1 はじまりのはじまり
それは偶然の発見だった。
負け戦から北の地に逃れ、吹雪の中、生死をさまよっていた青年は、運よく地面の亀裂を見つけ、避難のつもりでそこへ入り込んだ。そして、寒さから逃れるように奥へと進んだ時、目の前に広がる空洞、その空間一杯に未知の魔量が広がっているのを見つけたのだ。
「これは…」
青年は絶句した。
あまりに膨大な魔量が何もない空間から滲み出ているのだから。
「こんなことが…」
蒼い目の先で溢れ出る魔量に触れると、自身の力が増大していくのを感じた。
「すばらしい。すばらしいぞ!」
青年の心は歓喜に溢れかえった。
しかし、すぐにその危険性にも気づいた。
いまのままでは、この溢れる魔量に自分の身体がついていけず、自己崩壊を起こすことを悟ったのだ。
「これは天啓だ。わたしにこれを使って、大いなることを成し遂げよという神託だ。いや、悪魔の誘いか?どちらでもいい。これを利用すれば、それらをも超える存在になれる。」
青年に野望と言うには、あまりに巨大な望みが芽生えた。
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アルカイトスは微睡みから目覚めた。
「夢を見ていたようだな。」
ソファに横たえた身体を起こすと、アルカイトスはいつもの自分の部屋を見るとはなく見る。
何も変わらない空間が広がっている。
煌々と燃え上がる暖炉の火、整然と並んだ書棚、塵一つない床に絨毯、そして、紫水晶のテーブル。その上には赤い色の液体の入ったグラスがひとつ。
それを見て、オレンジ色の灯りに照らされたアルカイトスの目が笑う。
「久方ぶりのワインに酔ったか?」
自嘲か歓喜か知れぬ笑いのあと、アルカイトスの脳裏に先だっての邂逅が思い出される。
リンデールの離宮で見た眠り姫。
妖艶ながらどこか清楚さも持ち合わせてる女性だった。
しかも、相当の魔力を有している。
眠っているにもかかわらずだ。
「おれにとっての恩恵か?それとも災厄か?」
思わず独り言が漏れる。興奮と合わせて。
いいしれぬ興奮をおさえようと、アルカイトスはグラスをとり、ワインを口に運ぶ。
残りのワインを飲み干すと、グラスをテーブルに置き、おもむろに手を叩いた。
ドアが開き、老執事が姿を現す。
「お呼びですか?アルカイトス様」
「ルミュエールを呼んでくれ。」
「畏まりました。」
執事は頭をさげたまま、後ろ歩きで部屋を退出した。
それを見送って、アルカイトスは懐から黒い結晶をふたつ取り出した。
ひとつは魔王バキュラであり、いまひとつは魔王ジンのものだ。
それをテーブルに置いて、しばらく見つめる。
唐突にドアがノックされる。
「入れ。」
アルカイトスの命にドアが開き、さきほどの老執事ともうひとり、道化師のような扮装をした男が入ってきた。
「お呼びですか?アルカイトス様」
「ルミュエール、リンデール王国に行ってくれないか?」
「リンデール王国?」
ルミュエールが怪訝な顔をした。
「密かにリンデール王国内に転送陣を設置してくれ。」
「転送陣を?ひとつですか?」
「いや、複数だ。そう、二・三十箇所ほどだな。」
アルカイトスは氷のような無表情で、驚くルミュエールを見上げる。
「それは少々手間がかかりますね。」
「なに、一回きり使えればいい。」
「一回きり」
その言葉にルミュエールはなにかの思惑を感じ取った。しかし、それについて深く追及はしない。してもアルカイトスがすんなり腹の内を見せないとわかっているからだ。
「それだけですか?」
「あと、人ひとり攫ってきてくれ。」
「人を…?」
ルミュエールは、更に困惑した。
「そばによれ。」
アルカイトスが指で招くと、ルミュエールはアルカイトスのそばに歩み寄る。そばに寄ったルミュエールにアルカイトスは小さく囁く。
それはそばにいる執事にも聞こえない小ささだ。
「承知しました。」
ルミュエールは深々と頭を下げると、後ろ歩きで部屋から出ていった。
執事は部屋に残り、アルカイトスの次の指示を待つ。
「新しいワインを持ってきてくれ。」
「畏まりました。」
アルカイトスの命に執事は足音も立てずに部屋から出ていく。
「いよいよはじめるか。」
アルカイトスは空のグラスを覗き込みながら、これからのことに思いを巡らせる。
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大陸の中央部に位置する聖教会領。
その領内のさらに中央に位置する大聖堂の更に奥。
聖教会の中でも最高位のものしか入室を許されない部屋がある。
広さとしてはさほど大きくない。十二畳ほどの六角形の部屋だ。
天井も床も壁もすべて木製。天井から吊るされるランプひとつだけが灯りだ。
そのランプの下にやはり六角形のテーブルがあり、その三つの辺にそれぞれ一人ずつ、計三人の男が座っている。
聖教会において最高位に位置する三人の天使長だ。
三人はかれこれ半日近く課題を処理するため話し合っている。
「では、次の議題だ。」
灰色の長髪の男 地の位であるセフィーヌが仕切るように口を開いた。
「例年の聖地巡礼の件だな。」
隣に位置する顔半分を白い髭で覆われた男 人の位であるフラーナが言葉を続ける。
「いつも通りでよかろう。」
セフィーヌがそれに答える。
「ただ、少し懸念がある。」
「懸念?」
フラーナの発言にセフィーヌが眉毛を少し上げた。
「リンデールとバルトシュタインのことだ。」
その国名にセフィーヌが少しため息を漏らす。
「こまったものだな。同じ聖教会の信徒でありながら争うとは。」
「争いは人間の性ゆえに仕方がない面もあるが。」
「しかし、見過ごす訳にもいくまい?」
「われらが仲介に入るか?」
「よせよせ。所詮、人間の争い事。われらが関与する言われはない。」
セフィーヌが冷たく言い放つ。
「それもそうだが…」
「なら、この機会に両国をわれらの支配下に治めるというのは?」
そこで髪の青い、二人に比べればかなり歳若く見える男が初めて発言した。
「どういう意味だ。サラファン。」
天の位に位置するサラファンにふたりが注目する。
「言葉通りだ。愚かな争いをする両国を潰し、聖地を含めたあの一帯を完全に聖教会の領とする。」
「これは思い切ったことを言うな。」
フラーナが苦笑する。
「しかし、言うは易いが行うは難いぞ。」
セフィーヌが続ける。
「なに、争いを焚きつけるだけでよい。戦争状態になったところで聖地保護の名目のもと、我らが乗り出せばよい。」
「なるほど。この機会をうまく利用するという訳か?」
「それで、そのきっかけをどう作る?」
フラーナがサラファンの顔を見つめながら問いただす。
「今回の聖地巡礼などよいきっかけとなろう。」
「聖地巡礼が?」
「リンデールのシルヴァーナなる王妃がいろいろと動いているようだな。」
「あの篭絡好きの魔女か…」
フラーナが嘲笑を浮かべる。
「そういえば、先だってイースドアでひと騒動起きたようだが。」
「アイザック皇子とサリー王女への襲撃の件か?」
セフィーヌとフラーナは面白がっている。
「リリアナが後ろで糸を引いているという噂がある。」
「おまえの推察だろう。サラファン。」
セフィーヌの問いにサラファンは笑みを浮かべるだけだ。
「ともかく、リリアナいやシルヴァーナが動いている以上、それを利用してわれらも動くということだ。」
サラファンの狡猾な物言いに、ふたりは同じような表情で頷く。
「よかろう。その件はサラファン、おまえにまかせる。」
「私もだ。」
「わかった。うまく動くとしよう。」
「では、聖地巡礼は例年通り執り行う。」
「今日の会合はこれにてだな。」
そう言って、セフィーヌが立ち上がる。フラーナもそれに続く。
サラファンが議事録をまとめていると、その背中にセフィーヌが声をかけた。
「そういえば、魔王がふたり、滅したようだな。」
「そのようですね。」
興味なさげにサラファンは立ち上がる。
「それは私も聞いた。二人の魔王が立て続けに滅したようだが。」
「そんな強者がいたのか?」
「どうせ、魔王同士の潰しあいでしょう。」
サラファンは立ち話をする二人の横をすり抜けるように出口に向かった。
「まあ、そうだろうな。魔王を二人も葬る強者が突然現れたとは思えん。」
「だな、勇者はいまだ旅の途中。聖女は【悟りの塔】で修業中だ。」
「だれがやろうとも、魔王が滅するのは世界にとって僥倖だ。」
そう言うと、サラファンは扉を開け、外に出た。
自分のからっぽやみな性格でずいぶんと間があきましたが、ようやくエピソード4を始められます。
このエピソードでひとまず完結となりますので、さらにがんばって書きたいと思います。
みなさんが興味をいだいて、おもしろいと思っていただけるようにがんばりますので、たくさんの応援、評価、PVをいただけるととてもうれしいです。
最後までお付き合いよろしくお願いします。




