14 黒竜vs勇者パーティ① 黒竜、王都襲う
大門の出来事はすぐさま、早馬と遠話器で王都に知らせが走った。
二人が食事をしている間である。
それは騎士団に伝えられ、すぐさま王宮に情報が上がった。
「由々しきことだぞ。黒竜が来るとは。」
会議室に集まった大臣たちが口々に騒ぐ。
「騎士団長、王都の防衛は大丈夫なのか?」
「早く安全な場所に避難せねば。」
「しかし、大門から王都までわずかだぞ。避難する時間があるのか?」
大臣全員がうろたえ、収拾がつかない。
「陛下が入られます!」
秘書官の一声にその場にいた全員が直立不動となった。
騒然としていた会議室が水を打ったように静まる。
そこへひとりの若者がゆっくりと入ってきた。
エーネハイム王国国王、ショーマ・イヅツ・リーデルモンドだ。
金糸銀糸に宝石を使ったボタンで贅沢に織られた服に、真っ赤なマントを羽織ったショーマ王は、一番上座の席に座ると居並ぶ大臣たちを見廻した。
「ずいぶんと騒がしいようだな。」
その一言に一同が緊張する。
「陛下、いま黒竜の対策を論じていたところです。」
一同を取り仕切る総務大臣が口を開いた。
「対策?してどんな対策が上がったのだ?」
「それは……」
総務大臣の口が淀む。
「ふっ、ろくな案もでず、ただ騒がしくしていただけだろう。」
国王の一言にだれも反論できず、うなだれているだけだ。
そうして、沈黙が流れる。
「黒竜にはアーロンを向かわせる。」
「えっ?」
「大将軍殿をですか?」
「ついでにユーリッドもな。」
「大魔導士殿も……」
二つの名前を聞いて、会議室の中がざわめいた。
「ここでおしゃべりするよりも早く片がつくだろう。」
「ならば騎士団を同行させ、援護を…」
「いらん!」
大臣の提案を一喝で却下する。
「アーロンとユーリッドの邪魔になるだけだ。ふたりに任せておけ。」
「は、おおせのままに。」
再び、会議室に沈黙が流れる。
「今日の会議は終了。みな、ご苦労であった。」
ショーマ王がそう宣言すると、だれも異論を挟まず、そんな彼らを無視して王は部屋を退出していった。
残された大臣たちの間から大きなため息が響く。
「相変わらずだな。」
「我々はお飾りか?」
「しかし、いまは王の判断が最善であろう。」
「確かにあのお二方以上に適任はおるまい。」
再度、部屋の中に深いため息が響く。
ショーマ王はピカピカに磨かれた廊下を黙々と歩いて行く。
行き先はこの城で一番高いところ。
天守の塔だ。
長い階段をショーマ王は息を切らすことなく登っていく。
ついてくる秘書官のほうが息を切らしている。
ショーマ王が塔の展望の間につくと、すぐにベランダに出る。
王都が彼の眼前に広がっている。
王都の門に目を向けると、馬を駆って走る一人の男がいた。
「ふっ、アーロンのやつ、相変わらずだな。うん?ユーリッドのやつはどこだ?」
「私ならここよ。王様。」
ショーマ王の頭の上から声がする。
それに反応して顔を上げると、塔の更に上に杖に乘った女性が浮いていた。
「ユーリッド、まだ、向かわないのか?」
ショーマ王がこまったような顔をして見上げると、杖の上の女性は笑みを浮かべる。
「私まで行く必要ある?」
「退屈そうだから仕事を与えたのだがな。」
ショーマ王が皮肉な笑いを浮かべると、ユーリッドは迷惑そうな顔をする。
「私だって忙しいのよ。」
「男を侍らすのがか?」
その一言にユーリッドはバツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「わかったわ。行くわよ。ただ、アーロンのやつが全部片づけちゃうかもしれないわよ。」
「それならそれでいいさ。おまえは黒竜が襲ってきた原因でも探ってもらおうか。」
「わかったわ。王様のお願いなら仕方ないわね。」
ユーリッドは笑顔を残して、宙を飛んでいった。
「黒竜一匹でこの王都を襲うとは、ずいぶんと見くびられたもんだな。」
ショーマ王は、アーロンとユーリッドが向かった方向を望みながら、一人呟いた。
そこへ秘書官が息を切らしながら到着する。
「少しは鍛えておけ。」
ショーマ王は秘書官を一瞥すると、プイっと南の空に目を移した。
空が明るくなり始めている。
まもなく夜も明ける。
戦いが始まろうとしていた。
アーロンは単騎で南の門を目指していた。
ひさしぶりの戦い。
心臓が高鳴り、気持ちが高揚している。
「ひさしぶりの戦闘だ。」
まるでご馳走にでもありつこうかという期待感に満面を染めたアーロンは、さらに馬に鞭を入れる。
それを刺激に馬のスピードが更に上がった。
南の門が眼前に迫る。
門番がいつもどおり門を護っていた。
「門を開けろ!」
アーロンの大声に、門番は慌てて門扉を開く。
開き切る前にアーロンの馬はその間を駆け抜けていった。
あっという間に遠ざかるアーロンの後ろ姿を門番たちは呆けた顔で見送った。
その上空を優雅な姿でユーリッドが通り過ぎる。
街道を疾走していくアーロンの馬に、ユーリッドの乗った杖が上空から近づいてくる。
「アーロン、お急ぎのようね。」
駆けるアーロンの横にユーリッドが並んだ。
「ユーリッドか?余計な手出しはするなよ。」
「しないわよ。めんどくさい。」
本当に面倒くさそうな顔をするユーリッドに、アーロンはニヤリと笑い返す。
「そうか。ならいい。」
「でも、アーロン、本当に手助けしなくていい?あんた、黒竜と戦うの初めてでしょう。」
「問題ない。おれの得物があれば黒竜など真っ二つだ。」
子供のような強がりにユーリッドは微笑む。
「じゃあ、がんばってね。私は高みの見物しているから。」
そう言い残してユーリッドの乗った杖が高度を上げていった。
それを見送るアーロンの目の端に、黒い飛行物体が映る。
「あれか?」
アーロンは馬を止め、南の上空を凝視した。
いまだ闇が覆うその空を黒い飛行物体がすさまじいスピードで通り過ぎていく。
「くそ!高すぎるぞ。」
アーロンは馬を返すと、黒竜と思われる飛行物体の後を追った。
「もうすぐ王都だ。」
「あら、目の前になにかいるわよ。」
シャーリーが黒竜の進む方向に浮かぶユーリッドを見つける。
「大魔導士ユーリッドか。」
「なになに⁉どうして、私の方に黒竜がくるわけ?」
ユーリッドは慌てて黒竜を避けようとする。
「黒竜、おまえの息吹で目の前の女ごと王都を破壊しろ。」
グレイの命令に黒竜が反応し、その口を大きく開けた。
黒竜の口の奥からすさまじい質量を伴った息吹が放出される。
「きゃあ!」
ユーリッドが急旋回して黒竜の息吹を回避した。
その横を息吹が直線的に通り過ぎ、そのまま王都の外壁に激突した。
大音響とともに外壁が粉々に粉砕してなお、息吹の勢いは弱まらず、そのまま王都の街並みを蹂躙していった。
その直線上にあった建物はすべて破壊され、そこにいた人々はすべて物言わぬ肉塊と化した。
生き残った民衆に恐怖が伝播していく。
我も我もと逃げ惑い、街中がパニック状態になった。
それを見下ろすように黒竜が外壁を飛び越え、街中に侵入していった。
「竜王よ。あの大聖堂の鐘楼におれたちを下ろしてくれ。」
グレイが命じると、王都の中でも華麗に建つ大聖堂の鐘楼に黒竜は近づいていく。
近づく黒竜に大聖堂にいる修道士、修道女は我先にと大聖堂から避難していった。
黒竜は空中でスピードを緩めると、大聖堂の屋根にその身を下ろした。
グレイとシャーリーは黒竜の首伝いに鐘楼に飛び移り、逃げ惑う民衆を見下ろして、悦に浸る。
「よし、竜王よ。まずはあの城を破壊しろ。」
グレイが王都の中央にそびえる王城を指差す。
その命に黒竜の首が王城へと向く。
口が開き、黒竜の息吹が王城に向かって放たれた。
まっすぐ進む息吹が、王城の手前で目に見えない壁に遮られるように四散する。
「なに!?」
グレイが目を見張るそばでシャーリーが理解したように笑う。
「大規模な防御結界が張られているようね。」
「防御結界?」
「大司教フォベリオのせいね。」
黒竜の息吹を撃たれた王城の方では、城内が大騒ぎになっていた。
「王城が攻撃されたぞ。」
「ここは安全ではないのか?」
「たれか!私の身を守れ!」
大臣、政務官など王城の中にいた者すべてが恐怖に慄き、パニック状態に陥った。
ただ一人をのぞいて。
天守の塔でショーマ王だけが、平然と見守っている。
「フォベリオの結界が効いたようだな。だが、それもいつまでもつか。」
他人事のように呟くショーマ王の言葉に、後ろに控える秘書官は全身を震わせた。
「陛下、すぐに安全な場所にお移りください。」
秘書官の言葉に彼は振り返り、じろりと睨んだ。
「安全な場所?この城のどこにそんな場所がある?」
「そ、それは……」
王の問いに秘書官は何も答えられない。
「心配するな!」
そう言い放って、王は再び聖堂に乘る黒竜を睨んだ。
(確かフォベリオは魔女探索に出かけていたんだったな。すると結界が破壊されるのも時間の問題か?)
ショーマ王は腕を組み、この状況を楽しんでいるような笑みを浮かべる。
一方、鐘楼に立つグレイは苦々しい顔で王城を睨んでいた。
「くそ!竜王よ。今一度、息吹を放て!」
その命に黒竜が再び口を開き、息吹を放った。
しかし、結果は同じく息吹は遮られ、四散する。
「だめか。」
悔しがるグレイのそばでシャーリーがほくそ笑む。
「だめじゃあないわ。結界に亀裂が入っている。竜王の攻撃に耐えられなくなってるってことよ。」
「ほんとうか?」
グレイの顔に明るさが戻り、再び王城を睨みつけた。
「よし、もう一度息吹を…」
「あぶない!」
シャーリーがグレイの上にかぶさり、床に伏した。
それに少し遅れて、すさまじい威力の炎の塊が黒竜の背中にぶつかった。
〈ギョォエエェェ~‼〉
悲鳴とともに黒竜がバランスを崩し、大聖堂の屋根を崩しながら地面に落ちていく。
「竜王!」
グレイが鐘楼の柵に縋りつきながら下を見る。
シャーリーは炎の飛んで来た方向に目を向けた。
「ユーリッド」
その視線の先に空中に浮かぶユーリッドの姿があった。
「さすがに黒竜ね。一発じゃあ仕留められないわ。」
自慢げな笑みを浮かべるユーリッドは、鐘楼にいる二人の男女に気が付く。
「へえ、あんなところに人が。逃げ遅れたって訳じゃあないわね。」
「よけいなことをしやがって。」
グレイがエア・ソー(風刃)を放つ。
しかし、ユーリッドの目の前でそれは掻き消える。
「ふふ、私に魔法を撃つなんて怖いもの知らずね。」
ユーリッドが両手を掲げる。
「フィアンマ・ディスパラーラ(巨炎の一撃)」
両手の上に巨大な炎の塊が出現する。
「竜といっしょに死にな。」
それが鐘楼に向かって放たれる。
「くそ!」
グレイとシャーリーは鐘楼から慌てて飛び降りた。
起き上がった黒竜はその炎の塊に向かって息吹を吐き出す。
息吹とフィアンマ・ディスパラーラ(巨炎の一撃)が鐘楼を挟んで激突する。
すさまじい閃光が大聖堂を包み込み、爆音と爆風と四散する炎が辺りの建物を薙ぎ払う。
二人は飛行魔法と風魔法で、辛うじて爆心から避難し、離れた建物の屋根に降り立った。
「無茶するわね。」
「竜王は無事か?」
粉塵と爆煙に包まれた大聖堂を透かして見ると、黒い大きな影が蠢いている。
やがて、爆煙の中から黒竜を頭を出した。
「無事なようね。」
「よし、竜王よ。あの生意気な魔法使いを蹴散らしてやれ。」
グレイの命令に黒竜が翼を振るい、旋風を巻き起こしながら宙に飛び上がった。
「アーロンはなにをしているのよ。私一人に押し付ける気?」
ユーリッドは飛び上がる黒竜を睨みながら愚痴をこぼす。
そんなユーリッドにお構いなく、黒竜が目の前の魔法使いを噛みちぎろうと口を開けて迫った。
「そうやすやすやられるユーリッド様じゃあないわよ。」
「フォーコ・ランチャ(火炎槍)」
ユーリッドの周囲に炎の槍が複数出現する。
それが次々と黒竜めがけて発射され、黒竜の身体のあちこちに着弾する。
〈ゴアァァァ──‼〉
しかし、黒竜はそれを物ともせず、咆哮を上げながらユーリッドに噛みつく。
ユーリッドもそれを紙一重で躱す。
そして、またフォーコ・ランチャ(火炎槍)を放つ。
背中、翼、そして頭と着弾するが、黒竜は意に介さない。
「なんなのよ。こいつ!」
「竜王がそんな攻撃に怯むか!」
グレイが歓喜するように叫ぶ。
そのとき、ユーリッドと黒竜の戦いを遠く天守の塔で見ていたショーマ王が、おもむろに右手を天に向かって伸ばした。
上空に黒雲が集まり、その中で光がランダムに瞬く。
「ペネテュリィート・サンダー(尖雷)」
雷鳴とともに稲光が落ち、黒竜の翼を貫いた。
〈ギャオォォォ──‼〉
悲鳴とともに黒竜の高度が下がる。
そこへ恐ろしいほどのスピードで駆けてくる一騎の馬がいた。
その背に乗るのは、アーロン。
彼の身長の3分の2はあろうかという大剣を振りかざし、黒竜に向かって突っ込んでくる。
「うおおおおぉぉ!」
アーロンの騎乗する馬が飛び上がる。
そのまま大剣が一閃した。
金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
黒竜がアーロンの一振りからくる衝撃で地面に叩きつけられた。
その間に着地したアーロンは、馬から飛び降り、地面に伏せる黒竜の前に仁王立ちする。
「やっときたわね。アーロン。」
上空ではユーリッドが杖に乗ったままホッとした顔をした。
離れた建物の上では、グレイが苦虫をかみつぶしたような顔をし、シャーリーは成り行きを面白がっている。
「竜王、何している!立ち上がってそいつを踏み潰せ!」
グレイが焦ったように叫ぶ。
それに答えて黒竜がゆっくりと立ち上がった。
「さあ、こい。大トカゲ」
黒竜に向かって煽るが、黒竜はアーロンの言葉を理解していない。ただ、じぶんに敵対する動物という認識だけ持っている。
後ろ足で立ち上がった黒竜は、アーロンを踏み潰そうと右足を上げ、彼の上にその大きな足を落とした。
地響きが鳴り、土ぼこりが舞い上がる。
誰もが、アーロンは踏み潰されたと思った。




