21 アリスが変… そして、親玉登場!
「ねえ、プリムラ、どういうこと?」
アリスと対峙している三人は、三人とも困惑と警戒心をはらんでおり、尋ねられたプリムラも困ったような顔をアウローラに向け、
「アリスの様子が変なのよ。」
と、答えた。
「へん?」
アウローラは状況が飲み込めず、警戒心を持たぬままアリスに歩み寄った。それをプリムラが後ろから止める。
「あぶない!」
肩を掴んで引き戻したとき、アリスの手からフレイム・ジョベリン(炎の槍)が撃ちだされた。
目の前で着弾したフレイム・ジョベリン(炎の槍)は、爆ぜるとともに高い火柱を上げた。
あきらかに殺すつもりで撃たれたものだ。
「アリス、なにをするの⁉」
「アルフレッドはやられたみたいね。では、私が主様を護りましょう。」
「ぬしさま?」
アリスが言っている意味が理解できないアウローラは、後ろにいるプリムラに尋ねるように顔を向けた。
しかし、プリムラは黙って顔を横に振るだけ。
他の二人を見ても、同じ反応だ。
「アリス、私よ。アウローラよ。」
「そんな人、知らない。」
アリスの怒りの表情は消えない。
殺意が四人にビリビリと伝わる。
「どうやら記憶を失っているようです。」
ティアラが、現状を推測して語る。
「記憶を失っている?」
そのとき、アウローラは自分の主人が語ったことを思い出した。
「もしや、初期状態ということ?」
「アリス、聞く耳もたなくて、近づくとどんどん攻撃してくるの。」
ローザが悲し気にアウローラに訴えた。
「なんとか拘束できないかな?」
「アリス相手に難しいこというのね。」
「拘束できればなんとかできるかも。」
「でも、アリスが精神攻撃を仕掛けてきたらこちらもあぶないですよ。」
プリムラとアウローラの会話に、ティアラが不安要素を差し挟んできた。
「確かにね。通常攻撃しているいまのうちになんとかしましょう。」
「なんとかって、どうするの?」
「銀の指輪を外す。」
アウローラがアリスの左手薬指に注目する。
プリムラもつられるようにそこに視線を合わせた。
「あれを外すわけ。戦いながら針の穴に糸を通すようなものよ。」
「だから拘束できないかって、尋ねているわけ。」
「拘束って言ったって…。2~3秒が限界よ。」
「それだけあれば十分よ。」
アウローラが自信ありげに口元を上げる。
「ティアラ、ローザ、アリスの注意をなんとか反らせない?」
「やってみましょう。」
「わかった。」
四人のアリスへの対処が固まった。
そのとき、アルカイトスはなにをしていたか?
書斎の更に下にある秘密の部屋に入ったアルカイトスは、真っ暗な部屋の灯りをつけた。
魔法灯が点ると、部屋の全容が見えてくる。かなりの大きさ部屋だが、さまざまな研究器具や魔道書が所狭しと並んでおり、テーブルの上は様々な書類やメモが乱雑に置かれていた。
そして、正面には大きなシャッターが下りている。
傍らのスイッチを押すと、シャッターがゆっくりと上がっていった。
その先にあるのは、自然が作り出した、大地の裂け目にできた空洞だ。
シャッターが上がった先はベランダになっており、その中央には円形のテーブルがひとつあった。
そこにポケットにしまっていた三つの黒い結晶を置くと、アルカイトスはベランダの手摺に両手を置き、空洞を見渡す。
上を見れば、強固な岩肌が連なる天井があり、下を見れば、深い谷底が広がる。
岩肌の所々がほんのりと光を放っており、全体が見渡せる明るさがある。
空洞とベランダの間には、魔法による防護壁が形成されており、そこから外に降りることはできない。ベランダの外は膨大な魔量で満ちているからだ。
「ふふふ、いよいよだ。」
アルカイトスは、不敵な笑みを浮かべながらテーブルのそばに歩み寄り、乗っている三つの黒結晶を取り上げた。そして、あろうことか、その三つをひとつづつ飲み込んだのだ。
喉を通り、腹の中に落ちていく感覚を覚えながら、アルカイトスはしばらく間、その場に立ち続けた。
変化はすぐに現れた。
「ぐおぉぉ~‼」
アルカイトスの全身を激痛を超えた痛みが駆け巡った。
苦痛に満ちた声が、アルカイトスの口から溢れ出る。
プラチナブロンドの髪が逆立ち、端から徐々に白くなっていく。金色の瞳は血のように真っ赤に染まった。
血管が膨れ上がり、心臓は早鐘のように脈を打つ。
アルカイトスの頭の中に、かつて魔王と呼ばれた者たちの声が響く。
呪言、侮蔑、悔恨、嘲笑、悲鳴、罵倒。
ありとあらゆる意識がアルカイトスの中で膨れ上がり、昇華されていく。
そのたびにアルカイトス自身が、魔量を処理する器として、大きく育っていった。
どれだけの時間が経過したのか。
アルカイトスにとって悠久と思える、あるいは刹那と思える、……時が流れた……
いままでの激痛が嘘のように収まっている。
心臓も落ち着いた脈を打ち、血管も元通りになっていた。
自分の手を見ているアルカイトスの姿は、以前とは変わっていない。
髪の色と目の色以外は。
「取り込んだのか?」
アルカイトスはそのことを確かめようと、テーブルの真ん中に手を置いた。
テーブルとアルカイトスを乗せたまま、床が音もなく沈んでいく。
べランドの底を抜けた床は、ゆっくりと下へ降りていく。
床に乘ったアルカイトスは、まわりに漂う膨大な魔量を取り込んでみた。
以前は、ほんの数秒で飽和状態になっていたが、いまは違う。
比べようもないほどの魔量を取り込めるようになっていた。
「すごい。」
取り込まれた魔量がアルカイトス自身の魔力を上げていくのがわかる。
四人を合わせた魔力、いやそれ以上の魔力が自身のなかに湧き上がるのを確実に感じ取れた。
「思った通りだ。」
思わず、歓喜の笑みが浮かんでくる。
しかし、それも一時的な事だった。その取り込む魔量が限界を迎えたのだ。
アルカイトスの顔が曇る。
「これでもまだなのか?」
アルカイトスは自分の手をじっと見つめ、やがて、空洞の天井を見上げた。
「やはり、おまえを取り込む必要があるな。私が神となるために。」
アルカイトスを乗せた床が、またゆっくりと上に登っていく。
場面はもどる。
アリスと対峙するアウローラ、プリムラ、ローザ、ティアラは、お互いに目で合図をすると、ローザとティアラがアリスを挟むように移動した。
アリスはその行動に対して、特に反応する訳でもなく、じっと佇んでいる。
「アリス、ちょっと痛い目にあうけど勘弁してね。」
「いきます。」
ティアラが腕を伸ばすと、「ホーリー・ジョベリン(聖光の投槍)」と詠唱を唱え、光り輝く槍を次々と撃ちだした。
光の槍がアリスを貫かんと走る。
「ブライヤー・ヘッジ(荊の垣根)」
アリスの前に荊の束が伸び、重なって壁を作った。そこへ、光の槍が次々と着弾する。
木の焼けた匂いと生木特有の煙が上がる中、アリスの作った壁はティアラの槍を完全に防いだ。
「ブライヤー・スコール(荊の驟雨)」
荊の壁に生える棘が一斉に発射され、雨のようになってティアラを襲った。
「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」
ティアラの周りを光の球体が包んだ。
そこへ、棘の雨が降り注ぐ。
しかし、棘はティアラに刺さることなく、球面を滑るように飛ぶと、そのすべてがアリスの方へ戻っていった。
今度はアリスに棘の雨が降り注ぐ。
「デッド・リーフ(枯れゆく緑葉)」
その詠唱が棘の雨に触れると、緑色に染まった棘が茶色に変色し、次々と塵となって散っていった。
「ブラックローズウィップ(黒薔薇の鞭)」
続けてアリスの手から黒い鞭が生き物のように伸び、ティアラに向かってうなりを上げて打ちかかった。
「魔法の盾」
ティアラの前に光り輝く盾が出現し、アリスの鞭を弾き返した。
「まだまだ!」
もう一方の手から別の鞭が伸び、魔法の盾に絡まると、それを絞るようにして砕いた。。
「くっ」
二本の鞭が槍のように伸びる。
「魔法の盾重連!」
盾が何重にも重なって出現する。
それを次々と撃ち破る黒い鞭。
とうとう最後の一つが砕かれ、一本がティアラの左手に絡みついた
「つかまえた。」
「それはこっちのセリフです。」
ティアラがニヤリと笑うと、アリスの後ろにローザが立った。
「バーミリオン・サラマンダ―(朱炎の精霊)」
ローザの腕に炎を纏った蜥蜴が現れ、巨大な火球をいくつも吐き出した。
火球はアリスをあっという間に包み込んだ。
火柱を上げて燃え上がるアリス。
しかし、その火柱から飛び散る複数の火の粉が、次々と人の姿を形作っていった。
「うっ」
ローザとティアラの眉間に皺が寄る。
いつの間にか自分たちのまわりに、アリスの姿をした炎の人形が立ち並んでいる。
それが一斉にローザとティアラに襲い掛かった。
「アズール・ニンフ(蒼水の精霊)」
「シャイン・オフ・イビル(聖光退魔)」
ローザの片方の手から蒼色の蜻蛉が飛ぶ。
ティアラの全身が眩しいほど輝きだす。
蒼色の蜻蛉は、向かってくる炎の人形を片っ端からその水属性で消し去っていき、ティアラの身体から発せられた光は、同じく迫る炎の人形を光で塗りつぶすように消していった。
火柱が消えたあとに現れたアリスは、なにを思ったか口笛を吹き始めた。
「まずい、アリスの精神攻撃だ。」
「ええ、ここで。」
「ファントム・ロック(幻影の牢獄)」
二人の周りが虹色に染まる。
「まずい」
「目がまわる。」
二人の動きが止まり、とりとめもないことを口走り始めた。
それはやがて絶叫に変わり、なにもない空間を二人はかきむしるように手足を動かす。
「私の作る牢獄は、快楽?それとも恐怖?」
アリスが二人を見つめてほくそ笑む。
そのとき、
「シャドウ・キャプチャー(真影の捕縛)」
プリムラの詠唱が高らかに響き、同時にアリスの影から真っ黒な鎖が伸び、アリスの全身を絡めとった。
「こんなので私を縛った気?」
アリスの全身から相当量の魔量が噴き出す。
「あとはお願い!アウローラ‼」
そう叫ぶ方向にアウローラが静かに佇み、居合の構えを見せていた。
「絶技、【朝露の雫】」
別空間の箱から朝霧丸の柄が現れ、それに手が触れた瞬間、雫のように光が零れる。
アリスが黒い鎖を引き千切った時だった。
アリスの左手薬指にはまる銀の指輪に、光が触れ、弾けた。
いつの間にか二つに割れた指輪が、地面に落ちると同時に、アリスの動きが止まる。
朝霧丸を鞘に納めたアウローラは、アリスの動きをじっと見つめた。
プリムラはティアラとローザの元に駆け寄り、ふたりをそのふくよかな腕で抱きしめた。
「二人ともしっかりして!」
呼びかけると、二人は正気に戻ったのか、目をしばたたかせて、プリムラを見上げた。
「あっ、プリムラ。」
「私たちはなにを…?」
「どうやらアリスの監獄から開放されたみたいね。」
「ア、アリスは…?」
ローザが心配そうな顔で周りを見る。その目の動きがアリスのところで止まった。
ティアラも同様にアリスに視線を留めた。
四人の視線がアリスに注がれる。
アリスの目がゆっくりと四人に向く。
「アリス…」
アウローラがゆっくりと近づく。
「アウローラ…」
プリムラが心配そうに声をかける。しかし、それを手で制し、更にアリスに歩み寄る。
動かぬアリスの中で自身の声が響く。
《初期状態を確認。復元の要ありと認定。復元領域を指定。復元を開始します。》
アリスの脳裏に様々な情報が走る。そのなかで最重要情報がクローズアップされる。
( 主様……アウローラ……プリムラ……ローザ……ティアラ…… )
アリスの身体の奥底から感情が膨れ上がる。
近づくアウローラを見て、アリスの目から涙が溢れ出た。
「アウローラ…」
小さくアウローラの名前を呼ぶ。
「アリス」
アウローラが満面の笑顔をアリスに向ける。
「プリムラ、ローザ、ティアラ。」
他の三人の名前を続ける。
「「「アリス」」」
三人が同様に笑顔を見せる。
「みんな、ごめん…」
アリスがアウローラに駆け寄ろうと、一歩踏み出したときだった。
「セイクレット・アーム(神聖なる腕」
地面が割れ、岩塊と土ぼこりを巻き上げて、巨大な光の手がアリスを掴まえて、上へ上へと伸びていった。
「なんだ、こいつは!?」
「アリス─── ‼」
手の中でもがくアリスを、為す術もなく見送るアウローラたちの前に、アルカイトスが荘厳な姿で現れた。
「だれだ、おまえは!」
アルカイトスはその問いにすぐには答えず、薄笑いを浮かべながら四人を順に見廻した。
「私の名は、アルカイトス。この世の神となる者だ。」
静かで落ち着いた声が、確実に四人の耳に届く。
「神?…そんなことはどうでもいいわ。アリスを返して!」
アウローラが相手を睨みながら、一歩前に進んだ。
そのアリスは、アルカイトスの頭上で光の手に握られたまま、身動きできないでいた。
「それはできんな。彼女には私の器となってもらう。」
「器?なにそれ…?」
「私が神となるための生贄と言えば、判りやすいかな。」
事無げもなく言い放つアルカイトスに、アウローラのこめかみに血管が浮かぶ。
「アリスを返しな‼」
いきなり朝霧丸を引き抜くと、アルカイトスの脳天に斬りかかった。
「セイクレット・アーム(神聖なる腕)」
光の腕が突然現れ、アウローラの剣を真っ向から受け止めた。
「!?」
一旦、飛び下がったアウローラは、胴へ打ちかかった。しかし、それもアルカイトスは、光の腕で事無げもなく防いだ。
「くそっ」
「アウローラ、どいて!」
プリムラが後ろから叫ぶ。それに反応してアウローラが横跳びに移動する。
その直後、黒い炎の塊がアルカイトスに向かって飛んで来た。
それを光の手がボールを捕るように受け止め、そのまま握りつぶした。
「無駄だ。神となる私に、おまえたちごときの攻撃など通用せん。」
自信たっぷりの笑みを浮かべて、立ちはだかるアルカイトスに、二人は唇を噛む。
「ホーリー・オフセット(聖光相殺)」
ティアラの詠唱が高らかに響いた時、光の腕と同じ色の光が上空から降り注いだ。
「なに!?」
その光がアルカイトスの目を射る。
思わず手をかざしたとき、光の腕とティアラの放つ光が重なり、光の腕はその形を崩していった。腕から開放されたアリスが、宙に放り出される。それをローザが乗ったエメラルド・シルフィ―が、その背に受け止めた。
「ティアラ、ローザ!」
アウローラが安心したように叫ぶ。
「そうはさせん!」
アルカイトスの赤い目が更に赤くなる。
「ライトニング・ウィップ(雷光の鞭)」
詠唱とともにアルカイトスの背後から光の腕が出現し、ローザに向かって大きく腕を振った。
光の腕が大音響とともに雷光となり、それが生き物のようにローザを追って伸びていく。
ローザを助けようと、ティアラが魔法の盾を構えて、ライトニング・ウィップの前に立った。
盾と雷光が真正面からぶつかる。
「きゃあ!」
ティアラの悲鳴とともに、ティアラが弾き飛ばされ、変わらず伸び続けるライトニング・ウィップがエメラルド・シルフィ―の足に巻き付いた。
「「きゃあぁぁぁ‼」」
雷光の衝撃がエメラルド・シルフィ―ごとローザとアリスを襲った。
エメラルド・シルフィ―はその衝撃で消滅し、空中に放り出された二人はそのまま地面へ落下していった。すると、アリスはアルカイトスの光の手の中に受け止められ、ローザは地面に激突していった。
「ローザ!」
プリムラが心配そうに駆け寄り、ティアラも羽根を羽ばたかせながらローザの落ちた場所にゆっくりと降りてきた。
「大丈夫、ローザ。」
地面にめり込んだローザをすくい上げ、土ぼこりを掃うと、ローザは苦しそうな顔をしながら薄っすら目を開けた。
「ちょっと、きついかも。」
小さく呟く声を聞くと、プリムラはそばに寄ってきたティアラに目で指図する。
うなずくティアラは、ミューズ・ウォーム(女神のぬくもり)を唱え、ローザの傷を癒した。
アルカイトスは、傍らにアリスを受け止めた光の手を呼び寄せ、その光の手に向かって詠唱を唱えた。
「アポロジィ・キューブ(絶界の箱)」
光の腕が光の粒に拡散したと思う間に、その光の粒がアリスを取り囲み、透明な箱状のものに変化し、アリスは閉じ込められた。




