2 からっぽやみ魔王 異世界人に遭遇する
メリーとのやり取りを終えたあと、とりあえずおれは、この森から出ることにした。
ともかくこのままここにいても、何もわからないし、何も変わらないし、ましてや食料の確保も難しいだろう。
おれにサバイバルは無理だ。
おれは立ち上がると、再び操作盤を立ち上げ、自分の周囲の地図を表示させた。
森しか見えない。
範囲を広げると、やっと街道らしきものが見えてくる。
ここから西に5キロほどか。
「歩くしか手がないな。」
そうして歩くこと1時間ほど。
道らしい道もなく、ともかく茂みを掻き分け、掻き分け、前に進んだ末、ようやく街道らしき道に出会う。凶暴な獣や虫に出会わなかったのは、ラッキーだったかもしれない。
「さて、どっちにいけば街だ?」
おれは再び操作盤を立ち上げ、街を探した。
「まいったな。近くにないぞ。」
周囲10キロ圏内には街らしき表示がない。
街道は南北に伸びている。
「さて、どちらに行ったものか?」
左右に伸びる街道を見ながらおれは思案した。
「しかたがない。高いところに登って見極めるか。」
おれは道の脇に乱立する森の木を見上げ、そこそこ高い木を見つけると、そのそばに歩み寄った。
「カット(時空抜出)」
おれの周りの空間が一瞬で固まる。
「ペースト(時空定着)」
おれの身体が一瞬で消え、次の瞬間には木の天辺に出現した。
そのまま木の先端に捕まり、落ちないように身体を支えると、手をかざして、遠方を眺めた。
「やっぱり街の影も形も見えないな。うん?」
そのとき、おれの目に街道をゆっくりと走る馬車の姿が映った。
「いいタイミングで馬車か。なんかの小説のようだな。」
おれは再度、カット(時空抜出)とペースト(時空定着)を唱え、地面に戻った。
おれの見た馬車は、街道を北から南に向かい、ゆっくりと移動している。
頑健そうな馬車で、扉にはどこかの紋章がデカデカと描かれている。その後ろからは、幌を被せただけの粗末な荷馬車がついて来る。
二台はのんびりと街道を進んでいた。
おれは、その馬車を追いかけるため、スライド(摩擦軽減)を使って滑るように地面を駆けた。
おれが追いかける馬車は、両脇を森に囲まれた区域に差し掛かっていた。
街道は整備されているが、森の方は鬱蒼として薄暗く、少し中に入るだけで、木々に阻まれ、視界が通らない。
危険性が高い区域にみえる。
その中を馬車は、警戒心もなく、相変わらずゆっくりと進んでいく。
突然、何か大きな物音が街道の中に響いた。
何事かと、馬車の御者が辺りを見廻す。
いきなり、後ろの荷馬車の目の前に、大木が数本、倒れてきた。
荷馬車の御者は急いで手綱を引き、馬を止めようとする。
馬の嘶きとともに、荷馬車は辛うじて倒木の前で止まった。
前の馬車もその異変に気づき停止する。
「なんだ!?」
荷馬車の御者が目の前の状況を把握しようとした時、どこからともなく矢が飛来し、御者の胸を刺し貫いた。
「ぐっ」
短い悲鳴とともに御者はその場に突っ伏す。
「襲撃か!?」
前の馬車の御者が腰の剣に手をかけたとき、別の矢がその御者に向かって飛んで来た。
「くそっ!」
なんとかそれを剣で弾き返す間に、両脇の森から五人の人間が現れた。
全員が灰色のフードを被っている。
前の馬車に向かって駆ける五人のフードの者が、抜剣した。
二人ほどが御者台に上がろうと、ステップに足をかける。
そうはさせじと、御者が剣を振るった。
その場で剣戟が始まる。
その間に別の襲撃者が、馬車の扉に手をかけ、それを乱暴に開ける。
しかし、その襲撃者はそれ以上馬車の中に入ろうとはせず、その場に立ち尽くした。
同じ頃、後ろの荷馬車にも四人の同じ格好の者が駆け寄っていた。
一人が倒れている御者を引き摺り下ろすと、手綱を取り、別の者は幌をめくり、中に潜り込んだ。
他の二人は外で待機する。
荷台には四人の、ボロ布を頭から被った者たちが座っていた。
「助けにきたぞ。」
荷台に上がった者がフードを外すと、その下からは耳が特徴的にとがっている男の顔が現れた。
「いまはずしてやる。」
エルフの男は目の前に座っている者の手枷を外そうと、それに手をかけた。すると、手枷が独りでに外れ、助けに来たエルフに向かって隠し持っていたナイフを突き立てた。
不意を突かれたエルフの男は、躱すこともできず、胸に深々とナイフを突き刺され、絶命した。
その間に別の者が手枷を外し、手綱を握っていた者を後ろから羽交い絞めにする。
「何をする!」
手綱を握っていた者のフードの下からも、同じエルフ族の男の顔が現れた。
驚くエルフの男の喉がすばやく切り裂かれる。
「外にいるやつを排除しろ。ただし、一人は生かして捕えろ。」
最初にエルフの男を刺し殺した男が、他の三人に命じる。
その言葉に三人が頷くと、すばやく外へ飛び出した。
前の馬車では、扉を乱暴に開けた襲撃者が、扉の前で立ち尽くしたままでいる。その後ろにいた仲間は、その様子に戸惑い、お互いの顔を見合っている。
やがて、扉の前の男が仰向けに倒れた。
「やれやれ、エルフはドアをあける作法も知らないようだな。」
野太い声とともに現れたのは、赤黒い全身鎧を着込んだ赤髪の男だった。
「お・おまえは…?」
「鮮血騎士団!」
「おお、知っているのか?」
全身鎧の騎士は、半分を髭で覆われた顔に喜色を浮かべて、馬車から降りてきた。
右手に握られたロングソードからは鮮血が滴り落ちている。
「さて、無礼な襲撃者にはお仕置きをしないとな。」
鮮血騎士と呼ばれた男が一歩前に進むと、襲撃者たちは恐怖に駆られ、後退りする。
「矢だ!矢を射かけろ!」
一人が叫ぶと、後方にいた弓兵が短弓を引き絞り、矢を射かけようとした。
そのとき、馬車の中から一筋の閃光がほとばしり、それが弓兵を貫いた。
驚きの表情を残して、弓兵は仰向けに倒れる。
「ふっ、余計な事を」
髭の騎士が鼻で笑うと、馬車の中から別の男が降りてきた。
「援護したのに、その言い草はないでしょうに。」
騎士と同じ赤黒い色のローブを羽織ったその男は、杖を片手に髭の騎士の後ろに立った。
フードのせいで顔は良く見えない。
「後ろの二人は任せるぞ。」
「はいはい」
そう言い残して、髭の騎士は前で固まっている襲撃者たちに向かって駆け出した。
全身鎧にしては、駆ける速度が速い。
あっという間に、襲撃者の真ん中に割り込む。
同時にロングソードが走った。
一人が胴から真っ二つになる。
返す刀で、後ろにいる襲撃者の頭が真ん中から真っ二つにされた。
すさまじい切れ味のロングソードだ。
残った一人が恐怖で立ちすくむ。
その目に残忍な笑みを浮かべる髭の騎士が映った思った瞬間、その目に映る光景が青空に変わった。
首を跳ね飛ばされた襲撃者は、首が地面に落ちると同時にその身体も地面に倒れた。
その様子を当たり前のように見定めた髭の騎士は、馬車の方に目を移す。
見れば御者を襲っていた襲撃者は、ローブの男が放ったエア・ソー(風刃)によって切り刻まれており、残りの襲撃者は御者によって、その胸を剣で貫かれていた。
「片付いたな。」
髭の騎士が馬車に歩み寄りながらロングソードを鞘に収める。
「後ろの連中はうまくやったかな?」
「確か後ろにいるのはロザリオだったな。」
「ああ、そうですよ。」
そこへ荷馬車に乗っていた男がやってきた。
ボロ布を外したその顔は、顎髭をはやした頬のこけた顔の男であった。
「ギャルソン、そっちは片付いたのか?」
「ああ、ロザリオ。」
「ロザリオさん、一人はちゃんと生かして捕らえたんでしょうね。」
「大丈夫だ。ほら」
肩越しに親指を刺した先には、後ろ手に縛られた襲撃者が別な男に引き立てられて歩いてくるところだった。
引き立てられてきたエルフを見て、二人は満足そうな顔をした。
「よし馬車に乗せろ。街まで連れて行く。」
「貴族様の馬車に乗せてやる。ありがたく思え。」
ロザリオが捕らえたエルフを馬車に乗せようとしたとき、その背に矢がいきなり突き立った。
「うぐっ」
「まだ、仲間がいたか?」
「グレイ」
ギャルソンが呼んだときには、片側にいたローブの男は消えていた。
「仲間を殺すとは…」
倒れているエルフを見下ろしながらギャルソンがボソッと呟くと、
「連れて行かれれば死ぬよりつらい拷問が待っているんだ。この場で殺すのは情というものだろうよ。」
ロザリオが嘲笑混じりに呟いた。
深い森の中を駆けるエルフの女がいた。
先ほど仲間のエルフを自分の矢で射殺したエルフだ。
「すまん、エンミオット。」
心の中でエルフ ローデシャルは詫びた。
捕えられた者の行く末がどんなものか、ローデシャルは嫌っというほど知っていた。
いままで、幾人のエルフの仲間が恐ろしい拷問の末、命を散らしていったか。
それゆえに捕まった仲間がどんな目に合うか、わかり過ぎるほどわかるローデシャルが取れる手段は、あれしかなかった。
自分の力では助け出せない。
己の無力さと仲間への情けとの狭間で、ローデシャルは悔恨と慚愧に心が引きちぎれそうになっていた。
そんな気持ちを押し殺して、ローデシャルは生きて仲間の元へ帰ることだけを考える。
森の中を足が取られることなく、ローデシャルは駆け続けた。
エルフであるローデシャルに森は自分の庭も同然である。その自分を追いかけられる者などいないと思っていた。
しかし、ローデシャルの五感に触れるものがある。
(だれかが追ってくる。)
ローデシャルは近くの木に飛び乗り、息を殺して辺りを伺った。
森は静寂に包まれている。
鳥の声も虫の鳴き声もしない。
だからおかしい。
(なにかがいる。)
と、思ったとき、予想外の方向から何かが飛んできた。
咄嗟に木を飛び降り、それを躱す。
そして、着地と同時に茂みの中に隠れる。
乗っていた木は、切断され、大きな音を立てて倒れた。
そのあとに静寂が訪れる。
沈黙が続く中、いきなりエア・ソー(風刃)が飛んでくる。
思わず茂みから飛び出し、別の木に飛び移ろうとする。
そこにもエア・ソー(風刃)が飛んできた。
ローデシャルの腕をエア・ソー(風刃)が掠める。
服が破れ、その下から血が飛び散った。
激痛にバランスを崩し、地面に落ちる。
「まずい」
急いで立ち上がると、その場から逃れようと駆けた。
しかし、駆けた先が運悪く街道だった。
「うごくな!」
森の中から制止の声が届く。
その声と殺気に街道に出たローデシャルは、思わず短剣を抜き、自分の喉を刺そうとした。
「エア・レストレイト(風の束縛)」
途端にローデシャルの身体が固まり、動けなくなる。
「死んでもらっては困りますからね。」
声とともに森の中から赤黒いローブの男が現れた。
「くそ!殺せ!」
「そういう訳にはいかないのです。あなたには【竜王殿】の場所を教えてもらわなければなりませんから。」
そう言ってフードを取ったその顔は、特徴的な尖った耳と浅黒い肌の翠の目を持つ男であった。
「おまえは!?」
と、そこへ土煙を上げながら駆けてくる物体があった。
もちろん、おれだ。
おれの目の前に、道路上に立っている二人の人物がいる。
「まずい!解除!」
途端に摩擦力が両足に蘇り、急ブレーキをかけるが、”車は急に止まれない“の標語どおり、摩擦係数を失くし、地面を猛スピードで滑って駆けてきたおれの動きはすぐには止まらず、片方の男に向かって突進し、激突してしまった。
いきなり現れた男が猛スピードで迫ってきたため、理解が及ばず、グレイは回避行動が一歩遅れ、激突のうえ遠くへ跳ね飛ばされた。おかげで、おれのほうは無事停止することができた。
一瞬の沈黙のあと、おれは倒れているグレイに声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
倒れていたグレイはゆっくりと起き上がり、何が起こったのか理解できない風の顔つきでおれを見ている。
隣にいたローデシャルも呆然としていたが、いまの出来事で自分の束縛が解けていることに気づき、その場から逃げ出した。
「えっ?なに」
おれもつられて、その場から逃げ出そうとした。
「逃がすか!」
グレイの右手が伸びる。
「エア・レストレイト(風の束縛)」
グレイの右手から風が吹き出し、おれと逃げようとしたローデシャルの身体に絡みついた。
途端に身体の自由が効かなくなり、ローデシャルとおれは無様に地面に倒れた。
「他にも仲間がいたとは気づかなかった。」
グレイがおれの前に立ちはだかる。
「怒っている?」
上目遣いで見ながら、おれはまずい状況にあることを直感した。
「ごめん。まさか道の真ん中に人がいるなんて思わなかったから。」
おれは素直に謝った。
「ふっ、このおれが不意をつかれるとはな。」
自嘲気味に頭を振るグレイは、倒された拍子に転がった杖を拾い上げ、おれたちのそばへ歩み寄った。
「エルフ以外の仲間もいたとは。ゴーリー様も嫌われたものだ。」
「おまえもエルフだろう。なぜ、ゴーリーの片棒を担ぐ。」
ローデシャルが非難の目を向ける。
「おれを同族と思うのか?この肌の色を見て。」
グレイが蔑むような目でローデシャルの顔を睨むと、その言葉にローデシャルの口が閉ざされる。
二人を見比べ、おれはなにかあるなと思いながら、この状況に頭を悩ませた。
(なんでいきなり、こうなるの?)




