍が土砂降りのように降り注いだ。


 爆裂音とともに半径500m圏内が爆炎で包まれた。


 その火柱がアウローラとアーロンの眼にも映った。

 「うん?」

 それに気を取られたアウローラに隙が生まれた。

 「隙あり!」


 必殺の突きがアーロンから繰り出される。


 しかし、その突きもアウローラの持つ剣の腹で受け止められた。

 「隙をつくなら黙ってやりなさい。」

 嘲笑とともにアーロンの剣が弾かれる。

 (くそっ、勝てねえのか?)

 同時にアーロンの自信も揺らぐ。


 そんなとき、アウローラの頭におれからの念話(テレフォン)が届いた。

 『アウローラ、こっちの用事はすんだ。一旦引き上げるぞ。』

 「えっ?」

 アウローラが名残惜しそうな声を出す。

 『どうした?』

 「いえ、なんでもありません。承知しました。ご主人様」

 念話(テレフォン)が切れると、アウローラは剣を別空間の箱(サブスペースボックス)にしまった。

 それを見て、アーロンが訝しがる。


 「なんのつもりだ?」

 「今日はこれでおしまい。」

 アーロンに残念そうな顔を見せながらアウローラは背中から翼を出し、その場から飛び上がっていった。

 「まて!勝負はまだついてねえぞ!」

 「また、今度ね。」

 叫ぶアーロンを残し、アウローラはいまだ倒れている黒竜の元へ飛んでいった。

 黒竜の上まで飛んでくると、黒竜に向かって一喝した。

 

 「いつまで寝ているの。さっさと起きて山に帰りなさい。」


 その言葉に目を覚ました黒竜は、アウローラの姿を見止めると驚いたような声をあげた。

 「ほら、ぐずぐすしない。」

 ゆっくり立ち上がる黒竜の首根っこを捕まえたアウローラは、そのまま引き上げた。


 黒竜の巨体がいとも簡単に持ち上がる。

 「さあ、お帰り。」

 黒竜の巨体がすさまじい勢いで放り投げられ、上空高く舞い上がると、その勢いを利用して黒竜は翼を羽ばたき、すっかり明けた青空をアルルト山脈に向かって飛んでいった。


 それを見送ったアウローラは、おれとローデシャルを迎いに、ゴーリーの屋敷へと方向を変えた。

 その様子をアーロンは黙って見送る。

 そこへユーリッドが杖に乘ってやって来た。


 「アーロン、あの女はどうしたの?」

 「飛んでいった。」

 呟くように答えるアーロンの様子に、ユーリッドは不安そうな顔でアーロンのそばに降りてくる。

 「大丈夫?アーロン」

 半ば、放心状態のアーロンを見て、ユーリッドは心ならずも心配そうに尋ねる。

 「で、勝ったの?」

 その問いにアーロンが反応し、先程までの放心状態から怒りの状態に変化していった。

 「勝負はついてない。」

 「へ?どういうこと」

 「相手が逃げたんだ。」

 「逃げた?」

 強く握りしめた自分の拳を見つめながらアーロンは身体中を震わせていた。

 「ああ、だれかに呼ばれたようで、黒竜をどっかに放り投げた後、向こうに飛んでいった。」

 そう言って、東の方向を指す。

 「え?うそでしょ。あの竜を放り投げたの?」

 ユーリッドは信じられない顔をして問い質す。

 「ああ、そうだよ。現に黒竜はどこにもいないだろ。」

 そう言われて、周りを見たユーリッドは、あらためて黒竜がどこにもいないことに気付いた。

 「確かに」


 (ちくしょう。おれを見逃したっていうのか?)

 怒りで打ち震える身体を抑えながらアーロンはいつまでも自分の拳を見つめていた。

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