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異世界ものにはよくあることで…

 男が駆ける。


 暗い裏路地を自転車や段ボール、ポリバケツなどを蹴散らし、押し倒して、まっすぐ駆ける。

 走り続けているため、息が上がる。それでもなお、男は駆けることをやめない。

 その顔には、なにかに追われているような焦りの色が見て取れた。


 男の目に建物と建物の間にある狭い隙間が映った。

 男は迷わずその隙間に潜り込んだ。

  

 額に浮かぶ汗をぬぐい、身を屈めながら辺りを伺う。

 

 辺りは静かだ。

 遠くでなにものともわからない喧騒が聞こえてくる。しかし、自分の周りは静黙している。


 男はゆっくりと立ち上がると、隙間から顔を出し、左右を伺った。


 だれもいない。


 「うまいことまいたようだな。」

 男の胸に安堵感が広がる。


 男は隙間から抜け出すと、喧騒が聞こえてくる方向へ速足で歩いて行く。

 蛾が誘蛾灯に誘われるように、男は暗い裏路地から一気に明るい場所へと抜け出した。

 大勢の人が行き交い、色とりどりのネオンが瞬く街並みが男の目に飛び込む。

 一瞬、目が眩むがすぐに目は慣れ、男は行き交う人々の群れに紛れようとした。


 そのとき、

 「いたぞ!」

 という叫び声に男の心臓が一瞬で縮み上がった。

 

 反射的に、男は行き交う人々を押しのけ、道路へと飛び出す。


 同時に、大音響のクラクションとともに強力な光が男を包んだ。

 それが大型トラックだと気づいた時には、男は重い衝撃音とともに宙を舞っていた。




 男が目覚めると、見知らぬ部屋に自分が寝ていることに気付いた。

 男は半身を起こし、周りを見回す。

 白いソファとガラスのテーブル以外なにもない部屋だ。

 ただ、淡い光で溢れかえっている。

 そのとき、優しい女性の声が男の頭に響いてきた。


 『目覚めましたね。』

 男は声の主を探そうと、あちこちに視線を移したが、声の主の姿は見当たらない。

 「だ、だれだ!」

 『そう、興奮しないで。落ち着いてください。』

 声は撫だめるように語りかける。

 「おまえは誰だ。ここはどこだ?」

 男はだれもいない部屋に、再度疑問をぶつける。

 『わたしは…、そう、あなた方のいうところの女神。』

 「女神…?」

 予想外というか、予想通りというか、その返答に男は驚くというより呆れた。

 『あまり驚かないのですね。』

 男の反応に声の主(めがみ)は少し不満げな口調で問いかけた。

 「トラックに轢かれて、気が付いたら見知らぬ部屋。そのうえ、語りかけてきたのが女神って、驚くより呆れるだろ。」

 そう言った時、男は自分がトラックに轢かれたのだという事実を思い出し、恐怖した。

 「おれ、たしかトラックに轢かれたんだよな。じゃあ、死んだっていうことか?」

 身体に震えがくる。


 『落ち着きなさい。あなたはあの世界でトラックというものに轢かれ、命を落としました。』

 「じゃあ、ここはあの世か?」

 『まあ、簡単に言うとそうですね。』

 「じゃあ、おれはこれから天国か地獄へ行くということか?」

 男の全身が恐怖と不安に満たされる。

 『いいえ、あなたの行く先は、私の世界です。』

 「おまえの世界?」

 『そう、あなたには私の世界に転生していただき、新たな人生を歩んでもらいたいのです。』

 女神の言葉に男は喜びでなく、警戒心をもった。

 「なぜ、おれに?なにか魂胆でもあるのか?」

 『ふふふ、正直に話しましょう。私の世界はいま崩壊の危機にあるのです。』

 「崩壊の危機?」

 『そう、予期せぬ魔物たちの襲来で世界が脅かされているのです。』

 男は女神の話にピンとくるものがあった。

 「つまり、その魔物たちから世界を救ってほしいと。」

 『話が早いですね。そのとおりです。そのためにあなたの命をここまですくい上げたのです。』

 男はしばし考えたあと、顔を上げ、見えぬ女神を見上げた。

 「願いを聞いてやってもいいけど、おれに世界を救うだけの力があると思っているのか?」

 『大丈夫です。あなたの適性はちゃんと調べた上ですし、転生させる際には能力(スキル)も与えてあげます。』

 「能力(スキル)?どんなものだ。」

 『それは転生してからの楽しみです。』

 そう言って、女神は意味深な笑いを上げた。


 男はあらためて考え込んだ。

 (悪い話じゃあない。ましてや、あのくそみたいな生活から抜け出せるんだ。)

 男が決心を固めた。

 「いいだろう。その話、乗ってやるよ。」

 『了解いただけて安心しました。では、さっそく転生を始めましょう。』

 「あんたの姿を見せてくれないのか?」

 そう言ったとき、男の体が光に包まれた。

 『あなたはわたしの世界に転生し、世界を救う()()となるのです。』

 その言葉とともに男の目にこの世のものとは思えない美しい姿が映し出された。

 「女神」

 男は、遠のく意識の中でその姿にずっと見とれていた。


 ***************************************


 女は驚愕していた。

 

 鋭く、痺れるような痛みが腹から全身に広がる。

 

 その部分を触ると、ぬるっとした感触が手に伝わる。

 目を落とすと、手のひらが真っ赤な液体で染まっていた。

 高額な、それこそ、自慢のドレスにその真っ赤な液体が滲んで広がっていく。

 それが自分の血であることに、女はすぐに気づいた。


 「きゃー!」 

 だれかの悲鳴がその場所に響く。


 眼の前には、女の血で濡れたナイフを握る男が立っていた。

 その目は憎しみと、恐怖と、喪失感で黒く濁っている。


 「警察を呼べ!」

 「医者だ!」

 「人殺し!!」


 様々な声が女の耳に届くが、どこか遠い場所で聞こえているような気がする。


 (なんで、こうなったのよ。)


 疑問が頭の中をぐるぐると駆け回る。


 今日、女は幸せの絶頂を迎えたはずだった。

 若き起業家で、実家は資産家、しかも美男子。

 最高の相手と婚約が決まった日だ。


 皆から祝福され、高級なレストランで食事をしながら婚約指輪を受け取った。

 人生最良の日。


 それなのに、昔、付き合っていた男に台無しにされた。

 食事が終わり、レストランを出たところで、突然現れた男。

 ちょっと付き合っていたけど、わたしの好みに合わなかったからふった男。

 それがいきなりナイフでわたしを刺した。


 (なんなのよ。逆ギレもいいところだわ。)


 そんな怒りも頭を駆け回りながら、女の意識は遠のいていった。



 女が次に目覚めたのは、光あふれるなにもない場所であった。


 「ここは…?」

 女は訳も分からず、辺りを見廻す。


 『目覚めましたか。』

 唐突に女とは別の女性の声が空間に響いた。


 「だ・だれ!?」

 『あなたをここまで連れてきたものです。わかりやすく言うと女神ですね。』

 「女神?」

 女は訝しんだ。

 夢でも見ているのだろうか?


 『夢ではありません。あなたは刺されて死んだのです。』

 「死んだ…」

 直球的な言葉に女は絶句した。

 「どういうことよ!私の輝かしい人生が始まるというときに死ぬなんて。あんた、女神よね。私を生き返らせなさい!」

 女はヒステリックに叫んだ。

 

 『まあ、落ち着きなさい。』

 女神は穏やかに諭した。

 「これが落ち着いていられますか!」

 女の興奮はいまだ収まらない。

 『あなたの人生はこれで終わりというわけではありませんから。』

 「えっ、どういう意味?」

 女神の一言に女の関心が向く。

 『あなたのあまりに理不尽な終わり方を憐れんで、新たな人生を与えましょう。』

 「生き返らせてくれるっていうこと?」

 女に希望が湧く。

 『そうですね。生き返るということは間違いありません。しかし、元の世界ではありません。』

 「どういう意味?」

 女の中に不安が横切る。

 『あなたには私の世界に転生してもらいます。』

 「あなたの世界?」

 『そうです。私の世界はいま、魔物の横行で人心が乱れているのです。あなたにはそれを救っていただきたいのです。』

 「()()にでもなれっていうの?」

 女は以前読んだことのあるファンタジー小説のことを思い出した。

 『話が早いですね。その通りです。』

 「それで、私にどんなメリットがあるというの?」

 女の中で元々あった欲望が蘇ってくる。

 『人々はあなたを崇め、慕うことでしょう。そのような力を授けます。』

 「どんな人間でも。」

 『人と名の付くもの全てです。』

 

 女神の言葉に女は目を輝かせた。

 輝かしいあらたな人生が待っている予感がする。

 一瞬で決心は固まった。


 「いいわ。あなたの提案を受け入れるわ。」

 『ありがとう。では、さっそく転生させましょう。』

 そう言うと女の全身が光に包まれ始めた。

 同時に女の目に美しい女性の姿が映し出された。


 「あなたが女神?」

 女の目から見ても惹かれる美しさだ。

 『これからのあなたの人生に幸あらんことを。』

 女神の口元に微笑みが浮かぶと同時に、女の意識は遠のいていった。


 ***************************************


 若者は今日もひとりだった。


 若者が家に引きこもりはじめて、どれくらいの日数が立ったであろうか?

 まず、100日や200日ではきかない。

 本人も日数を数えるのをやめている。

 意味をなさないと思っているからだ。


 学校にもいかない。

 人付き合いもしない。

 家族とも顔をあわせない。


 食べたくなったら食べ、眠たくなったら寝る。

 トイレとシャワーを浴びる以外、部屋から出ることもない。

 日がな一日、ゲームをし、アニメを見、マンガを読む。

 そんな生活が毎日続き、これからも続くだろう。

 若者はそれが自分の一生だと割り切っていた。

 そのときまでは。


 その日もひとり、モニターに向かってゲームをしていた。

 最近はやりのRPG。

 若者のお気に入りのゲームだ。


 ラスボスである魔王に対峙し、戦いを挑む。

 ゲームの中だけの仲間とともに、死力をつくし、魔王に攻撃をしかける。

 防御魔法で仲間を護り、状態魔法で魔王の防御を下げる。

 仲間がやられれば回復魔法。

 そして、攻撃!


 そんな攻防を繰り返したのち、勇者の一撃で魔王のHPがゼロになる。

 敵を倒したファンファーレが鳴り、魔王を倒したことを告げる。

 「やった!」

 若者のなかに達成感と高揚感がいっしょになって湧き上がり、幸福感で全身が満たされる。


 そのとき、窓が光った。


 続いて大音響とともに窓ガラスが吹き飛び、すさまじい勢いで炎と爆風が部屋の中を蹂躙し、壁際に吹き飛ばされた若者は、その衝撃で気を失った。



 若者が目覚めたのは、漆黒の空間の中だった。

 大小様々な星が輝き、彗星が流れ、光の渦が目の前を通り過ぎる。

 宇宙と思える空間が、若者の目の前に広がっていた。


 「おれは死んだのか?」

 若者は他人事のように呟いた。


 『そうですね。あなたの肉体はあなたの世界で死にました。』

 優しい女性の声が若者の頭の中に響いてきた。


 「うん?おれに話しかけてくるのは…、神様か?」

 『驚いた。こんなに早く察するなんて予想外です。』

 「アニメでよくあるパターンだろ。」

 若者は驚きも感激もなく、淡々としている。

 『では、私がここにいる意味も分かりますか?』

 「異世界にでも転生させてくれるというのかい?」

 『ご明察です。あなたは突然、隣家のガス爆発に巻き込まれ、お亡くなりになりました。まだまだ、先の長い人生、このまま終わらせるのは不憫と思い、転生させようとここへ呼んだのです。』

 若者の目の前に光が集まり出し、それが一塊となった。その向こうから声が聞こえてくる。

 『あなたには私の世界であらたな人生を歩んでもらいます。』

 「あなたの世界?おれが住んでいた世界でなくてか?」

 『一度、世界から離れた魂は元の世界に戻ることはできません。本来なら世界を形作る混沌(カオス)の中に混ざり、その世界を形作る材料となるのですが、私の力で転生させることにしたのです。』

 「そんなことができるのかい?」

 『ふふふ、わたしは女神ですから。』

 自信ありげに話す女神に、若者は興味を持った。

 

 「で、ただ転生させるだけかい?」

 『そうです。私の世界に転生し、好きなように生きてください。英雄として国を救うもよし、冒険者として未知の国を旅するもよし。』

 「魔王になってもいいのかい?」

 『かまいません。あなたの好きなように生きてください。そのための能力(スキル)は与えてあげます。』

 「そうか。じゃあ、遠慮なく好き勝手に生きるよ。」

 『そうしてください。では、転生を始めます。』


 女神の言葉と同時に光の塊が若者を包み込んだ。

 『わたしの世界があなたにとって良き場所であることを祈っております。』

 その言葉とともに若者の目の前に、画面でしか見たことのないような美しい女性が現れた。

 「これが女神…」

 見惚れていた若者の意識は、しだいに遠退いていった。



 若者の姿はその場所から消え去った。

 すると、宇宙空間と思われた風景が壁紙を剥がすように剥がれていき、その下からクリーム色の壁のようなものが現れた。

 それは球体の部屋のような場所であった。

 

 その中央に光が集まり、やがて人の姿に変化した。


 さきほど若者が見た女神とは全くの別人の女性がそこに現れた。

 ライトブルーのドレスを纏ったその女性は、右手をなにもない空間に翳す。すると、その前に半透明の板のようなものが現れた。


 「これで三人、転生が終了っと。さて、どんな風になるのか、楽しみだわ。」

 女性は意味ありげな笑みを浮かべると、ソファに座るような格好で宙に浮かんだ。

 目の前の半透明の板をさっと撫でると、その板は三つに分裂した。

 そこにはどこかの場所が映し出されていた。


 ひとつは、どこかの遺跡であり、

 ひとつは、どこかの教会の中、

 いまひとつには、洞窟のなかである。


 「みんな、わたしの期待に応えてね。その世界で思う存分、暴れてちょうだい。」

 女性は口元に意味深の笑みを浮かべながら、三つの画面をずっと眺め続けた。


 ***************************************


 ()()がそのことを知ったのは、たまたまだった。


 「えっ、なにこれ?」

 彼女が退屈しのぎに、自分の作った世界を覗いたとき、その世界にいるはずのない異分子が存在していることに気付いた。

 その存在は、強力な力を発揮して、好き勝手に動き回り、次々と世界の(ことわり)と調和を破っていく。

 「ちょっと、待ってよ。まずいわよ。これ!」

 彼女は慌てるが、彼女に為す術はない。

 「どうしよう。このままじゃあ、世界が崩壊していく。」


 焦るが、彼女にはどうすることもできない。

 世界を作った時、彼女も参加していたわけだが、細かいところは仲間にやってもらったため、自分でどうこうできないのだ。そして、その仲間はいまは遠い存在となり、連絡すらできない。一人を除いて。

 彼女の思考が急速に回転し、一つの結論を導き出す。


 「かれにたのもう。」


 そう結論すると、彼女は別の画面を空間に浮かび上がらせる。

 そこに表示される様々なデータを目で追いながら一言。

 「たのんだわよ。」

 そう呟くと、彼女の両手から恐ろしいほどのエネルギーが迸った。


 

 


からっぽやみ魔王の新しい物語が始まります。

長いことサボっていましたが、ようやく話もまとまり、書き始めました。

きちんと最後まで書けるか不安もありますが、

みなさんの応援があれば、最後まで続けられると思いますので、「おもしろい」とか「続きが読みたい」とか思っていただければ、ポイントのほどよろしくお願いします。


みなさん、お楽しみください。


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