20 四人娘、大暴れ… そして、決着はついたけど… どうして?
アウローラとアルフレッドは、お互いに円を描きながらゆっくりと歩き出した。
一定の間合いのまま歩き続けること、1分ほど。
いきなりお互いが間合いを詰めた。
伸ばせば手が届く距離で、お互いの拳が交差する。
しかし、当たらない。
互いに寸前で躱し、または掌で受け流している。
「やるわね。」
「お客様こそ。」
お互いに拳を交わしながら普通に語り合う。
交差する拳が正面からぶつかった。
一瞬、動きが止まったなか、いきなりアウローラが身体を回転させながら後ろ回し蹴りを放った。
それに合わせるように、アルフレッドも逆回転で後ろ回し蹴りを放つ。
宙で両者の蹴りが激突し、次の瞬間、互いに離れる。
おそろしい攻防が、ほんの数十秒の間に繰り広げられた。
それを見ていたプリムラをはじめとする面々は、息をするのも忘れるほどだ。
「アウローラと互角に戦っている。」と、ローザが目を見開き、
「アウローラ、指輪したまま?」と、プリムラはティアラに尋ね、
「指輪は外しています。」と、ティアラは答える。
「「「すごい」」」
3人が同様の感想を述べた。
それを横目で見て、アウローラは苦笑する。
「あなた、彼女らから称賛されているよ。」
「それは、ありがたい。では、さらにいきますよ。」
アルフレッドの目が吊り上がる。
途端、アウローラの懐に飛び込むように移動すると、身体ごと拳を突き出す。
躱すことがかなわず、アウローラは上からアルフレッドの拳を叩く。
拳の軌道は逸れるが、アルフレッドがさらに踏み込み、身をよじって肩からアウローラにぶつかってきた。
衝撃と圧力がアウローラの全身に伝播し、そのまま後ろに吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
両足でブレーキをかけるが、相当後ろまで飛ばされた。
地面に二本の筋ができている。
「あぢゃあぁぁぁぁ‼」
獣のような気合とともに、アルフレッドの横蹴りが、まともにアウローラの腹部に入る。
身体が宙に浮き、そのままハートレス・アリーナの壁に激突する。
「アウローラ!」
プリムラがまっさきに駆け寄る。
他の二人も心配そうな顔でいっしょになる。
プリムラが抱き起そうとするのを、アウローラは手で制し、ゆっくりと立ち上がった。
「アウローラ……」
心配そうな目つきのプリムラに笑顔を向けたアウローラは、なんでもないような顔でアルフレッドの前に進んだ。
「いい蹴りじゃあない。」
アウローラに悔しさの表情はない。却って、うれしそうな顔になっている。
「両腕でブロックしましたか?」
アウローラの腕についた自分の足型を見て、アルフレッドは致命傷を与えてないことを感じ取った。
「さあ、続きをやりましょう。」
「よろこんでお相手いたしましょう。」
お互いに構えをとる。
それを後ろで見る三人は、あまりの緊迫に身動きができない。
緊迫のなか、先に仕掛けたのはアウローラだ。
鋭い踏み込みとともに中段突きを繰り出すと、アルフレッドはそれを柔らかく受け流し、アウローラに密着すると、脇腹に向かって肘打ちを繰り出す。
すると、その肘を左手で押さえながら、左足でアルフレッドの向う脛を蹴った。
アルフレッドの踏み込みが止められる。
蹴った足をアルフレッドの横に踏み込むと、アウローラは双手で相手の胸を打とうとした。しかし、双手はアルフレッドの両腕で防がれ、逆の狭い隙間を掻い潜るようにアルフレッドの右足が、下からアウローラの顎を狙って蹴り上がった。
寸前でアウローラが身を反らし、それを躱すが、まっすぐ上がったアルフレッドの足は、そのままアウローラの脳天を狙って振り下ろされた。
「むん!」
気合を込め、その踵落としを両手を交差させて受け止める。
衝撃音とともにアウローラの両足が地面にめり込む。
しかし、相手の攻撃はアウローラには届かなかった。
「やりますな。」
「あんたこそ。」
お互いに戦いを楽しんでいる。
一旦、二人が距離を取る。
さすがに二人に疲労の色が見えた。
「次で決めるよ。」
「なら、私も決めましょう。」
格闘の終結が迫っていた。
お互いの闘気が、目で見える形で膨らむ。
それは、後ろで見ている三人の身体を震わせた。
「次で決める気ね。」
プリムラがポツンとつぶやく。他の二人も無言で頷いた。
すこしづつ、二人の間合いが縮まる。
緊迫感がアリーナ全体に膨れ上がる。
いつ弾けてもおかしくないほど膨れ上がった緊迫感は、そのきっかけを待っているようだ。
アウローラもアルフレッドも緊張で顔面が蒼白になっている。
そのとき、ローザが無意識に小石を蹴った。
その僅かな音がきっかけだった。
二人の姿が一瞬消え、爆風のような風圧がアリーナの中に吹き荒れる。
二人の拳がまるで百にも千にも増えたように交錯する。
そのたびに、二人の衣服が千切れ、顔や腕に傷が現れる。
「むん‼」
「しゃぁ‼」
アウローラの右ストレートがまっすぐ伸びるのに、重ねるようにアルフレッドの左ストレートが伸びる。
「ハッ‼」
アウローラが小さく、そして鋭く踏み込むと同時に、右腕が折れ曲がり、肘がそのままアルフレッドの胸に喰い込んだ。
骨と内臓が破砕される音ともに、二人の動きが止まった。
一時の沈黙が流れる。
やがて、アルフレッドが血を吐き、その場に崩れ落ちた。
「ふぅ~」
一息吐き、アウローラは倒れているアルフレッドを見下ろす。
アルフレッドは倒れたままアウローラを見上げ、一言呟く。
「おみごとです。」
そのまま動かなくなった。
「あんたもね。」
格闘が終わったことを見定めた三人は、アウローラの元に駆け寄った。
「ごくろうさん。けっこうやられたわね。」
プリムラが心配そうな顔をして、取り出したハンカチでアウローラの顔を撫でる。
「ひさびさにいい戦いができた。」
アウローラが満足そうな笑みを浮かべた時、ローザが頓狂な声をあげた。
「結界が消えない。」
「えっ、どういうことですか?」
ティアラがアリーナの結界に寄り、手で触ってみる。確かにハートレス・アリーナの結界が消えていない。
「どうしてでしょう。術者は死んだというのに?」
「消えてないの?」
プリムラとアウローラは、二人の会話を聞きつけ、そばに駆け寄った。
「ちょっとどいて。」
アウローラが結界の前に立ち、そこに向かって拳を突き出す。
ガラスが割れるような音とともに、結界に穴が開くが、すぐに再生されて元通りになる。
「確かに消えてない。」
「あいつ、嘘ついたのかな。」
ローザが倒れているアルフレッドを見る。
「術者が死んでも術が解けないとは、呪いに近いものでしょうか?」
ティアラが推察するそばで、アウローラが黙想している。
「アウローラ、どうしたの?」
「アルフレッドは、最後の一人になるまで結界は解けないと言った。」
「それが……、まさか!?」
「ここには四人いる。一人じゃあないのよ。」
「えっ?どういうこと。」
ローザは意味が理解できず、キョトンとしている。それを見て、ティアラが優しく解説した。
「つまり、一人になるまで殺し合いをしないと、この結界は解けないということです。」
「えっ、私たちに殺し合いをしろっていうこと?」
「まさしく、無情ね。」
「冗談はさておいて、どうするの?殺し合いをする?」
プリムラも冗談っぽく質問する。
「ティアラ、この結界が再生するのに、どれくらいかかった?」
アウローラの唐突な問いに、少し戸惑ったティアラだったが、すぐに落ち着いて返答した。
「0.793秒ですね。」
「そう、それだけあれば瞬間移動は可能よね。プリムラ。」
名指しされたプリムラは、アウローラの考えを察したらしく、
「それだけあれば可能だけど、自分を含めて三人が限界よ。」
と答えると、アウローラは軽く笑みを浮かべた。
「私が残るわ。たぶん、私一人になれば結界は消える。」
「でも、根拠はないわよ。」
「彼の言葉に賭けるしかないよね。」
そう言って、アウローラは倒れているアルフレッドを横目で見た。
「わかった。ローザ、ティアラ、私のそばに来て。」
プリムラの言葉に二人は素直に従った。
「よし、ちょっと離れていて。」
アウローラが三人の前に立つ。
結界に向かい、アウローラが軽く息を吸う。
「ドラゴン・サイ(竜の吐息)」
アウローラの口から高圧縮、高圧力の空気の塊が発射される。
それがアリーナの結界にぶつかり、大音響とともに粉々に砕ける。
それと同時にプリムラたちは、瞬間移動した。
すぐさま、結界が再生していく。
元通りになったハートレス・アリーナの中には、アウローラと倒れているアルフレッドだけとなった。
アリーナの結界はいまだ解けない。
しかし、アウローラは焦った様子も見せず、倒れているアルフレッドに歩み寄った。
「いつまで寝てるのかな。」
からかうように語りかけると、応えるようにアルフレッドの目が開いた。
「気付いていらっしゃったのですか?」
アルフレッドは何の支障もなく、スクッと立ち上がった。
「結界がひとりでに再生するのを見てさ、あなたもそうかなとちょっと思ったわけ。」
「だからあなた様が残られたのですか?」
「そりゃあ、戦った相手だもの。最後まで付き合わなきゃ。」
アウローラがおどけたように言うと、アルフレッドは苦笑を浮かべた。
「それがあなた様の命取りになるやもしれませんよ。」
確信めいた言葉に対し、アウローラはいつになく真剣な表情を浮かべた。
「そう、じゃあ、試してみましょうか?」
そう言うが早いか、別空間の箱から抜き出した朝霧丸が、アルフレッドを縦一文字に両断した。
見事に真っ二つになったアルフレッドだが、逆回転するように再生していき、身体にも服にも傷ひとつない姿に戻った。
「いかがですか?」
「すごいわね。」
そう言い終わらぬうちに、アウローラの口からすさまじい炎が放射され、アルフレッドの全身を包み込んだ。
超高温の炎はあっという間に、アルフレッドを白い灰と化した。
炎が消え、地面に積もった白い灰をしばらく見つめていたアウローラは、その灰が少しづつ動いていることに目を見張った。
アウローラの目の前で白い灰は人の形となり、やがて見慣れたアルフレッドの姿となった。
「無駄ですよ。切り刻もうが、炎で焼こうが、圧し潰そうが私はすぐに再生いたします。それが私の本来の力ですから。」
「こわいわね。」
アウローラの額にはじめて冷や汗が滲んだ。
「今度はこちらからいきますよ。」
そう言いながらアルフレッドの身体が疾風のごとく飛んだ。
すさまじい拳撃がアウローラを襲う。
それを朝霧丸で受けながら肩口から斜めに切り裂く。
切り裂いたそばから再生していくアルフレッドが、斬り下ろした体勢にできた僅かの隙をついて、右フックをアウローラの顔面に喰らわす。
重い衝撃にアウローラの身体が地面に無様に倒れた。
そこへアルフレッドの右足が、顔面を狙って繰り出される。
左腕でそれを辛うじて受け止めると、アウローラは朝霧丸でアルフレッドの心臓部分に刺し貫いた。
しかし、それはアウローラにとって最悪手であった。
「しまった!」
「迂闊ですね」
アルフレッドを貫いた朝霧丸が、その肉体に絡めとられ、押すことも引くこともできなくなった。そこへアウローラの両こめかみを狙って、アルフレッドの左右の拳が挟み込むように撃ち込まれる。
寸前で身を落としたアウローラは、その足でアルフレッドの腹部を蹴った。
強い衝撃にアルフレッドは、後方に吹き飛ぶ。
しかし、その拍子に朝霧丸はアウローラの手から離れ、アルフレッドの胸に突き刺さったまま奪い取られる形となった。
「あなたにしては失態ですね。」
朝霧丸を引き抜いたアルフレッドは、それを後ろに放り投げた。
「そうね。少し焦ったかな。」
「あなたの手から武器を奪ったことは幸いでした。これであなたの優位がまたひとつ消えたことになります。もっとも、何百何千切られても私は平気ですが。」
勝ち誇ったようにアルフレッドの目が笑っている。しかし、アウローラは一つ息を吐いただけで、絶望感を見せていない。
それを見てアルフレッドは怪訝な顔をした。
「あなたが勝てる要素はひとつもないのですよ。わかってらっしゃるのですか?」
「そうね。ま、武器は他にも売るほどあるから、別にこまらないけど、あなたの異常な再生能力は厄介よね。」
「ですが、諦めた様子が見えませんが。まだ、打つ手があるとでも。」
「ないことはないのよ。」
「ほお、この状況でまだあると。」
「見てみる?」
「ぜひ」
アルフレッドが期待に溢れた微笑みを浮かべると、アウローラは口角を上げながら、背中から翼を出し、大きく広げた。
「ん?」
アルフレッドが本能的に身構えたときだった。
アウローラが土ぼこりを残して、消えた。
瞬きをしたとき、アウローラが目の前に現れ、アルフレッドを力強く抱きしめた。
「なにを!?」
「フライトデートといきましょ。」
怪しげな笑みを浮かべたアウローラが、アルフレッドの顔を覗き込みながら言い放った。
次の瞬間、いきなり音速を超える速度で飛び上がったアウローラは、ハートレス・アリーナの天井部分にぶつかり、それを粉々に打ち破った。
すぐに再生が始まるが、そのときにはアウローラと抱えられたアルフレッドははるか上空へ登っていた。
「どうするつもりです?」
どこまでも上昇するアウローラの意図が掴めないアルフレッドは、素直に問いかけた。
「ねえ、知っている?」
「えっ?」
「この世界の遥か上空には、常に高速で吹く風があることを。」
「風?」
「そう、私のご主人様がこの世界の気候というものを形作るために吹かせたんだって。」
「なにを言っているんですか?」
アルフレッドにはアウローラが言っている意味がわからない。
「ほら、風に乗った。」
確かにすさまじい勢いの風が二人を押し流す。
「ねえ、アルフレッド。ここであんたが灰になったらどうなるんでしょうね。」
その言葉でアルフレッドは、アウローラがやろうとしていることがわかった。
「やめろ!」
「灰になっても再生しようとするでしょうけど、風で散り散りになったら再生するにも時間がかかるでしょうね。」
アウローラの残虐な笑みがアルフレッドを恐怖に陥れる。
「離せ!」
「あら、つれない。せっかくのデートなのに。熱い抱擁を受けてよ。」
そう言った途端、アウローラの全身が超高温となり、あっという間にアルフレッドは炎に包まれた。なんとか逃げ出そうともがくが、アウローラは決して離さない。
再生を繰り返して、灰になることを防ごうとしたが、アウローラの放つ超高温は衰えることなく、アルフレッドの身体を焼き尽くしていく。
徐々に灰となっていくアルフレッドの身体は、高速の気流に吹き飛ばされ、空中広く散っていく。やがて、再生が追いつかなくなり、アルフレッドは完全に白い灰となって広範囲に流されていった。
どこへともなく飛んでいく白い灰を見て、アウローラはポツンと呟く。
「広い世界を旅してきなさい。いつかは元にもどれるでしょう。」
そう言い残して、アウローラは地上へと戻っていった。
「大分、風に流されたようね。急がなきゃ。」
アウローラは、アリスや他の三人の事が気になり、早く城に到着するためスピードを上げた。
白と灰色の入り混じった雲海を潜り抜けると、下にアルカイトスの城が見えてきた。
近づくにつれ、城の半分どころか、三分の二以上破壊された様子に、アウローラの心配が募る。
「あの娘ら、やりすぎてないかしら。」
目を凝らし、三人がいる場所を探ると、中庭のようなところに立つ三人の姿がアウローラの視界に入った。
「いたいた。うん?」
よく見ると、三人の前にだれかが立ちはだかっている。
しかも女性のようだ。
「まさか!?」
アウローラは更にスピードを上げ、三人のいる場所に降り立った。
「どうしたの?」
見れば、三人が三人とも困惑の顔をして、前に立つ女性を凝視している。それにつられ、アウローラも前に立つ女性を見た時、同じように困惑の色を表わした。
「アリス…?」
アウローラを含めた四人の前に、アリスの美しい姿が怒りの形相で立ちはだかっていた。




