8 聖地にかかる黒雲、これってやばい…?
アルカイトスの城でアリスが目覚めたとも知らず、プリムラとローザはミルンから聞き出した情報をおれに報告していた。
『ということで、アリスはアルなんちゃらとかいうやつの城に連れていかれたようです。』
「それで、場所はわかったかのかい?」
『小僧に聞いたら、バースエンドの中央部だそうです。』
「小僧?だれだ、それ。」
おれは、城よりその小僧というワードが気になった。
『ミルンですよ。以前、一緒になったことがありますでしょう。』
「ああ、あれか」
おれの中でなんとなくミルンの像が浮かび上がった。
すっかり忘れてたよ。
「でも、なぜミルンがその場所を知っているんだ?」
『そのアルなんちゃらの手下だったようです。』
「そうなのか?」
なんかあんまりピンとこないな。
『とにかく、アリスを助け出すためにそのバースエンドへ向かいたいと思います。』
「これからかい?」
『はい、善は急げと言いますから。』
どこか異世界の教えだったかな、と思いながら
「こちらはこちらでなにか面倒が起こりそうなので、二人で行ってくれるか?」
『お任せください。』
プリムラが自信満々に返答する。
「そうか、頼むぞ。」
「はい」
その返事の後、念話が切れた。
「……」
おれはしばらく考えたが、二人なら滅多事はないだろうと思い直した。
ほんのわずかの不安を頭の片隅に追いやって。
それよりもこちらだな。
いま、おれとアウローラは聖地のある湖畔の街にいる。
聖地に唯一ある街で、この地に巡礼(観光)にくる人々の滞在地になっている。そのため、それなりに住人もおり、賑わってもいる。
「プリムラはなんと言ってきましたか?」
「アリスが連れ去られた場所がわかったようだ。」
「ほお、で、どこですか?」
「バースエンドにあるアルなんちゃらとかいうやつの城に連れていかれたようだ。」
「アルなんちゃら?」
アウローラが首を傾げる。それを見て、おれも苦笑した。
「ともかく、アリスのことは二人に任せることにしたよ。」
「そうですか。」
あまり関心がなさそうだな。アウローラは。
メイン通りといえる道を歩きながら、街の様子を眺める。
食堂、飲み屋、土産屋や道具屋などけっこう様々な店が並んでいる。宿屋も観光地に比べても遜色なく充実している。
驚いたのは、聖地の近くでありながら娼館があることだ。
人間の欲望というのは場所を問わず、表れるものだなとつくづく思う。
そんなこと思いながらふと気が付くと、おれたちをジロジロ見ている輩が何人か通り過ぎていく。
たぶん、おれの隣で、おれの腕に自分の腕を絡ませて、一緒に歩いているアウローラに注目しているのだろう。同時にこんな美人がなぜ、こんな冴えないおっさんと一緒に歩いているんだ、という疑問と嫉妬だろうか。
「とりあえず、今日の宿を決めるか?」
「そうですね。」
そう言って、おれは宿屋と思われる建物を探す。
「お二人様ですね。一室開いております。」
カウンターの後ろで女性店員がにこやかに答える。
何件か当たってようやく部屋の開いている宿屋を見つけた。
「いやあ、どこも満室で大変だったよ。」
「そうですね。明日、リンデールとバルトシュタイン、それに聖教会の方々が当地に参りますので、いっそう巡礼者(観光客)がお出でのようですので。」
「そうなのか。全然、知らなかったよ。どおりで人が多いと思った。」
「年に一度の行事ですからね。部屋は一部屋でよろしいですか?」
「え?」
「もちろん、一部屋で結構です。」
おれが二部屋ないかと尋ねようとした横から、アウローラが食い気味で了解の言葉を発する。
「きれいな奥様ですね。新婚ですか?」
「ま、まあね。」
おれは頷きながら宿帳にサインをした。
鍵をもらい、教えられた部屋に赴く。
部屋は簡素で手狭だが、なかなか清潔感のある部屋だ。
ベッドのシーツも真っ白で皺もない。
「とりあえず、部屋がとれてよかった。」
といいながら横目で見るアウローラの口元に邪な笑みが見える。
(うふふ、しばらくはご主人様とふたりっきり。)
というあきらかにこの状況を喜んでいる心情が透けて見え、あとで、他の四人の視線がきつくなる未来が脳裏に浮かぶ。
そんな僅かな憂鬱を抱えながら、おれは簡素な椅子に座った。アウローラももう一つの椅子に座る。
「さて、この先はどうなりますかね。ご主人様。」
アウローラの目が急に真剣なものになる。
「まあ、今日は何事もないだろう。起こるとすれば明日だろうな。」
「二国と聖教会が巡礼に来たときですか?」
「騒動を起こすとすれば、明日のタイミングがベターだろうな。」
当たり前すぎる気もするけど。
「どんな騒動でしょうね。」
「なんか、楽しんでないか?」
「それはもちろん、ご主人様と二人きりで飛び切りのショーが見れるのですもの。」
「ショーね。」
少し呆れる仕草をしたおれは、ティアラに念話を入れた。
ティアラはすぐに出た。
「ティアラ、いまどこだ?」
『はい、いま王都を出るところです。』
「すると明日の朝にはこちらに到着するか?」
『そうですね。途中の街で一泊し、到着は明日の朝。すぐさま、聖教会の使者とバルトシュタインの代表たちとで、儀式を執り行います。』
「儀式?」
『平和と繁栄を聖地に眠る神に祈るのだそうです。』
「祈るか……」
いもしない神を崇めて、自分たちの存在価値を保つための儀式か。退屈そうだな。
『マスター?』
ティアラの呼びかけに、おれは我に帰る。
「ティアラ、いまは嵐の前の静けさといったところだ。たぶん、その儀式のときになにかが起きる。」
『マスターもそう思われますか?』
「三つの関係者が集まる時だからな。」
『襲撃でしょうか?』
ティアラの言葉から懸念の感情が滲んでくる。
「その可能性は大きいだろうな。隠れているやつらの人数からして。ただ、ティアラ、襲撃を治めようなどと思うなよ。サリー王女を連れてさっさとリンデールに逃げろ。」
『ほかの人たちは?』
「自分たちでなんとかしてもらうしかないな。」
「わかりました。」
淡々とした返答でティアラは、念話を切った。
「どうなさいました?ご主人様。」
「いや、なんでもない。」
どうも気になる。
襲撃は目に見えているが、その意図がわからない。
(リンデールとバルトシュタインの代表者を襲撃して両国の戦争のきっかけにする。しかし、それに聖教会を関わらせてどうなる?まさか、聖教会がそれをきっかけに両国を自分のものにするか?)
「しかしなあ……」
「なにか、おっしゃいましたか?」
アウローラが首を傾げながらおれを見る。
「下手の考え休むに似たりっていうしな。」
「えっ?」
聞いたこともない言葉を言うおれに、アウローラは心配そうな顔をする。
「おいしいものでも食べに行くか?」
努めて陽気に語りかけると、
「はい、ご主人様。」
一転、うれしそうな笑顔で返答するアウローラ。
おれたちは、とりあえず街に繰り出した。
おれたちが一日、街で遊んだ翌日。
聖地にリンデールとバルトシュタイン、そして聖教会の巡礼団が到着した。
儀式を行う建物に隣接する宿所に、それぞれの巡礼団が落ち着く。
ティアラもサリー王女に付き従い、宿所の代表者用の部屋に通され、落ち着く間もなく、儀式への参加のために着替えを行う。
旅装を解き、メイドに手を借りながら儀式用のドレスに身を包む。
純白のドレスは、サリーを聖女のような清らかさに仕立て上げた。
「ティアラ様、どうでしょうか?」
着替え終わった姿をティアラに披露し、サリーは感想を伺う。
「とてもきれいですよ。」
お世辞を言いそうもないティアラからの誉め言葉は、サリーの心を躍らせた。
「ありがとうございます。」
「ところで儀式というのはどういったことをするのですか?」
「聖堂の中の祈りの間で三者がともに神に感謝の意を述べ、平和と繁栄を祈るのです。」
「ふーん」
いるはずもない神に祈るということに、ティアラは理解が及ばず、無味乾燥な返事をする。
それを見て、サリーは苦笑を見せた。
「ティアラさんの思いはわかります。こんなことをして、何の意味があるのか?でも、ここでバルトシュタインの代表と会うことは重要なことです。」
「戦乱回避の会談ですか?」
ティアラはズバッと言ってのけた。
「無駄な努力と思われますか?」
「いいえ。やるべき価値はあると思います。」
「私もそう思います。ましてや、代表がアイザック皇子ですから。」
(あの青年か)と脳裏にアイザックの顔を浮かべるティアラは、同時にここにアウローラがいたらどうなるだろうと、妙な好奇心を持った。
「イースドアで叶わなかった会談を、今度こそは成功させたいのです。」
「そうですね。これは、それこそ神が与えた好機かもしれません。」
ティアラは、いま自分が言った言葉に多少驚きを感じながらも、サリーの信念と行動が成功することを祈らずにはいられなかった。
「ティアラさんにそう言ってもらうと、私も改めて覚悟が固まります。」
「私もサリーのために精一杯の助力をしましょう。」
「ありがとうございます。ティアラさんがいれば百人力です。」
「あら、私の力は百人しかありませんか?」
ティアラが真面目な顔をして聞き返すのを、サリーはクスッと笑いながら、
「そうですね。ティアラさんは万人力ですね。」
と言って、前言を訂正した。
同じ頃、宿所に落ち着いたアイザックは、堅苦しい儀礼用の服を着せられ、辟易していた。
「まったく、こんなものを着なきゃならんのか?じい。」
メイドたちによって髪を整えられ、装飾品をつけられていくのを傍らで見ていた執事のビストは、アイザックの問いかけにため息をついた。
「若、仮にも皇帝陛下の代理ですぞ。もそっと威厳を持っていただかないと。」
「おれにそんなものを求める方が間違っている。」
憎まれ口をたたくアイザックに、壁際に立っていた儀礼用の騎士の服装をした従者がクスっと笑った。
「マルク、失礼だぞ。」
執事のビストがじろりと横目で睨んだ。
「失礼しました。殿下。」
マルクと呼ばれた者は恭しく頭を下げる。
「かまわん。じいも目くじらをたてるな。」
「しかし、若…」
ビストが小言を言いそうになったところで、ドアをノックする音がする。
メイドの一人がドアを開けると、その向こうにやはり儀礼用の服装をしたローラが立っていた。
「殿下、ローラ様です。」
「入れ。」
気さくに招き入れるアイザックに、ビストが軽いため息をしたのを耳にしながらローラが入室してきた。
「殿下、もうまもなく儀式の時間です。」
「そうか。」
姿見の鏡で服装のチェックをすると、アイザックはドアに向かった。
ローラの前を横切るとき、ローラがそっと囁いた。
「サリー王女がお時間をいただきたいとのことです。」
「そうか。」
同じように無表情で答えたアイザックは、部屋を出ると、祈りの間へと向かった。
その後をローラとマルクが付き従う。
宿所は聖堂と呼ばれる建物に対し、三方向に建てられており、聖堂と宿所はトンネルのような渡り廊下で繋がっている。そして、その合流点に祈りの間と呼ばれる聖地ではもっとも神聖な部屋がある。
サリー王女、アイザック皇子、そして聖教会の代表たちはそこへ向かって渡り廊下を進む。
祈りの間には、サリー王女と従者たちとアイザック皇子と従者たちがほぼ同時に到着した。
二組は左右に分かれて、祈りの間に備え付けられている長椅子に座る。
サリーとアイザックは、中央の通路側に座り、サリーの隣にはティアラが、アイザックの隣にはローラが座った。おのおのの従者はそれに続く。
やがて遅れて聖教会の面々が現れた。
純白の僧服を着た壮年の男のあとに5人ほどが続く。
祭壇に向かって中央の通路を進むと、祭壇の前で止まり、正面の神の降臨を描いたステンドグラスに深々と頭を下げ、その後、ゆっくりと振り返った。
サリーとアイザック双方が怪訝な表情を見せる。
「みなさん、遠路はるばるようこそお出でくださいました。」
一番右端の男がもったいぶるように喋り出す。
「今年も聖地巡礼の時を迎え、リンデール王国のサリー王女、バルトシュタイン皇国のアイザック皇子をお迎えし、ともに聖地にて神に祈りを捧げられることに喜びを禁じ得ません。」
男は笑顔を満面に湛え、二国の代表者たちに喜びの視線を注ぐ。
「例年、聖教会の代表は天使長だったと思いますが。」
アイザックの隣に座るローラが、立ち上がるとともに中央の男を見つめながら質した。
「はい、例年、天使長が出席なさるのですが、よんどころのない所用が発生し、かわりにハーライル大司教が代理として参加されることとなりました。ご了承ください。」
「事前に連絡をくださればよろしいのでは?」
「急なことでしたので、連絡が間に合いませんでした。その点はお詫び申し上げます。」
右端の男は深く頭を下げた。
「当教会の不手際で両国に不快を与えたとしたら幾重にもお詫び申し上げよう。」
中央の男、ハーライルも改めて頭を下げた。
ローラはなおも不満気であったが、アイザックが袖を引き、ローラは不承不承、席についた。それを傍観していたサリーは、ただ、無関心を装った。
「では、祈りの儀式を始めます。」
宣言とともにハーライルは祭壇のほうに身体を向けた。
祈りの儀式が始まるころ、聖堂のはるか上空に一人の青年が浮かんでいた。
全身青いスーツを着用した青年は、背中に生えた青い翼を軽く羽ばたかせて、ホバリングしながら点としか認識でないような聖堂を見つめている。
「いま、到着した。」
青年が唐突に呟く。どこかに念話しているようだ。
「襲わなくてもいいのかい?」
『ああ、建物から外に出さないだけでいい。』
青年の頭に返事が返る。
「ふーん、建物の外にね。」
青年の目にはしっかりと聖堂の全容が映し出されている。
『まちがっても建物の中の人間に危害をくわえるなよ。』
「攻撃してきたらどうする。」
『そいつらだけ殺せ。』
「難しいことを要求するなぁ。」
『おまえならできるだろう。ロボス』
ロボスと呼ばれた青年は、面倒くさいという態度をする。
「わかった。なんとかしてみよう。」
ロボスは、唐突に念話を切った。
「さてと、あちらではそろそろ始まるかな?」
ロボスの視線が聖地唯一の街に向く。そこへ進軍する一団が見えた。
「ほほお、立派なもんだな。」
一団の姿を見て、ロボスは思わず感心した。
「じゃあ、おれも仕事をしますか。」
そう言った途端、ロボスの姿が青年から巨大な蒼龍に変化した。そして、口を大きく開けると、息を吸い始めた。
ロボスの周りの気圧が急激に下がっていき、雲が形作られていく。
聖堂の上空は、薄闇に彩られていった。
聖堂で異変が起こりつつあることなど気づかぬおれたちは、今日も街に繰り出し、店を冷かしながらぶらぶらと散策していた。
けっこう物珍しいものが売られており、アウローラも目を輝かせて店を覗いている。
「これ、アウローラに似合うんじゃあないか?」
おれはアクセサリーを売っている露店を覗きながら、陳列してあるもののひとつを取り上げて、アウローラに見せた。
白銀の髪留めだ。
「え、そうですか?」
アウローラはうれしそうに、その髪留めを自分の髪に当ててみる。
「うん、なかなか似合うな。これをくれ。」
「毎度ありがとうございます。」
店主のいう値段の硬貨を与え、引き換えに髪留めを受け取ると、さっそくアウローラの髪に装着してみた。
「ありがとうございます。ご主人様。」
気に入ったようで、アウローラの表情が喜びで溢れていく。
「このままのんびりと過ごすか。」
そんな幸福感を満喫していたおれの気分を、一瞬で破壊する爆発音が街中を通り過ぎた。
目の前の建物が大きく爆ぜ、火災が発生する。
続いて別の建物が爆発した。
思わず、見上げると火炎弾が雨のように降り注いでくる。
「襲撃か!?」
思わず叫びながら、おれの中でどこかで似たような経験をしたな、という思いが過る。




