18 四人娘、大暴れ…でも、いつもとちょっと違うぞ
倒したメアリと寸分違わぬメアリが目の前に立ち、アウローラは少なからず驚愕した。なぜなら、その足元には、メアリが確かに倒れているからだ。
「双子?」
その言葉が最初に思い浮かぶ。
「お客様、どうぞこのままお帰りください。」
メアリは深々と頭を下げた。
「そういう訳にはいかないのよ。アリスを連れ帰るまでは。」
「こまりましたね。黙って帰っていただけなければ排除するしかございません。」
丁寧な言葉遣いだが、内容はおよそ暴力的だ。
「排除できるならしてみたら。」
「では、遠慮なく。」
そう言うが早いか、メアリの身体が風のように移動し、いつの間にか手にしたナイフを手裏剣のようにアウローラめがけて、投げつけた。
それをアウローラは手で払い除ける。
そして、別空間の箱にしまった朝霧丸を再び取り出す。
メアリはアウローラの間合いから逃れるように移動し、間合いの外から手裏剣を投げつけた。
正確に肩と目を狙う手裏剣を、アウローラは器用に弾き返す。
「やるわね。」
「どういたしまして。」
およそ戦う者同士の会話とは思えないやりとりをしながら、二人の戦いは続く。
「これでどうですか?」
メアリが両手にナイフを握り、10本ほどのナイフを同時に投げた。
「ふん、甘い。」
10本がアウローラの身体めがけて正確に飛んでくる。
それに対し、朝霧丸を扇風機のように回転させて、飛んでくるナイフをすべて弾き返した。
「どう?」と、ドヤ顔のアウローラの視界からメアリの姿が消えている。
次の刹那、メアリが背後に現れ、アウローラの首筋を狙う。
ナイフがアウローラの頸動脈を切ろうとした瞬間、メアリの顔の真ん中に朝霧丸の刃が突き刺さった。
「気が付かないとでも思った?」
「み・ご・と・で・す」
賛辞の言葉を残して、メアリは床に倒れた。
「私の間合いの外から攻撃を仕掛けて来るなんて、学習している?」
そう感心しているとき、アウローラの全身に人の気配が触れる。
しかも、複数人。
いつのまにか、アウローラの前後を20人ほどの人間が囲んでいた。
しかも、全員がメアリだ。
「メアリの大量発生?」
「お客様を排除させていただきます。」
全員が同じ言葉をしゃべり、それが合唱となってアウローラに届く。
「これがあなたの能力?」
「はい、私のクローン能力です。」
「クローン(複製)?」
すべてのメアリが同じように笑顔を向けている。
美しい顔立ちゆえに、かえって不気味に見える。
警戒心満タンで身構えるアウローラに対し、すべてのメアリの身体から魔量が溢れ出す。
(今度は遠距離攻撃か?」
しかし、予想に反し、前に並ぶメアリたちが一斉に飛びかかってきた。
皆がスティレットを構えている。
「直接攻撃!?」
迎え撃つ構えを見せたアウローラの目は、襲い掛かるメアリの後ろにいるものに気づく。
なにかを詠唱した。
「!」
詠唱とともに襲い掛かるメアリ全員のスピードが上がる。
「強化魔法か?」
目にも止まらぬ速さで動くメアリが、瞬きの間にアウローラの周りにいきなり現れ、一斉に剣先を突き出す。
「この!」
剣先が届く刹那、アウローラの朝霧丸が一閃する。
襲い掛かるメアリすべてが、一瞬で両断される。
その血飛沫がアウローラの視界を塞ぐ。
「しまっ…!」
不覚を叫ぶ前に、残ったメアリすべてが火炎弾を一斉に撃った。
十数個の火炎弾がアウローラに着弾し、大爆発を起こす。
屋根付き廊下も離れの一部もその爆発をもろに受け、粉々に吹き飛んだ。
その音は、城に向かうティアラとローザの耳にも届いた。
「なにかあったようね。」
「アウローラかプリムラがやらかしたってこと?」
「急ぎましょう。」
スピードを上げた二人は、すぐに城の上空に到達し、上空から爆発音のあった場所を望んだ。
北の離れた場所から白煙が上がっている。
「あそこみたいね。」
ティアラが確認し、その場所へ向かおうとしたとき、
「あぶない!」
咄嗟にローザがティアラを押し倒した。
真横から何かが飛来し、ティアラの頭の上を通り過ぎた。
ティアラが頭をあげると、飛来してきた方向に目を向ける。
城の中で最も高い塔が見える。
その塔の窓が開け放たれており、そこに男が座っていた。
手にはヴァイオリンらしき弦楽器を持っている。
「あいつ、なにかしたよ。」
ローザが警戒心たっぷりのまなざしで男を見つめながら、ティアラに注意する。
「何者でしょう?」
「当然、アルカイトスとかいうやつの部下でしょう。」
推測する二人の目の前で、男はヴァイオリンを顎で挟み、弓を弦の上に乗せた。しなやかな動きで弓が弦のうえを滑ると、美しい音楽が奏でられる。
すると、その音楽に合わせるように空中にいくつもの音符が浮かびあがる。
「チョッピングノーツ(切り刻む音符)」
浮かびあがった音符が高速回転を始めると、二人に向かってすべての音符が飛んできた。
「うわっ!」
「ローザ、逃げて!」
シールドを張る間もなく、飛んで来た音符を避けた二人は、二手に分かれた。
ローザは地上に降りていき、ティアラは上空高く飛び上がる。
それを追って、男が窓から飛び出し、ティアラに向かって飛んでいく。
追ってきた男を確認して、ティアラは空中で静止した。
「あなたはアルカイトスの部下ですか?」
「お初にお目にかかる。アルカイトス様の使用人のひとり、楽長のホイゾンと申します。」
「楽長?」
「私の奏でる音楽を堪能していただければ、やすらかな死を迎えられますよ。」
丁寧に死を宣告するホイゾンは、再びヴァイオリンを構えた。
「大人しく音楽を聴くつもりはありません。ホーリージョベリン(聖光の投槍)」
詠唱とともに光の槍が、ティアラの周りに現れ、それがホイゾンに向かって放たれる。
「シールド・メヌエット(盾の舞踏曲)」
ホイゾンのヴァイオリンから別の曲が流れると、それが次々と透明な盾となり、飛んでくるホーリージョベリンをすべて防いでいった。
「チョッピングノーツ(切り刻む音符)!」
透明の盾の後ろから不意に音符が現れ、ティアラに向かって飛んでいく。
「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」
ティアラの周りに光の球体が出現する。
「むっ!?」
それを見て、ホイゾンは急いで上昇を始める。
案の定、チョッピングノーツは球体の表面を滑るように走り、ホイゾンのいた空間へ戻っていった。しかし、その時には、ホイゾンは上空へ逃げている。
「まて!」
ティアラはその後を追いかけようとする。
「クイーン・オブ・ザ・ヘル・アリア(地獄の女王のアリア)」
ホイゾンの背後に巨大な女王の姿が現れる。
やがて、ソプラノによるアリアが歌われ、その音域が徐々に高くなっていく。
その歌声がティアラに強力な圧力となって襲い掛かり、身体の動きが阻害されていった。
「くっ、早く離れないと…」
歌声から逃れようとするが、身体が動かない。
「魅惑的なアリアの元で地獄へ行きなさい。マーチ・オブ・ザ・スキャフォルド(断頭台への行進曲)」
ホイゾンのヴァイオリンから勇ましい行進曲が流れる。すると、中空に巨大な断頭台が出現した。
鈍い光を放つ首切りの刃が、ティアラの首に狙いを定める。
ティアラの身体はいまだ動かない。
「くそ!」
ホイゾンのヴァイオリンが行進曲を勢いよく奏で、頂点に達して音が止む。
それと同時に刃がティアラの首の上に落ちてきた。
「エメラルド・シルフィ(緑風の精霊)」
エメラルドグリーンの馬が駆け抜け、ティアラを銜えて走り去り、間一髪、断頭台の刃はティアラの首を斬り落とさず、通り過ぎていった。
「なに!」
突然の出来事にホイゾンは驚愕する。
「大丈夫、ティアラ。」
馬の背中からローザが姿を現した。
「ありがとう、助かった。」
ティアラはローザに礼を言いながら、馬の口から離れ、羽根を羽ばたかせながら中空に浮かんだ。
「あいつのことはまかせて。」
ローザがホイゾンを睨む。
「お願いできる?ローザ。」
笑顔で頷くと、ローザはエメラルド・シルフィに乘りながらホイゾンのそばへ駆け寄った。
「だれが出てきても同じですよ。私の女王の歌声に魅了されなさい。」
再びホイゾンの背後に立つ地獄の女王がアリアを歌い始めた。
「じゃあ、合唱をつけてあげる。」
そう言ってローザはポシェットを逆さに振り、中からシャボン玉に包まれたカエルの置物を大量に落とした。
ローザの周りをシャボン玉に包まれたカエルの置物がふわふわと漂い始める。
そこへ容赦なく地獄の女王のアリアが広がる。
それに対し、カエルが鳴き出した。
高音のアリアが周りの空間に圧力をかけていく。しかし、カエルは動じることなく、鳴き続ける。
鳴き声に鳴き声が重なり、女王の歌声を上回る合唱となる。
歌詞もメロディーもカエルの合唱に塗り潰され、曲として聞こえてこなくなっていった。
目の前の状況にホイゾンは驚き、カエルの合唱に不快感を見せた。
「単純な鳴き声に、複雑な歌声が消え去ったようね。」
ローザの口角があがる。
ホイゾンのヴァイオリンから別の曲が流れる。
「マーチ・オブ・レッヅソルジャーズ(鉛の兵隊の行進曲)」
ホイゾンの前に鉛色の兵隊たちが整列して、出現した。
その兵隊皆が銃を構える。
狙いの先はローザとエメラルド・シルフィ。
ヴァイオリンの合図とともに、一斉に銃が火を噴く。
すべての弾丸が向かうその先で、エメラルド・シルフィが風のように放たれた弾丸を飛び越え、整列する兵隊の真ん中に飛び込んだ。
あばれるシルフィの四つの足が、兵隊たちをなぎ倒す。
ホイゾンはたまらず、後ろへ後退した。
「逃がさないよ!ジャイアントフィスト(巨人の拳)」
ローザの右拳が巨大化し、ホイゾンに襲い掛かる。
「シンバル!」
突如、シンバルを持った楽員が現れ、ローザのジャイアントフィストをそのシンバルで受け止めた。
「続いて第1ヴァイオリン!」
ホイゾンの頭上に10人ほどのヴァイオリン奏者が現れると、一斉に演奏を始める。
その音が次々と音符となり、ローザに向かって回転しながら飛んで来た。
「また、こいつか!シールドオブタイタン(巨人の盾)」
ローザの前に盾を構える巨人が出現し、襲い掛かるチョッピングノーツをすべて防いだ。
「いでよ、地獄のオーケストラ!」
ホイゾンの呼び出しに応えて、その背後に様々な楽器を携えた楽員たちが勢ぞろいした。
「さあ、大演奏会の始まりです。演目は【レクイエム】。」
ホイゾンが手にしたヴァイオリンを消し、かわりに指揮棒を握る。それを優雅に振るうと、暗く荘厳なメロディーがオーケストラから奏でられた。
そのメロディーが周りの空間を閉ざしていく。
「ローザ!逃げて。」
「え?なに、これ?」
まずはシールドオブタイタンが動かなくなり、盾をかまえたまま地上に落ちていった。続いてエメラルド・シルフィが苦しそうに嘶くと、そのまま体が消えていった。
「どういうこと?私の人形がおかしくなった。」
「たとえ、人形と言えども命がある。この曲を聞けば命は吸い寄せられ、残るのは骸のみ。」
ホイゾンが勝ち誇ったように説明すると、ローザの身体にも異変が起きた。
身体から何かが吸い取られるような感覚。
急激に衰える魔力。
得意の人形も扱えなくなる。
「いやだ、意識が……」
「ローザ!」
高速で飛んで来たティアラが、ローザを抱きかかえると、上空高く飛んでいく。
「無駄だ。レクイエムの調べはどこまでも追いかけていく。」
オーケストラとともにホイゾンもゆっくりと上昇していく。
ホイゾンの言う通り、レクイエムの調べは上空に逃げる二人を捉えて離そうとせず、ティアラの力も徐々に吸い取られる感覚に襲われた。
「やむをえん!」
ティアラが上空の高い位置で停止すると、白い羽根を大きく開いた。
「スーパーノヴァ・エクスプローション(超新星爆発)」
両方の羽根から光の玉が出現し、それがティアラの前で合わさった途端、目を開けられないほどの光とすさまじい魔量がオーケストラとホイゾンに向かって放たれた。
「う、うわっ‼」
逃げようとした時にはすでに遅かった。
光りに照らされたオーケストラ楽員たちも、そしてホイゾンも、一瞬のうちに白い灰となり、光りの勢いに押されるように四散していった。
相手が完全に消滅したことを確認したティアラは、安心したような笑顔を浮かべたが、その途端、浮力を失い、地上に向かって落ちていった。
「ティアラ、目を覚まして。」
いち早く目覚めたローザが、ティアラに呼びかける。しかし、ティアラは力を使い切ったのか、意識を失っていた。
「エメラルド・シルフィ(緑風の精霊)」
しかし、ローザの呼びかけに答えない。
「くそ、オーカー・ノーム(黄土の精霊)」
今度は黄色の熊が二人の前に出現した。
「私たちを守って。」
ローザの言葉にオーカー・ノームは二人を抱え込み、そのまま地上へ落下していった。
すさまじい衝撃音とともに建物の屋根に落下したオーカー・ノームは、屋根を突き破り、階を突き抜けて1階まで落下していった。
そこは丁度、料理室。
天井を突き破って落ちてきたオーカー・ノームは、調理室のあらゆる機材、材料、調理道具を破壊し、料理を台無しにし、おまけに中にいた料理人をその勢いで吹き飛ばした。
調理室は、一瞬で瓦礫と化した。
「なに、なにごと?」
「なにが起こったんだ!?」
プリムラとクーパーが同時に叫んだ。
粉塵と小麦粉が舞うその先に、一匹の黄色い熊が立っていた。その懐には二人の女性が抱えられている。
「ローザ、ティアラ!」
二人を見てプリムラが叫んだ。
「ゴホン、ゴホン、やっほー、プリムラ。」
ローザが相変わらずの笑顔を見せて、プリムラに手を振る。
「一体どうしたの?」
「ちょっと、上の方で戦っててね…、落ちて来ちゃった。」
要領を得ない説明を聞いて眉間に皺を寄せるプリムラは、ティアラが気を失っているのに初めて気づいた。
「ティアラ、大丈夫?」
「ティアラ、力使っちゃって気絶しちゃったの。あたしも結構、力取られてしんどい。」
「休んでなさい。アリスのことは私にまかせて。」
「えへへ、そう言ってられないようよ。」
ローザが辛そうな顔で後ろを指差す。
プリムラが振り返ると、そこに鬼の形相のクーパーが立っていた。
「きさまら、よくも私の料理を台無しにしてくれたな!」
クーパーの体中から魔量と殺気が溢れ出ている。
同時にクーパーの身体が膨れ上がり、その身体から四本の腕が生えてきた。つまり、八本の腕を持つ魔人に変化したのだ。
「クーパーさん、落ち着いて。怒るのはわかるけど、ここは私の顔に免じて怒りを収めてくれない。」
「プリムラさん、あなたならわかるはずだ。自分の聖域を壊され、ましてや、大事な大事な料理を台無しにされた料理人の怒り、悲しさが。」
クーパーの顔は怒りで真っ赤になっている。
「どうするというの?」
「こいつらを切り刻み、晩餐の皿に盛りつけてやる。」
「そんなゲテモノ、誰も食べないわ。」
「おれが喰ってやる!」
クーパーの目が血走り、口から顔と同じような真っ赤な舌が出て、舌なめずりをした。
「そう、じゃあ、しかたがないわね。私も友達を料理されたくないから。」
プリムラが二人の前で身構えた。
「プリムラ」
「ローザ、ティアラを連れて外へ出てなさい。」
「うん、わかった。」
オーカーノームに抱かれたまま、ローザとティアラは料理室から外へ出ていった。
残ったのは、クーパーとプリムラだけ。
それ以外は瓦礫と死体だ。
「肉付きのいいお前の身体ならいい料理の材料になるな。」
クーパーの八本の手にいつの間にか調理道具が握られている。
「私の体は高級品よ。あなたの腕で料理できるかしら?」
「できるさ!」
クーパーの巨体が風のように素早く動く。
プリムラの背中から黒い翼が両側に伸びる。
戦いがはじまった。




