19 四人娘、大暴れ…強敵もぞくぞく…
二人のにらみ合いはしばらく続いた。
先ほどの喧騒が嘘のような静けさが広がった料理室、いや元料理室と呼んだ方がよいか。そのなかで二人は殺気を迸らせ、間合いを読みあっている。
まさしく剣豪同士の対決を思わせた。
先に仕掛けたのはクーパーの方だ。
そばに転がっている調理台をいきなり蹴り上げた。
大人ほどの大きさの調理台が、サッカーボールのようにプリムラに向かって飛んでいく。しかし、プリムラは向かってくる調理台を見ても慌てることなく、ハエを追い払うように、それを横に掃った。
まっすぐ飛んで来た調理台は、直角に曲がり、料理室の壁に突き刺さった。
その後ろからいつの間に移動してきたのか、クーパーがいきなり現れ、手にした牛刀でプリムラの首に斬りつけてきた。
プリムラの首に牛刀が届く寸前、黒い翼がそれを阻止する。
しかし、攻撃はそれで終わらず、反対方向から今度はペティナイフがプリムラの目を狙ってきた。
その前にも黒い翼が盾となって防いだ。
今度は頭上からフライパンが振り下ろされる。
それも防ぐ。
更に中華鍋、中華包丁、お玉と攻撃は続く。
すべてが死につながるような威力のある攻撃だ。
それをプリムラは何でもないようにすべて防いだ。
クーパーが一旦距離を置く。
「やりますね。これは料理のし甲斐がある。」
「御託はあの世でして。」
今度はプリムラが仕掛けた。
黒い翼が両側からクーパーを切断しようと迫る。
クーパーの手からフライパンと中華鍋が離れた。
迫る翼とその二つがぶつかり、金属音と火花を散らす。
フライパンと中華鍋を弾き飛ばした翼を掻い潜り、クーパーの身体が一瞬でプリムラに接近する。
再び牛刀がプリムラの頭を狙う。
新たな翼が出現し、それを弾く。
今度は中華包丁が別の方向から襲い掛かる。
プリムラが後ろに引いて、それを避けるが、今度はペティナイフが顔面に飛んでくる。
首を傾いで、間一髪でそれを躱す。
一旦、距離を取ろうとするプリムラ。
しかし、クーパーの手を離れ、料理道具が宙を舞いながら追いかけてくる。
「調理道具は我が、しもべ。我が命に従い、料理を共に為す。」
「たいそうな道具ね。」
軽口を叩くプリムラだが、その目は自分を襲ってくる料理道具の動きを追い、一時の余裕もない。
「ブラックフレア(漆黒の獄炎)」
プリムラの手から黒い炎が迸る。
クーパーの前に中華鍋が戻り、その炎を防いだ。
「ダークランス(闇の魔槍)」
クーパーの影から闇色の槍が複数突出した。
「無駄だ。」
今度は牛刀が戻り、槍をすべて斬り倒した。
「くっ」
後ろに下がるプリムラの背中に壁が当たる。
追い詰められた。
「仕上げだな。」
クーパーの口元が吊り上がる。
プリムラの周りを八つの料理道具が囲む。
逃げ場はない。
クーパーの手にはいつのまにか刃渡り30センチほどの刺身包丁が握られていた。
「解体して、刺身にしてやる。」
「ピンクブルームといっしょにしないで。」
「きさまはグローブフィッシュの方だろ。」
その言葉にプリムラの理性のひもが切れた。
「なんですって。」
「怒ったか?怒ったところで何も変わらん。」
クーパーの表情は自信満々だ。
「いけ!」
合図とともに宙に浮かぶ八つの料理道具が一斉に襲い掛かった。
ひとつひとつが意思があるように、プリムラを殺そうと威力ある攻撃を仕掛けてくる。
プリムラはそれを冷静に躱し、翼を使って弾き飛ばす。
「言う割には大したことないわね。」
「そうか?」
クーパーは、その場にとどまり、黙ってプリムラの戦いを眺めている。
「ダーク・シルク(闇夜の絹布)」
詠唱とともにプリムラの手から闇色の布が大きく広がり出て、投網のように八つの料理道具をすべて包み込んだ。
布に包まれた道具たちは、抜け出ようと暴れたが、すぐさま小さくたたまれ、やがて静かになった。
それを手に握りこんだプリムラは、クーパーに向かって嘲笑を見せた。
「ばかめ」
「?」
「カッティングボード(まな板)」
クーパーの詠唱とともに、その足元に巨大な板が出現し、それがプリムラの足元に向かって滑っていく。
不意の出来事に、プリムラは対処が追いつかず、足元をすくわれ、まな板に尻餅をついた。
「串打ち」
プリムラの上空から複数の串が落ちてきた。
それは、正確に両腕、両脚、首を挟むように撃ち込まれ、プリムラは身動きできなくなった。
「解体ショーだ!」
クーパーが飛び上がると、プリムラに覆いかぶさるように着地し、手にした刺身包丁を構えた。
鋭く輝く包丁の切っ先が、プリムラの豊満な胸を狙う。
「デスペア・アビス(絶望の深淵)」
まさにプリムラの胸を貫こうとした瞬間、プリムラの詠唱とともに床に巨大な穴が開いた。
底も見えない、漆黒の空間が広がる穴に、刺身包丁を構えたままのクーパーとまな板に括り付けられたプリムラが共に落ちていった。
「うおぉぉ~‼」
漆黒の穴から脱出しようとクーパーは、飛翔の魔法を使おうと、まな板を蹴った。
「絶望の闇へようこそ。」
プリムラが残忍な笑みを浮かべながら、深淵の底に消えていった。
上空を見ると、穴がどんどん小さくなる。
クーパーは必死に飛ぼうとした。しかし、身体が浮かない。
「飛べない、飛べない、とべない~‼」
手足をバタつかせながらクーパーは底なしの闇の中に消えていった。
やがて、黒い穴は小さくなり、人の口ほどになると、そこにプリムラが現れ、穴はプリムラの口へと変わっていった。
立ち上がったプリムラは、腹を軽く撫でる。
「私の胃袋の中で絶望に震えながら溶けていきなさい。」
満足そうな笑みを浮かべたプリムラの耳に、なにかが爆発する音が届いた。
驚いて外へ出ると、ローザと気が付いたティアラが、城の中心部を見ていた。
「どうしたの?」
「あ、プリムラ。アウローラがだれかと戦っているみたい。」
「えっ、アウローラが?」
ローザが指差す方向に、宙を滑空するアウローラの姿があった。
そこへ、火炎弾が容赦なく撃ち込まれる。
「なに、あの大量の火炎弾は?」
「アウローラが戦っている相手が放っているみたい。」
「でも、アウローラなら簡単に片づけられるでしょう。」
「ちょっと、様子が違うようよ。」
ローザは心配というより面白がって見ているようだ。
アウローラは、いつもと違う相手に戸惑っていた。
メイドのメアリは、一度倒しても次には多数のメアリが現れて、アウローラを攻撃する。
倒しても倒しても、蟻のように増えて、攻撃を続けるのだ。
「もぉ、面倒くさい。」
また、火炎弾の弾幕がアウローラを攻撃する。
後ろからは戦闘機のように飛びながら、手にした弓で矢を射かけてくる。
飛んで来た矢を朝霧丸ですべて叩き落とすと、飛んでくるメアリの集団の中に飛び込む。
「自分がいる場所に火炎弾は撃てないでしょ。」
弓矢を持つメアリと戦いながら独り言を言うアウローラの目に、下から火炎弾が撃ち込まれてくる。
「うそでしょ。敵も味方もお構いなし?」
高射砲のように撃ち込まれる火炎弾を素手で払い除けながら、周りを見れば、同じメアリが次々と火炎弾で爆裂して、跡形もなく消えていく。
「こいつら!」
アウローラの口が大きく開く。
「アウローラがドラゴン・サイ(竜の吐息)を使う気だ。急いで逃げて!」
プリムラが瞬間移動で二人を移動させ、自身も移動する。
アウローラの口に大気が圧縮される。
狙いは真下にいるメアリたち。
「ドラゴン・サイ(竜の吐息)」
アウローラの息が砲弾のような塊となって発射された。
高速で走るその塊は、あっという間に地面を貫き、大音響とともにメアリだけでなく、周りに建つ建物を巻き込んで大爆発を起こした。
爆風が城の半分をなぎ倒し、爆発による揺れは地面は言うに及ばず、城を囲む外壁にも亀裂が生じた。
瓦礫が降り注ぎ、建物が崩壊するなか、爆心地には動く者はひとりのなかった。
「これでみんな片付いたでしょ。」
『アウローラのバカ!』
突然、アウローラの頭に念話が響く。
「なんですって!」
怒りの目で辺りを見廻すアウローラの目に、宙に浮く、同じく怒り顔のプリムラと彼女に抱えられているローザとティアラが映った。
「私たちも殺す気!?」
プリムラがそばに近づき、大声で叫んだ。
「耳のそばで大声出さないでよ。どうしたの?プリムラ。」
「あんたの吐息で、あやうく死ぬところだったんだからね。」
「えっ、近くにいたの?知らなかった。」
びっくりしたような顔をするアウローラに、プリムラは呆れたような表情を見せた。
「もう、いつも言ってるでしょ。周りに気を配ってから力を使いなさいって。」
「えぇ、そんなこと言ってた?」
「言ってた。」
半ば怒り、半ば呆れてプリムラは鼻から息を吐く。
「しかし、すごいことになったね。」
ローザが二人の言い争いを他所に、自分たちの下に広がる光景を眺めながら、面白そうに語った。
それにつられて下を見た三人は、荘厳な佇まいだったアルカイトスの城が、半分以上無残な瓦礫と化しているの見て、あらためて三人が同様のため息を吐いた。
「ちょっとやりすぎたかな。」と、アウローラはバツが悪そうな声を出し、
「ちょっとどころじゃあないと思うわよ。」と、プリムラは非難の混じった目でアウローラを見、
「アリスは大丈夫でしょうか?」と、ティアラは友の心配をする。
「とりあえず、リシャールが言ってた書斎とかいうところに行ってみない?」
「そうですね。地下にあると言ってましたから、無事かもしれません。」
四人は互いを見て、頷きあうと、アルカイトスの書斎の場所へ向かった。
そのころ、応接室にいたアルフレッドは、修理をやっと終えたタイミングで、ドラゴン・サイ(竜の吐息)の爆風で部屋ごと吹き飛ばされてしまった。
瓦礫の下敷きになったアルフレッドは、何事もなかったように自分の上に積み重なった瓦礫を持ち上げ、脇に放り投げると、服についた埃をはたき落としながら、周りの状況を確認した。
城の建物は半分以上崩壊し、無事に立っている建物も窓ガラスが割れ、外壁に亀裂が走り、屋根が崩れているところもあった。
「せっかく直したというのに、もっとひどいことになりましたね。」
冷静に呟くアルフレッドだが、言葉の端に怒りが滲んでいる。そのとき、アルフレッドに念話が入った。
「メアリですか?何事が起ったのですか?」
『アルフレッド様、申し訳ありません。招かざる来客がありまして、帰っていただこうとしたのですが、それがかなわず、お城がこんなことになりました。』
話の向こうから真に申し訳ないという気持ちが伝わってくる。
「それで、メアリは大丈夫なのですか?」
『私の複製体をお客様に破壊され、現在、再生もままなりません。』
「そうですか。それでお客様はどちらに行かれたのですか?」
『アルカイトス様の書斎に向かうと思われます。アリス様を連れ戻しに来たようですから。』
「アリス様を。わかりました。後のことは私が対処します。あなたは休んでいなさい。」
『恐縮です。処分はいかようにもお受けいたします。』
「アルカイトス様が決めるでしょう。それまで部屋で謹慎をしていなさい。」
『畏まりました。』
素直な返事を残して、メアリの念話は切れた。
「さて、アリス様に申し上げねばなりませんね。」
独り言を言った後、アルフレッドは軽く跳躍すると、瓦礫を次々と飛び越え、目的の場所へ向かった。
ドラゴン・サイの衝撃は、地下の書斎で時間を持て余していたアリスの身体も揺らした。
「なに!?なにが起こったの?」
椅子から立ち上がったアリスは、書斎から飛び出した。
地上にあがる螺旋階段は幸い、なにごともなく、アリスは急いでその階段を駆け上がっていった。
地上に出て見ると、城は瓦礫と化し、あまりの変貌にアリスは立ち竦んでしまった。
そこへアルフレッドがやってくる。
「アルフレッド、これはどういうこと?」
「招かざる客のせいでございます。」
「招かざる客?」
「メアリが対処しようとしましたが、力及ばず、このような仕儀と相成りました。」
アルフレッドが頭を下げる。
「招かざる客って、どんなやつらなの?」
「私もはっきり見たわけではありませんが、これほどの事を成す輩。おそろしい力を持つ者と思われます。」
「それは主様にも危害をくわえるの?」
アリスの言葉にアルフレッドの頭が上がった。
「おそらく、左様かと。」
アリスの目を見つめ、アルフレッドは無表情に答えた。
「そう、主様に危害をくわえるというなら私が対処しましょう。」
「いえ、アリス様になにかあれば、私がアルカイトス様に叱られます。ここは私が対処いたしますので、アリス様はアルカイトス様のそばにいてください。」
「それでは、あなたが…」
「大丈夫です。私もそう簡単にはやられません。」
アルフレッドが初めて笑顔を見せた。
「そう、ならアルフレッドがやられたら私が出ましょう。」
「そうならぬよう尽力いたします。」
再び頭を下げるアルフレッドを置いて、アリスはまた地下の書斎に戻っていった。
アリスを見送ったアルフレッドは、向きを変えると、空を見上げた
こちらに向かってくる四つの点が見える。
アウローラ、プリムラ、そしてローザとティアラだ。
「もう来ましたか。」
客を迎えるためか、アルフレッドは襟を正した。
書斎の入り口と思われる場所についたアウローラたちは、入り口の前で立っている男に気づいた。
「だれかいるよ。」
「アルカイトスとかいうやつの配下じゃない。」
「ともかく降りましょう。」
「……」
四人はアルフレッドの前にゆっくりと降りていった。
アルフレッドは、立ち並ぶ四人を確認すると、深々と頭を下げた。
「ようこそ、いらっしゃいました。私は当城で執事を務めておりますアルフレッドと申します。」
礼儀正しく自己紹介する。
アウローラをはじめとする三人は、いつもと違う対応に戸惑っているが、ひとりティアラだけは落ち着いた態度で一歩前にでた。
「ご挨拶痛み入ります。私はティアラと申します。後ろにいるのが右からアウローラ、プリムラ、ローザと申し、皆がアリスの友人です。」
「ほお、アリス様の御友人でいらっしゃいますか。」
アルフレッドは少し驚いた表情を見せた。
「ここに私たちの友人アリスがいると思います。迎えに来たとお伝え願えますか?」
「迎えに…?」
アルフレッドは困ったようなしぐさをし、五人の間に気まずい沈黙が流れた。
「それはこまりましたな。アリス様はアルカイトス様の身の回りを御世話する方。あなた方に連れていかれては、私はアルカイトス様の不興を買います。」
「邪魔をするということですか?」
ティアラの眉間に皺がよる。
「いえ、お帰りを願うということです。」
アルフレッドの眼が鋭く光る。
「さっきのメイドも同じことを言っていたわ。でも、私はここにいる。あなたも無駄なことはしなことね。」
アウローラがティアラの横に立つと、自信ありげに腕を組んだ。
「私をメアリと同じと考えないでいただきたいですな。」
アルフレッドも一歩前に出て、手にしていた白手袋を外しにかかった。
「私が相手する。あなたたちは地下へ向かって。」
アウローラが身構えながら他の三人に指図する。
「そのほうがよさそうね。いきましょ。ティアラ、ローザ。」
プリムラがティアラとローザを呼ぶ。
「そうはいきません。」
アルフレッドの体中から恐ろしいほどの魔量が噴き出し、それがドーム状に広がっていった。
「ハートレス・アリーナ(無情の闘技場)」
ドーム状に広がった結界のようなものにアウローラたちは、首を傾げた。
「こんなので私たちを閉じ込めたつもり?」
「このアリーナに入った以上、最後の一人になるまで出ることはできません。」
アルフレッドは確信めいた言葉使いで、四人に向かって断言した。
「こんなの簡単に壊せるわよ。」
プリムラがアリーナの結界に近づき、ブラックレザーウィング(漆黒の鋭翼)でいきなり切り刻んだ。
結界に穴が開いたと思った瞬間、結界はあっという間に元に戻った。
「えっ?」
「私がやります。ホーリージョベリン(聖光の投槍)」
ティアラの手から輝く槍が撃ちだされる。それがアリーナの結界にぶつかり、閃光とともに穴が開く、がすぐに元通りになる。
「こ、これは…?」
「ハートレス・アリーナの結界は、いくら破壊してもそのそばからすぐに再生されます。出ることはかないませんよ。」
アルフレッドは、静かな佇まいで四人を見つめる。
「あなたを倒さないと出れないというわけ?」
「さあ、どうでしょうか。」
アルフレッドにからかうような笑みが浮かぶ。
アウローラがアルフレッドの前に歩み寄り、闘気を漲らせた。
負けじとアルフレッドも闘気を放出する。
二人の闘気がぶつかり、空気が揺れる。
「武器は持ってないの?」
アウローラがアルフレッドに問う。
「私の身体が武器です。」
気負いもなく、答えるアルフレッド。
「そう、じゃあ、私も素手で相手するわ。」
「よろしくお願いします。」
アルフレッドは礼儀正しくお辞儀した。つられて、アウローラも頭を下げる。
「ハッ!」
アウローラが頭を上げた瞬間、アルフレッドの左拳が顔面に飛ぶ。
それを右手で受けるアウローラ。
「いきなり?」
「挨拶はすみましたので。」
両者が不敵に笑う。
アウローラとアルフレッドの格闘がはじまった。




