27 おれと昏き神の対決……ってほどのことはない
元レイヒッチだった荒野に、二人の男が対峙している。
その一方であるアルカイトスは、目の前にいる男の力量を測りかねていた。
見た目はたしかに普通の人間だ。
着ているのは、縞のシャツに革のベスト、茶色のチノパンを履いている黒髪のどこにでもいる人間、いやおっさんだ。
特に筋肉質でもないし、魔量が溢れ出ているわけでもない。
なんの脅威も受けない、か弱く見えるおっさんなのだ。
しかし、そのおっさんが先ほど自分の放った神の矢を、どんな方法を使ったのか知らないが、避けた。いや、通り抜けた……ように見えた。
その不可解な存在に少し苛立つアルカイトスだが、心の中で無理やり相手の存在を決めつける。
(所詮は人間だ)と。
「私を消すと言ったか?人間。」
「ああ、耳はいいようだな。」
「言うに事欠いて、神を消すとは。愚かもここに極まりだな。」
「そうかい。」
おれはあくまで平常を保つ。その姿がアルカイトスには気に入らない。
「その前におまえが消えろ。」
アルカイトスの右手が天を指差すと、黒い雲が空を覆い、雲間から稲光が瞬いた。
「豪雷」
途端に、雷光が雨のように大地に降り注ぐ。
連続して地面が弾け飛ぶ。
それがおれのうえにも当然のように降り注いだ。
雷光でおれの姿が掻き消える。
弾け飛んだ粉塵で、視界が塞がれた。
「あっけないな。」
おれの消滅を確信するアルカイトスは、嘲笑を浮かべながら飛び立とうとしたそのとき。
「どこへいくつもりだ?」
おれの声が粉塵の奥から届く。
アルカイトスの目が大きく見開いた。
「ばかな。豪雷から逃れられるわけがない。」
粉塵が収まっていく先に、人影が立っている。
もちろん、それはおれだ。
「残念だったな。消滅しないで。」
今度はおれが嘲笑を浮かべる。
「どうして、無事でいられる。」
「さあて、どうしてかな。おまえの魔法に威力がないからじゃあないの。」
「魔法だと?ばかな、これは神の力だ。」
アルカイトスが不愉快そうな顔をしながら、おれの言葉を否定した。
「そう思うのは勝手だ。おれの知ったこっちゃない。」
おれは、ゆっくりとアルカイトスに近づいた。
「消えろ!」
アルカイトスが右手を横一文字に振る。
その指先から光の線が走り、おれを真っ二つにしようとした。
「時空抜出」
おれに触れる寸前、光の線の先が消えて無くなり、そのまま通り過ぎていった。
「なっ!?」
「どうした?おれを切るんじゃあなかったのか。」
「くそ!」
アルカイトスの5本の指から光の帯がスルスルと伸びる。
それが触手のようにうねりながらおれを捕えようとした。
「時空定着」
さきほどアルカイトスが出した光の線が、アルカイトスの目の前に現れ、そのまま彼の指を切断した。
切り離された指は、光の触手とともに光の粒となり、消えていく。
「こんなもの、なんともないわ。」
アルカイトスの指が元に戻る。
「さすがの再生能力だな。」
「のぼせ上がるのもいいかげんにしろ!」
アルカイトスの咆哮とともに、大地や空中から魔量が集まり、アルカイトスの身体に吸い取られていった。それにあわせて、アルカイトスの身体が再び大きくなっていく。
「ほお、でかくなった。」
おれの目の前で、アルカイトスは10mを超す巨人となった。
「大地ごと葬ってやる。」
アルカイトスの身体がゆっくりと浮かびあがったかと思うと、急にスピードを上げて、はるか上空に飛び上がっていった。
「へえ、ずいぶん高く飛んだな。」
手をかざしてそれを眺めているおれに、アルカイトスの声が念話として届いた。
『減らず口もここまでだ。』
上空のアルカイトスから強力な波動が迸る。
『超震』
途端に大地が波打ち、あちこちに亀裂が走った。
元レイヒッチに大地震が襲い、地面が大きく陥没し、あるいは大きく隆起し、更にその姿を大きく変えた。
「ふふふ、バカめ。神と対等に渡り合えると思っているのか?」
「思っているさ。」
不意の返答に、アルカイトスは驚愕し、その声の主を見つけるべく辺りを見渡した。
「ここだ。ここだ。」
頭の上からする声に、アルカイトスは顔を振り上げる。
自分の少し上に、例の男が浮かんでいる。
「なぜ、そこに?」
「浮遊の術はおまえだけの専売特許じゃあないぜ。」
「おのれ!」
アルカイトスの右手が急激に巨大化する。それが網のように広がり、おれを捕えようとした。
「空間移動」
網が閉じようとする寸前に、その姿勢のまま真横に移動し、アルカイトスの捕縛から逃れる。
「な、なんだ、その動きは!?」
おれの物理法則を無視した動きに、アルカイトスは目を見張る。
「術式解除」
おれが指を鳴らすと、追いかけてきたアルカイトスの手が目の前で消えて無くなった。
「なっ?」
「どうしたい。神様でもわからないことがあるのかい?」
「おまえは一体何者だ!?」
明らかにアルカイトスは、焦りを感じている。
「おれかい?おれは魔王さ。」
「魔王?」
「いや、正確に言うと元魔王だな。」
「ふざけるな。おまえのような魔王など見たことも聞いたこともない。」
「そりゃそうだ。おまえが生まれ前にやってたんだからな。」
おれが肩をすくめるような恰好をしたのが、癇に障ったのか、アルカイトスが左手を差し出し、連続して神の矢を放った。
「時空抜出」
おれに向かってきた神の矢が、すべて目の前で消える。
「返してやるよ。時空定着」
消えた神の矢が、アルカイトスの目の前に突如現れ、避ける間もなく、すべてその身体に被弾した。しかし、そのすべてがアルカイトスの身体の中に吸収されていく。
「おっ」
「我にどんな攻撃もきかん。たとえ、それが自分が放った攻撃でもな。」
「面倒な奴だな。」
おれは困ったような顔をした。
「おまえが魔王であろうが、なんであろうが、私はすべてを超越した存在。恐れるものはなにもない。」
アルカイトスに自信が復活したようだ。
「神の御業を見よ。」
アルカイトスの両手から波動が迸る。
途端におれのまわりに巨大な石壁が出現し、箱のようになって俺を囲み、閉じ込めた。
「神の踏み足」
おれを閉じ込めた箱に、強力な重力がかかる。
石の箱は潰れていきながら地面へと落下していった。
落下した石の箱は、地面と激突してバラバラに崩壊し、そのうえに更に重力がかかり、地面の中にめり込んでいった。
「まだまだだ。神の怒りの光を受けて浄化せよ。」
アルカイトスが両腕を頭上に掲げると、黒雲が素早く流れ去り、太陽が顔を出す。その光がアルカイトスの頭上で屈折し、おれごと地面にめり込んだ瓦礫に焦点を合わせて差し込んだ。
焦点の当たった地面はあっという間に、超高温となり、瓦礫は真っ赤になって融解し、溶岩のようになる。
「ふふふ、溶岩の中で燃えて炭となれ。」
嘲りの目でその現象を見ていたアルカイトスは、ゆっくりと地上に降りてきた。
「念には念を入れてと言うからな。」
真っ赤に燃える地面に、息を吹きかけると、途端に地面は黒く固まる。そこへ空中から岩塊を生み出し、その上にいくつも積み重ねた。
「愚か者には過ぎたる墓標だが、まあ、情けと思えばよろしかろう。」
積み重なった岩塊を見て、満足そうに独り言を言ったアルカイトスは、今度こそはと、バルトシュタインの首都へ足を向けた。
「やれやれ、勝手に殺さないでくれるかな。」
またしても、予期せぬ声にアルカイトスは、目を吊り上げて振り返った。
見れば、岩塊のうえに潰したはずの例の男が何事もないような顔で座っている。
「おまえは……どうして、生きている!?」
「まあ、ちょっとした技をつかったんだ。」
自分の理解を超えるおれという存在に、アルカイトスは焦りと怒りが混じり合い、パニック状態となった。
「消えろぉぉぉ‼」
アルカイトスの両手から神の矢が連続して放たれる。
複数の矢は広範囲に広がり、おれの逃げ場は無くなったかに見えた。
「時間停止」
辺り一帯の時間が止まる。
固まったように止まっている神の矢の間を潜り抜け、おれはアルカイトスの前に飛んでいった。
「停止解除」
途端に時間が動き出し、放たれた神の矢がなにもない空間を取り過ぎて、後方で大爆発を起こす。おれはと言えば、いきなりアルカイトスの目の前に現れ、アルカイトスを驚愕させていた。
「瞬間移動か?」
「残念。ちょっと違うんだな。おれはプリムラみたく瞬間移動は使えないんだ。」
「じゃあ、どうやって?」
「ちょっと時間を止めて、移動しただけだ。」
「時間を止める。そんな私でもできないことを」
「それができるんだな。さっきもそれを使って石の箱から抜け出したんだ。」
「そんなバカな。」
アルカイトスの心が恐怖でひきつる。
「そんなことはどうでもいい。今度はおれからおまえを処置させてもらうぜ。」
「処置だと?」
おれの言うことが、アルカイトスには理解できない。
「まずはお前の力の源を断つ。」
「させるか!」
アルカイトスは目の前に浮かぶおれをいきなり掴んだ。
「ぐふふ、油断したか?このまま芥子粒以下まで圧し潰してやる。」
おれの身体に超高圧力がかかる。
「ぐおぉぉ!潰れる!」
おれの悲鳴にアルカイトスはやっと安心したのか、残忍な笑顔を見せる。
「なんて、言うと思ったか?」
おれの平気な顔に、アルカイトスは再び驚愕する。
「コンシェル、終了したか?」
「はい、テヴェリス様」
おれの独り言にアルカイトスは怪訝な顔をするが、そんなことはお構いなく再度、手に力を込める。
「潰れろ!」
「むだだ。おまえの力の源は断った。」
「なに!?」
「この世界から漏れ出すカオスを糧にここまで成長したのだろうが、その漏洩をさっきコンシェルが塞いだ。」
「なんだと?」
アルカイトスは、もう一度魔量を吸い上げようとしたが、自分が欲している魔量が少しも吸収されない。
「ついでにおまえが構築したカオスを自分の魔量に変換するプログラムも停止させてもらう。」
「でたらめをいうな。」
「術式停止」
アルカイトスの中でなにかが消えた。同時にアルカイトスの身体の輝きが薄れていく。
「こ、これは…、どういうことだ?力が、力が抜けていく。」
「ともかく、これをはずすぜ。」
おれを握るアルカイトスの手を無理やり外すと、おれは地面に降り立った。
そのそばで、アルカイトスの巨大な姿が徐々に萎んで小さくなっていく。
やがて、アルカイトスはおれと同じくらいの背格好になり、ただの裸体の男になった。
「どうだい、元にもどった感想は?」
「元にもどった?」
いまだ信じられない顔つきのアルカイトスは、呆けた様子で自分の手を見つめていた。
「実感がないか?じゃあ、味合わせてやるよ。」
そう言って、いきなりおれはアルカイトスの横っ面を殴った。
突然の打撃に、アルカイトスは防御もできず、無様に地面に倒れた。
「なにをする!神たる私を殴るとは。」
「もう神様じゃあないってことが、実感できたか。あと、おれの妻たちへの仕打ちに対する怒りも含まれているけどね。」
無様に倒れ、殴られた頬を撫でるアルカイトスは、自分が普通の存在になったことにいまだ実感できてないようだ。
「もう一発いっとく?」
おれが再度殴りかかろうとしたとき、怒りに燃えた目のアルカイトスが、いきなり立ち上がると、おれの腕を払い除け、逆に殴り返してきた。
「うわっ」
それを辛うじて躱したおれが見たのは、怒りを通り越し、狂気に彩られたアルカイトスだ。
「おまえなんぞ、おれの魔王としての力だけで十分だ。」
アルカイトスの身体から急に冷気が迸はじめた。
「リースレス・ロック(無情なる氷獄)」
詠唱とともに荒れ地全体が凍りつく。
「うっ」
おれの足もいつのまにか凍り付いていた。
「おれを侮った報いだ。」
氷結がおれの足から下半身、上半身へと上がって来る。
やがておれは氷の彫像と化した。
「死ね!」
アルカイトスの拳が、氷の彫像と化したおれを撃つ。途端に、氷の彫像は粉々に砕け散った。
粉々になった氷の破片を見て、アルカイトスはようやく安堵したのか、凍った地面に座り込んだ。
「ふふふ、最後に勝つのはおれだ。」
座ったまま、しばし呆然としていたアルカイトスの目に、妙なものが映った。
粉々になった破片から陽炎のようなものが立ち上り、それがひとところに集まると、やがて人の形を成し、そのまま男の姿に変化した。
「なんだと!?」
驚愕のあまり、呆けたように口を開けているアルカイトスを尻目に、おれは自分自身の身体を確かめるように触っていった。
「うん、なんとか前と同じだな。」
「再生能力まであるのか?」
「うん?ああ、これか。そうだな、復元というやつだな。」
「おまえは、おまえは一体何者だ!?」
「だから、言ったろ。元魔王だって。」
「同じ魔王でも、おまえはどこか違う。」
アルカイトスの顔が蒼くなる。
「まぁ、おまえや他の魔王とは確かにちがうな。なんせ、おれは頼まれて魔王をやってたからな。」
「たのまれて?」
また、訳の分からないことを言うこの男を、アルカイトスはいま真に恐れている。
「この世界を作った時、すべての種族のバランスと安定成長を図るために、恐怖と対決の対象が必要で、それをおれがやっていたんだ。」
「なにを言っている?」
「わからなくていいよ。説明するのも面倒だから。」
おれは面倒くさそうに手を振った。
「なんだ、おまえは。なんだぁ、おまえわぁ!なんなんだぁぁ‼おまえわあぁぁぁ‼‼」
アルカイトスが恐怖のあまり、切れた。
彼の周りに氷塊が出現すると、それが割れて槍状になり、おれに向かって続けざまに放った。
それは狙うとか、当てるとかではなく、めったやたりに氷の槍を放ち、物量でおれを潰そうとしている。
「普段落ち着いているやつほど、切れると怖いな。セキュリティ。」
その呼び出しに応えるように、おれのまえで氷の槍が透明な壁に当たって砕けていった。
「おのれ、防御魔法ごと潰してやる!」
その言葉通り、氷の槍は巨大な氷塊に移り変わり、おれを圧し潰そうと飛来し来る。
「やれやれ」
おれはため息を吐くと、時間停止をかけた。
一帯の時間が止まる。
おれはゆっくりとアルカイトスに歩み寄ると、彫像のように固まって立っている彼に触れ、その構築状態を探った。
数十分そうしていただろうか、おれの中で結論が出ると、停止解除を行った。
時間が動き出し、すぐ目の前に現れたように見えたおれに、アルカイトスは大いに驚愕した。
「また、時間を操ったのか?」
それには答えず、
「一通り、あんたを検索させてもらった。」
と、告げた。
「検索だと?」
聞き返すアルカイトスを無視し、おれは一言詠唱を発した。
「存在消去」
途端にアルカイトスの足先、指先が崩れるように消えていく。
「なんだ、これは!?」
なんとかこの現象を食い止めようとするが、自身が消えていく現象は止まらない。
「この世界から消えてもらう。」
「消えるだと?」
「ああ、完全な消去だから復活もできないぞ。」
「そんな、バカな!」
アルカイトスが再生を試みるが、消えていく状況はかわらない。
そもそも魔法自体が使えなくなっていた。
「再生できない。魔法も使えない。」
悲鳴にも似た叫びをあげながら、アルカイトスは無駄とも思える抵抗を何度も試みた。それを眺めて、おれはポツンとつぶやく。
「さんざん、好き勝手やったんだ。もう十分だろう。」
「ふざけるな!これからなんだ。これから神としてこの世界を作り直していくんだ。おれの世界として。」
叫ぶアルカイトスの下半身はすでに消えて無くなっており、いまは胸から頭の部分だけを残して、宙に浮いている。
アルカイトスの目は慈悲を乞うような悲しげなものに変わり、じっとおれを見つめながらなにかを口走った。
それも聞こえぬまま、最後に頭も消えて無くなった。
「さて、終わったな。コンシェル、転送してくれ。」
「了解しました。」
おれはアルカイトスの存在していた場所に目を向け、ポツンと呟いた。
「さよなら、アルカイトス。」
その言葉を残して、おれの身体はこの世界から消えた。




