5 からっぽやみ魔王 エルフを説得する
足音の主はきらびやかな衣服の中年男と冷たい感じの秘書風女、そして赤黒いマントと派手なドレスを着た女だ。
そのうち、中年男が牢の前に立つと、強面男にランプを渡すように指示する。
指示通り強面男がランプを渡すと、中年男はランプを掲げたまま牢の中を覗き込んだ。
ランプの灯りで中年男の顔が照らし出される。
その顔を見て、ローデシャルの顔色が変わった。
「ゴーリー!」
ローデシャルが鉄格子越しに、ゴーリーに掴みかかろうとする。
「サイレント・ショック(鎮静の痛撃)」
「きゃあああ!」
ドレスの女 シャーリーが詠唱を唱えると、悲鳴とともにローデシャルの身体が弾けるように倒れる。
「おいたはダメよ。」
シャーリーがサディスティックな微笑みを称えるのを横目で見たゴーリーは、格子越しにローデシャルに語りかけた。
「わたしに協力して、竜王殿に案内しないか?」
その言葉にローデシャルの顔が弾かれるように上がる。
「だれが協力するか!」
ローデシャルは憎しみを込めた声で即座に拒絶する。
(竜王殿?)
おれの中でなにかが引っかかった。
「いずれ協力することになるんだ。無駄な抵抗は苦痛を長引かせるだけだぞ。」
「殺せ!」
ローデシャルは投げやり気味に言葉を放つ。
「殺しはしない。いまはな。うん?」
ゴーリーの目がおれに向いた。
「だれだ、こいつは?」
「おまけだそうです。」
後ろの強面男が答えた。
「邪魔だ。さっさと始末しろ。」
「ちょっと待ってくれ。」
無慈悲に命令するゴーリに向かって、おれは手を上げた。
「だまれ!」
強面男の一喝を無視して、おれは続けた。
「おれがあんたらに協力するよ。」
唐突の提案に、一瞬ゴーリーは目を見開いたが、すぐにいつもの狡猾な表情に戻った。
「おまえがどんな協力をするというのだ。さっさと連れて行け。」
「おれが彼女を説得して協力させる。」
「おまえが…?」
ゴーリーは訝しげな顔し、女秘書はあからさまに猜疑の目を向けた。シャーリーはただ成り行きを楽しんでいるようだ。
「口からでまかせを言うのではありません。さあ、すぐに連れていきなさい。」
「ちょっと待て。」
女秘書に命令された強面男が、鍵を持って牢に近づくのをゴーリーは手で制した。
「おもしろい。このエルフを説得できるというのか?」
「ああ、できる。」
おれは自信たっぷりに答えた。
その答えにゴーリーはしばし黙考したあと、おれに向かって口を開く。
「いいだろう。明日の朝、もう一度くる。そのときまでに協力するように説得しろ。できなければその場で処刑だ。」
「できたら助けてくれるんだろうな。」
冷たい目で見つめた後、ゴーリーは「ああ」と答えた。
それを見たおれは、素直に頷いた。
それを受けてゴーリーは、顎で指図し、その場から立ち去ろうとした。その後ろで女秘書が反論する。
「口からでまかせに決まっています。聞く必要はありません。」
「できるというのだからやらせればいい。できなければ当初の予定通りにすればいいだけだ。」
「しかし…」
女秘書がなおも反論しようとするのを、ゴーリーは目で制した。
「それに今日はもう遅い。早く休みたい。」
ゴーリーのその一言に、女秘書はハッとし、頭を下げた。
女秘書の従順な態度に頷いたゴーリーは、黙ってその場を去っていく。
その後に続くシャーリーは、去り際にローデシャルとおれを見比べて、嘲笑を浮かべた。
「せいぜいがんばって」
一言残して、シャーリーも去っていった。
薄暗い地下牢に取り残されたおれは、ひとまず危機が回避できたことに、安堵の息を吐いた。それを見て、ローデシャルが鼻で笑う。
「よくまあ、あんな口からでまかせが言えたものね。説得なんて無駄なのに。」
「でも、このままでもおれは処刑。あんたは多分、苦痛の中で協力することになると思うよ。」
おれはローデシャルの言葉を受け流しながら、この先に起こるであろうことを口にした。
「ふん、私はそんなヤワじゃあないよ。」
「ヤワとかカタイとかの問題じゃあないぜ。あいつは人を無理やり意のままにできる魔道具でも持ってると思うぜ。」
「なぜそんなことが言える?」
ローデシャルが胡乱な目で尋ねた。
「あいつの態度は余裕があったし、指に嵌まっていた指輪は多分魔道具だ。」
「じゃあ、なぜいますぐ使わない?」
ローデシャルがおれの話に少し食指を動かし始めた。
「使用回数とか、なんらかの制限があるんだろうな。使わないで協力させられるなら、そのほうがいいと思っているとか。」
「ふん」
ローデシャルは、あくまで説得に応じないという態度を見せて、そっぽを向いた。
「なあ、一旦協力したふりをして、逃げ出す算段をしたらどうだ?」
「そんなことができるか!」
敵意剥き出しでおれを睨む。
「でも、結局不本意に協力させられる羽目になるんだぜ。」
「その前に自害する。」
「こんな状況でか?」
おれが手枷を見せると、ローデシャルの勢いは萎み、おれに背中を向けると、口をつぐんだ。そんなローデシャルの背中におれは再度言葉をかけた。
「なあ、あいつら、あんたをどこに案内させる気なんだ。」
「……」
沈黙が返ってくる。
「それくらい教えてくれたっていいじゃあないか?減るもんじゃなし。」
「うるさい!」
ローデシャルの一喝に、おれは口を閉じた。
二人の間がしばらく無言状態になった後、おれは再度、ローデシャルの背中に問いかけた。
「竜王殿ってなんだ?」
「きさま、なぜ、竜王殿を知っている!?」
竜王殿という言葉に敏感に反応したローデシャルは、すごい表情でこちらに顔を向けた。
「ゴーリーの奴が口にしてたじゃないか。もしかしたら、その竜王殿に案内しろって言っているのか?」
「うむむ…」
ローデシャルの顔が「そうだ」と答えている。
正直な奴だ。
「その竜王殿になにがある。竜王とかいうやつでもいるのか?」
「なっ、なぜ、それを!?」
図星だな。ほんとに分かり易いやつだ。
「そこまでわかっているなら、隠してもしょうがない。お前の言う通り、そこには竜王様が眠っている。」
「眠っている?」
「ああ、大昔、この辺りの地は多数の竜が暴れ回っていてな。どんな英雄が出ても、一匹の竜も倒すことができず、我々の先祖は日々、絶望の中で暮らしていたんだ。」
ローデシャルの口から淀みなく紡ぎ出される伝説を、おれは黙って聞いていた。
「そんな絶望の地に、500年前、突然ひとりの竜人が現れ、暴れ回る竜たちを一夜で静めてしまったんだ。」
「一夜で、竜人が…」
その言葉におれの中で閃くものがあった。
「竜人は静めた竜たちとともに山の中に眠りについた。先祖たちは竜人を竜王と敬い、その山を聖地として崇め、禁足地にしたんだ。」
「それで、その場所をおまえの一族が守ってきたというわけか?」
「そういうことだ。」
ローデシャルの話が終わると、おれはしばし考え込んだ。
(もしかしたら…)
おれの予想が当たっていればうまいこと逃げ出せるかもしれない。
「ローデシャル、協力したふりをして、あいつらを竜王殿に案内しろ。」
「ばかなことを言うな!竜王殿は我らの神聖なる場所だぞ。あんな、勇者の仲間なんかに教えられるものか!?」
ローデシャルは烈火のごとく怒声をあげる。
その声に牢番でもある強面男が、牢の方に顔を向け、様子を伺った。
あんなやつに聞かせたくない話だと思ったおれは、ローデシャルを牢の奥に連れていき、小声で耳元に囁いた。
「案内するだけだ。竜王殿に着いたら逃げ出せばいい。」
「竜王殿に着いたら殺されるだけだ。」
「その前に逃げるんだ。」
おれの提案にローデシャルは鼻で笑った。
「鮮血騎士団もいるんだぞ。逃げられるわけがない。やはり案内はできないな。」
ローデシャルはおれの意見を否認し、そっぽを向いた。
「大丈夫だ。竜王がおれの思ったとおりなら、おれたちの味方になってくれる。」
「他所者のおまえがどうして竜王様を味方にできる?」
猜疑心で凝り固まっているローデシャルに、おれの考えを説明しても信じてはくれないだろう。であれば…
「竜王が味方するのはおまえだよ。」
「わたし?」
おれの返答にローデシャルは意味不明という顔をした。
「ローデシャルは竜王殿を守ってきた一族だろ。長い間、敬い崇めてきた。そんなローデシャルが願えば、きっと竜王は味方になってくれるよ。」
大半がでまかせだが、一部真実もある。
しかし、おれの言葉に心が揺り動かされたのか、ローデシャルは真剣な顔で考え始めた。
これ以上は口出しするのは、かえって拗らせると思ったおれは、口を閉ざし、ローデシャルから少し離れたところで見守ることにした。
長いと思える時間が過ぎた。
明り取りの窓がないため、牢内は真っ暗なままだ。
おれは壁にもたれてうつらうつらしていると、牢の外から足音が響いてきた。
薄目を開けると、鉄格子の向こうにゴーリーと女秘書が立っている。
その状況を見て、もう朝なのかと思う。
「起きなさい!」
女秘書がヒステリックに叫ぶ。
そのキンキン声にローデシャルがゆっくりと起き上がり、おれは軽くのびをした。
「もう朝かい?」
おれは呑気に返事をすると、その返事が癇に障ったのか、女秘書がすごい形相で睨んだ。それをゴーリーが手で制すると、不気味な笑みを浮かべた。
「どうやら説得はできなかったようだな。」
そう言うと後ろに控える強面男に指で指図する。
それに答えて強面男が牢の鍵を開けると、中に入ってきた。手には棍棒が握られている。
「大人しくしな。」
男の太い腕が伸び、おれの二の腕を掴んだ。
「ちょっと待ってくれ。」
「案内しよう。」
おれの言葉に被せるように、ローデシャルが返事をした。
「ほお、協力するというのか?」
「ああ、こいつに説得されてな。」
ローデシャルは親指でおれを指し示しながら答えた。
「よかろう。手間が省けて助かる。」
ゴーリーが満足気に笑うと、牢に入った強面男にローデシャルを連れてくるように指示する。指示された男は、おれから手を離し、ローデシャルを抱え上げるとそのまま牢から出ていった。
おれも後に続いて牢から出ようとすると、目の前で女秘書が牢の扉を閉め、鍵をかけた。
「おい、おれは出してくれないのか!?」
「おまえはそのまま牢にいろ。」
女秘書が怖い目で睨んで言い捨てると、ゴーリーとローデシャルの後についてそのまま出ていった。
「約束は守ったんだ。助けてくれるんだろうな。」
おれの叫び声は、地下室にむなしく響くだけだった。
ゴーリーにローデシャル、そして女秘書は地下牢から出ると、まっすぐ支店長室に向かった。
「エステア、宿に使いを出せ。すぐに出立するとな。」
「かしこまりました。ゴーリー様。」
ゴーリーが支店長室に入る前にそう申し付けると、エステアと呼ばれた女秘書はその場に立ち止まり、深々と頭を下げた。
それを見届けることもなく、ゴーリーはローデシャルを部屋に入れ、ドアを閉めた。中にはシャーリーがすでにソファに座って待っている。
「あら、早いわね。」
シャーリーは予想外に早くローデシャルを連れてきたことに驚く。
「説得に応じて、協力する気になったらしい。」
「ふうん」
シャーリーはなにか意味ありげな目でローデシャルを眺めた後、冷めた笑みを浮かべて、ソファにもたれかかった。
「シャーリー、彼女が案内してくれるというのだ。すぐに竜王殿に向かって出立する。」
「あら、明日じゃあなかったの。」
「善は急げというだろう。」
「はいはい。でも、あいつら文句言うわよ。」
「報酬を払っているのだ。文句は言わせん。」
シャーリーとそうやりとりすると、ゴーリーは部屋の片隅に立っているローデシャルに歩み寄った。
そして、懐から何かを取り出し、それを素早くローデシャルの首に巻き付けた。
一見すると黒いチョーカーのように見える。
「なんだ、これは?」
ローデシャルはそれを外そうとするが、首にピタッと吸い付いて外れない。
「うそをついてもらってはこまるのでね。鈴をつけたのさ。」
「鈴?」
たしかにチョーカーに小さな鈴がついている。
「うそをついたり、騙そうとしたりしたらその鈴が鳴って…」
そこで言葉を切ると、ゴーリーは自分の首を親指で横に切る動作をする。それを見たローデシャルの背中に、悪寒が走った。
「悪趣味ね。」
シャーリーが残忍な笑みを浮かべると、ゴーリーはそれを無視してローデシャルの手を取った。
「さあ、出立するぞ。」
無理やり手を引くのをローデシャルは強引に外した。
「触らないで。」
「ほお〜」
ゴーリーの目に残忍な光が宿るが、ローデシャルはそれを打ち消すように、
「案内はするわ。その代わり私に触れないでくれる。」
と、鋭い目つきで抗弁した。
「フッ、よかろう。」
残忍な光がゴーリーの目から消え、表情が柔らかくなる。
「あいつの命は助けてくれるの?」
「あいつ?」
ゴーリーが首を傾げた。
「私と一緒にいたやつよ。」
「ああ、あのおまけか?大丈夫。牢からは出しやるよ。」
その言葉にローデシャルはホッと息を吐いた。
「さあ、いくぞ。」
ゴーリーは部屋のドアを開け、廊下に出る。ローデシャルがすぐに続き、シャーリーも重い腰を上げるように後に続いた。
「エルフのお嬢さんを馬車まで案内しろ。」
ゴーリーは廊下に立っていた部下に命令すると、その部下はローデシャルの前に立ち、案内するように先を歩いていく。
そのを見送ってゴーリーは、もうひとりの部下に耳打ちした。
「牢にいるやつを出してやれ。店から出たら消せ。」
その命令に部下は静かに頷いた。




