15 アリス奪還作戦
言葉に窮するローザに、ドミナは顔を近づける。
「見かけない顔ね。もう一度聞くわ。ここでなにをしているの?」
「え、お花、きれいだな~って」
幼女の振りをしてごまかそうとするが、ドミナには通じないようだ。
「ふぅ~ん、お花ね。……ちょっとお話ししましょうか?」
というな否や、ドミナはローザの腕を掴んだ。
(まずい)
咄嗟にローザはドミナの手を払うと、隠れ身魔法を唱えた。
ドミナの目の前からローザの姿が消える。
姿を追って辺りを見間回すドミナを置いて、ローザは脇をすり抜け、昇降機の方へと駆けていく。
「逃がさないよ!シャドウ・カーズ(真影の呪縛)」
ドミナの足元から影がスルスルと伸び、廊下一面を覆った。
それは駆けるローザの足を、まるで泥沼に落ちたように絡め、ローザの動きを封じてしまった。その途端、ローザの姿が露わになる。
「なにこれ!?」
「もう逃げられないよ。」
ドミナの口元に初めて残忍な笑みが浮かんだ。
「動けない。」
「フフフ、シャドウ・カーズは一度捕えた獲物は、離さない。」
影はローザの下半身を覆い、まったく身動きができなくなった。それを眺めながらドミナは、影の上を歩いてローザに近づいていく。
「お嬢ちゃん、何者なのか、何のためにここへ来たのか?話してもらうわよ。」
舌なめずりをしながらローザの首元に狙いをつけ、口を少しづつ開けていく。
その中に異様に長い犬歯が見える。
「あなた、ヴァンバイア?」
「あんな低俗な輩といっしょにしないで。私は崇高なノスフェラトゥなのよ。」
「似たようなものじゃあない。」
囚われの身ながらローザは、憎まれ口をたたく。それに対して、余裕を見せて受け答えするドミナ。
それが隙を作った。
ローザが後ろ手で人形を取り出したのに、気が付いていない。
「嬢ちゃんの血の味はどんなのかしら?」
ローザの喉元に牙が迫る。
「エンジェルズ・ラダー(天使の梯子)」
ローザの手から離れた天使人形が天井に向かって登っていく。やがて、天井に触れた瞬間、人形は淡く光る雲となり、その雲から光線が幾重にも重なって床に振り注いだ。
「うっ、これは…!?」
ドミナが光を避けるように腕をかざす。
床一面に広がった影は、光りが差すと霧散していき、その下から普通の床が姿を現した。
ローザを虜にしていた影も光に照らされ、消えて無くなっていく。
「今度はこっちの番よ。ベアズ・グラディエーター(熊の闘士)」
そう唱えたローザの上着のポケットから、熊のぬいぐるみが絞り出るように出現した。
そのぬいぐるみが、ドミナに向かって、持っていたブロードソードを振り上げた。
驚くドミナの頭を叩き割らんと、それが上から振り下ろされる。
「くそっ!」
ドミナの右手から黒い霧が噴き出し、それが一本の剣に変化した。
即座に振り上げた黒い剣とブロードソードが中空でかち合う。
鋭い金属音とともに双方が分かれた。
すぐさま、熊のぬいぐるみが攻撃を仕掛ける。
それを受け流しながらドミナの黒い剣がぬいぐるみを切り裂いた。
綿が飛び散るが、かまわず切り続ける。
ずたずたに切り裂かれたぬいぐるみは、物言わぬ人形に戻り、床に倒れた。
「次はおまえ…」
ドミナがローザに視線を飛ばそうとしたが、目の前に本人がいない。
見れば、廊下の先を逃げているローザがいた。
「逃がさないわよ!」
邪悪な面相となったドミナは、空中を滑るように飛び、ローザを追いかけた。
「クイーンズ・ギロチン(女王の断頭台)」
ドミナの口から発せられた刹那、床の影が一枚の反物のごとく伸び、駆けるローザの首を後ろからきれいに切断した。
切られたローザの首が床を転がる。
「私から逃げられないといったでしょ。」
首と身体が離れ離れになったローザを見下ろしながら、ドミナは満足気な表情を浮かべた。
「正体を知ることはできなかったけど、それも仕方ないか。」
そう言いながらドミナがローザの首を拾い上げたときだった。
拾い上げた首が目を開け、ニヤリと笑った。
驚いたドミナが、思わず首を放り投げる。
床を転がり、そのまま直立したローザの首から哄笑が響いた。
「残念だったね。」
ローザの首のない身体が起き上がり、ドミナに向かっていきなり回し蹴りを放った。
いきなりの攻撃に対処が追いつかず、ドミナはまともに回し蹴りを喰らってしまう。その衝撃は強力で、ドミナの身体が浮き、廊下の反対側、花瓶の置いてある壁側まで吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた身体が花瓶に当たり、サイドテーブルと花瓶はその衝撃でバラバラに壊れてしまった。
「ああ、秘密の部屋の鍵が……」
ローザの悲鳴とともに、その姿が突如として現れる。
首と身体が分離したローザと五体満足なローザが二人出現した形だ。
「てめえ、人形を身代わりに。」
正体を知ったドミナが怒りを露わにする。
「しょうがない。あんたに聞くしかないようね。」
「寝言はベットの中で言え!」
起き上がり様、ドミナの身体が宙に浮かび、両手から黒い剣を出現させると、左右からローザを切り裂こうとした。しかし、その前に首無しローザが立ちはだかり、左右からの剣を両腕で受け止める。
「なに!?」
「いけ!バーサーカー(好戦人形)」
剣を弾き返した人形は、ドミナに向かって拳を振り回した。
それは格闘家の所作そのものであった。
十本の腕が生えたように繰り出される拳撃を、ドミナは二本の剣でさばいていく。
「手数があればいいってもんじゃあないのよ!」
人形の拳撃を弾いた刹那、ドミナの剣が人形の両腕を切り落とした。その返す刀で胴体を三等分する。
「!」
「次はおまえだ!」
二本の黒い剣がローザに迫る。
それを切っ先すれすれで躱す。
「ちょこまかと」
思ったより手ごわいと感じたドミナは、一旦、距離を取る。
それを見てローザは、怪訝な顔をした。
「ブラッディ・アロー(鮮血の矢雨)」
ドミナの指先から紅い液体が溢れ出た途端、それは大量の真っ赤な矢となり、雨のごとくローザに向かって放たれた。
さしものローザもこの大量の矢はさばききれない。
「シールド・オブ・タイタン(巨人の盾)」
ローザのポケットから巨人の人形が飛び出し、ローザの前で大きな盾を構えた。
そこへ、真っ赤な矢が次々と飛来した。
盾が飛来する矢をすべて防ぐ。
それを見たドミナは、更に矢を増やし、ローザに向かって放った。と同時に、その矢といっしょにローザに向かって飛翔した。
盾を持つ巨人は、矢を防ぐのに精一杯に見える。
「クイーンズ・ギロチン(女王の断頭台)」
ドミナの影が一枚の反物のように伸び、巨人を盾ごと縦一文字に切断した。
左右に分かれて倒れる巨人の先にローザが………いない。
「どこだ!?」
ドミナがあちこちを探し回る。
「ここだよ。」
上からの声に顔を上げる。
天井付近に天使の人形に抱えられたローザが浮いている。
「バーミリオン・サラマンダー(朱炎の精霊)」
ローザの袖口が炎に包まれたと思うと、それが生き物のようにドミナへと向かった。
「ダーク・シルク(闇夜の絹布)」
ドミナの身体を黒い布が覆う。
朱色の炎がそれを包み込む。
炎はすぐに消えず、まとわりつくように燃え続けた。
「熱い!」
完全に防ぎきれなかったのか、ドミナは炎の熱さに耐え切れず、廊下を転がりながら逃げた。
「逃がさないよ。」
ローザがその後を追う。
「ブラッディ・アロー(鮮血の矢雨)」
再び赤い矢が雨のように放たれる。
「バーミリオン・サラマンダー(朱炎の精霊)」
朱い炎が大トカゲの姿となり、巨大な口を開けて赤い矢を次々と飲み込んでいった。
その隙にドミナは、壊れた花瓶の前まで駆け寄り、詠唱を唱えた。
「魔王リリアナの名のもとに、開け、秘密の鍵!」
壊れた花瓶が宙に浮かび、それを囲むように魔法陣が浮かぶ。
次の瞬間、黒い楕円形に形が変わった。
その楕円形の中にドミナが逃げ込む。
それを見たローザは、糸巻をドミナに向かって投げつけた。
糸巻はドミナの腕に絡み、一本の細い糸を残して、ドミナは黒い楕円形の中に消えていった。
やがて楕円形も消え、後には壊れた花瓶だけが残る。
その前に立ったローザの右手には、一本の糸が握られていた。
「転移魔法」
ローザの姿が一瞬で消えた。
転移したローザの目に映ったのは、高価な調度品や家具が揃う、かなり大きな部屋。
先ほどまでリリアナがいた執務室だ。
「へえ、ここが秘密の部屋か。」
ローザが物珍しそうに見渡すと、床のうえに先ほどドミナに投げた糸巻が落ちていた。
それを拾い上げて、ポケット入れると、辺りを見渡した。
ドミナの影も形も見えないばかりか、人の気配もない。
「秘密の部屋ならアリスがいるはずだけど。」
そう思った時、香しい匂いが微かに漂っていることに気付いた。
しかも、覚えのある匂いだ。
「アリスのだ。」
すぐに確信したローザは、匂いをたどって歩き始めた。
リリアナの執務室を出て、魔法の灯が点る燭台が並ぶ廊下をアリスの匂いを頼りに進むローザは、やがてひとつの扉の前に立った。
「ここから匂う。」
そっと扉を開けると、中は薄暗い。
部屋の傍らにあるシェードランプのみの灯りを頼りに、ローザは部屋の中をざっと見回す。
中央にある天蓋付きベットがすぐに目についた。
急いでそこへ駆け寄ると、ベットのうえにアリスが眠っている。
「見つけた。」
ローザは、ティアラに報告するため念話をかけた。
すぐにティアラが出る。
「ローザ、どうしたの?」
「ティアラ、アリスを見つけた。」
「アリスを?どこにいるの?」
ティアラの声が珍しく興奮している。
「最上階の更に上にある秘密の部屋。壊れた花瓶のところに私の糸巻の糸が落ちてるから、それをたどって転移してきて。」
「わかった。すぐ行く。マスターにも知らせるわ。」
「お願い。」
念話は唐突に切れた。
「さて、アリス、アリス、起きて。」
ローザが軽くアリスの頬を叩く。しかし、アリスは目覚めない。
「なにかの魔法をかけられているのかな?アリスらしくない。」
目覚めないアリスを前に、思案するローザの足元に近づく影があった。
ローザはそれに気付いていない。
影がいきなり立ち上がり、ローザを羽交い絞めにすると、その首元に噛みついた。
「あ!」
ローザが小さな悲鳴とともに、肘打ちを影の腹部に喰らわせる。
「ぐっ」
その衝撃に影がローザから離れた。
その隙にローザはベットを飛び越え、反対側に降り立ち、影の方に視線を飛ばした。
そこにいたのはドミナであった。
「おまえのことを忘れてたよ。」
噛まれた首筋を手で押さえ、ローザはドミナを睨みつけた。
「おまえこそ、この女の仲間だったんだね。」
ドミナとローザがベットを挟んで対峙する。
わずかな時間のにらみ合いの後、異変を見せたのはローザだった。
突然、身体がふらつくと片膝をつく。
「えっ?」
倒れそうになる身体をベットの端に掴まって、なんとか耐える。それを見てドミナが嘲笑を浮かべた。
「私がノスフェラトゥだということを忘れていたようね。」
「しまった。」
「私の毒が全身に回り、いずれ私の眷属になりさがる。」
ドミナの勝ち誇った笑みを睨みながら、ローザの身体がベットの下へと崩れていく。
それを見てドミナは、ベットを回り込み、死んだように倒れているローザを見下ろした。
「立ちなさい。」
倒れているローザへドミナが命令すると、ローザはふらふらと立ち上がった。
半開きの目は焦点が合っておらず、まさしく人形のような態を見せている。
「完全に私の眷属になったようね。」
ローザの様子を覗き込み、そう確信したドミナは顎を掴んで、顔を自分に向けた。
「さあ、あなたの正体を教えなさい。」
その命令にローザが微かに反応する。
唇がわずかに動き、なにかをしゃべったが、声が小さく、よく聞き取れない。
「なに、なんて言ったの?」
「くたばれ、牝蛭!」
そう罵ったかと思うと、ローザの右拳がドミナの腹部を痛烈に撃った。
「げふぉ!」
身体をくの字に折り曲げながらドミナが吹っ飛び、そのまま、部屋の壁に激突して、床に無様に倒れた。
床からなんとか立ち上がろうとして顔を上げたドミナが見たのは、冷たい目で自分を見下ろすローザの姿だった。
「おまえは、私の毒に侵されたはず。」
「あんなもの、私には効かないわ。それより唯一パパにだけ捧げたこの身体を、良くも傷つけてくれたわね。」
「うるさい!」
ドミナが黒い剣を出現させながらローザに斬りつけた。しかし、ローザはそれを軽く躱すと、腕を振りかぶる。
それに対して剣で防ごうとするドミナ。
そこへ巨大化した拳が振り下ろされた。
「ジャイアント・フィスト(巨人の拳)」
圧倒的な拳圧がドミナと壁に掛かり、抗し切れなかった壁が突き破られ、ドミナは廊下へ吹き飛んだ。
「このガキがー!」
瓦礫を振り落としながら立ち上がったドミナは、目が吊り上がり、口が大きく裂け、二本の犬歯が長く伸びた。両手の爪はナイフのように伸び、背中からは蝙蝠と思しき羽根が生える。
「醜いわね。私のコレクションには入れられないわ。」
「ぶっ殺してやる!」
羽根が鋭く伸び、ローザの胴を切断しようとした。
「シールド・オブ・タイタン(巨人の盾)」
ローザのポケットから盾を掲げた巨人が出現し、ドミナの羽根と盾がぶつかる。
甲高い金属音と火花が散るが、ローザには傷ひとつ着かない。
「なに!?」
「ジャイアント・フィスト(巨人の拳)」
再び巨大な拳と化したローザの手が、ドミナに殴りかかる。
それを切り刻もうとしたが、羽根の刃は通らず、そのままドミナは痛烈な拳撃で吹き飛ばされた。
廊下の突き当りの壁まで飛ばされたドミナは、壁に激突し、そのまま床に倒れ、しばらく立ち上がれないでいた。
「くそっ」
屈辱にまみれたドミナの中で冷静さが吹き飛んだ。
「まだ、くる?」
勝ち誇った顔のローザに、ドミナの怒りが頂点に達した。
いきなり両手を上に上げたドミナの全身から大量の魔量が放出され、両手の先に収束していく。やがて、魔量が両手の間で急速に圧縮される。
その様子を見て、ローザの中で危険信号が駆け巡った。
「やばい」
いそいで防御魔法をかけようとしたが、遅かった。
「ブラック・ノヴァ(漆黒の超爆)」
ドミナの両手で圧縮された魔量が爆ぜるとともに、激流となってローザを襲った。
思わず目をつぶるローザ。
その前に唐突に出現するティアラ。
「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」
光りの球体が二人を包んだ。
そこへ爆発エネルギーがまともにぶつかる。しかし、エネルギーは球体の表面を滑るように廻り込み、そのすべてがドミナの方向へ向かった。
廊下や部屋を破壊しながら爆発エネルギーが逆流していく。
「ぎゃああぁぁぁ─── ‼」
ドミナの絶叫とともに爆炎と爆風がすべてを破壊していった。
一瞬の出来事で、二人を境に豪華な階層は瓦礫と化した。
それは当然のことながら階下にいる者に様々な思いを抱かせて届いた。




