15 黒竜vs勇者パーティ② アウローラ、割り込む
「おお、やったか。」
グレイの顔に喜色が浮かぶ。しかし、それはすぐに苦色に変わる。
アーロンがすんでのところで黒竜の足から逃れていたからだ。
「そんな遅い動きでおれが潰されるかよ。」
アーロンの大剣が黒竜の足に振り下ろされる。
金属音とともに大剣が弾かれる。
「くそ!かてえなあ」
今一度、黒竜の足に斬り込むが、結果は同じであった。
「ばかめ。竜王がそんな剣で斬れるかよ。」
黒竜の強さにグレイは期待を膨らませる。
「竜王、そいつを粉微塵にしろ。」
グレイの命令が黒竜に届き、黒竜の口が大きく開く。
「息吹か!?」
「フィアンマ・ディスパラーラ(巨炎の一撃)!」
巨大な炎の塊が黒竜の横面に命中する。
その衝撃に黒竜の顔がそれ、息吹はあらぬ方向へ発射された。
おかげでその線上の建造物はすべて破壊され、そのまま王都の外壁に激突すると、外壁を破壊して消えていった。
それを天守の塔で見ていたショーマ王がつぶやく。
「このままじゃあ、埒があかんな。」
ショーマ王の身体が不意に浮かびあがり、そのまま戦いの場へ飛んでいった。
そのころ、おれたちはと言うと、ようやく王都が見える場所まで飛んできていた。
「王都でなにかが起こっているな。」
「どうやら黒竜が暴れているようです。」
アウローラの目には王都での出来事がはっきりと目に映っている。
「早く行かないとエーネシャルがあぶない。」
ローデシャルがじれったそうに叫ぶ。
「アウローラ、スピードアップしてくれるか?」
「わかりました。」
アウローラのスピードが急にあがり、その風圧におれたちの顔が潰れる。
「り・竜王様、き・つ・い・で・す。」
ローデシャルがまっさきに根を上げた。
アーロンは黒竜の頑健さに辟易していた。
「くそ!ユーリッド、身体強化をたのむ!」
「あら~、余計な手出しはするなって、言ってなかった?」
上空のユーリッドがからかうように返事する。
「うるさい!早くしろ!」
「身体強化してやれ、ユーリッド。」
二人のやり取りの間に別の声が割り込んだ。
その声に思わず二人が同時に振り仰ぐ。
空中にショーマ王の姿があった。
「「ショーマ」」
「アーロン、手こずっているようだな。」
ショーマ王が冷たい目でアーロンを見降ろしながら地面へ降りてくる。
「あんたが出て来るほどのものじゃあないぜ。」
黒竜の方に顔を向き直したアーロンは、強気な姿勢を見せるがショーマはそれを一笑に付す。
「アーロン、武器を授ける。使え。」
その言葉にアーロンの目が大きく見開く。
「武器?」
もう一度振り返る。
するとアーロンの目の前で、ショーマが手をかざすと、地面や空中から光の粒が湧きだし、それがショーマの周りに集まり出した。
「創造」
ショーマの手の前で光が集結し、やがて剣の形へと変わっていった。
一本の剣が出現すると、それを地面に突き立てる。
「それは……?」
アーロンはその剣を手に取ろうと近づいた。
そのとき、黒竜の尻尾がアーロンに襲い掛かる。
「エスピーナ・カウティベリオ(荊の束縛)」
ユーリッドの詠唱とともに黒竜の足元から荊の蔦が急速に伸び、その尻尾と言わず、全身に絡みついた。
その強力な束縛は黒竜の動きを止め、アーロンは尻尾の餌食にならずに済んだ。
「礼は言わねえぜ。」
「期待してないわ。身体強化」
ユーリッドの魔法でアーロンの身体が淡い光で包まれる。
体中に力が漲るのを感じながらアーロンは地面に刺さった例の剣を抜いた。
「へえ、すげえな。この剣。」
「竜撃剣だ。」
ショーマ王がもっともらしく告げる。
「よし、大トカゲ。覚悟しやがれ。」
アーロンの叫びに触発されたのか、黒竜が大音量で咆哮する。
その衝撃に突風が吹きすさび、瓦礫が舞い上がる。
常人ならその威圧に身体が竦むが、アーロンには効かない。
「うるせえ!」
アーロンの足が地面を蹴り、一瞬で黒竜との間を詰める。
黒竜も拘束する荊の蔦を引き千切り、応戦態勢に入る。
拘束から開放された黒竜の尻尾が、アーロンを薙ぎ払おうとすさまじい勢いで飛んでくる。
それを軽快なフットワークで躱すアーロンは、黒竜の目の前で高くジャンプする。
竜撃剣が上段から振り下ろされる。
それを前足で弾き飛ばそうとする黒竜。
以前ならアーロンの剣は黒竜に通用しなかった。しかし、
〈ギャアォォォォ~‼〉
黒竜の悲鳴とともに前足の指が、真っ黒な血を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「さっきとは段違いだな。」
竜撃剣の威力に驚きながらアーロンはさらに黒竜に追撃をかける。対して、アーロンを近づけまいと黒竜が息吹を放つ。
息吹が真正面からアーロンに迫る。
「うおおおおお‼」
アーロンが竜撃剣を縦一文字に振る。
その剣勢で息吹が左右に裂けた。
「なに!?」
「すごい」
グレイとユーリッドが同時に驚く。
「覚悟しな。大トカゲ。」
「くそ!エア・レストレイト(風の束縛)」
アーロンの周りにつむじ風が巻き起こり、それがアーロンの身体に絡まりつき、その四肢を抑え込んだ。
「うむ、これは?」
アーロンが追撃できなくなる。
それを見たユーリッドが建物の上にいる二人を睨む。
「余計な邪魔をするんじゃないよ。」
ユーリッドの周りにフォーコ・ランチャ(火炎槍)が複数出現し、グレイに向かって放たれた。
「防御魔法」
シャーリーの張った防御魔法にフォーコ・ランチャ(火炎槍)が次々と着弾し、防御魔法はあっという間に打ち砕かれた。
「そんな魔法で私のフォーコ・ランチャ(火炎槍)が防げると思っているの。」
嘲笑を浮かべながら次弾を撃とうとする。
「くそ!」
「グレイ、不利だ。ここは引こう。」
シャーリーが退却を提案するが、グレイはそれを拒否する。
「うるさい!竜王がいるんだ。こんなやつら、ものでもない。」
意地になっているグレイは状況がわかっていない。シャーリーの中である結論が出る。
「隠れ身魔法」
シャーリーの姿が風景に溶け込む。
「フォーコ・ランチャ(火炎槍)」
ユーリッドの火炎槍が次々とグレイに襲い掛かる。
「防御魔法」
しかし、グレイの魔量ではユーリッドの火炎槍は防げない。防御魔法は簡単に破られ、グレイは炎に包まれた。
「ぐあああ!」
熱さに悶えながらグレイは、建物から落ちる。
落ちて地面に叩きつけられたグレイは、必死に叫ぶ。
「シャーリー、治癒…魔法…を…」
しかし、その声は虚しく虚空に消える。
「あれ?もう一人いたはずだけど。」
ユーリッドが首を傾げながら、その目に魔量を込める。
「逃げようたって無駄だからね。」
ユーリッドの口元に残忍な笑みが浮かぶ。
グレイたちとユーリッドの争いの間に、アーロンは束縛を力づくで引きちぎり、竜撃剣を構えなおした。
「こんどこそ引導を渡してやるぜ。」
不敵に笑うアーロンの足が地面を蹴った。
疾風のごとく駆けるアーロンに向かって、黒竜の尻尾が払い除けようとする。
しかし、アーロンのスピードはそれを掻い潜り、黒竜の目の前に到達すると、袈裟懸けに竜撃剣を振り下ろした。
黒竜がそれを防ごうと右の前足を突き出す。
竜撃剣が光の線を引く。
黒竜の前足が断ち切られ、真っ黒な血を撒き散らしながら宙を舞う。
〈ギャアアアアア───‼〉
大音量の悲鳴とともに黒竜が後ずさりした。
「とどめだ!」
アーロンがその剣で黒竜の心臓を刺し貫こうとしたとき、黒い影が上空より急速に舞い降り、その剣を弾いた。
「だれだ!」
「ここまでよ。」
目の前に立ったのは、見たこともない服装に眼鏡をかけた美しい女性。
そう、アウローラだ。
アウローラとアーロンの間に殺気が絡まり、新たな戦いが始まろうとしている。
が、その前に時間を少し遡ろう。
猛スピードで王都に向かうおれたちは、外壁の近くまで来た時、王都の中心で暴れ回っている黒竜を見つけた。
「やってる、やってる。」
アウローラが楽し気に眺める。
「ローデシャル、妹さんが捕らわれている屋敷ってのはどこだ?」
おれがローデシャルに尋ねると、ローデシャルはアウローラの高速飛行に耐え切れず、なかば気を失っていた。
「まずいな。アウローラ、近くに下ろしてくれないか?」
「承知しました。ご主人様。」
アウローラは王都の東外れに着地した。
ここはまだ黒竜の被害は受けてないようだが、街中は大混乱しているようだ。住民が右往左往している。
おれはローデシャルを地面に横たえると、頬を軽く叩いた。
すぐにローデシャルが気が付く。
「ここは?」
「王都の東外れだ。」
「ああ、そうか。すみません。介抱してくれて。」
ローデシャルは起き上がると、軽く頭を下げた。
「それはいいが、ローデシャル。ゴーリーの屋敷の場所はわかっているのか?」
「ええ、仲間から場所は聞いている。」
そう言って、ローデシャルはゴーリーの屋敷の方向を指差す。
「一人で大丈夫か?」
ローデシャルが指差す方向を見た後、おれは心配そうに彼女を問いただす。
「大丈夫です。ありがとうございます。ここまで連れてきてくれて。」
そのとき、すさまじい音が王都に轟く。
その方向を見ると、黒竜がだれかと戦っている。
「すごいな。」
「早く助けに行かないと、エーネシャルの身が危ない。」
ローデシャルが心配顔で黒竜の戦いを見つめる。
「アウローラ、黒竜を止めてくれるか?」
「畏まりました。して、ご主人様は?」
「ローデシャルをゴーリーの屋敷に送り届ける。」
突然の申し出にローデシャルは驚いた。
「テヴェリスさん、いいのですか?あなたにも所用があると言ってましたよね?」
「ああは言ったが、さすがにこのままひとりでやるのは、目覚めが悪い。」
おれはバツが悪そうに頭を掻くのを見て、ローデシャルが感謝の笑顔を見せた。
「ありがとうございます。」
「アウローラ、あっちはたのむぞ。じゃあ、行くか。」
おれはローデシャルを背負うと、「スライド(摩擦軽減)」と唱えた。
氷の上をすべるように、おれたちはゴーリーの屋敷に向かって駆けた。
それを見送ったアウローラは、再び黒竜とアーロンの戦いの場に目を移し、そこへ向かうべく翼を広げた。
そして、前の場面に戻る。
黒竜を庇うように立つアウローラを、はじめ不思議そうに眺めていたアーロンは、やがてその行動に怒りを覚えた。
「なぜ、邪魔をする?」
「悪かったな。こいつはわたしの番犬でな、あとできっちり躾けておくから、ここは許しちゃくれないか?」
軽く言い訳を言うアウローラに、一瞬呆れかえったが、アーロンの怒りは更に募る。
「ばかいうじゃあねえ。こいつのせいで王都がどれだけ被害を受けたかわかっているのか?」
「そいつは悪かった。あやまるよ。」
素直に頭を下げるが、アーロンはそれでは収まらない。
「ふざけるな!」
竜撃剣を改めて構え、殺気を迸らせる。
それに触発されたのか、それともグレイの命令が途絶えたのが原因か、黒竜が狂ったように咆哮を上げた。
「うん?」
「なに!?」
アウローラとアーロンが同時に黒竜を見上げる。
「【隷属の魔冠】の主が死んだか?」
後ろに控えるショーマ王がボソッと呟く。
「また、暴れ出すってかい。」
アーロンが舌なめずりをする。
「こら、おいたはだめよ。」
アウローラがいきなり跳躍する。
その高さは黒竜の頭を軽々と超え、その握った拳が黒竜の頭を殴りつける。
衝撃が黒竜の全身に走った。
黒竜は伏せの格好で地面に倒れ、そのまま意識を失ってしまう。
その頭にふわりと着地するアウローラは、さわやかな微笑みをアーロンとショーマ王に向けた。
「何もんだ?この女。」
アーロンの疑問はショーマ王の疑問でもある。
(得体の知れない奴が現れたな。)
「これで勘弁してもらえない?」
黒竜の頭から飛び降りたアウローラは、アーロンに向かって小首を傾げて許しを請う。
しかし、アーロンの血の滾りはアウローラの謝罪では収まらない。
「そんなことで許せると思うのか!」
「ええ、だめ?」
アウローラが困った顔をする。
「おまえがこの竜を煽って王都を襲わせたのだな。なら、おまえが責任を取れ。」
「別に私が襲わせたわけじゃあないけど、責任ってどう取ればいいの?」
「大人しく投降しろ。裁きをかけたうえ処刑する。」
後ろに控えていたショーマ王が冷たく言い放った。
「へえ、嫌だと言ったら。」
アウローラが不敵に答える。
「この場でおれが処刑してやるよ。」
アーロンが代わりに応える。
「おもしろいことを言うわね。」
アウローラの目に殺気が点る。
「アーロン、ここは任せてよいな。」
「ああ、陛下の手は煩わせないよ。」
アーロンの喜色を含んだ返答に、ショーマ王は軽く頷き、浮遊魔法を唱えて上空に浮かびあがった。
「あら、あなたは退場ってわけ?」
「裁きの場で会おう。」
冷たい笑みを残して、ショーマ王は王城に向かって飛んでいった。
残ったのはアウローラとアーロンだけ。
ユーリッドはシャーリーの行方を追っていて、この場にいない。
「さあ、どうする?おとなしくするか、それとも抗うか?」
「そうねえ。なんかあなた、戦う気満々のようだから付き合ってあげるわ。」
「そうかい。じゃあ、さっそく始めようか。」
アーロンは再度、竜撃剣を構えなおした。
それに対して、アウローラは自然体で立っている。
「得物がないなら貸してやるぜ。」
アーロンが冗談めかしく言うと、アウローラは不敵な笑みで答える。
「いらないわ。自前の得物は持っているから。」
「なら、遠慮はいらねえな。」
アーロンが地面を蹴った。
一瞬でアウローラとの間合いを詰める。
竜撃剣が一閃する。
バックステップをしてそれを避けるアウローラ。
それを見て、喜びをあらわにするアーロン。
「やるねえ。姉さん。そういえば、名前を聞いてなかったな。」
「私の名前はアウローラ。」
「そうかい。改めてアーロンだ。いくぜ。」
律儀に名乗り合った二人の間に殺気がぶつかり合う。




