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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード4 聖地繚乱と昏き神
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16 世界に新しき神が降臨する って、そんなことある?

 「本気で言っているの?」

 リリアナは、無表情のアルカイトスを見つめながら尋ねた。

 あきらかに嫌な予感がリリアナを捉えている。

 「本気さ。おや、ワインが来たようだ。」

 「ん?」

 リリアナが思わず後ろを振り返ると、そこに執事のアルフレッドが立っていた。

 「ワインをお持ちしました。」

 アルフレッドは、持ってきたグラスとデキャンタをトレイごとテーブルに置くと、ワイングラスをリリアナの前に置き、デキャンタを取り上げ、静かにワインを注いだ。

 「飲みたまえ。」

 アルカイトスに進められるままリリアナがグラスを取る。

 ルビー色のワインがグラスの中で揺れる。

 アルフレッドは一礼すると、トレイを持って部屋から去った。


 ワイングラスに口をつけたリリアナは、一口飲むと、グラスをテーブルに置き、アルカイトスを睨んだ。

 「アルカイトス。前々からあんたは、ちょっとおかしいと思ってたけど、ちょっとどころじゃない。相当おかしいわね。」

 「ふふ、そうか。」

 アルカイトスの無表情に笑みが浮かんだ。

 「私たちは魔王よ。神になんかなれっこないじゃあない。」

 「どうしてそう思うんだ?」

 「そりゃ、言うのは勝手よ。でも、だれも信じちゃくれないわよ。」

 「だから、作り変えるのさ。」

 アルカイトスは背もたれに身を預け、足を組む。

 「作り変える?」

 「そう、いまの世界の住人には退場願い、新しい世界で新しい住人を生み、私の加護のもと、理想郷で生きてもらう。」

 「大層な話ね。で、私はどうなるの?私も退場するの?」

 頭っからアルカイトスを信用しないリリアナは、嫌みのように質しながらワインを飲んだ。

 「いや、君には私の器になってもらう。」

 「器?」

 リリアナの口元でグラスの傾きが止まった。

 「そう、彼らといっしょに。」

 そう言って、ポケットから取り出したのは、黒い結晶二つ。

 それを見て、リリアナは静かにグラスを置いた。

 「それ、どういう意味?」

 「なあに。彼らと同じように結晶になってもらうだけだよ。」

 アルカイトスの口角が上がっている。しかし、その目は冷たいままだ。

 リリアナの背筋が凍る。

 「アルカイトス、あなた、最初からあたしを結晶にするつもりで?」

 「強者がやってくれれば、これほど簡単なことはないのだが、ま、致し方ない。私自らが対処しよう。」


 その言葉に思わず席から立ち上がったリリアナは、臨戦態勢をとる。しかし、不思議なことに、アルカイトスから殺気が見えない。それがかえって恐ろしい。

 その隣では、アリスが静かにお茶を飲んでいる。

 「そう簡単にやられるわけにはいかないわよ。」

 そう言いながら後ずさりするリリアナの手に、ドアノブが触れた。

 すぐにドアを開けようとするが、開かない。

 「この部屋は、アルフレッドが結界を張ってくれた。」

 「くそ!」

 リリアナからすさまじい魔量(エネルギー)が溢れ出す。


 「ペイン・ロック(苦痛の檻)」

 

 アルカイトスの周りの空間が異質なものになり、その全身に針のような苦痛が襲い掛かる。


 「児戯だな。」

 アルカイトスが無造作に手を掲げる。

 途端に恐ろしいまでの魔量(エネルギー)が迸り、ペイン・ロックを内側から打ち破った。

 「なっ!」

 「逃がさないよ。リリアナ。」

 アルカイトスの冷たい視線がリリアナの全身に突き刺さる。

 「くそっ、フローズン・ジョベリン(凍てつく飛槍)」

 詠唱とともに氷の槍が窓に向かって放たれる。

 すさまじい破壊音とともに窓ガラスが大きく割れ、壁に大穴が開く。それとともに外からの寒風が吹きこむ。

 「さようなら。アルカイトス。」

 開いた穴からリリアナは外に飛び出し、あっという間に上空高く舞い上がっていった。


 「ひどいな。折角のインテリアが台無しだ。」

 アルカイトスは壁の様子を見て、ため息を吐くと、手を叩いた。

 「追わないの?」

 アリスがすまし顔でアルカイトスを見る。

 「追ってくれるかい?」

 「主様(ぬしさま)がお願いするなら。」

 「じゃあ、アリスに頼もうか。殺しても構わんからね。」

 「は~い」

 甘えた返事を残して、アリスも開いた壁の穴から外に飛び出し、リリアナを追った。


 そこへ執事のアルフレッドがやって来た。

 「お呼びですか?アルカイトス様」

 「うむ、壁に穴が開いた。直しておいてくれるか?」

 「おお、これはひどい。結界が通じなかったようですな。」

 「さすがは魔王というところか。たのむぞ。」

 そう言い残して、アルカイトスは席を立ち、部屋から出ていった。それを見送ったアルフレッドは壁の穴を見て、同じようなため息をつく。


 リリアナは上空に逃れようと、高く高く上昇する。しかし、ドーム状に展開された魔法壁が行く手を遮った。

 「くそっ!こんな壁っ!」

 その魔法壁を無理やり打ち破ろうとした時、後方から炎の槍が飛んで来た。

 辛くも避けるリリアナは、飛んで来た方向を見る。

 目の前に白い貴族風のドレスを身に纏ったアリスが浮いていた。

 

 「主様のところにもどったら?」

 アリスの上から目線の物言いに、カチンときたリリアナは殺気を満タンにした目で睨む。

 「あたしを殺そうとしている奴のところに戻れると思っているの?」

 「主様のお役に立つんだからいいじゃあない。」

 嘲笑の混ざった笑みがアリスの口元に浮かぶ。

 「あんたこそ、いつからアルカイトスの女になったのさ。」

 「私は、はじめから主様の思われ(びと)よ。」

 「はん、攫った奴がご主人様ってわけ。おめでたいわね。」

 リリアナが逆に嘲笑を返す。

 「言いたいことはそれだけ。戻らないなら強制的に連れ帰るわよ。」

 「いやだといったら。」

 「死体にして連れ帰るだけね。」

 「怖いわね。」

 それっきり、沈黙が始まり、二人は睨み合う。


 睨み合いと沈黙が続く中、リリアナは相手に気づかれないように、自分の周りの気温を急速に下げていった。

 空気中の水分が凍りついていく。

 それはドーム状の魔法壁につららを作ることになる。

 それにアリスは気づいていない。

 

 「フローズン・ジョベリン(凍てつく飛槍)!」

 氷の槍が複数放たれる。その一方がアリスに向かった。

 「フレイム・ジョベリン(炎の投槍)」

 アリスの周りに炎の槍が出現し、飛んでくる氷の槍を一本づつ正確に撃ち落していった。


 「どう?」

 ドヤ顔のアリスに、リリアナが嘲笑で返す。

 「ばかめ」

 リリアナから放たれたもう一方の氷の槍が、魔法壁に作られたつららを次々とそぎ落としていく。

 アリスの頭上に多数のつららが、その鋭い切っ先を向けて、落ちてきた。

 「やるわね。」

 アリスの顔に焦りも恐怖もない。


 多数のつららがアリスを貫いた……かに見えた。


 「やったか?」

 「だれを?」

 予期せぬ返答に、リリアナの心臓が大きく跳ねた。

 「なに!?」

 急いで振り向いた目の前にアリスが笑っている。

 「きさま!」

 リリアナの手刀が飛ぶ。それをアリスが受け止める。

 「さようなら。リリアナ。」

 もう片方の手がリリアナの頭を掴む。

 「ブレイン・ブレイク(心脳破壊)」

 リリアナの脳髄が激しい振動に襲われる。

 一瞬で、頭蓋の中の脳髄は、崩れた豆腐のようになり、リリアナに死を与えた。

 目と鼻から血を流しながら、リリアナの身体から力が抜けていく。

 「やっとおとなしくなったね。」

 リリアナの身体が徐々に黒い灰となって崩れていく。

 寒風に飛ばされて散っていったリリアナの身体は、黒い結晶をアリスの手に残して、跡形もなく消え去った。

 「さ、主様のところに帰らなきゃ。」

 そう思った時、アリスの頭に言葉が響く。


 『アリス』


 「えっ!?」

 アリスは思わず、あたりを見廻した。

 しかし、自分以外だれもいない。


 『アリス!』


 二度目の呼びかけに、アリスは本能的に下を見た。

 そのはるか下、自分を見上げるプリムラの姿があった。

 「だれ?」

 そう思いながら、アリスはひどく懐かしい感覚を覚える。


 エンドシティのいくつかある通りのひとつに偶然立っていたプリムラは、強力な魔量(エネルギー)を感じ、思わず上を見上げた。

 そこにいたのは探し求めていたアリスの姿。

 思わず念話(テレフォン)で呼びかけたが、返事はない。しかし、まちがいなくアリスだ。


 「アリス!」


 はるか下にいるプリムラが、自分に呼びかけている姿に、アリスは戸惑いを感じている。

 見覚えがない。しかし、自分を知っている。


 そして、自分自身も彼女を知っている。


 記憶を手繰るが、思い出せない。

 混乱からパニック状態になったアリスは、逃げるようにアルカイトスの待つ城へと飛んでいった。


 「待って、アリス!」

 プリムラは背中から翼を出現させると、アリスの後を追って飛んでいった。


 そのとき、ちょうど建物の中から出てきたローザは、待っているはずのプリムラがいないことに驚いた。

 「プリムラ、どこにいるの。」

 通りを見渡すが、プリムラの姿はない。

 通りすがりの通行人に聞くが、知っている者は誰もいない。

 ローザはプリムラに念話(テレフォン)をかけたが、応答もない。どうやら気が付いてないようだ。

 そんなとき、自分を伺っている者にローザは気づいた。

 さっきから自分たちをつけていた者だ。

 

 素知らぬ顔で通りを歩くローザは、角で急に曲がった。

 追跡者もその後を追ってきた。しかし、曲がったはずの通りの先にローザの姿がない。

 「うっ、どこへ行った?」

 「あたしの後をつけて来るなんて、いい度胸してるじゃない。」

 いきなり追跡者の首に手がかかる。

 いつのまにかローザが追跡者の後ろに立っており、その拍子に被っていたフードが外れた。

 「あんた、アリスを攫った奴のひとりね。」

 ローザは、本能的に手を挙げているリシャールに、一喝した。

 

 胸に不安を抱きながら城に戻ったアリスは、例の部屋に向かった。

 部屋ではアルフレッドが壊れた窓を魔法を使って修復しているところだ。

 「アルフレッド、主様はどこ?」

 「アルカイトス様なら地下の書斎に向かわれました。」

 「地下の書斎ね。ありがとう。」

 簡単に礼を言うとアリスは、アルフレッドを部屋に残して、地下へと向かった。

 

 アルカイトスの書斎は、使用人でも簡単に入ることは許されていない。しかし、アリスは目覚めた時からアルカイトスの特別な扱いで、その書斎に自由に出入りすることを許されていた。

 一階から地階へ降りる螺旋階段を速足で降りたアリスは、その突き当りにある豪華で頑健なドアの前に立ち、ノックした。

 「どうぞ」というアルカイトスの返事に、アリスは気兼ねなくドアを開ける。


 そこは、隙間なくびっしりと本が並ぶ書棚が、壁という壁に立ち並ぶ、書斎というより小さな図書館といった風情の部屋であった。

 その奥まったところに、革張りの豪勢な椅子にゆったりと背中を預けて座るアルカイトスがいた。アリスは、その姿を見てニコリと笑い、ためらいなくそのそばへ歩み寄る。

 「はい、ご要望のもの。」

 そう言って懐から取り出したのは、元はリリアナだった黒い結晶だ。

 それを見て、うれしそうに笑うアルカイトスの顔は、常日頃見せる冷徹な表情が微塵もなかった。

 「ごくろうだったね、アリス。これで私が神にまたひとつ近づく。」

 「そう、よかった。」

 アリスは心底うれしそうに笑うと、アルカイトスの膝のうえに自分の尻を置き、その肩に頭を乗せた。

 「どうした、アリス?」

 「さっき、私の名を呼んだ女がいた。」

 「おんな?どんな女だ。」

 「ぽっちゃりで、けっこうきれいな女。気になる?主様。」

 アリスは心配そうな顔つきで、肩から頭を起こすと、アルカイトスの金色の瞳を見つめた。その魅惑的な視線を受けたアルカイトスは、アリスをそっと抱き寄せる。

 「君がいる。気にはならないさ。」

 アルカイトスの言葉は、アリスの心の琴線に触れ、全身を震わせる。

 「それより、アリスの方が心配事があるんじゃあないか?」

 「あの女のこと、私、知っているような…。なんか、不安。」

 「気にするな。君は私だけを見ていればいい。」

 アリスを抱く腕に少し力が入る。


 二人は抱き合ったまま、静かに時間が流れる。


 しばらくして、アルカイトスがアリスから手を離し、膝からアリスを下ろした。

 「しばらく、地下の部屋に行ってくる。だれも近づけないでくれるか?」

 「わかった。誰にも邪魔させない。」

 頷くアリスを置いて、アルカイトスは立ち上がると、立ち並ぶ書棚のひとつに歩み寄った。

 そこに並ぶ本の一つを手前に引くと、”カチッ”という音ともに、本棚がひとりでに奥へとずれ、そのまま横へ動いていった。

 その先には暗い穴がぽっかりと開いている。

 灯りのひとつもない地下に続く入り口へ、アルカイトスはためらいもなく踏み出した。

 闇の中に消えていったアルカイトスを見送ったアリスは、やがて、深いため息をついた。


 同じ頃、リシャールを掴まえたローザは、例の拷問室を建物の外壁の中に作り、そこにリシャールを連れ込んでいた。

 「どうして、あたしたちをつけていたの?」

 「そりゃあ、おまえさんたちは要注意人物だからさ。」

 「人を犯罪者のように言わないでよね。」

 リシャールは全面石造りの拷問室のほぼ中央で、同じく石造りの床に直に座らされ、ローザの質問に答えていた。

 「おれをどうするんだ?」

 「あたしの質問に答えてくれれば、放してあげる。」

 「おや、親切な事で。」

 「で、アリスをどこに連れていったの?」

 「城の中さ。アルカイトスのね。」

 「そう、やっぱりね。それでアリスを攫ってどうする気なの?」

 「さあね。アリスをアルカイトスに引き渡した後は、おれはお払い箱。正門の受付係をさせられていたんだ。」

 「それはご愁傷さま。それで、アリスは城のどこにいるの?」

 「アルカイトスの部屋だと思うぜ。あいつ、アリスを手に入れてからご執心だったから。」

 リシャールは、本人がいないことをいいことに、アルカイトスをあいつ呼ばわりして悦に入っている。

 「ご執心なのはあんたもじゃあない?」

 「そうさ。アリスは実際、いい女だしね。」

 リシャールの顔つきがだらしなく間延びしたのを見て、ローザは汚いものを見るような顔つきをした。

 「それはいいとして、あんた、プリムラがどこに行ったか知らない?ずっとつけてたんでしょ。」

 「ああ、あのデブ女か。あいつなら城の方に飛んでいったぜ。」

 「城?どうして?」

 「アリスを見つけて、その後を追ったのさ。」

 その返答にローザの顔色が変わった。

 「プリムラ、ひとりで行くなんて、無謀。」

 そのとき、ローザに念話(テレフォン)が入った。


 『ローザ、聞こえる?』

 「あ、アウローラ。良く聞こえるよ。」

 『いま、エンドシティに向かってる。もうすぐ着くわ。』

 「丁度良かった。アウローラ。プリムラが一人で城に乗り込んでいったらしいの?」

 『プリムラが?どうしてまた。』

 「アリスを追い駆けて、城に行ったらしいの。どうしよう。」

 『ともかく、私たちの着くのを待って。着いたら連絡する。』

 「うん、待ってる。」

 念話(テレフォン)が切れて、ローザは拷問室を出ようとした。

 「おい、おれはどうなるんだよ。」

 「しばらく、ここにいて。アウローラたちと落ち合ったら、後のことを考えるから。」

 そう言い残して、ローザは拷問室の扉を開けた。

 「おい、待ってくれよ。置いてかないでくれよ。」

 「ちょっと、暗いけどがまんしてね。あと、逃げ出そうとしても無駄だからね。」

 そう言って、ローザが部屋から出ると、扉はひとりでに消えて無くなった。リシャールはひとり、暗黒の部屋に取り残されていた。

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