13 からっぽやみ魔王 王都へ向かう(黒竜、一休みする)
おれに笑顔を向けられたローデシャルの顔が涙で歪む。
「テヴェリス、おまえは一体……」
抱きつこうとするローデシャルを抑え、おれは信じられない面持ちでおれを見つめるエルフの方々の方へ顔を向けた。
「この首輪を外せるのか?」
「おれの首輪も外してくれ。」
「私のも」
皆が我も我もとおれに迫る。
「待ってくれ。落ち着いて。みんな外してやる。そこへ並んでくれ。」
迫る皆を制し、エルフたちを横一列に並ばせた。
「みんな、動かないでくれよ。」
そう言うと、おれは両手をかざし、集中した。
「セレクト(対象選択)」
横に並んだエルフたちの首輪にひとつづつ光が点る。
「デリート(術式解除)」
全員の首輪に光が点ったところで、詠唱すると端から術式が現出しては、次々と消えていった。
最後のひとりの術式が消えたところで、皆の首輪が外れ、床に落ちた。
「これで大丈夫だろう。」
「ありがとう。君は命の恩人だ。」
エルフの一番年長らしい男がおれの手を両手で握ってきた。
他の者もおれを囲み、次々と感謝を告げてくる。
その様子を見ていたローデシャルの顔が険しくなった。
「アルエイム、エーネシャルの姿が見えないけど?」
ローデシャルがアルエイムと呼んだ一番年長らしい男の顔が曇る。それにつられて他の皆の顔も急に曇ってしまった。
「まさか……」
ローデシャルの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。
それを察してアルエイムがローデシャルの両肩を握った。
「エーネシャルは生きている。」
「じゃあ、どこに?」
「王都だ。」
アルエイムが顔を背けながらポツリと答えた。
「王都?」
「ああ、ゴーリーの奴が奴隷として自邸につれていったらしい。」
「奴隷……」
ローデシャルの脳裏に別の最悪事態が浮かんだ。
「助けに行かなくちゃ。」
「おい、待てよ。」
ローデシャルはおれの止めるのも聞かず、地下から階上へ登っていった。
その後を追ったおれは、一階で立ち尽くしているローデシャルに行き当たる。
なぜ、立ち尽くしていると思っていると、廊下の先にゴーリーの隣にいた女秘書エステアが、ボーガンを構えて立っていた。
「動くな。動けば撃つぞ。」
ボーガンの矢がまっすぐローデシャルの心臓を狙っている。
「くっ」
ローデシャルが唇を噛む。
「表で暴れている仲間を止めてもらおう。」
エステアが命じるが、ローデシャルは動こうとしない。
「死にたいの?」
「私が命を惜しむと思うのか?」
「でも、仲間の命は惜しいだろ。」
そう言ってエステアは、ポケットから長方形の道具のようなものを出した。
「?」
ローデシャルが訝しがると、エステアは自慢げな笑みを浮かべる。
「これは遠話器。これであるキーワードを言うだけで【断罪の首輪】が爆発する。」
「見てわからないのか?私に首輪はもうない。仲間にもだ。」
「だが、王都に行った仲間は違うだろ。」
エステアの嘲笑にローデシャルの唇が悔しさで歪む。
「さあ、おとなしく言うことを聞け。」
「アウローラ。」
二人のやり取りに割り込むようにおれが名を呼ぶと、エステアが怪訝な顔する。
同時にエステアの目が白目に変わった。
そのまま倒れたエステアの後ろにアウローラが立っていた。
「アウローラ、よくやってくれた。」
「表の連中はあらかた片付けておきました。」
「竜王様。」
ローデシャルが感謝の気持ちでアウローラの別名を呼び、その足元に跪いた。
そこへ助けたエルフの仲間たちが登ってくる。
ローデシャルの様子を不思議そうに眺めていると、ローデシャルが振り返った。
「みなさん、竜王様です。」
恭しい口調でアウローラを紹介したが、見たこともない服装をした女性を竜王と言われても、皆はピンとこない。
かえってローデシャルを怪訝な目で見る始末だ。
それを見たおれがアウローラに近寄ると、そっと耳打ちした。
「ちょっと竜のオーラを見せてやれ。」
「はい」
おれからの頼みに頷くと、アウローラは精神を集中した。すると、アウローラの全身から紫色の陽炎のようなものが立ち上り、それが竜の姿に変化した。
それを目にしたエルフたちは、恐れおののき、床に身を伏した。
「知らぬこととはいえ、失礼いたしました。」
「竜王様、われわれの無礼、お許し下さい。」
口々に失礼を詫びる姿にアウローラは戸惑う。
「いいですよ。気にしていませんから。」
皆に立ち上がるように促すアウローラに、エルフたちは更に恐縮する。
そんな様子を漫然と眺めていたおれに、ローデシャルが近づいてきた。
「テヴェリスさん、お願いがあるのですが。」
突然、さん付けされたことに驚いたおれは、ローデシャルの真剣な顔つきに少し引きながら尋ねた。
「うん?なんだい。」
「私を王都に連れて行ってくれませんか?」
王都と聞いて、おれにピンとくるものがあった。
「さっき言っていた王都に連れていかれた仲間か?」
「ええ、助け出したい。」
遠慮がちだが強い懇願が感じられる。
「連れて行ってもいいが、いま、王都がどんな状態かわかっているのか?」
「想像はできます。多分、黒竜が暴れ、それに勇者パーティが対抗するでしょう。王都は戦場となります。」
ローデシャルの言う通りになるだろう。
「命の保証はできないぜ。」
おれの想像が当たっていれば、王都にいるという勇者がおれの目指す転生者だ。あいつとの約束通りにその勇者を元の世界に戻すとしても簡単にはいかん気がする。そうなれば、ローデシャルが危険な目にあった時に助けることは難しいかもしれない。
「ローデシャルが行く意味があるのか?」
「妹なんです。」
なるほどと納得する。
そりゃあ、助けに行きたいよな。
「おれの手助けは期待できないぜ。」
冷たいようだが、おれにはおれの用事がある。
「かまいません。連れて行ってくれるだけでいいです。あとは私がなんとかします。」
必死の覚悟がその目に宿っている。
こうなっては断れんわな。
「わかった。連れていくよ。」
「ありがとう。テヴェリスさん。」
「そのテヴェリスさんというのはやめてくれないか。いつもどおり呼び捨てでいいよ。」
なんとなくこそばゆく、思わず首筋を掻く。
「そうはいきません。あなたは命の恩人です。」
えらい変わりようだ。言葉遣いも丁寧になっている。
「アウローラ、もう出かけるぞ。」
「それはいいですが、この方たちがお願いがあるそうで。」
「お願い?」
確かにエルフの皆がなんか必死の訴えをしている。
「我々はどこへ行けばよろしいでしょう。」
「この街では安心して暮らせません。」
助けてもらったうえに、今度は住むところを斡旋しろか。人間、身の安全が保障されると、更なる欲求が高まるものだな。
「そのようなことを竜王様にお願いするとは、図々しい。」
ローデシャルが皆を叱責する。
確かに図々しいっちゃ図々しい。
でも、まあ、しょうがないか。
「アウローラ、あの地下の住み家をこの人たちに与えてもいいか?」
「ああ、あそこですか。構いませんよ。どうせ、戻る気はありませんから。」
「そうか。じゃあ、ローデシャル。あの竜王殿をこの人たちに解放してあげなよ。」
「いいんですか?」
ローデシャルをはじめエルフの皆の顔がパッと明るくなる。
「ああ、ただ、大分崩れているから片付けとか大変だけど。」
「かまいません。竜王様のお住まいを使わせていただけるなら文句はいいません。」
アルエイムと呼ばれていた年長者が喜びを満面に湛えて返事した。
「よし、決まった。ローデシャル、道筋を教えてやってくれ。その間、おれたちは腹ごしらえをしておく。」
「そうですね。ちょっと動いたので小腹がへりました。」
おれはアウローラを引き連れ、調理場を探しに行った。
ローデシャルはアルエイムと今後のことを話しあうようだ。
一階を歩き回り、やっと調理場を見つけたおれたちは食べるものを探した。
「ご主人様、なにかおつくりしましょうか?」
アウローラが目を輝かせながらおれに迫ってくる。
いや、おまえ、料理だめだろう。
「アウローラ、あまり時間もないから手っ取り早くその辺のものを口にいれよう。」
おれはなんとか穏便にアウローラの料理を回避し、その辺を探し回った。
丁度いいことに鍋にスープの残りがある。
おれはその辺から火打石を見つけ、火を起こすとスープを温め始めた。
そこへ丁度ローデシャルがやってくる。
「おお、いいところに来た。いっしょに食べないか?腹が減っているだろう。」
おれが誘うと、ローデシャルは恥ずかしそうな顔をしながらそばにある椅子に腰かけた。
「残り物だが、いまスープを温めている。」
おれが鍋を掻き回すと、後ろからローデシャルが話しかけてくる。
「いろいろとすみませんでした。助かりました。」
「彼らとの話はついたのか?」
「ええ、今、出かける準備をしています。」
「そうか。」
おれは温まったスープを皿に盛り、ローデシャルに渡す。つづいてアウローラへ渡し、最後におれの分を盛る。
「ありがとう。テヴェリスさん。」
さん付けはやめてくれないようだな。
「これを食ったら王都に向かおう。」
「お疲れではないのですか?」
ローデシャルがアウローラを心配そうに見る。
「あのくらい準備運動にもならないわ。」
「王都まではどれくらいだ?」
おれがローデシャルに聞くと、ローデシャルが指折り数える。
「馬車で5日というところですね。」
「5日か。アウローラなら1日というところだな。」
「そうですね。明日の昼にはつくでしょう。」
「黒竜はもう王都についているかな?」
「多分、朝方じゃあないですか?」
アウローラの答えにあまり猶予がないなと思う。
「あまりのんびりしてられないな。」
おれはスープを急いでかきこんだ。
その頃、グレイとシャーリーを乗せた黒竜は、思ったより早く王都の近辺に辿り着いていた。
「あそこに見えるのが王都への大門ね。」
関所と監視砦を兼ねた大門が見える。
「挨拶していくか?」
「そのまま飛び越えればいいのに。酔狂ね。」
「ついでに腹ごしらえもしたいしな。」
その言葉にシャーリーは思わず腹を撫でた。
「確かにお腹は空いたわね。」
グレイは黒竜を大門に向けて降下させた。
大門は王都を囲むように東西南北に4つある。
ここは南の街道を護る門で、西の山から流れる川にそって城壁が築かれ、それが海まで続いている。
過去に魔族や蛮族の侵攻を防いできた歴史がある。
その大門に、今黒竜が降り立とうしていた。
「なんだ、あれは?」
櫓の上で見張り番を務めていた番兵が、いの一番に気づいた。
「り・竜か!?」
「竜が来るぞ!」
櫓の番兵が下にいる仲間に大声で伝える。
城壁の上に待機していた兵士たちが南の空を見る。
黒竜がまっすぐ向かってくる。
「うわあ、り・竜だ!」
「こっちにくる!」
兵士たちにとっては、始めて見る竜だ。
皆が皆、竜など物語や絵本でしか見たことがない。
それが今、眼の前にいる。
だれも現実感を持てない。
しかし、それはすぐに現実と知る。
黒竜の口が大きく開き、その喉の奥からすさまじい威力の息吹が迸る。
それは物理的にありえないような質量を持った息吹だ。
それが大門にぶつかると、大門は大音響を発して、粉々に砕け散った。
後には細かい砂利と粉塵が残るのみ。
その場にいた番兵も一人として息をしているものはいないどころか、その姿形もとどめていない。
その大門があった場所に黒竜が降り立った。
その巨大で悍ましい姿に皆が恐怖に駆られ、逃げ惑う。
それを見下ろしながらグレイとシャーリーは、黒竜から降り立った。
「さて、食堂はどこかな。」
大門は防御陣地も兼ねており、小さな街のような様相をしている。
兵士相手の商売や旅人や行商人相手の宿屋や居酒屋などもある。
そんな街の中をグレイとシャーリーは堂々と歩いていく。
それを番兵をはじめとして生き残った人々が遠巻きに見つめる。
皆が恐怖に震えている。
「食堂はどこだい?」
グレイが震える番兵を捕まえて尋ねると、ある建物を指差した。
その指差した建物にグレイとシャーリーは歩いて行く。それを見送った人々はバラバラとどこかへ散っていった。
食堂に入ったグレイとシャーリーは、店の中をじろりと見渡す。
すでに逃げ出したのか、店内には人がいないうえ、店主の姿も見えない。
グレイがカウンターに近づき、中を覗くと、隅の方で震えている小太りの店主がいた。
「おい、なにか腹に入るものは作れるかい?」
その言葉に店主は飛び上がるように立ち上がった。
恐る恐る振り返ると、手足をガタガタ震わせながら返事をする。
「で・で・でき…ますが、な・なに…が…よろしい…でしょう…か?」
かろうじて尋ねる店主に向かってグレイがニヤリと笑う。
「そうだな。」
グレイは食堂に掲げている黒板を見て、しばし考えていると、おもむろに口を開いた。
「チーズとソーセージの盛り合わせをくれ。それからエールもだ。」
「私にはワインをくれる。」
シャーリーがグレイの隣に座ると、気軽に注文をする。
店主はおぼつかない足取りで店の奥にある厨房へ入っていった。
カウンターに座っていたグレイとシャーリーの前に、エールの入ったジョッキとワインの入ったグラスが出される。
すぐにグレイがジョッキを取ると、一気に飲み干す。
シャーリーはすこしづつ口をつけていった
続いてチーズと煮込んだソーセージを盛った皿が、二人の間に置かれた。
グレイが、一緒に出されたフォークを使ってソーセージに噛り付く。
「なかなかいけるな。」
舌鼓を打つグレイを見て、シャーリーが微笑む。
それを見てグレイが不思議そうな顔をする。
「なにを笑っている。」
「いえ、なんかかわいいなあと思って。」
姉が弟に向けるような言葉をかけられ、グレイは怒ったような顔をする。
「ふざけるな。」
「ふざけちゃいないわよ。こんなかわいい子がこれから王都を滅ぼそうなんて。そう思うと笑っちゃうわ。」
「ふん、これはこれ、それはそれだよ。」
グレイはエールを再度注文し、それも一気に飲み干す。
食事をすませた二人は、カウンターに金貨を置くと、さっさと食堂を出ていった。
「お金なんか払うことないのに。」
シャーリーが意外そうに言うと、
「飲み食いしたら金を払うのが当然だろう。」
グレイはさも当たり前という顔をして答えた。
「律儀ね。」
シャーリーがまた微笑む。
それを無視し、グレイは黒竜の元に急ぐ。
「夜明け前には王都に着きたい。急ぐぞ。」
「はいはい」
二人を乗せた黒竜は、旋風を巻き起こしながら上空高く飛んでいった。




