11 王妃、馬脚を現す
場面は変わり、ここは聖地からリンデールへ続く街道。
シルヴァーナが懸念しているサリー王女は、ティアラとともに王都へ向けて、馬車を走らせていた。その後ろにサリー王女の馬車と比べても遜色ない馬車が続いている。
その中に乗っているのは、バルトシュタインのアイザック皇子と従者のローラ。そして、アウローラとおれだ。
そう、なぜかおれたちはアイザック皇子と一緒に王都マナミに向かっているのだ。
時は遡る。
聖堂に到着したおれたちは、危険が去ったことを知らせるため、聖堂の中に入っていった。
祭壇の前で不安な時間を過ごしていたサリー王女をはじめとした面々は、ティアラの帰還と報告に喜びと安堵を共有した。
その中でひときわ歓喜に包まれたのが、アイザック皇子だった。
もちろん、アウローラを一目見たからである。
「アウローラ殿!また、お目にかかれるとは神に感謝いたします。」
アイザックはすぐさまアウローラに駆け寄ると、その手を取り、口づけをした。
気障な挨拶なのだが、アイザックが行うと自然に感じる。
アウローラも勝手が違ってか、無下にできないでいた。
彼の特殊能力なのだろうか。
「お疲れでしょう。さ、こちらへお座りください。」
「殿下、私は大丈夫です。」
アウローラは遠慮しようとしているが、強引なアイザックは有無を言わせず、祭壇前の椅子のひとつにアウローラを座らせ、自分はそのまえに片膝をついてアウローラを見上げる格好になる。
「ああ、相変わらずのお美しさだ。どの女神と比べてもアウローラ殿は引けを取っていない。」
痒くなるようなセリフを、よくもまあ次々と繰り出すもんだ。
おれはあきれ顔で二人のやり取りを見守っていた。
サリー王女のほうは、ティアラに外の様子を聞き出している。
「街の様子はどうなのですか?」
「街はかなりの被害が出ていますが、襲撃者は退散したので、これ以上の被害は出ないでしょう。」
「襲撃者は退散したのか?」
ハーライル司教が割り込むように尋ねる。
「はい、逃げていきました。」
ティアラの言葉にハーライルのびくついた態度は一瞬でいつもの司教としての態度に変化した。
「そうか、きっと神のご加護のおかげだ。」
「いえ、私とアウローラでほとんだ退治したからです。」
ティアラがすぐさま否定した。
「なっ」
ティアラの言葉に唖然とするハーライルをほっといて、ティアラはサリーに提案する。
「ここにいてもしょうがないでしょう。王都に戻るべきかと思います。」
「そうですね。そうしましょう。」
サリーはティアラの提案にすぐに乗った。
「なら、おれも一緒に行こう。」
おれもすぐに同行することを提案した。
「ご主人様がいくなら私も一緒に行きます。」
おれの言葉を聞いて、アウローラが立ち上がりながらすぐに同調した。それにアイザックが不満顔をする。
「アウローラ殿、私とともにバルトシュタインに来ていただけませんか?」
「殿下、前にも言った通り、私はすでに決まったお方がおります。」
「それがあんなやつですか?」
おれを指差して、あんな奴呼ばわりとは皇子にしてはちょっとひどいんじゃあないか?
「殿下、私のご主人様をあしざまに言うことはゆるしません。」
「ああ、怒るアウローラ殿も美しい。」
睨むアウローラに怯むどころか、ますます恋情を募らせるアイザック。もはや、呆れるしかない。
「ともかく、私はご主人様のそばを離れません。」
きっぱり言うアウローラを見て、アイザックも決心したような顔つきになる。
「なら、私も一緒に参ります。」
「殿下、なにをおっしゃるんですか?一刻も早くお国へお戻りください。」
「国へはおまえが帰ればいい。そうだ、このことを私に変わって父上に報告してくれ。」
アウローラのことで手一杯といった態を見せ、アイザックは他のことはすべてローラに丸投げしようとしている。それを見て、ローラも決心を固めた。
「わかりました。私も殿下についていきます。」
「なぜ、おまえが一緒に来る?国への報告はどうするんだ?」
「国への報告はビスト殿とマルクに任せます。私はどこまでも殿下とともにまいります。」
「おまえはついてこなくていい。」
「いいえ、死んでもついてまいります。」
ローラの決心は堅いようで、アイザックもあきらめざる得なかった。
こうして、サリー王女とティアラ、アイザック皇子にアウローラ、そしておれとローラがついて、ともにリンデール王国に向かうことになったというわけだ。
聖地から約1日の行程を経てリンデール王都マナミの入り口についたおれたちは、衛兵の簡単な検閲を受けて、王都内に入った。
すでに先ぶれで知らせたせいか、アイザック皇子一行は迎賓館と呼ばれる豪勢な館に通され、サリー王女は自分の住まう屋敷に戻っていった。
ティアラは当然、サリー王女に同行したが、問題はおれたちだ。
当初、おれはティアラと一緒に行こうとしたが、アウローラが同行する段になってアイザックが猛抗議をしてきた。
子供か、と思ったが、アウローラもおれと一緒じゃないといやだと駄々をこねるし、しかたなく、おれとアウローラは迎賓館に宿泊することになった。
当然、アイザックはアウローラは歓迎するが、おれは邪魔者扱いだ。
ここまでくると、おれも意地でもアウローラのそばを離れたくなくなる。
そんなこんなで、おれたちの王都での夜を迎えた。
迎賓館では、バルトシュタイン第一皇子アイザックの急遽来訪に、上を下への大騒ぎだ。
初日は歓迎の夕食会で、主だった大臣、有力貴族が出席し、アイザックを歓待する。その場で国王と王妃との謁見、晩餐会の日程が発表される。
急遽だったため、謁見は翌日となった。
ともかく、慌ただしいながら初日はなんとか過ぎようとしている。
アウローラとおれも夕食会に出席し、豪華な食事を堪能する。
サリー王女とティアラも顔を出していた。
アウローラはアイザックに引っ張り出され、大臣や貴族との面談、紹介で大わらわだ。
「マスター、よろしいのですか?アウローラがなんかとんでもないことになってますよ。」
ティアラが心配そうにおれのそばに近寄り、小声で語りかけてきた。
おれは完全に蚊帳の外で、壁のシミ化しているところだ。
「アイザックの婚約者という噂が広まっているようだな。こまったものだ。」
「アウローラも困っているようです。助けないのですか?」
「いま、この場でおれがなにか言っても誰も聞いてくれないよ。何者でもないおれと、バルトシュタインの皇子アイザックでは、どちらを信用する?という話だ。」
「人間とは愚かな種族ですね。」
「どうせこの場限りだ。もともと、おれたちはこの世界とはなんのかかわりもない存在だからな。城に戻ってしまえばどうしようもなくなる。」
「強引に国に連れ帰られ、既成事実を作られたらどうすのですか?」
「アウローラが暴れて、国が無くなるだけだ。」
おれはサラッと恐ろしいことを言うが、ティアラは納得したように首肯した。
「それより、王都に入ってから妙な魔量の流れを感じるんだが。」
「マスターも感じますか?気になって先ほど検索してみましたが、王都の中でかなりの数の転送陣特有の魔力を感じました。」
「転送陣?」
「元々あったものもありますが、新しく設置されたものも結構な数あります。」
「ふむ……」
ティアラの話を聞いて、おれの中でなにかしらの不安が過った。
「明日は何事もないことを祈るよ。」
そう呟いて、おれは手にしたワインを飲み干した。
翌朝、アイザック皇子一行とともにおれとアウローラは、迎賓館を出て、王宮へと向かった。
迎いの馬車に揺られ、王宮入り口で降りると、我々は案内されるまま、一緒になって長い階段と長い廊下を進み、豪勢で大きな扉の前に立った。この向こうに国王と王妃が待っている謁見の間がある。
衛兵の呼び出しとともに扉がゆっくりと開き、目の前にこれぞ謁見の間という大広間が現れた。
緋色の絨毯がまっすぐ伸び、その先は一段高くなっており、そのうえに二つの椅子が据えられている。
右の椅子は空席で、左の椅子に一目高位とわかる女性が座っていた。
たぶん、あれが王妃だろう。
空席の右側にはサリー王女が立っている。そして、一段下の両脇には、一癖も二癖もありそうな貴族が並んでいた。その末尾にティアラがひっそりと並んでいる。
いつの間に…
アイザックを先頭に片膝をついて、社交の礼を取る。
「よくぞまいった。バルトシュタインの皇子、アイザック殿。」
透き通るような声でシルヴァーナ王妃が労う。
「王妃様にはご機嫌麗しく、突然の来訪にかかわらず謁見をお許しいただき、感謝に耐えません。」
「堅苦しい挨拶はこの辺で。ささ、顔を上げられよ。」
王妃の許しで顔を上げ、立ち上がる一同。
「こたびは、聖地における不測の事態に、わがサリー王女を助けていただき、感謝の念にたえない。このとおりじゃ。」
そう言って、シルヴァーナは軽く頭を下げる。
「いえいえ、このたびの騒動は予測不能のこと。私とてただただ慌てるのみ。すべては後ろにいるアウローラ殿の働きのおかげです。」
アイザックは後ろに控えるアウローラへ軽く顔を向ける。
「おお、そうであったか。改めて感謝する。アウローラ殿。」
シルヴァーナがアウローラに目を向けた時、その頬に瞬時ではあるが、驚愕が浮かぶ。すぐに普段の笑顔に戻るが、それをティアラは見逃さない。
「ところで、国王陛下のお姿が見えませんが。」
アイザックが空席に目をやる。
「本来ならなにを置いても出席せねばなるぬところだが、あいにく陛下は体調思わしくなく、今日の謁見は見合わせてもらった。本人より謝意とともに、今回の件、くれぐれも感謝の言葉を伝えてくれと言付かっておる。」
「それはご心配のことで。陛下にはご厚意ありがたく、ご自愛くださいと申し上げてください。」
「わかりました。ところでその後ろに控えるお方はどなたじゃ?」
シルヴァーナの目がおれに向く。
おれが恐縮して顔を伏せると、代わりにアイザックが答えた。
「この者はアウローラ殿の従者で、下賤の者でございます。」
「おお、さようか。」
従者って、おれを小間使い扱いにしやがったな。しかも、王妃も簡単に納得しやがって。
おれの憤懣に気づいたのか、それともアイザックの言い分に憤激したのか、アウローラが口を開いた。
「王妃様、彼は私のご主人様でございます。」
「ご主人様?」
そのとき、アウローラとシルヴァーナの目が合った。
アウローラに既視感が浮かぶ。
(どこかであったような?)
見つめるアウローラから顔を隠すように、シルヴァーナは洋扇を開き、顔の前に持っていった。
それはアウローラともうひとり、末尾のさらに隅に隠れるように立つティアラに不信と疑惑をもたらした。
「アイザック殿、お疲れのところ恐縮です。話の続きは晩餐会にて。」
シルヴァーナが謁見を終わらせようとした時、ティアラが一歩前に出た。
「あなた、アリスを攫った張本人でしょう。」
ティアラが指差す先にシルヴァーナがいた。
その言葉は爆弾のようにその場にさく裂し、謁見の間にいるすべての者の動きを一瞬、停止させた。
その呪縛からいち早く解き放たれたのは、シルヴァーナだ。
「なにを、失礼な!」
興奮とも怒りともとれる声音でシルヴァーナが一喝した。
しかし、ティアラは怯まない。
「ごまかしてもだめ。私にはわかる。いくら変装しようとも。」
確信に染まった瞳で睨むティアラに、シルヴァーナは後ずさりする。
「そう、ようやくわかった。さっきからどっかで見たことがあると思っていたら、あの時、アリスを連れていた輩ね。」
アウローラがティアラの言葉に確信を持ち、鋭い眼光で睨みながらシルヴァーナににじり寄る。
「アウローラ殿、一体何事です。」
アイザックが間に入ろうとするが、アウローラはそれを押しのける。
「アイザック殿、邪魔しないで。こいつがアリスを攫ったやつなんだから。」
おれは突然の成り行きになにがなにやらさっぱりわからず、立ち尽くすだけだ。ただ、アウローラとティアラがここまで言うのだから、目の前の王妃がなにかしらアリスと係わりがあるのは間違いない。ただ、アリスは確かバースエンドのアルなんちゃらとかいうやつのところにいるらしいが。つまり、そいつとこの王妃がつるんでいるということか?
そんなことを考えている間に、王妃とアウローラ、ティアラの間は一触即発の状態だ。
「王妃様に無礼な。」
横にならぶ貴族が衛兵に声をかけ、アウローラとティアラを取り押さえるように命令する。
「邪魔だ‼」
アウローラの一喝は、強力な威圧となって周りを囲む衛兵を圧倒し、それに抗し切れず、次々と気絶していった。それは貴族たちも同様であった。
「サリー、こちらへ。」
ティアラがサリー王女を保護しようと手を差し伸べたとき、横からシルヴァーナがサリーの腕を取り、自分に引き寄せた。
「あっ!」
「王女はしばらく預かる。」
シルヴァーナの嘲笑いに、ティアラの癇が触った。
「サリーを返せ。」
ティアラがにじり寄り、それに対してサリーを盾にするようにシルヴァーナは後ろに下がる。
「ティアラさん!」
サリーが助けを求めて、両手を伸ばす。
アウローラも助けに入ろうとするのを見て、シルヴァーナが詠唱を始める。
「ペイン・ロック(苦痛の檻)」
シルヴァーナの声の広がりに合わさるように、謁見の間を薄い紫色の幕が広がり、アウローラをはじめとする謁見の間にいる者たちすべてを包み込んだ。
「ぐぁっ!」
「アうぅっ!」
途端にあちこちで苦痛のうめき声が起こる。
「精神攻撃か!?」
おれは目の前で苦痛にのたうち回る皇子と従者を見て、思わずつぶやく。
「こんなもので私を止められるか!」
アウローラは平気な顔でシルヴァーナに駆け寄る。しかし、シルヴァーナとの間に障壁が立ちはだかり、そばに近寄れない。しかも、触るとチクチクする。
「おまえたちはこいつらと遊んでおれ。」
シルヴァーナが右手を振ると、足元の影が三方向に伸びた。
やがて、影の中から様々な形の鎧をまとった三人のアンデットが浮かびあがってきた。
「フォーリン・ヒーロー(堕ちたる英雄)」
「死してなお魅了された英雄か。哀れな。」
アウローラが憐憫の目を向ける。
「そうよ。死してもいまだ私を護ろうとする男たち。わたしの英雄たち。」
「そんな人形なぞ、物の数ではないわ。」
「時間稼ぎになればいいわ。いけ、わたしの英雄たち!」
シルヴァーナの合図とともに、三人が一斉にアウローラに襲い掛かった。
アウローラは、別空間の箱から朝霧丸を取り出す。
それを見計らって、シルヴァーナはサリーを連れて、玉座の後ろに回った。
「まて!」
ティアラが追おうとするが、ペイン・ロックが邪魔をする。
その間にシルヴァーナとサリーの身体が光に包まれ、すぐにその場から消えた。
「転移か?」
「ティアラ、追うぞ。」
「マスター!しかし、この障壁が面倒で。」
「俺に掴まれ。」
言われるまま、ティアラがおれに掴まった。それを見て、アウローラが膨れっ面をする。
「ああ、私も。ご主人様。」
三人のアンデットを相手にしながら哀願するアウローラに、「ここをたのむ」という言葉を残して、おれはティアラとともに転移した。
「ああん、待って!」
が、おれたちは消えて無くなる。
がっくりするアウローラにアンデットのひとりが斬りかかった。
その剣を跳ね返すアウローラ。
その目は怒りに燃えている。
「おまえたちのおかげでご主人様といっしょにいけなかった。」
別の一人がハルバートを構えて、突きかかってくる。
アウローラは軽くそれをいなす。
ハルバートの男が体勢を崩す。
そこへ、アウローラの朝霧丸が袈裟懸けに斬りつけた。
斜めに両断された男は、そのまま床に倒れるが、すぐさま起き上がってくる。しかも、両断された身体は元通りだ。
「普通に切っても無駄か…」
三人のアンデットを前にアウローラは少し息を吐く。
「おまえたちの成仏の手土産だ。朝霧丸の真の力を少し見せてやる。」
敵対するアンデットを睨みながら、朝霧丸を下段に構えると、細い息を長く吐く。
すると、2mの刀身に青白い光が走る。
さすがに長年の経験からか、三人のアンデットは、アウローラの新たな構えに攻撃を逡巡した。
「どうした、かかってこないならこちらから行くよ。」
アウローラの口角が上がると同時に、その姿が消えた。
しかし、三人の知覚にはアウローラの動きが捉えられる。
左端のアンデットがロングソードを片手で振り下ろす。
男の左側に姿を現したアウローラの頭にロングソードが迫るが、それを潜り抜け、横なぎに男の胴を掃う。
ロングソードのアンデットは下半身を残したまま、上半身だけが床に倒れる。すると、その身体が光に包まれ、光りの粒となって四散していった。
そんな光景を二人のアンデットが見て、動きが止まる。
そこへアウローラの駿足が間を抜ける。
片方のアンデットは、三等分されて、戦斧を握ったまま床に落ち、そのまま光の粒となった。
今一人がハルバートで、アウローラに背後から襲い掛かろうとしたが、背を向けたままのアウローラが朝霧丸を肩越しに突き出し、その喉元を貫いた。
そのアンデットも光の粒となって四散してしまった。
「あの世では、もう少しましな女と付き合いな。」




