6 からっぽやみ魔王 危機を逃れる
おれは真っ暗な牢の中で、ただただ待ち続けた。
「腹減ったな。」
先行き不透明なこの状況でも腹は減る。そして、思い浮かぶのはプリムラが作ってくれる朝食だ。
「ああ、トーストにたっぷりのバターを塗って、おもいきりかぶりつきたい。おかずはシンプルにハムエッグか?オムレツでもいいな。」
そんな妄想を抱いているところに、強面男とおれを連れてきた例の男が牢の前にやってきた。
「出ろ。」
強面男が命じながら鍵を開ける。
「やれやれ、やっと出れるのか。」
おれが言われるまま牢を出ると、強面男が前に立ち、ついて来いと顎で指図する。
おれは素直に強面男の後ろをついて行くと、あの不愉快男が後ろからピッタリとついてくる。
どうもいやな雰囲気が漂ってくるな。
(助けると言って始末するパターンか?)
そんなことを思いながら暗い廊下を通り過ぎ、地下から一階に出ると、裏口の前に連れてこられた。
「ほら、行きな。」
強面男がドアを開け、おれを追いやるようにドアの外へ押し出す。すると、不愉快男の嫌な雰囲気が殺気に変わった。
おれの背後で不愉快男がナイフを取り出す。
「ポーズ(時空停止)」
一瞬で周りの時間が停まった。
振り返ると、ナイフを持った不愉快男と強面男が彫刻のように固まっている。
「わかりやすい行動だったな。」
二人を見ながら鼻で笑うと、おれは強面男の胸に手を触れ、
「チェンジング(表体交換)」
と唱えておれと強面男の体を入れ替えると、「ムーヴ(空間移動)」でおれの姿をした強面男をドアの外に移した。
「悪いな。おれの代わりになってくれ。」
済まなそうに謝ると、ポーズ(時空停止)を解除した。
途端に不愉快男が動き出し、手にしたナイフをおれの姿をした強面男の背中に深々と突き刺した。手慣れたものか、ナイフは見事に心臓を貫いている。
おれ(強面男)は、一瞬身体を震わせた後、棒になったように倒れた。
背中にはナイフが突き立ったままだ。
おかげで、周りにさほど血が飛び散っていない。
「片付けておけ。」
「へっ、おれが?」
惚けたことを言う俺に対して、不愉快男はその顔をしかめると、いきなりおれの頭を殴った。
「当たり前だ。」
「でも、どこに?」
おれは殴られた頭を両手で抑えながら尋ねた。
「そこのズタ袋に入れて、近くの堀にでも捨ててこい。」
おれを叱りつけた不愉快男は、そのまま奥へと去っていった。おれは言われるまま表に積み重ねてあるズタ袋のひとつを取り上げ、それを倒れているおれ(強面男)に被せて口を縛り、肩に担ぎ上げた。
建物に挟まれた裏路地には、日はまだ差し込んでいないが、闇色は蒼色に変色しており、通りは見通せるようになっている。おれは、堀があると思われる方向へズタ袋を担いだまま歩き出した。
言われた通り、堀というよりはドブ川と言ったほうがいいような所に、ズタ袋を捨ててきたおれは、元の裏口に戻り、奥へと入っていった。
「おい、こっちだ。」
ハゲ頭の男がおれを呼ぶ。
それに応じて、駆け寄ると、いきなり木箱を渡された。
「グズグズしないで、それを運べ。」
「え、どこに?」
「裏庭の荷馬車にだよ。ふざけたことを言ってないで、さっさと運べ。」
怒声を浴びたおれは、言われたとおり、荷物を運んでいる者達の後について行った。
先程の裏口とは別の出口から外に出ると、そこは結構な広さの庭が広がっており、石畳が敷かれた場所に3台ほどの荷馬車が停まっていた。荷物を運んでいた男たち皆が、その荷馬車に荷物を積み込んでいる。
おれも持っていた荷物を荷馬車に乗っている男に手渡すと、
「なあ、どこかへ出かけるのか?」
と、尋ねた。
男は怪訝そうな顔をしながらも
「ああ、なんでもどこかのダンジョンに探索にいくんだと。」
と答えてくれた。
「へえ」
いよいよ竜王殿に出立か?
「無駄口叩いてないで、さっさと次の荷物を運べ!」
そんなことを思っているところへ、あのハゲ頭がこちらを見て怒鳴った。
「へいへい」
おれは首をすくめながら建物の中に戻っていった。
3時間後、頑丈そうな馬車2台と荷馬車3台、馬に乗った警護の人間10人を引き連れて、探索隊は出立した。
馬に乗った警護の人間には、昨日見たギャルソンやロザリオ、グレイもいる。
ローデシャルの姿は、出発前に見て回ったのだが、見つけられなかった。もっとも、いろいろ仕事を押し付けられて、見て回る時間はあまりなかったのだが。
ともかく、探索は始まった。
おれも最後尾の荷馬車に乗せられ、同行させられた。
ローデシャルについては心配はしていない。大事な案内役だ。滅多なことはないだろう。休息とか宿泊とか当然あるから、そのときに会う機会もあるかもしれないと思いながら、おれは荷馬車に揺られ続けた。
1日、2日と旅は順調に進んだ。
村に一泊したり、野宿したり、怖いほどなにもなかった。
ま、街道沿いは比較的安全ということだろう。
ただ、ローデシャルと話す機会は、ここまでなかった。
3日目に村に立ち寄り、宿泊しながら情報収集と食料の補充を行い、4日目にいよいよ目的地のあるアルルネ山脈に足を踏み入れることになる。
翌朝、一行は村を出発し、車輪をギシギシと言わせながら山道を前に進む。
整備されていない山道に車輪がとられ、馬車が大きく弾む。おれたちは荷物が外に落ちないように、その身体でしっかりと抑えなければならない。
ときには、水たまりに車輪がとられて動けなくなり、皆が降りて馬車を押したり、引っ張たりして前に進んでいった。
そんな難儀な山道を進んだ一行は、少し開けた場所に着くと、そこで進むのをやめた。
「よし、ここにキャンプをはるぞ。」
馬車から降りたゴーリーが、皆に指示を出す。
それに呼応して、馬車を円形状に停めると、皆が馬車を降り、キャンプの用意を始めた。馬に乗ってきた者たちは、馬を近くの木に繋ぎ、ギャルソンを先頭にゴーリーの元へ集まった。
「荷馬車隊はここにおいて、ここから先は徒歩で進むことにする。」
ゴーリーは従者に地図を見せてもらいながら、今後の予定を話す。彼の周りにはギャルソンをはじめとして、ロザリオ、グレイ、シャーリーそしてローデシャルの姿も見える。
おれはキャンプの準備を手伝いながらそれを遠目で確認する。
「私とジリオ、そしてお前たち、それからそちらのエルフのお嬢さんで山を登る。」
「そんな少人数で大丈夫か?」
ロザリオが心配そうに尋ねる。
「大勢いても足手まといになるだけだ。お前たちは冒険者としての経験もあるし、護衛としての任務もあるから同行してもらう。」
「ま、仕事だからな。ゴーリーの旦那は大丈夫なのかい?」
ギャルソンも心配そうにゴーリーを見る。
「私も勇者のパーティーに参加した者だ。大概の冒険には慣れている。」
ゴーリーは自信の笑みを返す。
「荷物運びは連れていかないのか?」
「私、荷物持つのいやよ。」
ロザリオの質問にシャーリーはすぐに反応する。
「そうだな。荷物運びは必要か。」
ゴーリーは準備をしている者を眺めながら考え込んだ。
「二人ほど連れていくか。ジリオ、適当なやつを荷物運びとして選抜しておけ。」
「畏まりました。」
ゴーリーの隣に立っていた背の高い、おかっぱ頭の男が答えた。
「さて、ルートだが、ここを出発して森を抜け、岩山を抜けていくと、洞窟が見えてくる。その先に竜王殿があるはずだ。」
ゴーリーの説明にギャルソンとロザリオが目を見開いた。
「なんだ、場所がわかっているなら案内はいらないじゃないか?」
「いや、その洞窟が迷路になっていてな。案内なしでは竜王殿に辿り着くのは無理だ。」
そう言って、ゴーリーはローデシャルの顔を見る。
ローデシャルはその視線を避けるように顔をそむけた。
「そういうことか。で、竜王殿にはなにがあるんだ?もう教えてくれてもいいだろう。」
ロザリオが興味津々の顔つきで尋ねた。
「すさまじいお宝さ。」
ゴーリーは喜々とした表情で語る。
その答えにロザリオは欲望剥き出しの顔をし、ローデシャルは苦々しい顔を見せる。ギャルソンは別な期待を待つという表情を表し、シャーリーはただ笑っているだけだ。
グレイだけが出立からずっと無表情を続けている。
「よし、出発は明日の夜明け。今日はゆっくり休んでくれ。」
ゴーリーの掛け声にそれぞれは、自分のテントへ戻っていった。
ローデシャルはゴーリーに連れられて馬車へと赴く。
馬車に乗り込んだローデシャルは、いつの間にか馬車の中に寝台がセッティングされているのに驚いた。
「これは…?」
「この馬車は特別製でね。椅子が寝台になって寝泊まりができるようになっている。」
いわゆる寝台列車と同じ作りというこどだ。
「豪勢だな。」
ローデシャルは遠慮なく寝台に腰をかける。ゴーリーもその向かいに座った。
「明日はきちんと案内を頼むぞ。」
ゴーリーはニヤつきながらローデシャルの顔を覗き込んだ。
「ふん、私が別な道を案内するとは考えないのか?」
ローデシャルはゴーリーの目から顔を背けながら言葉を返した
「前にも言ったろ。騙そうとしてもその首輪がそれを許さない。」
「わざと嘘をついて、私が死んだらおまえらは竜王殿にたどり着けなくなるだろう。」
「だれが、君が死ぬと言った?」
ゴーリーの目が怪しく光る。
「どういう意味だ。」
ゴーリーの言葉にローデシャルが思わず振り向く。
「ひとつ嘘を言うごとに君の仲間が死ぬんだよ。」
残虐な笑みを口元に浮かべたゴーリーは、自分の首を親指で切る動作をする。
「貴様!」
ローデシャルがゴーリーに掴みかかろうとした。それをゴーリーの両手が抑える。
「君の首につけているものと同じものを、商会に軟禁している君の仲間の首にもつけている。わたしを騙せばその鈴が反応し、商会にいる君の仲間の鈴が爆発するということだ。小規模だが首を吹き飛ばすには十分な爆発力だよ。そうそう、その仲間の中には君の家族もいるかもしれないね。」
楽しげに説明するゴーリーに、ローデシャルの口から「ギリッ」という歯ぎしりが鳴る。
その目は憎しみに満ちていた。
「私の言うことを聞いて案内すれば、仲間の安全は保証する。」
ゴーリーの言葉にローデシャルは怒りをなんとか抑え、項垂れた。
「約束は守れよ。」
ボソッと呟いたローデシャルの顎に、ゴーリーは手をかけると無理やり引き上げた。
「もちろん、商人は信用が第一だからね。」
悔しげに唇を噛むローデシャルは、ゴーリーの手を払いのけると、寝台にゴロリと横になった。
それを見て、ゴーリーは馬車のドアを開ける。
下りる手前で、ゴーリーが振り返り、横になっているローデシャルの背に言葉をかけた。
「あとで食事を持ってこよう。」
「いらん!」
ローデシャルは即座に拒否した。
それに対して苦笑を浮かべるゴーリーは、黙って馬車から出ていった。
ゴーリーが馬車から出てくるのを、おれは離れたところから盗み見ていた。
そばには同じ荷馬車に乗ってきた輩が3名、焚き火を囲んでいる。
そこへ、ゴーリーにジリオと呼ばれたおかっぱ頭の男がやってくると、そばにいたハゲ頭の男となにやら話し始めた。
話が終わったのか、ハゲ頭がこちらに近寄ってくる。
「おい、明日、荷物運びとして旦那方に同行しろ。」
「あっしら全員ですか?」
隣りにいた男が嫌そうな顔で尋ねた。
「いや、2名でいい。」
そう答えると、ハゲ頭はおれたちの顔を順繰りに見回した。
皆が目を背ける中、おれは呑気な顔をしてハゲ頭を見返すと、ハゲ頭はニヤリと笑い、おれを指差す。
「よし、おまえと、…そこのおまえ。明日、旦那方の荷物を運べ。」
ハゲ頭は、おれとおれの隣で目を背けていた男を指名した。
隣の男が明らかに自らの不運を嘆く顔をする。
「夜明けに出発だ。」
有無を言わせぬ態度でハゲ頭が命令すると、満足そうな顔のジリオといっしょに、別のテントに戻っていった。
「はあ、運がねえぜ。」
「そうか?もしかしたらお宝にありつけるかも知れないぜ。」
おれが楽観的に喋ると、隣の男は怖い顔でおれを睨んだ。
「おまえは知らないからそんなことを言えるんだ。荷物運びなんてまっさきに見捨てられるんだぞ。」
男は深いため息をつく。
指名されなかった男たちはニヤニヤ笑っている。
「そんなくよくよするなよ。」
おれが隣の男の肩を軽く叩くと、男は「チッ」と舌打ちし、いきなり立ち上がった。
「どこへ行くんだい?」
「ションベンだ!」
怒ったように答えた男は、馬車の裏の方に歩いていった。
「ご愁傷さま。」
「せいぜいがんばれよ。」
あきらかにおれが不幸な目にあっていると思い、楽しんでいる。
“人の不幸は蜜の味”ってやつか。
そこへションベンに行っていたやつが帰ってきた。
隣にドカッと座ったのを合図に、今度はおれが立ち上がる。
「ションベンか?」
さっき人の不幸を楽しいでいる男の片割れが尋ねた。
「ああ」
そう言い残して、おれも馬車の裏の方に歩いていった。
後ろの方で笑い声が聞こえる。
馬車の裏に回ると、おれはすぐに隠れ身魔法を使った。
闇の中に溶け込むようにおれの身体が消える。
すぐさまローデシャルのいる馬車へと忍び寄る。
足音に気をつけながらすばやく馬車の屋根に登った。
ローデシャルは今、少し後悔していた。
意地を張らず、素直に食事をもらっておけばよかったと。
空腹を我慢しながら寝返りをうつと、どこからか声が聞こえてくる。
「ローデシャル、ローデシャル」
微かな声だが、確かに聞き覚えのある声だ。
寝台の上に起き上がったローデシャルは、馬車の中を見渡し、声の主を探した。
「おれだ。わかるか?」
声は上から聞こえてくる。




