9 聖地争乱、でも頼もしいかな、わが愛人たち
「なんだ!なにごとだ⁉」
「キャー‼」
「攻撃だ!戦争だ!」
「早く逃げろ!」
「助けてぇ‼」
街のあちこちで爆発と火災が起こる。
悲鳴と怒号が飛び交い、街中がパニックに陥った。
おれとアウローラは、逃げ惑う人々を縫うように襲撃元へと進んだ。
「ご主人様、あそこに人がたくさん浮かんでます。」
アウローラの指摘に目を移すと、確かに中空に大勢の人が浮かんでいる。
一様に背中に羽根があり、その手には弓や槍、杖が握られており、盛んに街に向かって攻撃を仕掛けている。
「天使だ!天使が攻撃してくる!」
どこかでそう叫びながら逃げる輩がいた。
確かに背中から羽根を生やし、天使風に見せかけているが、よく見れば天使とは違う。
羽根が褐色や灰色など様々だし、顔つきが天使風ではない。なかには角の生えている奴もいる。
しかし、攻撃を突然受け、パニックになっている人々にはその違いは判らないだろうし、「天使だ」と叫ばれれば、天使だと思い込むだろう。
「ふうむ、奴らの狙いはこれか?」
と思うそばで、至近距離に火炎弾が着弾し、建物が大きく爆ぜ、火災が起きる。
「おまえたち、何をしている!?早く避難しろ!」
自警団らしき男がおれたちに、命令する。その矢先、火炎弾が男を直撃。男は物言わぬ炭と化した。
「とりあえず、避難するか?」
「戦わないのですか?」
「いまはな。ティアラにも連絡したいし、もう少し落ち着けるところに行こう。」
おれはアウローラの手を引いて、逃げ始めた。
その行為にアウローラの顔が笑顔で緩んだ。
パニック状態で逃げ惑う人々を掻き分け、おれたちは泊まっていた宿屋に向かった。
火災は深刻な状況で、犠牲者は増える一方だ。
自警団が反撃を試みるが、あっという間に蹴散らされ、いまや、住民を守る者は皆無である。
「火の回りが早いな。」
「だれか、火をつけている奴がいるのでしょうか?」
「ふむ、そうだな。こりゃ、事前に準備して街を混乱に貶めているな。」
そんなことをしゃべりながらおれたちは、泊まっていた宿屋に着いた。幸い、まだ焼けていない。
「邪魔するよ。」
中に入るが、宿泊客や従業員はすでに避難した後と見えて、誰もいない。
おれたちはフロアにあるソファに座ると、アウローラがさっそくティアラに念話をいれた。
そのころ、ティアラも異変を感じていた。
急に天候が崩れ、聖堂のある一帯に嵐が襲ってきたのだ。
「急にどうしたのでしょう?」
サリーが不安いっぱいの顔をして、辺りを見廻す。それは同じ祈りの間にいるアイザック皇子や聖教会の面々も同様であった。
「大司教様、これは一体…?」
「落ち着きなさい。単なる通り雨じゃ。」
そう言っているそばで、雷が鳴る。
ステンドグラスが揺れ、窓ガラスも風にあおられ、大きな音を立てる。
祈りの間にいる皆が、ただの嵐ではないという思いにとらわれる。
そのとき、ドアを叩く音が激しく鳴る。
その尋常でない叩き方に、聖教会の司祭がドアに駆け寄った。
「何事だ!」
ドアを開けると同時に、聖教会の従者が躍り込んだ。
「街の方で火の手が上がっております。」
「なに!?」
その言葉に祈りの間の皆が一斉に立ち上がった。
「それはどういうことだ?」
「わかりません。様子を見に人をやりましたが、戻ってこないのです。」
従者はあきらかに動揺しており、助けを求めるように聖教会の司祭に縋りついてくる。
その様子に当の司祭も困惑していた。
「おまえも一緒に行って、様子を見て来なさい。」
ハーライルが見かねて、指示を出す。
それに頷いた司祭は、「ついてこい」と命令しながら祈りの間から外へ出ていった。
従者の言葉に不安が更に深まる。
司祭が出ていって間もなく大きな雷鳴が轟いた。
祈りの間が少し揺れる。
「皇子、我々も様子を見に行ったほうが良いのでは?」
ローラがアイザックに提案した。
「そうだな。」
アイザックがしばし熟考したあと、意を決してローラに命令しようとしたとき、
「待ってください。」
ティアラがアイザックを止めた。
「どうしてですか?」
「いま、アウローラから連絡が入りました。」
「アウローラ殿から?アウローラ殿はここにお出でなのか?」
アイザックの目の色が途端に変わる。それを落ち着くようにティアラが制止すると、ティアラはあいかわらずの無表情でアウローラと念話を交わした。
「それは、本当ですか?」
『街は壊滅的。私たちは無事だけど。』
「それで、何者が攻撃してきたのですか?」
『天使に見せかけた魔人よ。』
「魔人?それはこちらも狙っているのですか?」
『どうやら、街だけみたい。あっ、こっちにも来たみたいだわ。忙しくなりそうだから切るね。』
「そうですか。そういえば、アイザック皇子がおりますけど、話しますか?」
『え!?いるの。繋がなくていいからね。あっ、それからそっちの上空にトカゲがいるから気をつけて。じゃあね。』
そう言い残して、アウローラからの念話は切れた。
「それでアウローラ殿はなんと?」
アイザックが目を輝かせてティアラに尋ねる。相変わらず、アウローラ一筋のようだが、ティアラにはそれにかまっている暇はない。
アウローラが言っていたトカゲが気になる。
上空を見るティアラの目に映るのは、蒼い竜の姿。
「なるほど、トカゲですか。」
ティアラがニヤっと笑うのを、サリーは不思議そうに見つめる。
「聖地の街が魔人に襲撃されているそうです。」
ティアラの発言は、その場の皆を驚愕させた。
「ま、魔人だと!」
いの一番に反応したのは、ハーライル大司教だ。
「魔人が天使に偽装して街を襲っているとのことです。すでに甚大な被害が出ているようです。」
淡々と話すティアラに、ハーライルが噛みついた。
「落ち着いている場合か!魔人どもはこちらも襲ってくるのではないか!?」
「それはわかりません。」
冷静なティアラに、ハーライルのイライラは更に募る。
「くそ!こんなことになるなら聖地巡礼など引き受けるのではなかった。サラファンの奴め。」
およそ大司教とは思えない発言に、サリーもアイザックも呆れ顔になる。
「大司教、ともかくここを脱出しないと。」
「そうじゃ。ここにグズグズしていたらいつ襲われるかわからん。」
「ハーライル大司教、ともかく落ち着いてください。」
ローラが落ち着かせようとするが、ハーライルは聞く耳を持たない。
「アイザック皇子とサリー王女の騎士団で、私を守って、聖教会領まで送ってくだされ。」
「……」
ハーライルの無茶な要請に二人は沈黙で答えた。
アイザックはどうか知らないが、サリーが連れてきた護衛の騎士団は、寄せ集めだ。護衛となるとは思えない。
「ともかく、状況を把握しないと。そういえば出ていった司祭が戻ってきませんね。」
「なにをしているんだ。あいつらは。だれか見て来い。」
「およしなさい。」
ティアラが皆の前に立って制止した。
「そこをどけ!」
ハーライルのそばにいた別の司祭が叫んだ。
「いま、外に出ると死にますよ。」
恐ろしいことを無表情でいうティアラに、皆が呆気にとられた。
「どういうことだ?」
「どうやらこの建物は監視されているようです。不用意に出ようとすれば攻撃されます。」
「攻撃……」
それを聞いて、ハーライルはひきつけを起こしたように硬直した。
「冗談をいうな!」
「冗談ではありません。現に外にでた司祭殿がいまだに戻られないではないですか?」
「ぐっ」
その指摘に司祭は二の句が継げない。
「しかし、ティアラ様。このままじっとしていても埒が明かないと思いますが?」
ローラのもっともな意見に、皆も頷く。
「私が様子を見てまいります。可能なら脅威も排除してまいりましょう。」
「ティアラさん。」
サリーが心配そうな顔で見上げる。
「サリー、大丈夫です。アイザック皇子、サリー王女をお願いします。」
「承知した。」
ティアラの名指しに思わずうなずくアイザックを一瞥したあと、ティアラは外へのドアに向かう。
「わしを護ってはくれないのか?」
後ろでハーライルが悲鳴のように叫ぶ。
「この建物に結界を張っときましょう。しばらくは大丈夫だと思います。」
そう言い残して、ティアラは外に出た。
外に出ると、相変わらずの風と豪雨だ。
「まずは、防護結界ですね。」
ティアラは聖堂に向かって右手を掲げると、その手が淡く光り出す。途端に聖堂は淡い光で包まれた。
「これでよし。」
雨でぬれる石畳を歩き始めるとすぐに、炭化した人型を見つける。それも二体。
「出た所をやられましたか。」
ティアラは、おもむろに上を見上げる。
すると、黒雲の間から稲光が走り、雷鳴が轟いた。
同時に雷光がティアラに向かって走ってくる。
次の瞬間、ティアラの目の前で雷光が弾け、四散する。
「トカゲの仕業ですね。」
そう呟くと、ティアラは背中から白い翼を出し、ひとはばたきすると、すさまじいスピードで上空へ飛んでいった。
聖堂から遥か上空に位置する所に浮かぶロボスは、聖堂から出て来る人影を捉えていた。
「無駄に命を捨てるか?」
ロボスの右手人差し指が地面を指し示す。
すると、その指先から稲光が発射され、地上へ向かって落ちていった。
待つこと3秒ほど。
ロボスの雷撃が聖堂から出てきた人物に当たる寸前、何かによって弾かれる。
「ぬ?防御魔法か?」
弾かれたすぐ後、何者かが自分に向かって飛んでくる。
ロボスは容易ならない展開に警戒心を露わにする。
さほど待つことなく、ロボスの目の前に飛んで来た者が姿を現した。
白い羽根を持つ、一見すると、天使のようにみえる女だ。
「おまえはだれだ?」
ロボスが誰何すると、ティアラは軽く笑った。
「名乗る意味はありません。」
「なに?」
(この女、なにを言っているのだ。)
「あなたは、ここで排除されます。ですから、名乗っても意味がありません。」
「ふっ、なにをふざけたことを。」
「ふざけているかどうか、すぐにわかります。」
ティアラが自分の薬指にしていた指輪を外した。
ロボスは華奢に見える美しい女から発散される強力なオーラに、一瞬、気圧された。
ロボスの目が細まる。
(こいつは容易ならん奴だ。)
ロボスの翼が大きく広がる。
「ライトニング・ジョベリン(雷光の飛槍)」
翼から稲光が四方に飛んだかと思うと、それは数十本の槍の姿にかわり、ティアラに向かって放たれた。
上下左右からティアラに雷光の槍が襲い掛かる。
「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」
ティアラの周りを球体の光が包む。
その表面にそって雷光の槍が進み、そのすべてがロボスに向かって飛んでいく。
「ぬおっ!」
咄嗟にロボスは翼で自分を囲う。
そこへロボスが放った雷光の槍が次々と着弾していった。
閃光と破裂音が辺りを満たし、一瞬、ホワイトアウトする。
閃光と破裂音が収まった後、ティアラの目の前には無傷のロボスが浮いていた。
ゆっくりと翼が開く。
「やるな、女。」
「あまり時間をかけるつもりはありません。いきますよ。」
ティアラが別空間の箱から銀の槍を取り出した。
「おれも同意見だ。」
ロボスが大きく口を開く。
「クロオ・ストーム・ブレス(残虐な暴風の息吹)」
ロボスの口から暴風というには桁違いの風がティアラに向かって吹き付けられた。
ドラゴンでさえ、バラバラになるような息吹だ。
「防御魔法」
ティアラの周りを防御の幕が囲む。そこへロボスの息吹が襲い掛かった。
ロボスの息吹をまともに受けたティアラを見て、ロボスの目が笑う。
「ふっ、防御魔法など私のクロオ・ストーム・ブレス(残虐な暴風の息吹)の前には紙の盾と同じよ。」
クロオ・ストーム・ブレス(残虐な暴風の息吹)が吹き抜けた後には、何も残っていなかった。
「バラバラになって吹き飛んだか。」
哀れに思う目をしたとき、上から声とともになにかが急接近してきた。
「どこを見ているの。」
本能的に首をひねる。
同時に、右目に激痛が走った。
「ぐぉっ!」
思わず右目をかばう手に青い血が流れる。
「首を斬り落とそうと思ったけど、うまく避けたわね。」
目の前にティアラが、あいかわらずの無表情で浮いている。
「貴様…」
牙が軋る。
「死ね!」
ロボスの翼が大きく羽ばたく。
同時に風の刃がティアラに複数襲い掛かる。
刃が届く前にティアラの身体がすばやく移動する。
「クロオ・ストーム・ブレス(残虐な暴風の息吹)」
それを見計らって、ロボスの口から強力な息吹が迸った。
それを見たティアラが、銀の槍を高速で回転させ。轟音とともに迸る息吹の中にそのまま突っ込んだ。
「なに‼」
目を見張るロボスの前で、クロオ・ストーム・ブレス(残虐な暴風の息吹)を突き抜けてきたティアラが迫る。
「来るな‼」
ロボスの翼が迫るティアラを薙ぎ払おうとする。
ティアラの槍がその翼を突き破り、同時にロボスの首を真っ二つに切断した。
「うそだろ……」
最後の言葉を残して、ロボスの身体は首とともに地上へ落下していった。
「うそじゃないわ。」
衝撃音を残して、躯と化したロボスを見下ろして、ポツンと呟いたティアラは、今度は街の方へ目を向ける。
街からは黒煙が立ち上っている。
「大丈夫とは思うけど、行ってみましょう。」
そう言うが早いか、ティアラは街に向かって弾丸のように飛んでいった。
ティアラがロボスと戦う少し前、おれとアウローラがいる宿屋にも天使もどきの魔人が攻撃を仕掛けてきた。
入り口は炎に包まれ、あっという間に宿屋に火が回っていった。
「アウローラ、裏口から出るぞ。」
「はい、ご主人様。」
おれたちは火から逃げるように宿屋の奥へ走り、裏口を探した。
調理場を抜け、荷物の搬入用の裏口を見つけると、そのドアを開ける。
ところが、裏側も火の海だ。
「こっちまで火の手がまわっていたか。」
「ご主人様、二階から出ましょう。」
アウローラの指示に従い、おれたちは二階へと駆けあがる。
おれたちが泊っていた部屋に入り、窓を開けるが、周りは同じように火の海だ。しかも、魔人が宿屋を囲んでいる。
「囲まれたな。」
「ご主人様、下がっててください。」
アウローラがおれの前に出ると、外に浮かぶ魔人たちに向かって、一息吐いた。
轟音とともに、すさまじい風が吹きすさび、宿屋の壁をブチ抜くとともに、囲んでいた魔人が瓦礫とともに吹き飛んだ。
その音を聞きつけたのか、他の魔人が集まり出した。
「うじゃうじゃと。」
憎々し気にそれを睨むアウローラ。
「アウローラ、面倒だ。指輪を取って掃除しろ。」
「はい、ご主人様。」
アウロ―ラはおれの命令に従い、薬指に嵌めていた銀の指輪を外すと、おれを部屋に置いて、外へ飛び出した。
背中から翼を出し、別空間の箱から長刀を取り出す。
「さあ、雑魚ども。かかって来い。」
楽しむように長刀を肩に担ぐと、一団となった魔人たちの真ん中に突っ込んでいった。
途端に魔人が群がるように襲い掛かる。
アウローラの身体が長刀とともに、360度、旋回する。
襲い掛かった魔人が、フードプロセッサーに入れられた野菜のように、次々とバラバラに切り刻まれていった。
ものの一分もしないうちに、宿屋の周りの魔人は一人もいなくなっていた。
「ご主人様、もう大丈夫ですよ。」
ひと仕事終えたアウローラは、にこやかな笑顔を見せながら、おれに手を差し伸べた。
「ご苦労様。アウローラはいつも仕事が早いな。」
「ご主人様を待たせるなんてありえませんもの。」
自慢顔のアウローラを微笑ましく見ながら、おれはアウローラの手を取り、ともに二階から外に出た。




