5 聖地巡礼に波高し
おれたちが王都へ戻ろうとしていたころ、まんまと転送に成功したルミュエールとリシャールは、転送先であるイースドアのとある倉庫の中にいた。
「ここまでくればひとまず安心ね。」
足元の転送陣が消えると同時に、ルミェールは疲れたように傍らの木箱に腰をおろした。アリスを抱えていたリシャールは、彼女を床にそっと横たえ、その横に尻を落とすと、おおきく息を吐いた。
「はあ、死ぬかと思ったぜ。」
「うまいタイミングで転送できたわ。」
「あれは、最初からそういう仕掛けをしてたのか?」
「まあね。もちろん、最後の手段よ。あれが失敗したらもう打つ手なし。運がよかったわ。」
「もう追ってこないかな。」
「どうでしょうね。ただ、すぐにここが知れることはないでしょ。」
ルミュエールは木箱から立ち上がると、出口へと向かった。
「どこにいくんだ?」
「あたしたちの隠れ家よ。」
なにを言っているというような顔つきのルミュエールに、リシャールは驚きの表情を見せる。
「ここじゃあないのか?」
「ここは単なる転送先。もう使えないけどね。これから行くのはイースドアのあたし達の拠点よ。」
「イースドアって、ここはバースエンドじゃあないのか?」
「そんなわけないでしょ。さっさと行くわよ。」
そう言ってルミェールは扉を開けた。リシャールはアリスを抱きかかえるとその後についていった。
そんなすったもんだがあった日の夕暮れ、サリーの屋敷に同行したティアラは客室に案内され、そこでゆっくり休んでいた。
用意されたお茶を飲みながら窓の外を眺めていると、アウローラから念話が入った。
「どうしました?アウローラ。」
『ティアラ、問題が発生したわ。』
「問題?」
『アリスを攫った奴らに逃げられたのよ。』
「皆がいて、逃げられたのですか?」
非難めいた返答に、アウローラは反論できない。
『あまりアウローラを責めるな。』
そこへおれが割り込んだ。
「マスター、責めるつもりはないのです。」
突然のおれの割り込みに、ティアラは恐縮した。
『ティアラ、一度こちらに来てくれないか?』
「どちらにいらっしゃるのですか?」
『王都にある【ホステル・サンライズ】という宿屋にいる。』
「わかりました。すぐに参ります。」
ティアラは念話を切ると、【ホステル・サンライズ】に向かうべく部屋を出た。そこへちょうどサリーが侍女をつれてやってきた。
「どちらへいかれるのですか?」
「ちょっとマスターの元へ行ってまいります。」
「すぐに戻られるのでしょうか?」
サリーが不安そうな顔で尋ねた。
「どうかなさったのですか?」
「聖地巡礼の日程が早まりました。」
「いつですか?」
「明後日。」
その返答にティアラは少し驚いたような顔をした。
「戻ったばかりだというのに、早すぎませんか?」
「シルヴァーナの企みでしょう。」
サリーの悔しそうな表情にティアラは考えた。
「わかりました。できるだけ早く帰って来ましょう。」
「ありがとうございます。」
「では」
そう軽く挨拶すると、ティアラは屋敷を後にした。
アリス奪還に失敗したおれたちは、意気消沈したまま王都にある宿屋【ホステル・サンライズ】に戻った。そして、部屋に入ると、すぐにティアラに連絡を取り、宿屋まで来てもらうことにした。
すぐに飛んで来たティアラを交えて、おれたちはこれからのことを話しあうことにしたのだが、いい案が浮かばない。
「ともかく、アリスの行方を探すことが先決ですね。」
「でも、どこに転送したかわからないのよ。ティアラは探れる?」
「時間が経ちすぎて、魔量を追うのは難しいですね。」
「得意の探索魔法で見つけられないの?」
ローザがまっすぐな目でティアラを見つめた。
「どの方向に逃げたかわかりませんから、見つけるとなると全方向に探索をしないといけなくなります。やみくもに探索しては時間がかかり過ぎます。」
「そうか。」
ローザがホッと息を吐くと、それにつられて皆が肩を落とした。
その中でおれは、ふと思いついたことがあった。
「確かアリスは銀の指輪をつけたままだよな。」
「ええ、たぶん外していないと思いますが…」
アウローラが怪訝そうな顔をした。おれの言っている意味がわからないということだろう。それは他の3人も同じだ。
「もしかしたら、その銀の指輪から居場所がたどれるかもしれない。」
「え、どういうことですか?」
プリムラも同様の反応を示す。
「ティアラ、ちょっと来てくれ。」
おれに呼ばれてティアラがそばに寄ってきた。
「しばらくじっとしていてくれよ。」
そう言って、おれはティアラの額におれの額を当てた。
「マスター、なにを?」
「黙って。じっとしていろ。」
「はい。」
おれの言うことに素直に従ったティアラは、身じろぎもせず、おれにされるがままに立ち続けた。その様子を他の3人も静かに見守る。
「ティアラ、探索魔法を円形に展開してみてくれ。まずは半径10キロから。」
「かしこまりました。マスター。」
おれの頭の中に宿屋を中心に半径10キロの風景が俯瞰して見えてくる。
「よし、おれの指示で10キロづつ広げてくれ。」
「わかりました。」
ティアラは言われた通り探索魔法を10キロづつ広げていく。
おれの頭の中の風景も広がっていく。
やがて、風景の中に淡く光る紫の光を認識する。
「見つけた。」
「えっ、アリスを見つけたのですか?」
「痕跡だけだがな。しかし、手掛かりにはなる。」
「それでアリスはどこにいるんですか?」
「イースドアだ。」
「イースドア?」
4人がお互いに顔を見合わせた。
「今言ったように、痕跡だけだ。そこにいるとは限らない。」
ほんの小さな手掛かりだが、皆には大きな希望と捉えられたようだ。
「私が行ってみましょう。」
プリムラが率先して手をあげた。
「ひとりで大丈夫?」と、アウローラの心配顔。
「まかせて。今度こそアリスを取り返してくる。」と、プリムラは自信満々で返す。
「ローザ、おまえもついて行ってくれるか。」と、おれがたのむと、
「ひとりで大丈夫ですよ。」と、プリムラが不満げな顔をする。
「ひとりよりふたりのほうがなにかと安心できる。プリムラ、ローザといっしょにアリスを見つけ出してくれ。」
「わかりました。旦那様の仰せのままに。」
おれにそう言われて、プリムラは納得したように頭を下げ、
「まかされて。」
とローザは元気よく返事をする。
おれはアリスの痕跡の場所をふたりに教えると、プリムラとローザはともに窓から外へ飛んでいった。
「さて、おれたちはどうするか?」
二人を見送ると、おれは改めて二人に尋ねた。
「マスター、私はサリー王女の元へ戻りたいと思います。」
「いやに急いでるわね。ティアラ。」
アウローラが不思議そうに尋ねる。
「サリー王女が聖地へ行くことになり、私も同行すると約束したのです。」
そう言ってティアラは、これまでのことをかいつまんで話した。
「そういうことなら王女についてあげなさい。」
「ありがとうございます。では、さっそく。」
挨拶もそこそこにティアラも翼を広げ、窓から外へ飛んでいった。
部屋にはおれとアウローラの二人きりになり、おれはなんとなく落ち着かなくなるが、アウローラはこの状況を喜んでいるようだ。
「ご主人様、何かお飲みなりますか?」
「じゃあ、お茶でもいただこうか?」
おれは部屋にある椅子に座ると、アウローラはサイドテーブルに置いてあるポットを取り上げ、それを同じテーブルに並んであったカップに注いだ。
おれにお茶を差し出すと、アウローラは真向かいの椅子に座り、優雅な微笑みを浮かべながらお茶に口をつけた。
ちょっとした沈黙のあと、アウローラが口を開いた。
「ご主人様、なぜアリスはなにも動かないのでしょう。彼女の力ならあんなやつらに捕らわれたままでいるとは思えないのですが。」
「ふむ、おれもそれは気になっていた。」
「なにかあったのでしょうか?」
アウローラが心配そうにカップの縁を撫でる。
「そう考えるのが妥当だろうな。たぶん、なんらかの強制力で身動きがとれなくなったんじゃあないか?」
「アリスを拘束するほどの力を持つ者が、この世界にいるでしょうか?」
「相手が術師や魔人のたぐいとは限らない。」
おれは残りのお茶を一気に飲んだ。
「と、申しますと。」
アウローラが興味深そうに聞いてくる。
「強力な魔法具を使われたかもしれない。」
「しかし、アリスは精神魔法にたけたサキュバスです。おめおめと精神支配など受けるとは思えませんが。」
「ま、心当たりはあるんだがな。」
「なんでしょうか?」
それにはすぐに答えず、おれは立ち上がるとサイドテーブルにあるポットを手に取り、空のカップにお茶を注いだ。
「飲むか?」
「はい。」
おれはポットを持ったままアウローラに近づくと、アウローラのカップにお茶を注ぎながらポツンと呟いた。
「銀の指輪のせいかもしれない。」
「あ」
その言葉にアウローラは、合点がいったように軽く声をあげた。
「あの銀の指輪はおまえたちの力をかなり制限している。それが災いしてなにかの強制力をうけたかもしれない。」
「しかし、銀の指輪があったとしてもアリスがこうもやすやすと捕らわれるとは。」
「なにかに夢中になり、隙ができたとかいろいろ考えられることはある。」
おれの言葉にアウローラはなにか思い当たったことがあったとみえて、納得したような顔をした。
「すると今日まで連絡がないというのは…」
「完全支配を免れるために深睡眠状態にいると考えられるな。」
「スリープ…」
「その状態なら心配はないが、ただ、目覚めた時が心配だな。」
「心配とは?」
「初期状態になってなければいいのだが。」
「それはご主人様のことを忘れているということですか?」
「……」
アウローラのその質問には、おれはあえて答えなかった。不確定要素が多すぎるからだ。ともかく、いまはアリスの居場所を見つけて、こちらに取り戻すことが先決だ。
「とりあえず今はプリムラたちの連絡を待とう。もう寝るか?」
おれの唐突な提案にアウローラが顔を赤くした。
「ご一緒にですか?」
もじもじしながら尋ねるアウローラをかわいいと思いながらおれは素直に頷いた。
アウローラの顔に喜色が浮かぶ。
「待っていてください。いまシャワーを浴びて来ます。」
そう言って浴室へ向かう。
おれは着ているものを脱ぎ、持ってきたトランクからパジャマを取り出した。
浴室の方からシャワーの音が聞こえる。これからのことを思いながら少しニヤけるおれだが、心の片隅では、言い知れない不安が過る。
屋敷に戻ったティアラは、さっそくサリー王女の部屋を訪ねた。
ティアラの姿を見ると、サリーは心の底からうれしそうに歩み寄ってくる。
「ティアラさん、お帰りなさい。」
「ただいま戻りました。」
相変わらずの冷静な態度に、サリーはかえって安心感を増した。
「さ、座ってください。」
そう言って指し示したソファにティアラを座らせると、サリーはその真向かいに座った。
「ごめんなさい。あなたが戻られないんじゃないかと少し不安に思っていました。」
「私は約束を破りません。」
サリーの謝罪をティアラは不愉快に思うこともなく、淡々と受け入れた。
「お食事はお済ですか?」
「いえ。」
「では、すぐに用意いたしましょう。」
「サリー、私は大丈夫です。ニ・三日食事を抜いても平気ですから。」
なんの感情も見せず、ティアラは当たり前のように答える。それを聞いてサリーは驚き、そしてコロコロと笑った。
「ティアラさんは変わってらっしゃるのですね。」
「そうですか?それより聖地への出立の準備は整ったのですか?」
その質問にサリーの顔が翳った。
「護衛の騎士団がなかなかそろいません。」
「王宮の親衛隊とかいないのですか?」
「聖地巡礼に親衛隊は不要だろうと言われました。他の騎士団も所用でこちらに回せる余裕はないとのことです。いま、クリムとグスタフが何とかしようと走り回ってますが。難しいでしょうね。」
サリーは悔しそうな顔で拳を握りしめた。その拳にティアラの手がそっと乗る。
「そろわないものはしかたありません。ま、私一人いれば大丈夫でしょう。」
ティアラが初めて笑顔を見せた。
「そうですね。ティアラさんがいればなにも怖いことはありません。」
「さ、もうお休みください。私はこれで失礼しますので。」
ティアラは軽く頭を下げると、サリーの部屋を出ていった。
自分の部屋に戻ったティアラは、あらためておれに念話をかけた。
「マスター、ティアラです。」
しかし、返事は返ってこない。
「?」
首を傾げながらもう一度呼びかけると、
『あ、ティアラか?』
焦った声で返事が返ってくる。
「もうお休みでしたか?」
『いや、そんなことはない。』
そばで息切れのような声が聞こえる。
「そばにどなたかいらっしゃるのですか?」
『あ、アウローラがな…。それより何の用だ?』
なにやらごまかそうとしているような気がするが、ティアラはあえてそこは突っ込まず、自分の用件を話した。
『つまりサリー王女の聖地巡礼に付き合ってくれということか?』
「はい、アリスのこともまだ解決していないのに、余計な事を頼むようで恐縮なのですが、聖地でなにか起きそうな予感がするのです。」
『また、騒動でも起きるか?』
「たぶん。そこにはバルトシュタインの方々や聖教会の方々もくるとのこと。騒動を起こすのにはもってこいかと。」
ティアラの予想にしばし沈黙が流れた。
『わかった。明日、アウローラと聖地へ行ってみよう。』
「ありがとうございます。マスターとアウローラがいれば一安心です。」
ティアラはホッとしたような顔をしたとき、アウローラの声が割り込んだ。
『あなた、ひとりでも間に合うでしょうに。』
なにやら怒っているような口ぶりだ。
「アウローラ、あなたひとりだけマスターを独占するのはずるいですよ。」
『なにを言っているの!』
ティアラの言葉にアウローラが途端に焦り出した。
「この機会をいいことにマスターと楽しんでるんでしょ。」
『うっ』
確信を突かれたのか、アウローラが絶句した。
『まあまあ、それくらいにしておけ。ティアラ、頼みは了解した。』
「では、聖地で。」
念話が切れて、ティアラはソファに腰を下ろした。
「これが終わったら、今度は私がマスターといっしょに旅行に行きたいですね。」
ティアラは天井を見上げて、ホッとため息をついた。
同じ頃。王宮のもっとも高い場所に位置する展望台。
その手すりの前でシルヴァーナは、北西の方に目をやっている。
いまは、もっとも闇の深い時。
暗闇が王都を覆い、見えるのは街の灯りのみ。
何も見えない北西の闇を見透かすようにシルヴァーナは、じっと見つめ続けている。
「あの先にあるもの。あれが私のものになるのかしら。」
誰に言うでもなく口にした疑問は、シルヴァーナのなかではすでに答えがでていた。
北西にあるもの。それは聖地。
この大陸でもっとも美しく、もっとも聖なるもの。
「もうすぐ私のものになる。」
算段はついている。
明後日、それを実行する。
シルヴァーナ、すなわちリリアナの目が怪しく笑った。




