13 エレアナメル騒動、そのころバースエンドでは…
悟りの塔一階の喧騒は最上階の修行の間にも届いていた。
「いったい、何事だ。」
悟りの塔の責任者であるジェルノー大司教が、下の騒ぎに思わず椅子から立ち上がった。
「見てまいりましょう。」
傍らにいた助手のクララがそう言うと、修行の間を出て、下の階に降りていった。
そのとき、聖女の間の扉が少し開く。
「なにか、ありましたか?」
純白のローブに、同じ純白のベールをかぶった、まだ幼さが残る少女が顔を出した。
「聖女様、なにも心配することはありません。ささ、お戻りになって、ゆっくりお休みください。」
ジェルノーにそう言われ、聖女アーヤは軽く頷き、部屋にもどり、扉を閉めた。
「この大事な時に…。」
ジェルノーの顔から不快感が零れる。
クララは、下の階と修行の間を結ぶ転送陣に乘った。
これは鍵となる呪文を唱えないと起動しない特殊な転送陣だ。
その呪文を唱えたクララは、下へと降りていく。
その転送陣の出入口には、ジニーが尼僧姿で控えていた。
やがて、転送陣が光を放ち、その中から尼僧が現れる。
その元へジニーは急いで駆け寄った。
「大変です。下に正体不明の襲撃者が…!」
「なんですって!?」
その報告にクララは慌てる。
「護衛の衛兵が戦っておりますが、それもいつまでもつか?」
「早くジェルノー様に報告せねば。お前もついて来い。」
パニック状態のクララは、ジニーを確認もせず、ともに転送陣に乘る。
ジェルノーが、イライラしながら待っている処に、クララが戻ってきた。
「クララ、何があった?」
「正体不明の襲撃者が下の階に!」
「なんですって、それで状況は?」
「あまりよくないようです。おまえ、ジェルノー様に状況を報告しなさい。」
クララは後ろに控える尼僧に状況報告を促した。
「突然、正体不明の者が襲撃、受付の係官を殺害し、衛兵と戦闘状態になりました。」
「して、襲撃者の人数は?」
「4人かと」
尼僧はよどみなくジェルノーに報告する。
それを聞いたジェルノーは思案で沈黙した。
「早く聖女様を避難させないと、ここも危険かと。」
「そうです。ジェルノー様。」
尼僧の提案に、クララも追従した。
「ところでおまえはどこの所属だ?」
ジェルノーが尼僧に対し、疑いの目を向けた。
「え、わたしは支部のガボン司教様に仕えるものです。」
「ガボン?」
その返答でジェルノーの疑惑は決定的になった。
「ガボンに仕える者に尼僧はいないはずだ。それに私はエレアナメルにいる尼僧をすべて知っているが、おまえは見たことがない。おまえは何者だ!」
ジェルノーが険しい顔でジニーを睨み、クララはその言葉に驚いて後ろを振り向く。
「ちっ、すべての顔を知っているなんて、どんな記憶力してんのよ。」
乱暴な言葉遣いに変わったジニーが、クララをいきなり突いた。
不意の攻撃に抗うこともできず、クララはジェルノーに覆いかぶさる。
「ひっ」
「なっ」
正面からクララを受け止めたジェルノーの目の前で、ジニーが大きく右手を掃う。その手の先から伸びた赤い布がクララとジェルノーの首を抵抗もなく通り過ぎた。
そのまま布をしまい込んだジニーは、二人の脇を通ろうとするが、ふたりはそれを止めることもなく、抱き合ったまま動かない。
ジニーは聖女がいる部屋の扉を開け、中に入り、ドアを閉める。
その音で二人の首が床に転げ落ちた。
「だれですか?あなたは!」
部屋にいたアーヤが、突然侵入してきたジニーに向って叫んだ。
「お迎えに来ましたよ。聖女様。」
尼僧姿のままのジニーは、アーヤに対して恭しく礼の姿勢を取った。
「迎え?ジェルノーはどうしたのですか?」
「彼女なら部屋の外で寝ていますよ。」
優し気な笑みを見せながらジニーは、アーヤに歩み寄っていく。
アーヤはそんなジニーに警戒心を見せて、壁に立てかけてある杖を取って構えた。
「それ以上近づくと痛い目にあいますよ。」
精一杯の威嚇をするが、ジニーには通用しておらず、さらにアーヤに近寄る。
「ホーリー・バインド(聖なる縛め)」
杖から眩しいほどの光が迸り、その光が鎖となってジニーを縛り上げようとした。しかし、その前にジニーの身体が天井に飛び移り、その懐から五色の布を取り出し、アーヤの上に広げた。
「あっ」
逃げ出そうとするが、そのときには布がアーヤを幾重にも取り囲み、身動きが取れなくなるほど巻き付くと、アーヤはそのまま床に倒れた。
「こんなことしたくないけど、少しの間、おとなしくしていてね。」
アーヤの眼前に手を差し出すと、ジニーは眠り魔法をかけた。
縛られたまま眠ってしまったアーヤを軽々と肩に担ぎ、ジニーは部屋の唯一の窓を開ける。
夜の湿気を吸った空気が、ジニーの頬に当たる。
見渡せば夜の闇に沈むエレアナメルの街が一望できる。しかし、塔の壁には足場になるものも、手をかける突起物もない。
飛び降りればアーヤも自分もただではすまない。
しかし、ジニーは自信有りげに上空を見上げる。
雲に隠れて月は見えない。
下からは衛兵が襲撃者と戦っている乱戦の音が聞こえてくる。
「飛ぶには、良い晩ね。」
ジニーはアーヤを抱えたまま、窓の縁に足をかけ、そのまま窓から外に飛び出した。
ジニーの身体は、宙に浮くこともなく、そのまま地面へと落下していく。
このままでは地面に激突してしまう。
下にいる衛兵たちも落ちてくるジニーとアーヤに驚き、慌てている。
そのとき、ジニーの懐から1枚の布が滑り出る。それはひとりでに広がり、ハンググライダーのような翼の形に変わる。
翼を持ったジニーは宙を滑るように滑空し、夜空高く飛んでいった。
それを見ていた衛兵達は、ただ空飛ぶジニーを見送るしかなかった。
その頃、プリムラとローザは何をしていたか?
いまだ、アリスを探している最中なのだ。
アリスがアルカイトスの元に攫われたことを突き止めたプリムラたちは、その本拠地バースエンドに向かったわけだが、あいにく、アリスを攫った奴らの使った転送陣は破壊され、使い物にならなくなっていた。
しかたなくプリムラとローザは、飛んでバースエンドに向かうことになった。
バースエンドは大陸の最北に位置する国。
気象が不安定で、国土の70%が不毛の地だ。
都市も独立性が強く、ひとつひとつが結構な距離、離れている。
バースエンドの地理に詳しくない二人は、まずは南側にある都市のひとつリンデンブロックに着いた。
ここは、バースエンド唯一の不凍港をもつ都市で、イースドアとの交易もしている貿易都市である。それゆえ、人の行き来も比較的多く、情報収集にはうってつけというわけだ。
連れ去られた場所が中央としかわかっていない二人には、詳細な情報が不可欠だった。
ふたりは二手に分かれ、あちこち探し回り、イースドアから逃げてきた女連れの男たちの情報を集めようとした。
約束の時間に、約束の場所である居酒屋にやってきたローザは、先にテーブルについているプリムラを見つけ、その向かい側に身体を放り投げるように座った。
「ご苦労様、何、飲む?」
「あったかいミルク。」
「OK。」
頷くとプリムラはそばにいる女給にホットミルクとチーズを注文した。
「で、どうだった?」
「だめ。誰も見かけてないって。」
「そう、こっちも同じ。」
ため息交じりに答えると、プリムラは自分の前にある蒸留酒に口をつけた。
「アルなんちゃらの情報は?」
「いくつか仕入れたけど、あまり有益なものはないな。食べ物の名前とか、土地の名前とか、てんで的を得ないものばかり。なかには娼館の名前じゃあないかというのもあったよ。」
疲れたようなため息をつくローザの横に女給が立ち、湯気のあがるカップを目の前に置き、その横に皿に乗った白いチーズを添えた。ローザはためらいなく、そのカップに口をつけ、ホットミルクを一口飲む。
「あちち」
「そうか、こっちも似たようなものよ。」
そのとき、こちらを伺う視線がプリムラの肌に触れた。
「ねえ、どうする?」
「宿を決めて、もうすこしがんばりましょう。」
素知らぬ顔でローザに答える。
「はあぁ、アリスのためだものね。がんばりますか。」
そう呟きながらローザは白いチーズに噛り付く。
しばらく談笑のあと、プリムラとローザは居酒屋を出て、宿屋を探すため、通りをぶらつく。そのとき、後ろから声がかかった。
「お嬢さん方。なにか探し物かい?」
振り向くと身なりの整った青年が立っている。
「あなたは?」
「観光案内をしている者さ。名所、名物を探しているなら相談に乗るぜ。ただし、有料だがな。」
愛想笑いを振り撒く男に、ふたりはお互いに顔を見合わせて、軽く頷く。
「じゃあ、宿屋を紹介してくれない?」
「お、宿屋か。いいぜ。ついてきな。」
そう言って、男はさっさと歩き出す。
歩き続けることしばらく、ローザが歩くのに飽きたのか、前の男に声をかける。
「ねえ、まだ?」
「この先だよ。」
そう言って、男は通りの先を指差す。
その方向に目を向けるが、宿屋らしきものは見えない。
「どこよ。」
ローザが苛ついたように尋ねると、いつの間にか男の姿がない。
そこは人影もない薄暗い通り。
「えっ?またこのパターン?」
プリムラの口から呟きが漏れる。
それに呼応するように、左右から5人ほどの男が現れる。
「案内するならそんなに人数はいらないよ。」
ローザが無邪気に言い放つが、男たちはそれを無視してゆっくりと近づいてくる。
「宿屋を案内する気はないようね。」
「案内してやるさ。おれたちの質問に答えれば。」
「質問?」
(追剥のたぐいではないようね。すると、アルなんちゃら関係の人間か。)
「お前たち、アルカイトス様の居場所を探しているようだが、なんの用だ?」
(ビンゴ)
「そこに私たちの友達が遊びに行っているみたいなので、迎えに来たのよ。」
「友達?」
リーダーと思しき男が疑いの目を向ける。
「そう、あなたたち、そのアル…カボス?てやつの居所、知っているの?」
プリムラの尋ね方に男たちの顔色が変わった。
「知っているならどうする?」
「そこに連れてってよ。場所がわからなくて困っていたのよ。」
一瞬、間があく。
「ダメだな。」
「どうしてよ。」
「アルカイトス様は、おまえたちのような不審者とはお会いにならん。」
「ケチケチしないで、案内してくれたらいいじゃない。」
ローザが膨れっ面で口答えした。
「不審者は始末してもいいという指示も受けている。」
そう口にした途端、プリムラとローザの足元に魔法陣が出現した。
「ダーク・チェーン(昏き縛鎖)」
闇色の鎖が魔法陣から伸び、二人の身体に巻き付いた。
「だから死ね。」
黒いダガーを握った男が、左右からプリムラに襲い掛かる。
鎖で身動きできないプリムラは、ダガーの餌食になるかに思えた。
しかし、実際は違う。
迫る二本のダガーの刃先がプリムラの目の前で止まった。
いつの間にか自由になっているプリムラの両手が、しかも二本の指で、ダガーを押さえたのだ。
「なっ!」
ダガーはびくとも動かない。
「この野郎!」
残りのうち二人が助力するように攻撃を仕掛けた。
二本しか腕のないプリムラには、防ぎようがないように見えた。
「ブラック・フレア(漆黒の獄炎)」
プリムラの身体から噴き出した黒い炎が4人をあっという間に包み込む。
「っ‼」
悲鳴を上げる間もなく、4人は灰燼となって四散した。
残りはひとり。しかし、見当たらない。
「ローザ、上の奴は殺さないでよ。」
「まかせて」
プリムラの頭上から返答が返ってくる。
5人目の男は、4人が襲い掛かると同時に頭上に駆け上がっていた。
魔法で空気を固めて足場を作り、それを階段のようにして頭上に上ったのだ。
4人があっという間に炎に焼かれたのは、想定外だが、自分が中空に登り、下にいるものを狙っていることは、相手にとっても想定外のはずだ。
男はしてやったりとほくそ笑んだ。
短剣を取り出し、下にいる女どもを狙った時、ひとりいないことに気付いた。
「どこだ?」
「ここだよ。」
自分の頭上から返答が返ってくる。
上を見上げると同時に七色の布が降ってきた。
「ダンスオブセブンズベール(七色のベールの踊り)」
「まずい。」
布が自分に絡まる前に、男は空気の足場を蹴り、横に飛び退き、通りに列をなす建物の壁に張り付いた。
そのまま、吸い込まれるように男が消える。
「おや、消えた?」
宙に浮いたままのローザは、踊り子の人形をポシェットに戻しながら、辺りに気を配った。
姿は見えないが、殺気ははっきり感じる。
それは下にいるプリムラにも伝わっていた。
「さて、どう出るのかしら。」
プリムラが楽しそうな顔をすると、頭上のローザもアトラクションのサプライズを期待する無邪気な顔で男の出方を待った。
突然、建物が細かく震える。
通りを囲む建物の壁から円錐状の柱が横に伸びた。
「土属性の魔法か?」
プリムラの目の前で、その柱の先が鋭い切っ先となって、宙に浮かぶローザを狙った。
「アズール・ニンフ(蒼水の精霊)」
ローザの両手の平から蒼色の蜻蛉が出現する。
蜻蛉はローザの手の平から飛び出し、迫る柱に纏わりつく。すると、その身体が崩れ、水の塊となったかと思うと、急激に膨張し、柱を押し包んで泥に変化させ、ローザの目の前でその形を崩して下に落ちていった。
下にいたプリムラは降りかかる泥水に慌てて逃げ出す。
「ローザ、気をつけてよ。」
「えへへ、ごめん。」
舌を出すローザの隙をつくように、壁から柱が次々と伸びて、襲い掛かる。
それを踊るように躱しながら、アズール・ニンフが片っ端から柱を泥水に変えていった。
「くそ」
建物の窓べりに姿を現した例の男は、悔しそうな顔をしながら、壁を伝い、建物の屋上に上った。
「まちなさい。」
プリムラ、ローザが追いかけようとした時、男は屋上の床に手をつき、詠唱を唱えた。
「フェイナイト・クエイク(定めたる強震)」
すると、男のいる建物が大きく揺れ始め、それは周りの建物に次々と伝播し、やがてその振動に耐えられず、建物が積木細工のように瓦解していった。
プリムラとローザの上に、その瓦礫が雨霰のように降り注ぐ。
大音響と粉塵が辺りに蔓延し、一時視界を遮ったが、やがて粉塵が収まると、そこには崩れた建物の瓦礫の山ができあがっていた。
プリムラとローザの姿は見えない。




