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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード4 聖地繚乱と昏き神
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6 イースドアにて -プリムラ、探偵する-

 プリムラがイースドアに到着したのは、夜明け前のことだった。

 辺りに人通りもなく、大通りに堂々と降り立った二人は、自分たちの主人が示したアリスの痕跡をさがすべく行動を開始しようとしていた。

 「さて、まずは旦那様が見つけた痕跡の場所に行ってみましょう。」

 「ええ~、一休みしようよ。プリムラ。」

 ローザが駄々をこねる。

 「何言ってるの。はやくアリスを見つけ出さないと。」

 「プリムラはいいよ。夜の方が活動的になるんだから。」

 ぶつぶつ文句を言うローザを、肩越しに睨むプリムラ。さしものローザも竦む。

 「ぶつぶつ言ってないでさっさと行くわよ。」


 二人はいまだ闇がたまる大通りをまっすぐ飛ぶ。行く先は痕跡のあった北区。

 「こっちのほうね。」

 闇の中でもプリムラは、昼間のように飛ぶ。

 その先には古びた倉庫が立ち並んでいる。

 「ここだわ。」

 プリムラとローザは目的地と思われる場所にゆっくりと降りた。

 周りは人気がなく、シンと静まり返っている。

 「確かこちらのほうだったと。」

 プリムラは倉庫をひとつひとつ確かめながら歩き、ローザはその後をいやいや付き従う。

 「ねえ、まだ~」

 ローザが愚痴をこぼすと、プリムラがある倉庫の前で立ち止まった。

 「ここのようね。」

 そう呟くと、プリムラは入り口を開け、中に入っていった。

 「なにもないね。」

 後から入ってきたローザがボソッと呟いた。

 プリムラは床を丹念に調べ、やがて魔力を床一面に込めた。

 床の一部が蛍光色に淡く輝く。それは何かの記号のような直線と曲線の羅列であった。

 「どうやらここに転送陣があったようね。」

 「だいぶ消えかかっているということは、使い捨ての魔法陣かな。」

 「そのようね。あの屋敷からここへ転送したのでしょう。」

 すでに蛍光色の線は消え、闇色の床が広がるだけだ。

 「ねえ、ここからどうするの?プリムラ。」

 ローザの質問にプリムラは考え込んだ。

 「うん?」

 黙考しているプリムラのそばでローザがなにかに気づいた。

 「どうしたの?ローザ。」

 「アリスの匂いが微かにする。」

 ローザは床を犬のように嗅ぎまわり、やがてある一点を指し示した。

 「この床に微かにアリスの匂いがする。」

 「ほんと?」

 プリムラもそこへ歩み寄り、跪いて匂いを嗅いだが、ローザほどに匂いを感じ取れない。しかし、ローザの嗅覚には絶対の信頼を置いている。

 「ローザ、アリスの匂いを辿れない?」

 「大丈夫だよ。」

 自信満々のローザはポシェットから犬の人形を取り出す。

 「こいつを使えばもっと確か。」

 そう言って、人形を床に置くと、人形はみるみる大きくなり、白い大型犬に変化した。

 「ファン、この匂いを辿れ。」

 ローザの命令で白犬のファンは、床の匂いをしばらく嗅ぎ、やがて倉庫を飛び出していった。

 「追うわよ。」

 プリムラとローザもファンの後を追うべく、倉庫を飛び出した。


 ファンは倉庫から駆け出すと、匂いを辿ってずんずんと進む。ときに立ち止まり、方向を確認すると、また駆け出していく。

 その繰り返しを上空からプリムラとローザは追っていく。

 やがて、酒場が集まる区画にファンが到着すると、とある居酒屋の前で立ち止まり、盛んに鳴いた。

 「あそこみたいね。」

 プリムラとローザはファンのそばに降りると、ローザはファンを人形に戻し、プリムラは居酒屋へ向かって歩き出した。

 もうすぐ夜が明けようとしているため、女給が店じまいの準備をしている。そこへプリムラが声をかけた。

 「店はもうおしまい?」

 店先を掃除していた女給は、プリムラの問いかけに無表情の顔を上げた。

 「ええ」

 ただ、それだけを答えるとまた掃除を始めた。

 「ちょっと飲ませてくれる。」

 そう言いながらプリムラは店の中に入ろうとした。

 「もう閉店といいましたが。」

 そう言いながら女給は、プリムラの前に立ちはだかった。その目は威圧感たっぷりである。しかし、プリムラはそれを無視して、女給を押しのけた。

 思いもよらない力に女給は難なく脇に押しやられる。

 驚く女給を尻目に、プリムラは店内に入った。


 中では、客が二人、テーブルを挟んでなにかを話し、カウンターでは店主らしき男が食器を片付けている。

 「もう閉店だよ。」

 カウンターの店主が女給と同じことを言った。

 「あら、でも他にお客さんがいるじゃあない。」

 プリムラは店主の言葉を無視して、近くのテーブルに座った。それに続いてローザも隣に座る。

 その様子を二人の客も凝視している。

 「しょうがねえなあ。一杯飲んだら帰ってくださいよ。」

 「わかってるわ。私には蒸留酒(ブランデー)を。この子にはソーダでも出してあげて。」

 「へいへい。」

 店主は、しぶしぶ棚から酒瓶を取り出し、グラスに半分ほど注ぎ、それをカウンターに置くと、入り口に立っている女給に目で指図する。それを見て、女給は無表情のままグラスを傍らにあるトレイに乗せ、プリムラの前に持っていく。その間にカウンターの下から別の瓶を出した店主は、その栓を開け、やはりグラスに並々と注いだ。

 薄青い液体に小さな泡が浮かびあがり、プチプチと音を立てる。

 女給はそれもトレイに乗せ、今度はローザの前に持っていった。

 「ありがとう。」

 プリムラが礼を言うが、女給は無表情を変えず、トレイを傍らのテーブルに置くと、入り口で後かたずけの続きを始めた。


 「何度も言うが、それを飲んだら帰ってくれ。」

 「ええ、用事が済んだら帰るわ。」

 「用事?」

 店主が怪訝な顔をした。

 「この店に女を連れた二人組が来なかった?」

 その質問に別のテーブルにいた二人組が反応した。

 「それを聞いてどうする?」

 店主が険しい顔で聞いてきた。

 「行き先を突き止めて、彼女を取り戻すのよ。」

 サラッと言ってのけたプリムラは、グラスに口をつけた。

 「そんなやつらは知らんな。」

 「そんなことないでしょう。そこの二人が知ってるって顔をしたわ。」

 そう指摘された二人は、顔を背ける。それを見て、ローザが突然叫んだ。

 「あっ、どっかで見たなと思ったけど、あの宿屋にいたおじさん。」

 ローザが二人のうちの一人を指差した。

 「しまった…」

 指差された男、ロバートは背けた顔をローザに向け、強面を作った。

 「嬢ちゃん、あの時は良くもやってくれたな。」

 「よく逃げ出せたね。」

 ローザがニヤニヤ笑っているとき、扉が閉まる音がした。見れば、女給が扉に鍵をかけている。

 「閉店よ。」

 相変わらずの無表情だ。


 「なんのつもりかしら?」

 この状況でもプリムラは涼しい顔をし、ローザはなにかを期待してうきうきした表情を見せている。

 「話を聞きたいんだろ。」

 店主が残忍な目をして二人を見つめ、ロバートともう一人がテーブルから立ち上がる。

 「話してくれるの?」

 「話しても聞けなきゃ意味ねえだろう。」

 ロバートと一緒にいた男、ハイツが殺気を伴った笑みを浮かべる。

 「どういう意味?」

 「こういう意味さ!」

 ハイツの姿が突然人狼と化し、両手にナイフのような爪を見せて、プリムラに襲い掛かった。同時に後ろからも、やはり人狼と化した女給が、襲い掛かってきた。


 二人の人狼に挟まれた形のプリムラ。

 しかし、その顔に驚きも、焦りもない。


 「ブラック・レザーウィング(漆黒の鋭翼)」


 プリムラの両腕から黒い翼が出現し、襲い掛かる二匹の人狼を一瞬で縦に四等分した。

 悲鳴も上げられず、二匹はそのまま床に落ちた。


 「うっ!」


 店主とロバートが息を飲んだ。

 床に落ちた二匹の遺体からは血も内容物も出ていない。

 断面が凍り付いたように固まっているのだ。

 「せっかく掃除したんだから汚しちゃいけないと思ってね。」

 プリムラは店主に向かってからかうように笑う。

 カウンターでは店主が立ち竦み、ロバートは後ずさりをする。

 「逃がさないわよ。」

 ローザがロバートの行動を目ざとく見つけ、椅子から立ち上がる。

 「くっ!」

 ロバートは踵返すと、素早く駆けだした。

 「ダンス・オブ・セブンズベール(七色のベールの踊り)」

 ローザのポシェットから飛び出した踊り子の人形が、七色のベールを投げつける。それはスルスルと伸び、ロバートの全身に絡みついた。

 「また、こいつか!?」

 引き抜いたダガーでそれを切ろうとしたが、ベールはそのダガーごとロバートを巻き付いていく。やがて、全身をベールでぐるぐる巻きにされたロバートは、無様に床に倒れ、そこへローザが足早く近寄り、その身体を右足で押さえつけた。


 「さあ、あなたひとりよ。無駄な抵抗はやめて、私の質問に答えて。」

 一人残った店主に、プリムラの視線が刺さる。

 「私が大人しくしゃべると思っているのか。」

 店主に怪しい笑みが浮かぶ。

 その笑みにプリムラは危険を察知する。


 「ローザ!」

 プリムラの右手から黒い幕が広がる。


 同時にカウンターが白く光った。


 大音響とともに居酒屋が吹き飛ぶ。


 粉塵が舞い上がり、辺りに瓦礫が小雨のように降り注いだ。


 突然の爆発に辺りの店から住人が飛び出してきた。

 なにが起こったからわからない住民たちは、右往左往してただ喚くだけだ。


 そんな様子を尻目に上空を飛ぶ一組の影。

 プリムラが黒い袋をぶら下げながら現場から遠くへ飛び去ろうとしていた。

 その黒い袋からローザが頭を出す。

 「ぷは、あぶなかったね。プリムラ。」

 「間一髪とはこのことね。」

 プリムラは驚いた様子もなく、むしろスリルを味わって楽しんだような表情で笑った。

 「大丈夫なの?」

 ローザが心配そうに見上げるが、

 「平気よ。あの程度では傷もつかないわ。ちょっと汚れたけどね。」

 プリムラは余裕で飛行していく。

 「みんな吹き飛んでちゃったね。」

 「そうね。でも、ひとりは確保したから良しとしましょ。」

 プリムラの答えに、ローザは袋の底でもがいているロバートを足で確認した。

 「生きているようね。」

 「さて、どこかに落ち着かないとね。」

 「宿屋はだめなの?」

 「人目につきやすいから駄目よ。」

 「じゃあ、どこにするの?」

 「いいところがあるじゃあない。」

 プリムラの言葉に、ローザはすぐさま少年の顔を思い浮かべた。

 「あそこね。」

 

 「で、どうしてここに来たんだ?」

 ミルンは、突然訪問してきた二人に戸惑いながら、明らかに迷惑なという顔をした。

 「泊まれるところがここしかなくてさ。」

 ローザが、ベールでミイラのようにぐるぐる巻きにされた物体を担いで勝手に入った来たのは、ミルンの隠れ家だ。

 「あいかわらず、汚いわね。」

 続いて入ってきたプリムラは、入るなり文句をいう。

 「人ん家に勝手に来て、文句かよ。いやなら出てってくれ。」

 ミルンの不満を無視して、ローザは担いでた物体を床に放り投げる。

 「うぐっ」

 こもった悲鳴が物体から漏れた。

 「なんだいこれ?」

 ミルンが恐る恐るそれを突っつくと、それはビクンと震えた。

 「人間よ。」

 そう言ってローザは顔の部分のベールをめくった。中からロバートの顔が現れる。

 「ぶはっ、おれを殺す気か!?」

 「すぐには殺さないわ。大事な情報源だもん。」

 ローザがロバートに顔を近づけて、言い放つ。その言葉にロバートの口が堅く結ばれた。

 「こいつだれだい?」

 ミルンが首を傾げながらローザに尋ねる。

 「あたしたちの仲間の行方を知っている奴よ。」

 「おれは知らねえよ!」

 即座に反論するロバートを無視して、ローザは地下室の壁に向かう。

 「また、部屋を作るのか?」

 ミルンが興味深そうに尋ねる。

 「そ、今度はちょっと趣の違う部屋だけどね。それよりプリムラ、お腹空いた。」

 「そうね。朝食には早いけど、なにか作るわ。」

 そう言ってプリムラは、以前ローザが作った部屋に入っていった。ローザもその後に続く。

 「おい、こいつ、このままにしてていいのかよ。」

 「大丈夫。それ、めったのことで切れないから。」

 「くそっ!」

 ロバートがなんとか束縛から逃れようともがいているその姿を残して、二人は部屋の中に消えた。

 残ったミルンは、ロバートを憐れむように見下ろしながら、ぼそっと呟く。

 「水でも飲む?」



 ロバートが意識を取り戻したとき、自分が見知らぬ部屋にいることにすぐに気づいた。

 あの少年に水を飲ませてもらってから、急に眠くなり、いつの間にか意識がなくなり、目覚めたらこの石造りの部屋だ。

 手足をなにかで拘束されており、身動きできない。

 しかも、口には猿ぐつわをされ、声も出せない。

 周りを見廻すが、なにもない。


 いや、ひとりいる。

 あの、いまいましい少女(ガキ)だ。


 「目が覚めた?」

 ローザはいつもとは違う目の輝きを見せて、磔にされているロバートを見上げた。

 「うごごばごごば(ここはどこだ)?」

 「ここはあたしの特別な仕事部屋。」

 「ぎごぼげが(しごとべや)?」

 「ああ、話しづらいわね。取ってあげる。」

 そう言うと、ローザはロバートの猿ぐつわを外した。

 「ぶはっ、てめえ、おれをどうする気だ!?」

 ロバートは拘束を解こうと暴れるが、少しも動かない。

 「アリスの居所を教えてくれたら外してあげるわ。」

 ローザの問いかけに、ロバートは途端に口をつぐんだ。

 「へえ、教えてくれないの?」

 「だれが、てめえに教えるか。」

 ロバートは目を背ける。

 「いいわ。喋らせる方法はいくらでもある。」

 「自白の魔法でも使うか?」

 「そんなつまらないことはしないわ。」

 ローザの目が怪しく輝く。

 「ふん、拷問か?てめえみたいな少女(ガキ)の拷問なんざ屁でもねえぜ。」

 「ふふ、いい強がりね。でも、いつまでそんなことが言えるかしら。」

 そう言ってローザはポシェットから紙を取り出すと、それをロバートの額に貼り付けた。なにかの術式が書かれた紙だ。

 「なんだ、これは?」

 「あたしね。人をいたぶるが大好きなの。」

 そう言って、いたずらっ子のような顔をしながらロバートの胸を軽くつねった。

 「ぐおぉっ‼」

 激痛が全身を走る。

 「これはね。神経が過敏になる術式なの。ちょっとした痛みも何十倍になって感じるわ。おもしろいでしょう。」

 「くそガキ!はずせ、はずせ、はずしやがれ‼」

 「おじさん、あたしの名前はローザ。くそガキじゃあないわよ。ついでに言っておくと、もう一人の彼女はプリムラ。別名【暴食】。でね、あたしは【暴虐】。」

 いまのローザの顔は少女の顔ではない。残忍な悪魔のような顔だ。それがロバートに近づく。

 「この意味わかる?」

 ロバートの顔から血の気が引く。

 「さあて、どれくらいがんばれるかしら。」


 ローザがロバートを別の部屋に連れていったあと、しばらくしてドアの向こうからすさまじい悲鳴が聞こえはじめた。

 その声を聞いてなお、プリムラは涼しい顔でお茶を飲んでいる。

 「一体、向こうで何が起きてるんだい?」

 ミルンが恐ろし気にドアを見つめながら、プリムラに尋ねた。

 「ローザがあの男にアリスの居場所を聞いているんでしょ。やり過ぎなきゃいいけど。」

 他人事のような顔で、テーブルに用意したビスケットを取り上げ、一口かじる。

 そのとき、一層甲高い悲鳴が響いた。

 ミルンがその声に思わず震え上がる。

 「ふーん、すこしバターが足りなかったかな。」

 プリムラはドアの向こうのことより、自作のビスケットの味の方が気になるようだ。

 「おれ、ちょっと外に出てくる。」

 蒼ざめた顔のミルンは、出口の階段を登っていった。

 「ふーん、シャドウ。」

 プリムラの影が揺れた。

 「今度は失敗しないでよ。今度失敗したらお仕置きじゃあすまないから。」

 その声に影が大きく震え、「ショウチシマシタ」の声を残して消えていった。

 「さあて、どれくらい持つのかしら?」

 プリムラはテーブルに頬杖をつくと、二枚目を取り上げた。

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