12 シルヴァーナ逃走、そうしたら王都が…
三人のアンデットを片付けたアウローラは、急いで自らの主人のあとを追おうとしたが、足元で呻くアイザックたちを見ると、ほっておく訳にはいかないと思い直した。
「しょうがないわね。」
面倒くさそうな顔をしながら、アウローラは朝霧丸を中段に構え、一喝ともに横に掃った。
ガラスが割れるような音ともにペイン・ロックが雲散霧消する。
苦痛から解放された面々は、眠るように意識を失っていった。
「これでいいわね。」
朝霧丸を別空間の箱にしまうと、あらためてアウローラは主人の後を追うため、外に飛び出した。窓を開けず、そのまま突き破って。
シルヴァーナことリリアナは、転送陣で王宮の最も高い場所に位置する部屋に移動していた。
抱えていたサリーを床に放り投げ、部屋に結界を張る。
「くそ、どこまでも私の邪魔をして。」
「シルヴァーナ、もう逃げても無駄よ。あなたの企ては水泡に帰したのよ。」
「うるさい!」
自分を非難するサリーを忌々しく思ったリリアナは、サリーに眠り魔法をかけて黙らせた。
「ちくしょう、これからどうしたものか?」
「アルカイトス様のところへ逃げたら。」
突如の返答に、リリアナは心臓が止まるほどの驚愕を味わい、部屋の中を見廻した。
すると、部屋の外、ベランダに人影がある。
急いでベランダに通じる扉を開けると、そこには道化師の服装をした男が立っていた。
「だれ?」
「はじめまして。ルミュエールと申します。」
優雅に挨拶をする道化師ルミュエールを見て、リリアナは警戒心を強めた。
「何の用なの?」
「いま、いったじゃあないですか?お困りのようですから、アルカイトス様のところへ落ち延びたらいかがですか、と。」
笏に障る言い方に、リリアナの眉間に皺が寄った。
「落ち延びる?まるで負けた言い方ね。」
「これは失礼。しかし、もはやあなたも、そしてリンデールも死に体ですよ。」
「どういう意味?」
ルミュエールの物言いに怒りを感じたリリアナは、ベランダの手摺りに寄りかかるルミュエールに歩み寄った。
「美しいですよね。王宮でも最も高い場所に位置する眺望の部屋。王都マナミが一望だ。」
ルミュエールは目を細め、王都の美しく整った都市景観を褒めちぎった。しかし、その裏に不穏な気配を感じ取ったリリアナは、ルミュエールに更に迫る。
「なにを企んでるの?」
「もうすぐ、この王都が廃墟と化す。滅びの前の美しさを堪能しているだけですよ。」
「廃墟?あいつらが攻撃でもするっていうの?」
「それもあると思いますが、アルカイトス様もこの王都を破壊するつもりですよ。」
「なにっ!?」
あまりの発言にリリアナの表情は抜け、呆けたように口が開きっぱなしになる。
「うふふ、リリアナ様でもそんな顔をするんですね。」
ルミュエールに言われて、リリアナはいつものすました表情に戻した。
「馬鹿なことを言ってるんじゃないわよ。どうして、王都を攻撃する必要がある。」
「ひとつ、王都ごと強者を葬るため。ふたつ、攻撃のどさくさにリリアナ様を逃がすため。みっつ…」
ルミュエールは、指を折りながら説明していたが、三つ目の指を折る前にもったいつけるように動きを止める。
「三つ目は!?」
「ふふふ…」
「三つ目は‼」
リリアナは苛つき、つい声を荒げる。
「それはアルカイトス様に聞いて。」
ルミュエールは含み笑いを見せたまま、それ以上は答えようとしない。
「くそっ!もったいつけおって。」
リリアナは思わず手すりを蹴る。
手すりはあっけなく粉砕し、下へと落ちていった。
「あぶないわね。下の人、大丈夫かしら。」
「そんなことはどうでもいい。私を早くアルカイトスのところへ連れていけ!」
「言われなくてもわかってますよ。それにあなたを追ってきた人たちもここへ着きそうだし。」
「なにっ!」
ルミュエールが上を向くのに釣られて、リリアナも上を向く。
上空からなにかが落ちてきた。
ティアラを連れて転移したおれは、転移先が王宮のはるか上空であること気づき、バツが悪そうな顔をした。
「マスター、シルヴァーナが逃げた先からはるか上空に転移してます。」
「悪い。おれの転移は転移先指定が大雑把で、結構離れた所に転移したみたいだ。」
ティアラがめずらしく呆れたような顔をして、息を吐く。
「しかたありませんね。このまま自由落下とはいきませんから、私が飛んでいきます。」
「手間を取らせるな。ティアラ。」
「気にしないでください。マスターのそばにいて、世話をするのは結構うれしいです。」
ティアラが温かい微笑みを見せると、背中から羽根を出し、おれを抱えて、シルヴァーナがいる眺望の間へと向かった。
落下スピードとティアラの飛行速度が相まって、あっという間にシルヴァーナのいる場所に到達する。問題はいかに減速するかだが。
それを下で見ていたリリアナとルミュエールは、無茶なスピードで飛んでくる-落ちてくる言った方が早いが-二人を見て呆れると同時に焦った。
「ルミュエール、早くアルカイトスの処に連れていきなさい。」
「そ・そうだね。」
二人はサリーのことなど忘れたかのように、急いで眺望の間の更に上へ続く階段に向かい、それを登り始めた。
そこへ丁度、ティアラとおれが降りてきた。
逆噴射のように、羽ばたきによる風をベランダや近くの建物に当て、減速をするとそのまま眺望の間に突っ込んだ。当然、ベランダも近くの建物も破壊される。
「サリー!」
いささか乱暴に降り立つと、ティアラはすぐさま、眠っているサリーの元に駆け寄る。おれはリリアナの行方を捜す。
「いない?」
おれがキョロキョロと辺りを見廻すと、
「上です。マスター」
ティアラが上を指差し、叫ぶ。
おれは上に通じる階段を見つけ、そこを駆けあがる。
屋根裏のような場所に出ると同時に、転送特有の光が収まるところだった。
「逃げたか?」
転送陣が消えていく。
使い捨ての魔法陣のようだ。
おれはあきらめて、下へ降りていった。
下ではティアラがサリーを看護している。当然、眠り魔法を解除し、ケガがないか調べている。
「どうやらケガも状態異常もないようですね。」
ホッと息をつく。
「ティアラさん、ありがとうございます。」
そこへおれがやってくると、二人の目がおれに集中する。
「マスター、シルヴァーナは?」
「逃げられた。」
「そうですか。」
そこへ丁度アウローラが飛び込んできた。
「ご主人様、あの女は?」
おれに駆け寄りながら早口で尋ねる。
「ごめん、逃げられた。」
同じことを繰り返すおれは、また、バツが悪そうな顔をする。
「いえ、そんなことはありません。相手の運がいいだけです。」
なんか妙なフォローが入り、お互いに笑いがこぼれたとき、大音響とともに部屋が揺れた。
「なんだ!?」
おれだけでなく、ティアラもアウローラも驚いて目を見開く。
特にサリーの驚きはひとしおで、壊れた窓から外に目をやったまま石のように硬直している。
その視線をたどって外を見た時、王都のど真ん中で大爆発が起こり、黒煙が上空高く昇っていた。
「なに?あれ」
「……」
アウローラが思わず叫び、ティアラは黙して語らず、サリーは震えながら呟く。
「あ、あ、あれは繁華街の方向……」
黒煙の独特に匂いが、風に乗ってここまで届く。よほど、大きな爆発のようだ。
「街のど真ん中で爆発なんて、なんかの破壊活動か?」
と、言ってる間に別の場所で同様の大爆発音が轟く。
今の爆発現場から東に数キロ離れた所で、やはり巨大な爆炎と黒煙が上がっている。
「あれは、王立大学の方向。」
サリーの声は、悲痛に枯れている。
「ティアラ、なにか異常な魔量の流れを感じないか?」
おれの言葉に、ティアラの検閲魔法が発動する。
「いくつかの転送陣が稼働を始めています。あっ、異なる物質が同一転送陣に同時に…」
ティアラの言葉が終わらないうちに、三度目の大爆発音が轟いた。
今度はかなり遠方で黒煙が登っている。
「やはり、破壊活動もしくは攻撃か?」
「攻撃?どういうことですか、テヴェリス殿。」
「転送陣を使って、この国に攻撃をしかけているやつがいるということですよ。」
サリーにはまだおれの言っている意味が理解できていない。それを察したティアラが、おれの言葉を引き取った。
「転送のさい、同一の魔法陣に異なる物質が同時に転送した場合、その場で強制融合が起こり、大爆発を起こします。」
「しかし、転送陣は1ヶ所から1ヶ所への転送しかできないはずです。異なる物質が同時に転送しても2つの物質が一緒に転送するだけで、強制融合など起こりえないはずです。」
サリーの反論にティアラは肯定するように頷く。
「本来はそうです。しかし、強大な魔量と魔力を用いて、2ヶ所から1ヶ所へ同時に転送をすれば不可能ではありません。」
「二つのトンネルの出口を一ヶ所にして、衝突事故を起こすようなものですよ。」
おれがティアラの説明に付け加えると、
「そんな強大な力を持つ者がいるというのですか?」
サリーの顔が蒼白になる。
「この現状を見れば、そう言わざるを得ません。」
ティアラは冷静な目でいま、王都で起きている惨劇を見つめていた。
「ティアラ、転送陣を探し出してつぶすわけにはいかないの?」
アウローラがティアラに聞く。
「それは可能でしょう。しかし、そこへ行って魔法陣を消去する時間があるかどうか?」
「できるなら探してください。騎士団を動かしてでもなんとか食い止めないと。」
「わかりました。やってみましょう。」
ティアラは、あらためて検閲魔法を唱える。
その間にサリーは部屋の中を見廻し、机の上にある通話用の魔道具を見つけると、それに駆け寄って、大声を張り上げた。
「だれか聞いている者はいますか?私はサリーです。すぐさま、騎士団長か内務卿を呼びなさい。」
そのとき、ティアラの目が大きく見開いた。
「まずい、この王宮の下にも転送陣が。」
「「なに!」」
おれとアウローラが同時に叫ぶ。
「場所は!?」
「王宮の地下。」
それを聞いたサリーが叫ぶ。
「王宮の地下室に転送陣がある。早くそれを消去して!」
「大量の魔量が流れていく。転送陣が稼働しています。」
「「「!!」」」
その場の四人の身体が硬直する。
王宮の地下で白い光が眩しいほど発光した。
リンデールの惨劇など知らぬここ聖教会領。
その南の端にエレアナメルという都市がある。
ここは聖教会領において聖地に次ぐ重要な場所と言われる。なぜなら、ここに悟りの塔があるからだ。
悟りの塔は歴代の聖女が、その力を覚醒させるために修行する塔。
いまも選ばれし聖女がその力を覚醒するため修行をしている。
その悟りの塔を囲むように発展した都市 エレアナメル。
その一角にある小さな屋敷に、フードを被った正体不明の人物が尋ねた。
その者は屋敷の応接間に通され、安物のソファに座って、しばしの間、屋敷の主を待った。やがて、その屋敷の主らしき、鼻の下に髭を蓄えた恰幅のよい男が現れた。
しかし、フードの人物は主と思しき男が現れてもソファにすわったままで、しかもフードも取ろうとしない。だが、恰幅のよい男は、フードの人物の前で立ったまま、恭しく頭を下げた。
「ようこそ、おいでくださいました。ジニー様。」
「ひさしぶりね。ガボン。元気にしてた?」
そう口にすると、はじめてフードをとったその人物は、色の浅黒い、金髪の女性であった。
「お疲れになりましたでしょう。すぐにお飲み物の用意を。それともお酒のほうがよろしいですか?」
「それは、あとでいいわ。そこに座って。」
「はい、では失礼して。」
自分の対面を指差すジニーに従い、ガボンは真向かいのソファに座った。
「準備はできてる?」
唐突な質問に、ガボンは口角を上げて答えた。
「もちろんです。ジニー様の衣装も通行証も用意してあります。」
「そう、では明日の夜、決行します。」
「それは、早急ですな。」
ガボンは少し驚いた顔をした。
「私が来たのは計画を実行するため。早いことはないわ。」
ジニーは軽く笑った。
「余計な事を言いました。すべてはアルカイトス様の御意思のままに。」
ガボンは深々と頭を下げた。
「では、ガボン。お酒を用意して。明日への前祝としましょう。」
「はい。」
ジニーの言葉にガボンは手を叩いた。
エレアナメルは普段通り日が登り、普段通りの日常が過ぎ、普段通り夜が更けた。
都市の南の端にある悟りの塔。
その前に4人の男女が到着した。
入り口を護る教会衛兵が4人の身分を尋ねる。
「エレアナメル支部のガボンだ。いつもどおり塔への生活用品を搬入しに来た。」
4人の先頭に立つガボンは、そう名乗ると聖なる証を示す。
衛兵は腰から四角い板のようなものを取り出すと、その聖なる証に翳した。
板の表面が光り出し、そこに文字が浮かぶ。
「ガボン司教に間違いありません。」
片方がそう報告すると、もう一方が頷き、扉に向かい、「開門」と告げる。すると、悟りの塔の扉がゆっくりと開いた。
「お通りください。ご存じとはおもいますが、中に受付がありますから、そこで検認を受けてください。」
「ああ、わかっている。」
ガボンは慣れた口調で扉をくぐり、その後に3人が続いた。
4人が塔の中に入ると、扉はゆっくりと閉まる。
中は結構な広さのホールになっており、その中央を格子で区切ってある。
中央にカウンターがあり、そこに係官が2人、両脇に衛兵がそれぞれ2人立っている。
格子の奥には扉が3つほど見える。
ガボンを先頭に4人は、正面にある受付に歩み寄り、
「エレアナメル支部のガボンだ。依頼のあった生活用品を持ってきた。」
と告げると、受付のカウンターの前に座っていた係官は、ガボンの顔を見上げた後、後ろに控える背の高い男二人と背の低い女を見る。それぞれフードを被り、背中には大きな布袋が背負われていた
「話は聞いてます。まずは通行証と依頼書を。」
「これだ。」
懐から2枚の紙を取り出し、係官に渡す。
係官は念入りにそれを調べたあと、
「後ろの3人の通行証も見せてください。」
と促す。3人はそれぞれ懐から紙を取り出し、係官に渡すと、係官はそれを順に調べ、問題がないとわかると、それぞれの紙に許可の印を押した。
「では、通ってください。用品は地下の貯蔵部屋に置いてください。場所はわかりますよね。」
「ああ、初めてではないのでね。」
ガボンは受付印のついた通行証を懐にねじ込むと、後ろの3人に目配せした。
片側に立つ係官が格子の扉の鍵を開けると、4人はその狭い扉を順番よく潜っていった。
ガボンは3つある扉のうち、真ん中の扉に手をかけた。
しかし、扉を開けて、中に入ろうとしない。
「おい、どうした?」
「扉が開かないんですよ。」
「え、おかしいな。」
係官が近づき、扉に手をかけると、扉はすんなり開いた。
「開くじゃあないか…」
係官が振り返った時、その首筋を銀の光が走り、鮮血が迸った。
係官は目を見開いたまま絶命し、その場に崩れ落ちた。それに気づいたもうひとりの係官が怪訝な顔で声をかける。
「おい、どうした?」
と言い終わるか、終わらぬうちに係官の額に太い針が突き刺さる。
その場で係官は人形のように倒れた。
異常に気付いた衛兵が扉に殺到する。しかし、扉が狭くてすぐに入れない。
そこへ、背の高い男が背中からショートソードを抜き放ち、扉を抜け出した衛兵の首にまっすぐ突き刺した。
鮮血を辺りに撒き散らして先頭の衛兵が倒れ込む。それを抑えながらショートソードの男は死んだ衛兵ごと後ろの衛兵を押し返した。
すさまじい力だ。
押し出され、その拍子に床に倒れた衛兵の首を、ショートソードが掻き切る。
起き上がりロングソードを抜いた衛兵に、鋭い身のこなしで接近した男は、その首にショートソードを突き刺す。
離れて震え上がる衛兵は援軍を呼ぼうと呼子を吹いた。が、すぐにその音は止む。
衛兵の後頭部にナイフが突き刺さったからだ。
しかし、呼子の音は外にいる衛兵たちを呼び寄せるのに、十分だったようだ。
外が騒がしくなる。
「ジニー様、ここは我らに任せて、早く上へ。」
「頼むぞ。」
フードを脱ぎ捨てたジニーは、尼僧の姿のまま左端の扉を開け、その奥にある昇降機に乘った。
もうすぐお盆です。
勝手ながら次回は、お休みさせていただきます。
申し訳ありませんが、その間にもっと面白いものを書きますので、楽しみにしてください。
みなさんも熱中症に気を付けて、夏休みを満喫してください。




