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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード4 聖地繚乱と昏き神
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10 崩れる思惑と新たなる思惑

 空中に浮かぶアウローラは、おれの脇腹に手を回して、落ちないように抱えると、そのまま上空へと飛び上がっていった。

 下を見ると、火災と魔人の攻撃で壊滅的な打撃をうけた聖地の街が広がる。

 「こりゃ、ひどいもんだな。」

 「徹底的に破壊しているようですね。おやっ?」

 アウローラが何かに気づいた。


 それは、近寄る魔人を次々蹴散らしながら進むティアラの姿だった。

 「ティアラだわ。」

 「ティアラ、こっちだ。」

 おれがそう念話(テレフォン)を送ると、ティアラはおれたちに気づき、残りの魔人を一掃して、一直線にこちらに向かってきた。

 「マスター、ご無事でなによりです。」

 「ティアラも何事もないようだな。」

 傷も服の破れもないことを確かめたおれは、いらぬ心配とわかっていてもホッと安心した。

 「うん?」

 ティアラの左手の薬指に指輪がないことに気付く。

 「ティアラ、指輪はどうした?」

 「あ、申し訳ありません。外しました。」

 ティアラは、恐縮そうな態度を見せた。

 「外した?なんでまた…」

 アウローラが非難めいた目で、ティアラを問いただす。

 「聖堂の上空にたむろするトカゲを退治するために…」

 「たかが、トカゲのために…」

 目を細めて見つめるアウローラの左手の指に指輪がないことを、ティアラは目ざとく見つけた。

 「アウローラも指輪がないです。」

 「これは、ご主人様に言われて、外したんです。」

 さっと、アウローラは自分の指を隠した。

 それを微笑ましく見ていたおれは、仲裁に入る。

 「まあまあ、いいじゃないか。それより、聖堂にいる王女様は大丈夫なのか?」

 「はい、防護結界を張りましたから。」

 「そうか。街を襲った魔人もアウローラとティアラのおかげで、あらかた片付いたみたいだな。」

 アウローラとティアラの力に恐れをなしたのか、残った魔人たちは、すごすごと森の向こうに逃げていく。意図したわけではないが、成り行きで魔人たちを追っ払った結果になった。

 「私は聖堂に戻り、サリーに報告してきます。」

 「私たちはどうしましょう?ご主人様。」

 「そうだな。その聖堂とやらに行くか。街は当分、使いものにならないようだから。」

 「わかりました。」

 おれは、アウローラに抱かれたまま、ティアラとともに聖堂に向かった。

 なにか、忘れているような気がするが…。


 ところ変わって、ここはバルトシュタインの首都ランツ。

 その一角にある豪勢な屋敷。

 その奥まったところにある応接室に、二人の男がテーブルを挟んで向き合っている。

 部屋の上座と言われる位置に座る初老の男は、白い髪を短く刈上げ、貴族には珍しく髭をきれいに剃り上げた顔には、老齢から来る皺が深く刻まれている。普段着と思われるスーツは、深い藍で統一されており、一目で高級品とわかる。

 「よくここにこれたな。」

 その初老の男が、これも一級品と見える椅子に深く座り、足を組んだ格好で目の前の男に唐突に尋ねた。 

 尋ねられた男は、軽く口角をあげて、

 「これでも外務次官ですからね。国に入ることになんの問題もありません。ま、審査はきびしかったですけど。」

 と答えた。

 金髪に、同じ金髪の顎髭、灰色で統一された貴族風の服。

 あきらかに目の前の初老の男より年若い男が、気安い態度を見せる。

 「ふっ、で、大臣でも皇帝でもなく、私のところにいの一番に来た理由は?」

 初老の男が金髪の男を厳しい視線で見つめる。

 「ひさしぶりに会ったのですから、もう少しフランクにいきませんか。バーゼル公爵。」

 バーゼルと呼ばれた初老の男の厳しい視線を、意に介せずスルーした男は、同じ一級品と呼べる椅子の背もたれに背中を預けた。

 「そんな関係でもなかろう。ましてや、私は宰相ではない。」

 「存じてます。ひどいですね。長年、宰相として国を支えてきた公爵を閑職に追いやるとは。」

 「そなたに同情されても、慰めにもならん。くだらぬ世間話をしに来たのなら、そのお茶を飲んでさっさと帰れ。」

 バーゼルの視線が金髪男の目の前にあるティーカップに一瞬移り、そしてまた男の顔に戻った。

 「話が終わったら帰りますよ。これでも一応、忙しい身でしてね。」

 「王妃の腰巾着がなんの用だというのだ。ギダン」

 ひどい言われようにもギダンと呼ばれた男は、気分を害した様子も見せず、相変わらずの笑顔を見せていたが、テーブルのうえのティーカップを取り上げ、それに口をつけた後、カップをテーブルに戻したときには、バーゼルに負けぬ厳しい顔つきに変わっていた。


 「聖地が天使に襲撃されたのは、ご存じか?」

 「なに!?」

 予期しない言葉に、バーゼルの顔に驚愕が貼りつく。

 「おや、ご存じない。」

 「そんな報告、受けておらんぞ。」

 「でしょうな。たぶん、皇帝陛下もご存じない。」

 「うそか?」

 バーゼルはギダンを訝しげに見る。

 「うそじゃありません。いずれ、この皇国にも襲撃の報が届きますよ。」

 ギダンは焦った様子も見せず、相変わらずの飄々とした態度に、バーゼルは考え込む仕草をした。

 「これから王国も皇国も大変な騒ぎになりますな。」

 「騒ぎ……」

 バーゼルはジロリと睨む。

 「他人事のようにいうではないか?王国にとっても大変なことだろう。ましてや、聖地巡礼にはサリー王女が出向かれていると聞く。心配ではないのか?」

 「心配ですよ。襲撃に巻き込まれた王国にとっては一大事ですから。それを言うなら聖地にはアイザック皇子もお出ででしたよね。」

 ギダンの口ぶりからは、心配の様子が見えない。

 「確かにな。アイザック皇子に万が一のことがあれば、王位継承にも問題が出る。」

 「でしょうな。」

 ギダンはそこで口をつぐむ。

 他国の継承問題に、一外務次官の自分が口を挟むことではないという思いからだ。

 「それで、王妃はこのことをご存じなのか?」

 「まさか、しかし、近いうちに報告が上がるでしょうね。」

 「そのときは、これからのことを会談するということか?」

 「話が早いですな。バーゼル公爵。」

 怪しげな笑みがギダンの口の端に浮かぶ。

 「聖教会の横暴に両国で抗議か。」

 「もしくは、実力行使。」

 ギダンの一言に、バーゼルの頬に驚きが一瞬浮かんだが、すぐに元の平静の顔に戻る。

 「睨み合いから一転して手を取り合うか。」

 「お互いの利益のためですから。」

 「王妃の利益だろう。」

 「それは公爵様もおなじことでしょう。」

 屋敷の一室に陰謀の黒い影が徐々に降りていた。


 そして、時と所は変わる。ここは、リンデール王国の王都マナミ。

 その王城の一角。王妃の私室にシルヴァーナがひとりいた。

 長椅子に寝ころび、葡萄を口にしながら聖地で起こっているであろうことに思いを馳せる。

 「いまごろ、聖地の街は大混乱か?襲撃者は天使。くふふ、そのことを知ったら聖教会のやつら、どんな顔をするかな。」

 『楽しそうだな。』

 前触れもなく、声が聞こえる。

 シルヴァーナことリリアナの手を止まる。

 「アルカイトスか?」

 部屋にはリリアナ以外、誰もいない。

 「連絡をよこすなら前もって知らせろ。」

 『そうか。それは悪かったな。』

 声はリリアナの目の前にあるテーブルの上に立つ鏡から聞こえる。

 その鏡に向かってリリアナが手を振る。

 すると、鏡に見知った青年の顔が映った。


 「何の用だ?アルカイトス。」

 「いずれ耳に入るだろうとは思うが、後々知るよりはいいと思ってな。」

 「もったいぶらず早く言え。」

 横柄な態度のリリアナに、アルカイトスは怒るでもなく、平然としている。

 「おまえのところにいたアリスという女性な。」

 「アリス?アリスがどうした。」

 「うちで預からせてもらった。」

 「なに!?それはどういうことだ?」

 手にした葡萄を思わず落としたリリアナは、それを気にすることなく、鏡に顔を近づけた。

 「いきり立つな、リリアナ。うちの者が連れてこなかったら、アリスは取り戻されていたぞ。」

 その言葉に聞いて、リリアナの顔が蒼ざめた。

 (連中が来ていたということか。しかし、どうしてここが知れた。)

 疑問は、アルカイトスへの疑念と変わった。

 「おまえが手引きしたのか?アルカイトス。」

 「そんなことはしていない。おれとおまえは、いまは共闘関係だろう。おまえから裏切らなければ、おれからは裏切らん。」

 アルカイトスは、油断ならん相手とは思っているリリアナだが、むやみに相手を裏切るやつではないと信用はしている。

 「そうか。疑ってすまない。それでアリスは返してくれるのだろうな。」

 「いや、しばらく、私の手元に置いておく。」

 「どういうことだ?」

 冷然と言葉を返すアルカイトスに、リリアナは思わず感情的になる。

 「そちらに返しては、元の木阿弥だ。」

 「どういう意味だ。」

 冷静に言葉を返そうとするが、その言葉の端に苛立ちが見える。

 「そのままの意味だ。おまえのところには、お前が言う強者がいる。そいつらがいる間は、アリスは返せん。」

 「結局は、自分の手元に置いておきたいのではないか?」

 皮肉を含めた笑みをリリアナはアルカイトスに送るが、アルカイトスは意に介する素振りも見せない。

 「そう取ってもらってもかまわない。」

 アルカイトスが初めて口角を上げた。

 「ふん、おまえにしてはあからさまだな。」

 「そうか。」

 リリアナには、アルカイトスがなにを考えているか腹の内が読めず、苛立ちは更に増す。

 「いずれ、そちらに行くことになるな。」

 「うまいワインを用意して待っているよ。そうだ。もう一つ言っておくが…」

 「なんだ?」

 「うちが送り込んだロボスとの連絡が取れなくなった。」

 「なに!?それは、どういうことだ?」

 「わからん。では、いずれ。」

 そう言い残して、鏡からアルカイトスの姿が消えた。


 「おい、アルカイトス!」

 鏡に向かって叫ぶが、返事は返ってこない。

 そのとき、ドアをノックする音がした。


 「だ …… おほん、だれじゃ?」

 「シルヴァーナ様、内務卿のシェルヘン様が面会を求めております。」

 外で待機しているメイドの声だ。

 「シェルヘンが?通すがよい。」

 入室の許可を出すと、ドアが静かに開いた。その後ろに、メイドが立っていたが、それを横に追いやり、痩せ型で顔の長い貴族が入ってきた。

 顔に焦りの色が見える。

 「シェルヘン、何を慌てている。」

 「王妃様。聖地が何者かに襲撃されました。」

 「なに?」

 驚いた表情は見せるが、心の内では予定通りとほくそ笑んでいる。

 「どこのだれが、襲撃したのだ?」

 「詳細はわかりません。向こうも混乱しているようで。連絡を入れるのが精一杯のようです。」

 シェルヘンは、ポケットからハンカチを取り出し、額を拭う。

 「それで、王女の安否は?」

 当然、不明という返答を予想する。

 「王女はご無事のようです。」

 意に反した返答に、リリアナことシルヴァーナは一瞬固まった。

 「王女は無事なのか?なぜ、わかる?」

 「先ほど、先ぶれがありまして、王女はいま、王都へ帰還中とのことです。」

 「帰還中…」

 「はい、一両日中には王都に到着するとのことです。」

 シェルヘンは大事な報告を終えた達成感に顔を綻ばせる。しかし、シルヴァーナはその報告に思わず舌打ちをした。それが耳に入ったシェルヘンは、途端に顔を強張らせた。

 「あの、なにか問題でも…」

 探るように尋ねるシェルヘンに、シルヴァーナは己のうかつさを後悔しながら笑顔を作った。

 「いいえ。王女が無事で本当によかった。」

 「はい、陛下にもご報告いたします。」

 「まて、それは(わらわ)からお知らせしよう。下がってよい。」

 「はっ」

 シェルヘンは恭しく頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 一人残ったシルヴァーナは、途端に眉間に皺を寄せる。

 「王女が無事ですって。どういうこと!?」

 テーブルを激しく蹴る。

 激しい音を立てて、テーブルが転がる。

 それを聞きつけたのか、メイドが「なにかありましたか?」と心配そうにドアの外から尋ねる。

 「なんでもない。しばらく、ひとりにしておいて。」

 「畏まりました。」

 その言葉ののち、メイドは沈黙を守った。


 シルヴァーナの荒れ模様はしばらく続くことになる。


 シルヴァーナことリリアナとの会談を終えたアルカイトスは、革製の豪奢な椅子の背もたれに自らの背を預けた。

 そこは、アルカイトスの書斎。

 窓は一つもなく、ドア以外の壁という壁には書棚が立ち、本がぎっしりと詰まっている。

 灯りは天井からぶら下がるクリスタル製のランプ。その魔法の灯りだけだ。

 その灯りの下、アルカイトスは目を瞑り、ロボスとの連絡が取れなくなった原因を考える。

 「やはり、やられたと考えるのが妥当か…」

 独り言を呟いたあと、目を開けると、手を叩いた。

 ドアが開き、執事が入ってくる。


 「お呼びでしょうか?アルカイトス様。」

 「ルミュエールとジニーを呼んでくれ。」

 「畏まりました。」

 軽く頭を下げると、執事は足音も立てずに部屋を出ていった。


 しばらくして、執事に伴われ二人の男女が現れる。

 一人は道化師の格好をした男。そして、今一人は踊り子のような格好をした女。

 「お呼びでしょうか?アルカイトス様。」

 二人が一斉に挨拶をする。

 「呼び立ててすまんな。まず、ルミュエール、おまえにはまたリンデールに行ってもらいたい。」

 「リンデール?」

 道化師 ルミュエールが不思議そうな顔をした。

 「不思議そうだな。」

 「アルカイトス様、あの国での私の役目は終わったかと思いますが。」

 「ルミュエールにはいろいろと骨を折ってもらった。感謝している。そのうえで今一度、いってもらいたい。」

 「あの国でなにを…?」

 ルミュエールはアルカイトスがなにを言うのか、期待しながら待った。

 「あの国で騒動が起こる。」

 「騒動が…?」

 「その騒動を煽りながらリリアナをここへ連れてきてくれ。」

 「リリアナ様を?」

 「そうだ。できるか?」

 「騒動にもよりますが。」

 ルミュエールの中で期待感が膨れ上がる。

 「私が起こす騒動だ。小さな花火ではないよ。」

 「そうですか。わかりました。そのお役目、お引き受けいたしましょう。」

 ルミュエールは恭しく膝を折り、頭を下げる。

 「私もいっしょにいくのですか?」

 隣にいた踊り子 ジニーが不安そうな顔で尋ねる。

 「いや、ジニーには聖教会領に行ってもらう。」

 「聖教会領へ…?」

 あからさまに嫌な顔をする。

 「あそこは嫌か?」

 「だって、堅苦しい天使しかいないもの。」

 その返答にアルカイトスは思わず、笑みを浮かべる。


 「あそこでもひと騒動を起こせ。」

 「どんな騒動を?」

 「聖女を攫って来い。」

 「聖女を…」

 となりでルミュエールが口笛を吹く。

 「でも、悟りの塔へは生半可なことでは入れないわよ。」

 「大丈夫だ。すでに私の配下が悟りの塔のあるエレアナメルに潜り込んでいる。その者たちが起こす騒動に乗じて攫って来い。」

 アルカイトスの自信に溢れた言葉に、ジニーは含み笑いを見せる。

 「段取りはすでにできてるってわけね。さすがアルカイトス様。」

 「エレアナメルに行ったらここを訪ねろ。」

 そう言ってアルカイトスは一枚の紙を差し出し、それをジニーは左手で受け取る。

 「ふふん。こいつね。」

 その紙に書いてある名前を見て、ジニーは納得したように頷く。

 ジニーが受け取った紙を胸の間に挟めるの待ってアルカイトスは、二人を順繰りに見た後、おもむろに口を開いた。

 「今回は私自らが動く。失敗は許さぬからな。」

 氷のような冷徹な瞳で二人を一睨みすると、二人は氷結されたように背筋を伸ばし、人形のように頭を下げた。

 「いきなさい。」

 威圧感のない静かな命令であるが、それを聞いた二人は、心の底から震えがくる思いをしながら、そのままアルカイトスの書斎を出ていった。


 「バルトシュタインはギダンに任せればよかろう。」

 独り言を呟くと、アルカイトスは手を叩いた。

 それに呼応して、執事が足音も立てずに書斎に来る。

 「お呼びで。」

 「例の部屋に行く。準備を。」

 「畏まりました。」

 同じように足音も立てず、部屋を出ていった。

 「いよいよ、はじめるぞ。」

 その目は野望に燃えている。 


 




 

 

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