3 離宮でドンパチ
次の日、宿屋から出立したおれたちは、一路アリスが捕らわれている離宮に向かった。
王都から離宮のある郊外には半日の行程である。
のどかな田舎道を進んだおれたちは、日が天上に上るころ離宮の外側に到着した。
森に囲まれた宮殿が目の前にある。
森の中から見る限り、警備の兵は見当たらない。せいぜい、衛兵が数人、門や宮殿の前に立っているだけだ。無警戒もはなはなだしい。
「なんかすぐにでも入れそうだけど。」
「この無警戒がかえって怪しい。」
アウローラとプリムラが難しい顔をして相談しているそばで、ローザが退屈そうにあくびをしている。
「まずは作戦通りシャドウを潜入させるよ。」
「わかった。」
おれも無言で頷く。
「シャドウ、中に入ってアリスの居所を探ってきなさい。」
プリムラが自分の影に語りかける。すると、影がわずかに揺れたあと、地面を滑るように宮殿に向かって駆けていった。
「さて、しばらくここで待ってましょう。」
「ローザ、休憩室でも作ってくれないか?」
おれが言うと、ローザは軽く伸びをし、ポシェットから真四角の積木のようなものを取り出し、それを木に向かって投げつけた。
木に当たった積木は、小さく弾け、その後に唐草模様の扉が幹に出来上がる。
「パパ、できたよ。」
「プリムラ、アウローラ、ここで待ってよう。」
二人に声をかけた後、おれは幹にできた扉を開けて中に入った。続いてローザ、アウローラ、プリムラと続いた。
中はいつものごとく豪奢なリビングだ。
中央にしつらいてあるソファにおのおのが座り、あるいは寝転ぶ。
シャドウが戻るまでとりあえずここで休息だ。
プリムラは気を利かせてお茶とお菓子の用意をする。長丁場になりそうなので、ここはじっくり腰を落ち着けて事にあたろう。
おれたちが離宮の外側に到着する少し前、ある者が離宮へ入っていった。
アリスを連れてきたリシャールである。
実はリシャールはアリスを一目見た時から、その美しさに惹かれていた。
女は自分の欲望や快楽を満たす道具、玩具としか考えていなかったリシャールには、アリスはその美しさもさることながら、カジノでひりつく様な勝負のできる好敵手であり、自分の心を惹きつけるはじめての女性であった。
ゆえにそのアリスを自分のものにしたいという欲望は、日増しに募り、リリアナの目を盗んでは、アリスの寝所に出向いて、その身体を自分のものにしようとしていたが、目に見えぬ結界があるのか、はたまた自分の臆病さゆえか、アリスに指一本触れることができず、いつもただ眺めているだけであった。
今日も同じようにアリスに会いに離宮にやってきた。
丁度、サリー王女が帰国し、その謁見のため王宮に出かけ、離宮にリリアナはいない。
チャンスであった。
今日こそアリスを自分のものにする。
そう固く決心して離宮の、アリスの眠る寝所に赴いたリシャール。
いつのもベットには、いつのものように美しいアリスが静かに眠っていた。
相変わらずの香しい匂いが彼女の周りにほのかに漂う。
それを嗅ぐだけでリシャールは満足しそうになる。
しかし、それを振り払い、ベットの傍らに立つと、眠るアリスの顔に自分の顔をゆっくりと近づける。
自分の唇とアリスの唇が触れそうになる距離まで近づいた。
「それ以上はまずいんじゃあない?」
突如の声にリシャールの心臓が止まりそうになる。
急いで声の方に振り向くと、寝所の入り口の近くに男が立っていた。
道化師のような格好をした背の高い男だ。
「だれだ⁉」
誰何しながら懐からカードを取り出す。
「ストップ。争うつもりはないわ。」
道化師の男はゆっくりと近づいてくる。リシャールの警戒心は解けるどころか、ますます高まる。
「それを信じろと。勝手に侵入してきたくせに。」
「リリアナに黙って、その女にちょっかい出そうとしているやつに言われたくないわ。」
嘲笑ともとれる笑みを浮かべながら、道化師は両手を上げた。
「貴様、何者だ?」
相手の正体も目的も分からないが、とりあえず敵意はないとわかってリシャールは、カードを懐にしまった。
「私の名はルミュエール。アルカイトス様の使いよ。」
「アルカイトス様の?そんなやつがどうしてこの離宮に来たんだ。いま、リリアナ様は不在だぞ。」
「そんなことわかっているわ。そこの女を連れに来たのよ。」
「なんだと?」
リシャールの目に敵意が点る。
「争うつもりはないと言っているでしょう。穏便にいかない?」
「アリスを連れていこうとするやつを信じろと。」
「へえ、アリスというんだ。その女。」
ルミュエールが珍しそうにベットを覗き込む。思わず、リシャールがその前に立ち塞がった。
「ちょっとは見せてくれてもいいじゃあない。」
不満そうな顔を見せるルミュエールに、リシャールは敵意を向けたまま歩み寄った。
「なぜ、アリスを連れていくんだ。」
「もうすぐ、その女を取り戻そうとする連中が来るからよ。」
「なに!?」
リシャールが辺りを見廻した。
「何も感じないぞ。」
「まだ、到着してないから感じないわよ。ただ、あまり時間はないわね。」
リシャールの脳裏に自分たちを追ってきた女の姿が浮かんだ。
(あんなのに襲われたら太刀打ちできんぞ。)
思わず爪を噛む。
「さて、どうする?」
ルミュエールが尋ねるが、その様子はあきらかに面白がっている。
「くそ、このまま逃げるしかないか。」
「そこで提案。」
「なんだ?」
リシャールの怪訝そうな顔を笑顔で眺めながらルミュエールの口が開いた。
「あのアリスとかいう女を連れて、アルカイトス様のところへ行くってのはどう?」
「なに!? 」
思いがけない提案にリシャールは目を見開いた。
「驚くことないじゃない。アルカイトス様とリリアナ様は共闘を結んだんでしょ。」
意味ありげに語るルミュエールに、リシャールは思わず後ずさりする。
「それとアリスを連れていくのとどんな関係がある。」
「ありじゃない。この女を取り戻そうとする輩から守るために一時、アルカイトス様のところに避難する。十分、共闘の範囲に入るんじゃない。」
「しかし、リリアナ様の許可を受けないと。」
「それはいいけど、あまり時間はないと思うけど。」
ルミュエールはリシャールの不安を煽るように言葉を重ね、リシャールはそれによって視野がどんどん狭くなっていく。
「わかった。しかし、逃げ道はあるんだろうな。」
「大丈夫。ただ、逃げるにしても何もしないと相手に悟られる。ここは陽動を取らないとね。」
「陽動?」
「そ、すこしこの辺が騒々しくなるけどね。」
「?」
ルミュエールの笑みに、リシャールの背中を悪寒が走る。
そんなやり取りがおれたちの到着前に行われていたことなど露知らず、おれたちは偵察に出したシャドウの連絡を待った。
プリムラのお茶を飲み干し、二杯目を飲もうかと思っていた時、シャドウから連絡が入った。
「どう、見つかった?」
「ハイ、プリムラ様。オ探シノ女性ヲ見ツケマシタ。」
「それで、どこにいるの?」
「建物ノ南ガワ、一番オクマッタ寝室デス。」
「警備兵の数は?」
「20人ホド、三ツノ出入口ニ2人ヅツ、計6人。残リハ建物内ヲ巡回シテマス。」
「そう、ありがとう。私たちが行くまでそこで見張ってて。怪しい動きがあったら知らせて。」
そう言い置くと、プリムラは念話を切った。
「聞いた通りよ。どうする?」
「おれとアウローラが隠れ身魔法を使って北側から潜入する。プリムラとローザは東と西の出入口を抑えておいてくれ。」
「わかりました。」
「わかり~」
「よし、アウローラ、いくぞ。」
おれたちは休憩室から外へ出ると、離宮に向かって駆けた。
シャドウの報告通り、北側の門の前に衛兵が二人立っている。
見た所、普通の人間の衛兵だ。
おれとアウローラは隠れ身魔法を使い、姿を消すと、足音に気をつけながら門にゆっくり近づいた。
あくびをしている門番を後ろから殴りつけ、気絶させると、門の内側に引き釣り込んで捨て置き、すぐに建物の中に忍び込んだ。
中は豪華絢爛の造りではあるが、水の底のような静けさだ。
ピカピカに磨かれた廊下を慎重に進むと、廊下の角から巡回の衛兵が現れる。すぐに壁に密着してやり過ごし、南側のフロアに向かって進んでいく。
「プリムラ、東側は大丈夫か?」
『はい、旦那様、東側は確保しました。』
「ローザ、西側は?」
『大丈夫だよ、パパ。』
二人に念話を入れると、すぐさま返事が返ってくる。
脱出口は確保できたようだ。
「アウローラ、このまままっすぐ、アリスのところへ行くぞ。」
「はい、ご主人様」
おれの後ろでアウローラが頷くと、おれたちは幽霊のように静かに前に進んだ。
廊下には全身甲冑の置物がいたるところに置いてあり、この離宮の絢爛さとそぐわない光景を見せている。しかし、そんなことを気にもせず、おれたちは目的地に向かった。
南側の奥まったフロア。そこに辿り着くと、おれの影になにかが忍び込んだ。
「シャドウか?」
「ハイ、目的ノ寝所ハ、コノ先デス。」
「よし、わかった。」
シャドウの案内でおれたちはアリスがいるであろう寝所の前に辿り着いた。
「ここか?」
「ハイ、ソウデス。」
シャドウの返事に頷くと、おれは慎重にドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。
中は、陽光をたっぷり吸い込んだ豪華な寝室。
中央の天蓋付きベットは貴族でもそうそう置いてないくらいの逸品だ。
そんな部屋を見渡していると、横からアウローラが覗き込んだ。
「待ち伏せはいないようですね。」
そう言って、おれの横をすり抜け、部屋に入っていった。
おれもその後に続く。
足音に気をつけながらベットに歩み寄ると、薄いベットカーテンの奥に女性が横たわっている。
そっとカーテンをめくると、そこにはアリスが眠っていた。
「?」
確かにアリスなのだが、なにか違和感を感じる。
それはアウローラも同じようだ。
なんだろうと思いながら、アリスの肩にそっと手をかけた時、アリスの目がいきなり開いた。
「!」
その形相はいつのもアリスのものとは全く異なり、怪しく輝く瞳をおれに向けている。
「違う!」
即座に看破したおれは、アリスから離れようとしたが、その両腕がおれの二の腕をしっかり掴まえて離さない。
抵抗する間もなく、アリスの口が大きく、顔が二つに裂けるほどに開き、その奥に並ぶ牙でおれの首を噛み裂こうとした。
「こいつ!」
ベットの反対側に廻っていたアウローラの手が、アリスの首を掴むや否や、すさまじい力で後ろへ引き倒し、そのまま肩越しに放り投げた。
宙で一回転したアリスは、壁にもろに激突し、その衝撃で壁は陥没し、八方に蜘蛛の巣のように亀裂が走った。
「罠か!?」
いつの間にかシャドウの姿がない。
「プリムラ、アリスがまた拉致された。まだ、遠くに行ってないはずだ。探してくれ!」
『畏まりました。』
「動きます。」
おれの前に立ったアウローラの目が鋭くなる。
その先には、壁にめり込んでいた偽アリスが壁から抜け出し、四つん這いで床に立っている。
警戒心たっぷりの目でおれたちを睨んでいた偽アリスは、人形のような動きでいきなり壁をよじ登り始めた。
「なんだ?」
その行動が予測できないおれを尻目に、偽アリスのお尻から白い糸が四方八方に吐き出され始める。糸は部屋中を縦横無尽に走り、やがて部屋の中を蜘蛛の巣のようにしてしまった。
「うかつに動くと絡めとられるという訳ね。」
アウローラが冷静に観察している。
「アウローラ、アリスが気になる。ここは手早く片付けて、プリムラの後を追おう。」
「了解しました。ご主人様。」
おれの命令にアウローラは頷きながら、偽アリスを注視した。
偽アリスは張り巡らされた糸に手足をかけ、器用に伝い歩き、こちらに近づいてくる。
アウローラが警戒するように身構えた時、偽アリスの口から白い糸が吐き出され、それがアウローラの腕に絡まった。続けざまに糸が吐き出され、それが次々とアウローラの手足に絡まっていく。
身動きが取れなくなったアウローラに偽アリスの牙が迫る。
「アウローラ!」
思わず叫ぶおれ。
しかし、アウローラは慌ててない。
逆に不敵な笑みを浮かべている。
偽アリスの牙がアウローラの首筋に届く。
だが、不思議なことにアウローラの首筋は噛み裂かれることもなく、血の一滴も流れない。
偽アリスの顔に困惑の色が広がる。
「いつまで縋りついているの。」
アウローラの足が糸を引き千切りながら振り上がり、偽アリスの腹を思いっきり蹴った。
「グボッ!!」
短い悲鳴とともに偽アリスの身体が上に吹き飛び、天井に突き刺さった。
間をおいて、突き刺さった身体が破片とともに落下してくる。
それを見計らって、アウローラの右拳が糸を引き千切りながら偽アリスの顔面にヒットした。
今度は悲鳴もあげず、顔を妙な形に歪めながら偽アリスは、寝所の南側を占める窓ガラスを突き破って、離宮を囲む森の方へ飛んでいった。
「もう、いやね。この糸。」
偽アリスの急襲を力で退けたアウローラは、絡む糸を剥がそうと悪戦苦闘している。それを見て、おれもアウローラに絡まる糸を剥がすのを手伝ってやる。
「よし、プリムラがアリスを追っているはずだから、その後を追うぞ。」
「はい、ご主人様。」
なんか、アウローラがうれしそうだ。
デートかなんかと勘違いしてないか?
そう思いながら部屋から出たおれたちは、プリムラを追うべく、離宮の外へ出ようと廊下を駆けた。
そこへ、丁度、離宮の衛兵と出くわしてしまった。
「だれだ!おまえたちは。」
衛兵が腰の剣に手をかける。
その刹那、アウローラの拳が衛兵の鳩尾に喰い込む。
「ぐっ」
剣を抜く間もなく、衛兵は無様に倒れる。
「ご主人様、急ぎましょう。」
「ああ」
倒れた衛兵を飛び越え、おれたちは出口へと急ぐ。
「まて!」
後ろから別の衛兵が二人、追いかけてくる。
追いつかれないようスピードを上げる俺たちの前に、いきなり何かが立ちはだかった。
ロングソードの鈍い光がアウローラの頭上に煌めく。
「!?」
突然の攻撃にも関わらず、アウローラは冷静にそれを躱した。
「もう追いついたのか?」
そう思い、よくよく見れば、おれたちの前に立ちはだかっているのは、廊下に飾られていた全身甲冑。
しかも、気が付けば他の甲冑も動き出し、おれたちの元に集まってくる。
「新手か?」
おれたちが甲冑に囲まれた時、追手の衛兵が追いついた。
「もう逃げられん…、なんだ、こいつらは?」
衛兵たちも動いている甲冑に驚いている。
立ち竦んでいる衛兵に対し、甲冑のひとつがロングソードを振り下ろした。
肩口から斜めに切られた衛兵は、鮮血を撒き散らして廊下に倒れた。
それを見たもうひとりが、恐怖で逃げ出そうとしたとき、別の甲冑が持つハルバードが衛兵の背中を刺し貫いた。
鮮血が更に廊下を彩る。
「味方じゃあないの?」
「自分たち以外は皆、排除対象ってことか?」
廊下に倒れた衛兵たちを見て、感想を述べるおれたちに甲冑は更ににじり寄る。
「ご主人様、すこし暴れますので、下がっててください。」
「加減しろよ。」
そう言っておいて無駄だろうなと思いながら、おれは壁際に下がる。
おれたちを取り囲んでいた甲冑たちが、一斉に襲い掛かった。
アウローラはそれらをあしらうように躱し、避け、移動する。その合間に拳や足を甲冑たちに叩きつける。
攻撃を受けた甲冑たちは、一旦吹き飛び、バラバラになるが、すぐに元通りになり、攻撃を仕掛けてくる。
まさしく、不死身だ。
「きりがないわね。」
そう言うとアウローラは別空間の箱から一本の剣を取り出した。
曲刀の一種だが、禍々しいオーラを放っている。
「アウローラ、それを使うのか?」
「ご主人様、心配いりません。ちゃちゃっと片付けますから。」
そうかわいく笑うアウローラに、甲冑の一体がロングソードを振り下ろした。
それを曲刀で弾き返し、返す刀で首を切り離す。
甲冑から黒い煙のようなものが噴き出し、それが曲刀に吸い取られた。
倒れた甲冑は、そのまま動かなくなる。
「さあ、どんどん来なさい。」
甲冑たちは逡巡することなく、次々と襲い掛かる。
アウローラはそれを寄るそばから斬り倒し、蹴り飛ばし、殴り倒す。
そのたびに甲冑から黒い煙がアウローラの曲刀に吸い取られていく。
甲冑たちの攻撃はアウローラにかすりもせず、廊下は無残な瓦礫とバラバラになった甲冑の山を築いていった。
やがて、襲い掛かってきた甲冑をすべて倒したアウローラは、満足気な顔をして、曲刀を別空間の箱にしまった。
「ご主人様、お待ちどうさまでした。」
「あまり時間はかからなかったな。さあ、アリスを追うぞ。」
「はい、ご主人様。」
満面の笑顔で答えるアウローラを連れて、おれは離宮を飛び出した。




