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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード4 聖地繚乱と昏き神
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4 アリスを追え

 おれとアウローラが建物内でドンパチやっている頃、おれから連絡を受けたプリムラは、すぐにローザに念話(テレフォン)を入れた。

 「ローザ、聞こえる?アリスを奪われた。追うわよ。」

 『え、中にいなかったの?』

 「偽物だったみたい。本物はだれかが(さら)って逃げたようね。」

 『なんと、まあ。』

 「婆むさいこと言ってないで、追いかけて。」

 『畏まり。』

 そう言い置くと、プリムラはしばし考える。

 (さて、どちらに逃げたか?東と西はあたしたちが抑えていた。すると、南側?そう思わせておいて、旦那様たちが入った北側?)

 「あとは勘ね。」

 プリムラは、背中から翼を出すと、上空に飛び上がり、北側へと向かった。


 プリムラからの念話(テレフォン)を受けたローザは、ポシェットから5体ほどの人形を取り出す。フェアリーの形をした人形だ。

 「アリスを(さら)ったやつらを探しなさい。」

 そう命令すると、その人形を空中に放り投げた。

 放り投げられたフェアリー人形は、羽根を羽ばたかせて5方向へ散った。

 「さて、私はちょっとおやつタイム。」

 ローザは門の前で座ると、ポシェットの中からクッキーを取り出し、それを(かじ)る。

 「う~ん、プリムラのクッキーは相変わらずおいしい。」

 至福の顔をしたローザの後ろにいつのまにか全身甲冑が立っている。

 ゆっくり振りかぶった両手にはロングソードが、ローザの頭を狙って、鈍く光っていた。


 ローザは気づいた様子がない。


 ためらいもなく、ロングソードが振り下ろされる。

 そのまま地面と衝突し、土ぼこりが舞い上がった。

 普通の人間なら真っ二つになっているはずだ。

 しかし、そこにはローザの姿はなく、ただ、地面に突き刺さるロングソードがあるだけだった。


 「ぅもう、クッキーに埃がかぶるじゃあない。」

 いつの間にか甲冑の前に、ローザがクッキーをほうばりながら、不満顔を見せている。

 それを見ても、甲冑はなんの表情の変化も見せず、ロングソードを八双に構えた。

 「安っぽい人形のようね。」

 ロングソードが猛スピードでローザを切り裂こうと迫る。

 その寸前、ローザの右手の指から黒い糸が放出された。

 それが甲冑の手足そして頭部に絡みつく。

 「パペットブロー(操り人形解除)」

 ローザの一言で何かが切れる音ともに甲冑がバラバラになり、甲高い金属音とともに地面に転がり動かなくなった。

 「一つの命令で動く自動人形(オートマタ)の類のようね。」

 甲冑を観察して独り言を言っているとき、ローザの頭にアリス発見の連絡が入る。放ったフェアリー人形が見つけたようだ。

 「ローザ、逃げる馬車を見つけた。」

 同時にプリムラからの連絡も入る。

 「今行く。」

 そう答えるとローザは胸のブローチに触れて魔量(エネルギー)を送ると、音もなく浮き上がり、上空高く飛び上がっていった。


 ルミュエールとリシャールはいま馬車を駆って、離宮から大急ぎで離れようとしていた。

 逃げ出す準備を終え、いざ馬車に乗ろうかというタイミングで追手が離宮に到着した。しかも、シャドウを使って内部を探らせている。

 そこで、ルミュエールがシャドウにアリスのいる寝所の情報を与え、追手たちに罠をかけようと画策したのだ。

 それが功を奏し、追手は罠にかかり、その隙に二人は馬車に乗って離宮から逃げ出すことができた。


 「どこへ逃げるんだ?」

 リシャールが御者台に乗るルミュエールに質す。

 「秘密の隠れ家がある。そこにいけばなんとかなるわ。」

 ルミュエールは普段とは違う真剣な眼差しで前を睨み、手綱を振るう。


 田舎道を土ぼこりを舞い上げて走る馬車を、プリムラは上空から視認した。

 「ローザ、いまどこにいる?」

 『プリムラのすぐ後ろ。もうすぐ追いつく。』

 「追いついたら一気にいくよ。」

 

 「見つかったようね。」

 ルミュエールがめずらしく焦った表情を見せる。リシャールは窓から顔を出し、上空を見上げる。

 はるか遠くに黒い点が見えるが、それが徐々に大きくなる。

 「あのデブ女か?」

 プリムラの逆鱗に触れるような言葉を口にしながら、リシャールは御者台の方に顔を向ける。

 「ルミュエール、隠れ家はまだか?」

 「まだ、先よ。ちくしょう。追いつかれる。」

 「なんとか時間稼ぎをしないと。」

 「手綱とってくれる?」

 ルミュエールに言われ、リシャールは走る馬車のドアを開け、器用に御者台に移動した。そして、リュミエールから手綱を渡されると、そのまま馬を操作し、ルミュエールは馬車の屋根に上がり、懐から色とりどりの小さな玉を取り出し、それを空中へばらまいた。

 「なにをするんだ?」

 「あんたは、黙って馬車を走らせて。」

 ルミュエールの叱責に不平顔をしながら、リシャールは馬に手綱を当てる。


 プリムラは馬車を見つけると、更にスピードを上げた。後ろからはローザが追いついてくる。

 「逃がさないわよ。」

 急降下するプリムラの前に何かが複数浮いている。

 よく見れば、それは色とりどりの風船だ。

 それがプリムラの行く手を塞ぐように、空中を漂っている。

 「なに、これ?」

 プリムラは持ち前の勘で、風船に警戒心を抱き、そのスピードを落とした。そこへローザが横に並ぶ。

 「どうしたの?プリムラ。」

 「なんか、変なのが浮いている。」

 「ただの風船じゃない。」

 ローザは警戒心なく、風船に近づく。

 「あ、ローザ。気を付けて。」

 「平気、平気。」

 そう言いながら近くにある風船に触れる。


 途端に閃光が煌めき、大音量とともに風船が爆発した。


 「キャア!」

 「ローザ!」


 爆煙がプリムラの視界を遮る。

 やがて、煙が晴れると、ローザが咳き込みながら浮いていた。

 その姿は、煤まみれだ。

 「いやあん、お気に入りの服が…」

 そう嘆いているそばから風船が二人の周りを取り囲んだ。

 「こんなので私たちを阻めるとでも思っているの?」

 「野郎!ただで済むと思うな。」

 ローザから怒りのオーラが溢れ出す。

 いつもと違うローザの様子に、プリムラは慌てる。

 「ちょっと、ローザ、落ち着いて。」

 宥めようとするプリムラの声も耳に入らず、発射された弾丸のように、ローザは猛スピードで飛び出していった。その勢いに浮いている風船がすべて爆発する。

 その閃光と爆音に邪魔されてプリムラは後を追うことができない。


 その爆発を地上で見ていたルミュエールは、少しホッとした顔をした。がしかし、その顔もすぐに凍り付いたように固まる。

 爆発の中からなにか猛スピードで飛び出してきたのだ。

 「まさか!?」

 「どうした?」

 リシャールが振り向く。

 その目に映るのは、猛スピードで飛んでくる少女の姿だ。

 「スピードをあげろ!」

 ルミュエールの叫びに押されて、リシャールは手綱を振るう。

 馬車のスピードが更に上がる。

 しかし、ローザの姿は徐々に大きくなるのだ。

 「もっと、スピードをあげろ!」

 「これ以上無理だ。」

 二人の顔に焦りが貼りつく。


 ローザの姿がはっきり見える位置まで迫られた。

 「バーミリオンサラマンダー(朱炎の精霊)!」

 詠唱とともにローザの右手が炎に包まれる。それはやがて大トカゲの姿となり、大きく開けた口から火球が連続して発射される。

 火球は馬車の近くに次々と着弾し、道を抉るように爆ぜる。

 「こらえろ。こらえろ。」

 リシャールがなんとか馬を宥めながら走らせる。

 「その道を右に行って!」

 ルミュエールの指示に従ってリシャールは馬車を右に曲げる。その直後に火球が馬車を掠めて、原っぱに着弾し、土草を巻き上げて爆発した。

 まっすぐ行けば馬車がバラバラになっていたところだ。

 「くそ!当たらないな。」

 悔しがるローザの頭がいきなり殴られた。

 「いた~い、だれ!」

 怒り満タンに振り返ると、目の前にはプリムラが睨んでいた。

 「ローザ、ストップ。」

 「プリムラ、なにするのよ!?」

 頭を抑えながら怒りをぶつける。それに対して、プリムラは静かな怒りの目でローザに顔を近づける。

 「ローザ、馬車ごと吹き飛ばす気?」

 「へ?」

 「あれにはアリスが乗っているのよ。わかってる?」

 やっとローザはプリムラの言わんとするところを理解した。

 「えへへ、ちょっとやりすぎたかな。」

 「ちょっとじゃあないでしょ。キレると見境ないんだから。」

 「じぶんだって…」

 「なんか、言った?」

 プリムラがまた睨む。

 「なんも言ってないよ。」

 素知らぬ顔をしているうちに、馬車は雑木林の中に入っていった。

 「ぐずぐずしないで、追うわよ。」

 「自分が止めたんじゃあない。」

 ぶつぶつ不平を言うローザを連れて、プリムラは馬車の入った雑木林へ向かった。


 雑木林の上空に差し掛かった時、林の反対側から馬車が飛び出した。

 「あっ、馬車があっちに逃げる。早く追わなきゃ。」

 「まって、ローザ。怪しいわね。」

 プリムラは真顔になって、雑木林を見つめた。

 「早くしないと逃げられちゃうわよ。プリムラ。」

 「あの馬車は空ね。この林の中で抜け出して隠れていると見た。」

 プリムラが自信ありげな笑みで、林の中に降りていく。ローザもそれに追従した。


 林の中に降り立った二人は周りを探索する。

 「ふふふ、やはり魔量(エネルギー)を感じる。」

 プリムラがほくそ笑みながら感じる方向に足を向ける。その目の先には積み重ねられている木材が見えた。

 「そこね。」

 プリムラが身構えた時、木材が吹き飛び、宙を舞った。

 「!」

 飛んで来た木材を躱しながら、その先にあるものを確認する。


 目の前にキメラが立っていた。


 獅子の頭と身体に鷲の翼、蛇の尻尾。

 凶悪な魔獣だ。


 「ちっ、考えすぎたか。」

 「プリムラ、外れたね。」

 ローザがそばでニヤニヤしている。

 「追うよ。ローザ。」

 「はいはーい。」

 ふたりが駆けだそうとした時、その前にキメラが立ちはだかった。

 プリムラが黒い翼を腕から出現させたとき、キメラの口から高温の炎が放出された。


 炎が二人を包み込む。

 同時に炎はプリムラの手の中に吸い込まれていった。

 二人には少しの焼け焦げもついていない。


 「邪魔!」

 そう叫ぶと同時に、黒い翼がキメラの首を両断した。

 黒い霧を放出させながらキメラは倒れ、その身を縮めると二つに割れた人形になった。


 「むこうにドールマスター(人形使い)がいるみたいね。」

 ローザがつぶやくと、

 「余計な詮索しないで、さっさといくよ。」

 そう言い残して、プリムラは林の出口へ駆けていった。

 「あん、待ってよ。プリムラ。」

 ローザもその後を追う。


 雑木林から抜け出した馬車は、御者台に誰も乗せてないまましばらく走り続けた。

 やがて、林からかなりの離れた所で、御者台の床が上がり、中からルミュエールが、続いてリシャールも出てきた。

 御者台に並んで座った二人はそろって大きく息を吐く。

 「なんとか騙せたか?」

 「多少の時間稼ぎにはなったかも。」

 ホッとしたのもつかの間、二人の背中に鋭い殺気が届く。

 後ろを振り向くと、例の二人が自分たちを追って、空を飛んでくる。

 「おいおい、あのキメラが足止めにならないの?」

 「死にたくなければ急げ。」

 「あと少しで隠れ家につく。そこまで追いつかれなければ。」

 馬車のスピードは増すが、プリムラとローザはどんどん近づいてくる。


 必死に逃走するルミュエールたちに、運は味方したようだ。

 目指す隠れ家が見えてきたのだ。

 野原にポツンと立つ古い屋敷。

 その門を潜り抜けると、馬車は玄関の前に急停車した。

 「早くして。」

 ルミュエールが急かす。

 リシャールが乗車席に横たわるアリスを掲げて、ともに屋敷の中に飛び込む。

 そこへ丁度、プリムラとローザが追いついた。


 「まて!」

 追いかけて屋敷に入ろうとした時、思いがけない方向から矢が飛んで来た。

 躱しながらその方向に顔を向けたプリムラの目に、かわいらしい天使の像が映った。それが弓を目一杯に引き絞っている。

 限界まで引かれた弓から指が離れる。

 石の矢がプリムラめがけて飛んで来た。

 「ブラックレザーウィング(漆黒の鋭翼)」

 プリムラの腕から黒い翼が伸び、飛んで来た矢を寸断した。

 天使の像が次の矢を番えようとする。

 その前にプリムラの翼が天使の像を真ん中から両断する。


 「プリムラ、像が動いている。」

 「時間稼ぎってわけ?」

 庭に置いてある像がゆっくりと動き始めている。

 剣闘士の像が石の剣を振り上げ、ふたりに襲い掛かる。

 別の方からはカーゴイルの像が三又槍を構えて、突進してきた。

 「うるさいわね。」

 プリムラが黒い翼を振るうと、剣闘士が三つに切断された。

 「ジャイアント・フィスト(巨人の拳)」

 ローザの巨大な拳がカーゴイルを粉々に砕いた。

 「さっさと行くわよ。」

 プリムラが屋敷に入ろうと足を向けた時、


 「プリムラ、あぶない!」

 「なに!?」

 

 屋敷から白い閃光が迸る。

 プリムラはダークシルク(闇夜の絹布)を咄嗟に開いた。


 大音響とともに屋敷が大爆発を起こす。


 爆炎が二人に襲い掛かり、粉塵が舞い、瓦礫が四方に飛散した。


 ダークシルクを被ったプリムラとローザは、粉塵が収まるのを待って、ゆっくりと立ち上がった。

 見れば屋敷は跡形もない。

 「自爆した?」

 「ええ、じゃあ、アリスは?」

 「一緒に吹っ飛んだ?」

 プリムラの真面目な顔に、ローザの顔が一瞬蒼ざめる。

 「んなわけないか。」

 一転、破顔するプリムラにローザの顔は蒼から紅くなった。

 「おどかさないでよ。」

 『お話し中悪いけど、いいかな?』

 と、そこへおれからの念話(テレフォン)

 「あ、旦那さま。」

 『アリスはどうなった?』

 「攫われたままです。誘拐した奴らにも逃げられました。」

 『……』

 「旦那様、どういたしましょう。」

 不安気に語るプリムラにおれは、しばし沈黙したあと、

 『とりあえず、そっちへいく。』

 そう言い残して、念話(テレフォン)を切った。

 「パパ、なんだって?」

 「こっちへくるって。」

 「そうか。」

 二人は瓦礫と化した屋敷を見守りながら、庭にあったベンチに腰かけた。


  しばらくして、アウローラに抱えられたおれは、二人の待つ屋敷跡にやってきた。

 「こりゃ、すごいな。」

 屋敷前に降り立ち、二人に迎えられたおれは、あらためて見た屋敷跡のすさまじさに驚愕の表情を見せた。

 「すみません。邪魔者に時間を喰って、取り押さえられませんでした。」

 恐縮そうにプリムラが身体を小さくして立っている。

 その横にローザも同じような状態で並んでいた。

 おれは、瓦礫を踏み越えながら屋敷跡を見て廻った。

 確かになにもかも吹き飛び、跡形もない。


 「プリムラはアリスを攫ったやつらは逃げたと思うのだな。」

 「はい。」

 プリムラは確信あり気に答えた。

 「どうしてそう思う訳?」

 アウローラが疑問を挟む。

 「まず、逃げたやつの死体がない。アリスの死体もない。」

 「ふむ、屋敷はバラバラだが、確かにそれらしき死体はなさそうだな。」

 プリムラの返答におれは確認するように辺りを見廻した。

 「それに爆発の寸前、転送陣特有の空間のゆがみを感じました。」

 「なるほど。」

 おれは瓦礫と化した屋敷跡のほぼ真ん中に立って、考え込んだ。


 そんなおれの横にアウローラが歩み寄った。

 「ティアラがいればどこに転送したか、わかりますのに。」

 「そうだな。」

 おれは生返事をしながらプリムラたちがいる庭のほうに足を向けた。その後にアウローラが黙ってついてくる。

 「これからどうしましょう?」

 後ろからついてくるアウローラがそう尋ねるが、おれは沈黙を続けた。

 その様子をプリムラもローザも黙って見つめる。

 「とにかくこうしていてもしょうがない。王都にもどろう。」

 おれの提案に皆が賛同し、森に停めてある馬車へと向かった。

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