14 ふたりの求婚者と対決するおれ
一晩、隠れ家に泊った俺たちは、朝になるとミルンを隠れ家に残して、スラム街から大通りに出、そこで辻馬車を雇って、【王者の輝き亭】に向かった。
おれの気持ちは、朝から憂鬱だ。
どんな顔をして二人の求婚者に会えばいいんだ。
それを考えると、胃がキリキリ痛む。
おれは暗い顔をしながら馬車に揺られ、一緒に乗り込むアウローラ、プリムラ、ティアラは生き生きとした顔でたわいのないおしゃべりをしている。
ローザは別行動で【王者の輝き亭】に向かっているはずだ。
やがて、辻馬車は【王者の輝き亭】の玄関先につく。
宮殿や貴族の屋敷にも負けず劣らずの建物は、おれを更に威圧する。
正直、逃げ出したい。
そんな気持ちも知らず、ボーイがにこやかな顔で馬車のドアをあけた。
おれは意を決し、馬車を降りる。
アリス奪還という重要な作戦があるのだ。腹を括らなければならない。
そうした思いで憂鬱な気持ちを奮い立たせ、おれは建物の中に入っていった。後からはアウローラ、プリムラ、ティアラが続く。
まず、アウローラがカウンターに赴き、自分の名前を名乗って、アイザック皇太子への面会を願い出た。続いてプリムラが総料理長であるダントンの面会を要請する。
おれは、エントランスにいくつか備えられているソファに座り、まんじりとせず、アウローラとプリムラを待った。
隣に座ったティアラが思い出したように声をかけてきた。
「私もサリー王女に挨拶に行ってきます。」
「え、おまえも行くの?」
「がんばってくださいね。マスター。」
ティアラは励ましの笑顔を残して、カウンターに向かった。入れ替わりにアウローラとプリムラがやってきた。
「いま、皇太子の面会をお願いしてきました。」
「ダントンは調理室にいるそうなので、これから会いに行ってきます。」
「そうか。……なあ、やっぱり会わなきゃだめ?」
おれが懇願するように言うと、二人が座っているおれを見下ろしながら
「「だめです」」
と、斉唱して答えた。
(とほほほ)
「じゃあ、行ってきますね。」
プリムラが調理室のほうへ向かうのと、入れ替わりに支配人らしき男がやってきた。
「皇太子殿下がお会いなさるそうです。」
アウローラにそう告げると、アウローラの目が「いきますよ」という促しの合図をする。
しぶしぶ、席を立った時だった。
「アウローラ殿!」
という甲高い声とともに、こちらへ駆けてくる貴族の服装をした栗毛色の髪の青年が見えた。
「アイザック殿下!」
アウローラがそう呼ぶと、アイザックと呼ばれた青年が、いきなりアウローラに近づき、その手を握った。
「いやー!会いに来てくれてうれしいです。」
目をキラキラさせながら握った手を思いっきり振る。おれのことなど眼中にないようだ。
「殿下、人が見ています。」
恥ずかしそうにするアウローラを見て、アイザックはその目に愛情を一杯溜めて、アウローラに抱きつこうとした。しかし、間一髪、アウローラがその腕を躱す。
「殿下、少し落ち着いてください。」
「いや、失敬。あまりのうれしさに興奮してしまった。」
そこへ、ローラと執事らしき初老の男がやってきた。
「殿下、少しは自重してください。」
ローラがたしなめるように言うと、アイザックは照れ笑いをする。そのとき、はじめてアイザックはアウローラの隣に座っているおれに気が付いた。
「アウローラ殿、こちらのかたは?」
「あ、ご紹介が遅れて申し訳ありません。私の夫です。」
自慢げに紹介するアウローラに、アイザックは大きく口を開けた。
「はじめまして、殿下。アウローラの夫、テヴェリス・オールドムーブです。」
と、おれは対外用の名前を名乗り、右手を差し出した。
「夫……、テ・ヴェ・リ・ス・殿…?」
アイザックは信じられないという顔でおれを上から下へ見下ろし、やがて、一息吐いた。
自分のほうが勝っているとでも思っているのだろうか?
「はじめまして。テヴェリス殿。アイザック・シャローム・バルトシュタインです。」
そう名乗ったが、差し出したおれの右手は握ろうとはしなかった。下賤の者の手は握らないとでも言いたそうな態度だ。
おれは軽く微笑み、右手を引っ込めた。
そばで見ているローラのほうがハラハラしている。
「ところで、アウローラ殿。用件はなにかな?もしや、私の申し出を受け入れ、ともにバルトシュタインに赴くということかな。」
「いえ、今日は私の夫を紹介して、あらためて殿下の申し出をお断りにまいりました。」
アウローラはアイザックの希望を即座に断った。
途端にアイザックのこめかみに血管が浮かぶ。
「それは、そちらの方の御意志でもあるのかな?」
アイザックがおれを睨む。
「まあ、そう言うことです。」
おれは睨むアイザックを真正面から受けて立った。
「アウローラ殿、それは本心ですか?」
「はい、本心です。」
屈託なく答えるアウローラに、アイザックの心は打ちのめされ、頭を深く垂れた。
そこへちょうど、プリムラがコックの服装をした中年男を連れてきた。
「旦那様、遅くなりました。」
プリムラがにこやかにおれの前に出ると、その後ろに緊張の面持ちのコック、この男がダントンなのだろう、が控えている。
「プリムラ殿、会ってもらいたい方とはこの方かな?」
ダントンがプリムラを覗き込むように尋ねると、プリムラは軽く首を縦に振る。
「紹介します。私の夫です。」
堂々と紹介され、おれが赤くなった。
「夫……?」
「どういうことだ!?二人も妻を持っているということか?」
アイザックが信じられないという顔で、おれを改めて睨む。
「いえ、一応、5人います。」
おれが訂正すると、今度は二人して驚きの顔をした。
「5,5人だと!?」
「うそだ!」
アイザックが真っ向から否定した。
続けてダントンもそれに同意した。
否定してもらっても困るんだよな。真実なんだから。
「きっと金かなんかで無理やり結婚したんだろう。」
ダントンが訳の分からないことを叫ぶ。
「そうだ。そうに違いない。そうでなければアウローラ殿ほどの方が、こんな卑しいおっさんと結婚するはずがない。」
えらい言われようだな。
アイザックは興奮気味におれを罵った後、いきなり手袋を外し、おれに投げつけた。
「決闘だ!」
「へ?」
その頃、サリー王女に会いに行ったティアラは、サリーの泊まるスィートルームに通され、名のある職人が製作したと思われる豪勢なソファに座っていた。
対面にはサリーが、昨日とは打って変わってやさしい笑顔を見せている。
「よく、いらっしゃいました。ティアラ殿。」
サリーが頭を下げると、両脇に控えているクリムとグスタフも同じように頭を下げた。
「昨日は、危ういところを助けていただき、まことにありがとうございます。」
「感謝には及びません。その分の報酬はちゃんともらっていますから。」
「あの程度の報酬では釣り合いません。お仲間にはグスタフとクリムも助けていただきました。さらには治癒までしていただいたのですから。」
サリーは目を潤ませ、感謝の気持ちを前面に押し出して、ティアラを凝視した。
昨日からサリーの自分を見る目が変わったと思うティアラである。
「ところでこれからどうするのですか?」
とりあえず、ティアラは話題の方向を変える。
「それを考えていたところです。私の当初の目的はまだ達せられていませんので。」
「目的?」
ティアラが訝しがると、クリムがわざとらしい咳ばらいをした。
忠告の意味らしい。
「クリム、ティアラ殿には恩義があります。言っても構わないでしょう。」
それを察したサリーにそう返されると、クリムはなにも言えなくなる。
「なにか重要な使命を抱えているようですね。わたしごときに喋っても構わないのですか?」
「いえ、ティアラ殿だからこそお話したいのです。」
サリーの目は真剣だ。
なにか、面倒なことを持ち掛けられそうな予感がする。ティアラに警戒心が湧き上がった。
「いま、我が国と隣国バルトシュタインの間には、戦の気運が上がっています。」
「戦争ですか?」
「私はそれを回避するために、バルトシュタインの皇子と密かに会見し、交渉を行おうとこの都市に来たのです。」
「晩餐会はそのカモフラージュですか?」
ティアラの発言に、サリーは軽く驚いた。
「お見通しなのですね。ティアラ殿。」
「しかし、それを良しとしない者もいるということですか?」
「はい、我が国においては主戦派が勢いを増しています。その者たちが父を篭絡しようとしているのです。」
サリーの顔に哀し気な色が滲んだ。
「だから、それを阻止しようと命が狙われたわけですか?」
「会見前から私の邪魔をしようと動いていたようで。」
サリーが悔しそうに俯いた。
「それで、バルトシュタインの皇子とは会見できたのですか?」
サリーは首を横に振る。
「あの騒ぎのあとです。あちらも警戒しておりまして、会見すらできていない状況です。」
クリムがその後、補足する形で説明した。
「ふむ」
ティアラは考え込んだ。
そんなとき、外が騒がしくなる。
「なんの騒ぎでしょう?」
「私が見て来ましょう。」
グスタフが部屋から外に出ていった。
「あら、お茶も差し上げないで、申し訳ありません。シエラ、ティアラさんにお茶を。」
部屋の奥の方に声をかけると、メイドが出てきて、サリーの指示に頷いた。
お茶が用意され、有名菓子店のショートケーキが盛られた皿がテーブルの中心に置かれると、サリー自らお茶を入れて、ティアラに差し出した。
そして、双方でお茶を楽しみ始めた時、グスタフが戻ってきた。
「なんだったの?」
「どうやら、決闘騒ぎが起きたようです。」
「決闘?」
それを聞いて、サリーが驚いた。
「どなたとどなたの?」
「一方はバルトシュタインのアイザック皇子です。もう一方は一般人のようです。」
「まあ、アイザック皇子が。」
「その一般人の名前は?」
「たしか、テヴェリスとか。」
その名を聞いて、めずらしくティアラの顔に驚きの表情が生まれた。
そして、まったく同じ頃、【王者の輝き亭】の最上階の部屋では、エミリアことリリアナが執務に従事していた。
傍らには書類の束を持った秘書が立っている。
リリアナが一つの書類にサインをし終わると、秘書が絶妙なタイミングで別の一枚をリリアナの前に置いた。それを見て、リリアナが深いため息をつく。
「もう少し書類を少なくできないの?」
「これでも絞りに絞った最低限の書類です。我慢して決済をお願いします。」
書類に向かって悪態をつきながらサインするリリアナに、秘書は冷静かつ慇懃に返答をした。
「ドミナ、おまえは少しは思いやりを覚えたらどうだ?」
ドミナと呼ばれた秘書は、それに対して無表情に次の一枚を机の上に置いた。
それを見てリリアナは、無駄を覚った。
なんとか書類を片付け、ドミナが決済済みの書類を持って部屋を出た頃、リリアナは大きく伸びをし、机の引き出しからキセルを取り出し、それに煙草を詰めた。
指先に小さな炎を灯すと、キセルの先に火を点け、大きく吸い込んだ。
長く吐き出す息ととももに白い煙が部屋の中に流れていく。
「仕事のあとの一服は格別ね。」
おやじのようなつぶやきを口にした後、リリアナの視線が薄いピンク色の壁に移る。あの向こうには昨日捕えた女が眠っている。
リリアナはキセルを持ったまま隣の部屋に転移する。
そこは豪奢な天蓋付きベット一つが半分を占拠している客室である。
小さなシェードランプから淡い光がほの明るく室内を照らしているが、それも一部だけで、あとは闇が粘るように部屋の四方を占めている。
ベッドの上にはアリスが軽い寝息をたてて眠っている。
それを覗き込むリリアナは、魅惑的な微笑みを浮かべた。
「見れば見るほど魅力的ね。サキュバスである私ですら惹かれる。ほんと、何者なの?あなた。」
そう呟きながらリリアナはアリスの頬を撫でた。
アリスは昨日から催眠魔法により眠らされている。
「これほどの魔力をもつあなた。じっくり解きほぐして、私のものにしてあげる。」
アリスの頬に軽く口づけをすると、リリアナは部屋から再び転移していった。
丁度、転移した時、机の上にある巻貝のようなものからオルゴールのような呼び出し音が鳴った。
リリアナがその巻貝のようなものに触れると、男の声が聞こえてきた。
「エミリア様、大変です。」
どうやら通話できる魔道具のようだ。
「支配人か?何事です。」
「アイザック殿下が決闘をすると、エントランスで騒いでおります。」
「決闘?どういうことです。」
支配人の報告に、リリアナは眉を寄せた。
「どうやら女性が絡んでのことのようで、エントランスは大騒ぎで、野次馬も集まっております。」
「しょうがないわね。あなたのほうでなんとかならないの?」
「なにせ、相手が相手ですから…」
支配人は手に余ると、リリアナに泣きついてきたようだ。
「わかったわ。いま、下に行きます。それまでなんとか押さえていて。」
「私がですか……?」
「それくらいできるでしょう。」
リリアナは苛つきながら通話を切った。
「まったく何をやっているのよ。」
苛つきながらリリアナは立ち上がり、部屋から出ていった。
そして、【王者の輝き亭】の最上階に到達したローザ。
隠れ身魔法でここまで忍び込んできたが、ここに来て壁にぶつかってしまった。
アリスが監禁されている場所がわからないのだ。
ティアラに【王者の輝き亭】の各階を調べてもらい、最上階が怪しいということはわかっていた。その最上階の部屋を片っ端から調べてみたが、どこにもアリスがいない。
「これはこまったぞ。」
悩むローザは、ティアラに念話をかけた。
「もしもし、ティアラ。こまったわ。アリスがどこにもいないの。」
『どこにもいない?ちゃんと探したのですか?』
「失礼ね。怠けず、ちゃんと探したわよ。でも、この階にはいないのよ。」
『おかしいですね。他の部屋にはどこにもアリスはいませんでした。ローザ、いま、どの階にいるのですか?』
「もちろん、最上階だよ。」
『最上階?』
ティアラは、サリーの部屋でひとりになっていた。
エントランスでの決闘騒ぎに、バルトシュタインの皇太子がかかわっているということで、サリーは従者を引き連れて出ていったのだ。
一人残ったティアラは、メイドの目を盗んで、いま、ローザと念話を交わしている。
ローザの話を聞いて考え込んだティアラは、探索魔法で最上階を探った。
確かにローザ以外、人の反応はない。
当然、アリスの反応もない。
しかし、おかしい。
(探索魔法で探れない部分がある。)
ティアラは目を瞑り、思索に入った。
上の階ではローザがいらいらしながら待っている。
「ティアラ、なにしているの?」
半ば怒り気味に尋ねるローザに、ティアラは沈黙で答えた。
それがローザの怒りを増長させる。
「ティアラってば。」
『黙ってて。』
静かだが、強い口調にローザは言葉を飲み込んだ。
「そういうこと。」
ティアラが静かに目を開ける。
『ローザ、そこには隠し部屋がある。』
「隠し部屋?」
『そう、探索魔法で見れない隔絶された部屋。』
「へ、目に見えないってわけ。」
『見えないだけじゃあないわ。普通の方法では入れない。』
「転移かなにかでないとダメということ?」
『そう言うことね。』
ティアラの話に、ローザは納得すると、廊下の先の突き当りに目が行く。
白い壁と小さなサイドテーブルに乗った花瓶と花がある。
そこに近づくと、ローザは花瓶に手をかざした。
すると、花瓶から魔法陣が浮かびあがる。
「なるほど、これが鍵のようね。」
『見つけた?』
「ええ、それらしいのが。」
と、そのとき、魔法陣が起動を始めた。
「まずい。」
ローザは隠れ身魔法を使って、手近な壁に同化した。
花瓶の前の魔法陣が発光し、そこに人の形が作り上げられた。
リリアナに書類の決裁をもらったドミナという秘書だ。
その女性がローザに気づかず、廊下を通り過ぎ、昇降機の方へ歩いて行く。
姿が見えなくなったのを確認すると、ローザは姿を現し、すぐさま花瓶の元へ駆け寄った。
「この魔法陣、なかなか高度な術式を組んでいるわね。」
ローザは魔法陣を出現させ、その解読に着手する。
しかし、それに夢中になるあまりローザは後ろから近づく影に気が付かなかった。
「なにをしているのかしら。」
その一言にローザは飛び上がらんばかりに驚いた。
恐る恐る振り返ると、目の前にドミナが無表情で立っていた。




