26 おれ、昏き神に怒る
コンシェルに転送してもらったおれは、王都マナミだったところに着いた。
おれの目の前には、荒野が広がっている。
建物と呼べるものはひとつもなく、動くものも皆無だ。
「こりゃ、ひどいな。」
おれは元王都を歩き始めた。
「コンシェル、ここにはティアラはいないのだな。」
「左様です。テヴェリス様。半径4キロ以内にthiar01120hegの痕跡はありません。」
「そうか。」
おれは周りをぐるりと見渡してみた。
尋常ではない力が作用したようだ。
人間業ではない。
おれはある仮定をたててみた。
人間や魔物を超えたなにかが、この都市をこのようにした。
そこで思いついたのが、この間、コンシェルが言っていたカオスの漏洩とそれに干渉しようとした者がいること。
「確か、その名前はアルカイトスだったかな。」
その者が力を得て、この状況を作ったか、とおれは推測した。
「とすると、彼女らになにかあったな。」
おれの不安はますます高まる。
「コンシェル、この大陸で異常な魔量の発生はないか?」
「魔量の異常発生が連続して観測できます。」
「どこへ向かっている。」
「バースエンドから聖教会領へと続いています。」
「聖教会領か……」
おれの中でひとつの決心が生まれた。
「コンシェル、最新の観測情報と座標を送ってくれ。」
「承知しました。」
すぐにおれの頭の中に、情報と座標が流れ込んでくる。
おれは聖教会領のほうに目を向けると、小さく呟いた。
「空間保持」
おれの周りの空間が固まる。
「空間移動」
おれの身体が滑るように宙に浮く。そして、すさまじいスピードで移動を始めた。
「コンシェル、観測を続行。逐一報告してくれ。」
「畏まりました。テヴェリス様。」
コンシェルからの連絡が一旦切れる。
「待ってろよ。みんな。」
聖都テルメアを壊滅させたアルカイトスは、普通の大きさのまま北東へ進路を変えた。
次にめざすはバルトシュタイン。
リンデール王国、聖教会領とともに繁栄する皇国だ。
「バルトシュタインを潰せば、この大陸で反抗する国はなくなる。」
アルカイトスは、遊びに行く子供のような笑顔で、かの国に向かった。
聖教会領に向かっていたおれは、コンシェルからの新たな情報と座標を受け取っていた。
「目標がバルトシュタインに向かったと?」
「はい、聖教会領の聖都で巨大な魔量の出力の後、その方向をバルトシュタインへと向けています。」
「アルカイトスなのか?」
「魔量の特徴が過去の残留魔量と一致しました。まちがいありません。」
コンシェルの解析に誤りはない。きっとアルカイトスは、バルトシュタインを滅ぼしに行ったのだろう。
「座標変更。」
おれの飛ぶ向きが、慣性を無視して、いきなり変わった。
行き先はバルトシュタイン。
その頃、アルカイトスはバルトシュタインの国境に近づいていた。
その大きさは、リンデールや聖教会領の時とは違い、普通の人間の大きさ。ゆえに国境守備兵も初め、その接近に気が付かなかった。
「なんだ、あれは?」
国境の監視塔でいつもと変わらぬ風景を眺めていた兵士のひとりが、こちらに向かう光を見つけたのは、ほんの偶然だった。
「おい、なんかが近づいてくるぞ。」
隣にいる同僚に声をかける。
「なんかって、なんだよ。」
めんどくさそうな顔でその同僚は、声をかけてきた兵士と同じ方向を見た。
「なんだと思う?」
「なんだろうな?」
同僚も近づく光の物体がなにか検討もつかない。
「とりあえず鐘を鳴らすか?」
「そうだな。不審といやあ不審だからな。」
任務に忠実な兵士は、警戒の鐘を鳴らした。
鐘の音を聞いて、上官が監視塔に上がってきた。
「何事だ。」
「変な光の物体がこちらに近づいてくるのです。」
最初に発見した兵士が指差す方向を見ると、確かに光る物体が空を飛んでこちらに近づいてくる。上官は持っていた遠眼鏡を目に当て、その物体の正体を探ろうとした。
上官の目に映ったのは、全身が光り輝く人間の姿。
「魔導士か?」
遠眼鏡を外すと、上官は壁に備え付けてある拡声の魔道具を取り上げた。
「皇国の国境に接近する者。停止せよ。」
魔道具を口の前に持ってきて警告を発すると、大音量なった声が聞こえたのか、光る人物が空中で制止した。
「言葉は通じるようだな。貴殿の姓名と所属を答えよ。」
それに対し、光る人物は、冷たい目で監視塔とその後ろにある国境の砦を見つめると、おもむろに口を開いた。
「我は、この世界の新しき神、アルカイトスなり。」
その声は魔道具を使っていないのに、監視塔にいる兵士だけでなく、砦に駐留する全兵士の耳に届いた。
「新しき神だと。」
上官が疑問を呈したときに、監視塔に国境警備隊の副隊長が上がってきた。
上官を含めた兵士三人が直立になって敬礼した。
「副隊長、ご苦労様です。」
「アルカイトスと名乗ったようだな。あの北方の魔王のか?」
「それはわかりません。魔王自身を見たことがありませんので。しかし、新しき神などと名乗って、ふざけた野郎です。」
上司の前で悪態をつく兵士を横目に、副隊長は拡声の魔道具を渡すよう指示した。そして、2キロほど先で佇むアルカイトスの名乗る光る人物に向かって、ここにいる真意を質した。
「この国境警備の副隊長を命名されたルヴァンと言う。アルカイトスと名乗ったが、この国境に何の用だ。」
「この国を滅ぼしに来た。」
あっさりと言うその言葉を、国境兵たちはなにかの冗談かと受け取った。
「ははは、滅ぼすだと。一介の魔王が。」
「最近の魔王は、冗談を言うのか。」
嘲りの言葉を交わす兵士を軽く睨んだ後、ルヴァンは再び拡声魔道具でアルカイトスに言葉を投げかけた。
「国を滅ぼすと言ったな。魔王にそんなことができると思っているのか?」
ルヴァンも内心では、怒りに、はらわたが煮えくりかえっている。
「魔王ではない。新しき神だ。信じようが信じまいがかまわん。私は言ったことを実行するまでだ。」
アルカイトスの身体が輝きを増した。
それを見て、ルヴァンはいやな予感を感じる。
「兵長、下に行って隊長に報告。戦闘準備をはじめるように申告しろ。」
「えっ?戦闘準備ですか?」
「早くいけ!」
「ハッ」
兵長と呼ばれた男が監視塔から下に下りていった。
「気の廻し過ぎではありませんか?副隊長どの。」
「だといいのだがな。」
さっきまでの怒りは静まり、不安のみが腹に膨れ上がる。
(くそ、嫌な予感が消えやがらない。)
そう思っているうちに、アルカイトスの身体が眩しいほど光輝いた。
「みんな、ここから退避!」
そう言った瞬間、アルカイトスから光の矢が飛んで来た。
監視塔が白い闇に覆われる。
使いの兵士が、監視塔から隊長のいる官舎に入ったそのタイミング。恐ろしいほどの光量と爆発音が轟き、爆風が砦内を吹き抜けた。
「うわっ!」
「なんだ!?」
官舎内は大きく揺れ、窓ガラスは割れ、ドアが吹き飛び、机や棚がひっくり返った。むろん、中にいる兵士たちもその揺れで床に転げ回った。
「何事だ!」
隊長のメーガスが叫ぶ。
事態が飲み込めないのだ。
「隊長、副隊長から戦闘準備の具申です。」
使いに駆け付けた兵士が、床に伏しながらメーガスに報告した。
「戦闘準備?どこの国が攻めてきたというのだ。」
「魔王アルカイトスです。」
「魔王?軍団でか?」
「いえ、一体です。」
その報告に半信半疑のメーガスは、急いで官舎を出た。
その瞬間、おなじような爆発が轟いた。
爆風がメーガスを壁に打ち付ける。
「つっ」
一瞬、目が眩んだ後、目を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。
砦を囲む外壁がきれいさっぱりなくなっており、兵たちが右往左往している。そこへ光る矢が飛来し、再び大爆発が起こった。
爆風がメーガスを吹き飛ばす。
身体が地面に叩きつけられ、数回、転がった後、ようやく止まって頭をあげると、砦の東半分が瓦礫と化し、炎に包まれていた。
「な、なんだこれは…?」
立ち上がろうとするが、全身の打撲痛とどこか骨折したようで、身体に力が入らない。
周りでは、うめき声と悲鳴が交錯している。
「こ、こんなことが……」
メーガスは自分の目が信じられなかった。
そのとき、光る物体が黒煙あがる砦の上空に飛んで来た。
見上げれば、その光る物体は人型だ。
「あれが魔王……?」
その姿に神々しさを感じた時、目の前全部が白く変化した。
メーガスの意識はそこで消えた。
国境の砦が崩壊した噂は、すぐさま隣接する国境の街レイヒッチに届いた。
レイヒッチの市長は、すぐさま守備隊を動員するように命令を出した。同時に念のため市民に家から出ないように触れを出した。
しかし、それが間違った指示であることを、市長は身に染みて理解する。
砦の方向から飛んでくる光る物体を確認した守備兵は、すぐさま守備隊長と市長に報告する。
守備隊は街の外に出て、異形の物体を迎え撃つ体制を整えていた。
その光景を見たアルカイトスは、嘲笑を浮かべる。
「逃げればいいものを」
整然と隊列を組む守備隊を前に、アルカイトスは右手を上げた。
「神の矢」
手の上に光る矢が出現すると、それが守備隊に向かって飛んでいった。
隊列の真ん中にそれが着弾する。
光球が膨れ上がる。
逃げることもかなわず、守備隊全員が一瞬で消滅してしまった。
庁舎の一番高い位置にある部屋で、それを見ていた市長は、現実離れしたその光景に開いた口がふさがらず、しばし立ち竦んでいた。
やっと我に戻ったのは、二本目の光る矢がレイヒッチの街の北半分を壊滅させた時だった。
「あ、あ、あああ、ああああああ‼」
言葉にならない悲鳴のあと、市長は部屋から逃げ出した。
アルカイトスは、街の中心部までゆっくりと浮遊していくと、両手を空に向けた。
どこからともなく流れてきた黒い雲が、レイヒッチの上空を埋め尽くす。
「神の冷たき涙」
アルカイトスの言葉とともに、黒い雲から巨大な氷塊が、街に雹のように降り注いだ。
街にある建物は、紙のように次々と圧し潰されていく。
逃げ惑う人々は、抗う術もなく、氷塊の餌食となっていった。
数分とかからず、レイヒッチの街は動くものひとつもない、死の街と化した。
その街の中に降り立ったアルカイトスは、まわりを見廻し、自分の成果に満足する。
「この分なら今日中に、バルトシュタインは滅びるな。」
『なにがしたいのよ。あんたは?』
唐突にアルカイトスの頭に念話が入った。
振り返ると、自分より少し離れたところに5個の箱が浮かんでいる。
その一つから届いた念話だ。
「まだ、念話をするだけの力があるか。大したものだな。」
箱のひとつに語りかけるアルカイトスに、その箱にいるアウローラから返事が返る。
『神になって、なにをしたいのよ。この世界を滅ぼして何がしたいのよ。』
「おまえにはわかるまい。神となった私の目的など。」
『わかりたくもないわ。』と、プリムラがさけぶ。
「いずれ消滅するおまえたちだ。知っても無駄か。」
アルカイトスが嘲笑を浮かべる。
それを見て、アウローラが唇噛む。
『パパがゆるさないんだから。私たちのパパがおまえをボコボコにするんだから。』
ローザが吠える。
「苦し紛れの戯言か。そのパパとやらを連れて来い。私がひねり潰してやる。」
自信ありげに言い放つアルカイトス。
そのとき。
「その必要はないよ。おれのほうから出向いてきた。」
予期せぬ声に、アルカイトスを始め、箱にいる5人の娘たちも思わず振り返った。
少し離れた所に、瓦礫を避けながら歩いてい来る男がいる。
むろん、おれだ。
「だれだ、おまえは?」
アルカイトスの誰何に、おれは答えず、レイヒッチであった瓦礫の平原を見廻した。
「ひどいもんだな。」
大きくため息をつくおれを見て、アルカイトスは不快感を持つ。
「私の問いに答えず、些細なことに憐れむ愚か者。死ね。」
アルカイトスはいきなり光る矢を放った。
矢がおれに直撃する寸前、おれの口から言葉が発せられた。
「時空抜出」
光の矢は目の前で唐突に消えた。
「なに?」
「時空定着」
続くおれの言葉のあと、はるか後方に光る矢が出現し、大爆発を起こして消えた。
「なにが起こった?」
「おまえに説明する必要もないだろう。」
おれはゆっくりとアルカイトスに歩み寄った。
「何者だ、おまえは?」
「彼女らのご主人様、いや夫と言った方がいいかな。」
その言葉が届いたのか、箱に閉じ込められた女性たちは涙を流して、おれに呼びかける。
「ご主人様」
「旦那様」
「パパ」
「マスター」
そして、箱の中で倒れたままのアリスも、おれの声が聞こえたのか、顔を少し上げ、唇を動かした。
「ぬ……し……さ…ま…」
「みんな、大丈夫か?」
おれは心配そうな顔で、箱のひとつひとつに視線を移す。そして、アリスのいる箱に視線が止まると、憐憫の表情になる。
「返してもらうぞ。」
おれは大地を蹴り、大きくジャンプすると、アリスが入っている箱の上に降り立ち、その上で片膝をつくと、なにかを探るような手つきをする。
「なかなか堅固な空間閉鎖だな。でも、まあ、大丈夫だろう。」
アルカイトスにとって訳のわからないことを言うおれは、不愉快の目で見る対象でしかない。しかし、次の瞬間、その目は驚愕に彩られた。
「術式解除」
アリスを捕えていた箱があっという間に消えて無くなった。
箱が消えたためおれとアリスは空中に投げ出され、宙でアリスを受け止めると、そのまま地上に降り立った。
おれの目の前に息も絶え絶えのアリスがいる。
肌の色は土気色になり、肌の張りも艶もなく、あの美しかったアリスの欠片も残っていなかった。
「大丈夫か?アリス。」
「ぬ…し…さ…ま…」
アリスが泣き顔になるが、もはや涙さえ出ない。
まさしく搾りカスのような状態であった。
「おれが来たからもう大丈夫だ。すまなかったな。こんな目に会わせて。」
やさしく頬を撫でると、アリスの唇にやっと笑みが浮かんだ。
「ぬし…さまの…うでの…な…か…で……死ねるなら……本…望…です…」
「バカなことをいうな。死にはしない。」
アリスを御姫様だっこをしながら、おれはアリスを励ます。それを聞いている他の4人は、涙ぐみながら少しの嫉妬を感じていた。
『ご主人様、私たちもここから出してください。』
アウローラから懇願の念話を受けて、おれははじめて他の4人も箱に閉じ込められていたことを思い出した。
「おお、わるい、わるい。いま、出してやるかな」
そう言うと、おれは再び「術式解除」と唱えた。
すると、4人の箱がいきなり消え、4人は地上に落ちた。
アウローラは見事に降り立ったが、プリムラ、ティアラそしてローザはお尻から落ちて、したたか腰を打った。
「いたたた、パパ、ひどい。」
「マスター、いきなり消さないでください。」
「アリスと扱いが違いませんか?」
「文句言わない。出られたんだから。」
アウローラが他の3人を宥めているのを、おれは微笑ましく見守っていた。
「いいかげんにしろ!」
突然、アルカイトスが叫んだ。
完全に無視された様子に、アルカイトスの怒りが爆発した。
「おや、妬いているのか?」
おれがからかうと、アルカイトスの身体から光が更に輝きだした。
「そいつらは、私の贄だ。それを勝手に解放しおって。」
「彼女らはおれの妻だ。返してもらって何が悪い。」
おれはアルカイトスからの威圧を、風に柳のごとく受け流した。
「おのれ~」
アルカイトスの体中から大量の魔量が溢れ出した。
本気で怒っている。
「アウローラ、アリスをたのむ。」
おれは抱えていたアリスをアウローラに手渡しした。
「ご主人様、私もいっしょに戦います。」
「「「私たちもごいっしょに!」」」
4人が共に戦うことを願う。しかし、それをおれはやんわりと断った。
「アウローラ、アリスを連れて城に帰ってくれ。彼女を治癒しないといけない。」
抱えているアリスを見て、アウローラは言葉が続けられない。
「ティアラ、アリスの面倒を見てくれ。」
ティアラも懇願を口にできない。
「プリムラ、城に帰って、食事の支度をたのむ。盛大にな。」
「はい」
プリムラは思わず、返事をする。
「アウローラ、パーティの準備をたのむ。ローザも手伝ってな。」
「「はい」」
二人も同様に返事した。
「よし、コンシェル」
「はい、テヴェリス様」
「彼女たちを転送してくれ。」
「畏まりました。」
「「「「あなた」」」」
おれを呼ぶ声を残して、5人の姿が消えた。
「女どもは逃がしたか?」
「ああ、城で快気祝いと祝勝会の準備をしてもらうためにな。」
「なに?」
おれは、はじめてアルカイトスを睨んだ。
「おれは怒っているんだ。」
「怒っているだと?」
アルカイトスが怪訝な顔をした。
「アリスをあんな目に会わせやがって。」
「敵討ちというわけか?」
嘲笑を浮かべるアルカイトス。
「おまえがこの世界でなにをしようがかまわんが、おれの妻たちに手を出したのは、ゆるせん。」
「ならどうする?」
「おまえを 消す 」




