12 二人の魔王が思案する…
そこは【王者の輝き亭】の最上階。
特定の人物しか入れない特別な部屋。
その部屋にいま、この宿屋のオーナーであるエミリア・オーベル・グランディオが姿を現した。
晩餐会に来ていたドレスを脱ぎ捨て、薄衣の部屋着をまとったエミリアは、晩餐会で見せた気品はいまは影を潜め、その前面に妖しい魅惑を醸し出している。
そのエミリアが大きなため息をつきながら傍らのソファに身体を投げ出した。
「一体、どうなっているの?」
一言つぶやく言葉には、苛立ちが滲んでいた。
今日の晩餐会、仕掛けた計画がどこの馬の骨ともわからない女に阻止された。
サリーをさらい、皇太子を亡き者にして、その主因を双方に被せて、両国に争いを招く。それを楽しみながら利益も上げる。
エミリアが思い描いていた絵図が崩れたのだ。
否が応でも怒りが湧き上がる、とともに疑惑も同時に膨れ上がる。
「アルギュウスを倒すなんて普通じゃあない。もしや…」
エミリアの脳裏に浮かぶのは、二人の魔王を倒した強者の存在。
「あの女がそうだというの?」
千戦不敗の英雄を退けた女、そして皇太子の想い人。
「私の計画をかぎつけ、いや、私を倒しにきた…?それに、他のふたり…?」
思いに耽っていたエミリアに念話が入った。
「リリアナ様、よろしいでしょうか?」
エミリアではなく、リリアナと呼んだ者に即座に返答する。
「モルか、入りなさい。」
リリアナがくつろぐ部屋に、モルが転移してきた。
「ただいま、戻りました。」
片膝をつき、恭しく頭を下げるモルに、エミリアではなくリリアナとしての顔で応じる。
「会場の方はどう?」
「みなさま、お帰りになりました。」
「そう、とんだ飛び入りが入って晩餐会も台無しね。お客様は文句を言っていた。」
「立腹されていた方もおりましたが、おおむね平穏にお帰りになりました。」
「ご苦労様。座って。」
リリアナに促され、モルは真向かいのソファに静かに座った。背をまっすぐ伸ばしたまま。
「アルギュウスを倒した女の行方は?」
「シャドウに追わせています。まもなく、連絡がはいるでしょう。」
「ベルトークはどうした?いっしょではないのか?」
「ベルトークは死にました。」
「なんだと!?」
リリアナの美しい顔が驚きで醜く歪んだ。
「どういうことだ!?」
モルに掴みかからんとするほど興奮するリリアナを、モルは冷静に宥めた。
「落ち着いてください。詳細はわかりません。大人しく見物していると思っていたら、興味ある人間がいると中庭の方に飛んでいき、そこでだれかと戦って敗れたようです。」
たんたんと説明するモルに、リリアナは不信と怒りと疑心がない交ぜになった気持ちを、落ち着かせようと立ち上がると、サイドボードの上にあるワインとグラスを取った。
「飲むか?」
「いえ、けっこうです。」
相変わらずの落ち着きぶりに苛つきながら、リリアナはワインをグラスに注ぐと、それを一気に飲み干した。そして、そのままモルの真向かいに座り直した。
「だれにやられた?」
「はっきりとは。ただ、サリーといっしょだった女性かと推察いたします。」
「女?」
さきほど考えていた二人のうちのひとり、とリリアナは思いながら再度ワインを注ぎ、それを一気に飲み干した。
「ベルトークほどの者がそうやすやすとやられるとは…」
そう思いながら、リリアナの脳裏にあの女の天使のような姿が浮かぶ。
「それから…」
「まだ、あるのか?」
思考を中断させられたリリアナは、苛立った目をモルに向け、すこし強めの声で問いかえした。
「ジェリコとの連絡がとれません。」
「ジェリコ?」
一瞬、だれのことかと思ったが、殺し屋のジェリコにも晩餐会で衛兵や護衛の男たちを動けなくするよう命じたことを思い出した。
「あいつもやられたということか?」
「おそらくは…」
深いため息がでる。
ジェリコをやったのも、あの女たちのひとりだと、リリアナは直感する。
一夜で配下の者、3人がいなくなった。しかも、相手は女だという。
リリアナの脳裏に浮かぶあの場にいた三人の女の姿。
「女かもしれないと思っていたけど、それが複数って…」
リリアナの思考は混乱をきたしていた。
(アルカイトスにああは言ったものの、本当に強者の女が存在するとは…)
混乱はやがて怒りと焦りに移り変わっていった。
いずれは、自分にもその鉾先が向けられるのでは。
現に目の前に現れた。
そう思うと気が気ではない。
ここまでイースドアでの支配を確立し、そして、大陸の有力諸国を陰で操り、戦争というイベントを発生させ、その悲劇を楽しんできた。そして、ついでにその悲劇で商売をして儲けてきた。
それがここにきて、強者たちのせいですべてが気泡に帰すなど、とうてい承服できない。
「なんとしても、排除しなければ。」
「は?」
モルが首を傾げる。リリアナの独り言を訝しがってのことだ。
「なんでもない。ともかく、その女どもを探り出し、監視しろ。ただ、手は出すな。」
「承知しました。」
モルが立ち上がり、頭を下げてリリアナの部屋を出ていこうとした時、リリアナに念話が入った。
それを見て、モルの動きが止まり、リリアナを見守る。
「だれだ?」
『リシャールです。』
「リシャールか?入って来い。」
そう返事して間もなく、ブロンド長髪の美青年、リシャールが転移してきた。
「モル、来ていたのか?」
「リシャール、どこに行っていた?」
モルの問いに、リシャールは微笑みで答える。それだけで、モルには判断がつく。
「カジノか…」
モルの叱責まじりの問いかけをリシャールは無視し、リリアナの前に進むと片膝をついた。
「ご機嫌麗しく。リリアナ様。」
「おべっかはよせ。それに機嫌はよくない。」
その返答に、リシャールは困ったような顔をした。
「なにか、ありましたか?」
「それより、なんの用だ?」
リシャールの問いかけを無視し、リリアナは用件を聞いた。
「おもしろい女を捕まえました。」
「女?」
また女か、と思いながら興味を見せる。
「恐ろしいほどの魔量を持つ女です。普通の魔女の類とは、ちがう者です。」
「よく捕まえられたな。」
「一瞬の隙をついて、運よく捕まえられました。失敗したら私がやられていたでしょう。」
リシャールの真剣な面差しに、リリアナは軽く驚きの表情を見せる。
(今日はよく驚かされる。)
苦笑するリリアナを、二人は不思議そうに見つめるが、それを知らぬふりをしてリリアナは立ち上がった。
「リシャール、その女はどこにいる?」
「隣の客室に。」
「そうか。案内しろ。」
「はっ」
リシャールも立ち上がり、リリアナの前に立った。そんな二人を見送るように立つモルに、リリアナは顔を向ける。
「モルは、残りの女どもの動静を監視しろ。さっき言ったように、手は出すな。」
「かしこまりました。」
そう言い残して、モルは転移していった。
リシャールに連れられ、リリアナは隣の部屋に移動した。
豪華な調度品や美術品に飾られ、華麗な布地で覆われたソファ、その奥には天蓋付きの豪奢なベッドが置いてある。その上に魅惑的と言える美女が横たわっていた。
「これが、お前の言う面白そうな女か?」
リリアナはベッドに近づき、無防備に眠る美女 アリスの顔を覗き込んだ。
美しい。
それも男女を問わず、相手を惹きこむ魔性ともいえる美しさだ。
「ふむ」
リリアナの興味が俄然、膨れ上がる。
「この者の正体は?」
傍らに佇むリシャールに顔を向けず、尋ねる。
「わかりませぬ。」
「わからぬ?」
「はい、短時間ということもあり、詳しいことは調べられませんでしたが、私の知る限り、これほどの魔量を持つ魔女は知りません。あっ…、リリアナ様を除いて。」
取ってつけたような最後の言葉に、リリアナは苦笑した。
「私もこの者の顔は知らぬ。」
眠っている状態でも、かなりの魔量を感じる。これほどの魔量を持つ魔女なら私の耳に入らぬはずはない。そう思った時、なぜか、晩餐会で出会った女たちが思い浮かぶ。
「まさか、あの者たちと関係が…?」
独り言を言うリリアナ様も珍しいと思うリシャールに対して、リリアナが急に身体を向けた。
「リシャール、この者がだれと一緒にいたか、探れ。」
「だれと…?」
「この街に滞在したならどこかに宿泊していたはず。まず、それを突き止めよ。」
「はっ、仰せの通り。」
そう返事すると、リシャールはそのまま転移していった。
一人残ったリリアナは、再度、眠るアリスを覗く。
自分でさえ魅了されそうな美しさ。
リリアナの頭に怪しい考えが浮かぶ。
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イースドアの北区のはずれ。
そこに目立たたない食堂がある。
不愛想なおやじと無表情な女給の二人きりの店だ。
繁華街にあるはずの店なのに、客も2人ほどしかいない。
その店の地下に、貯蔵庫ともうひとつ、何もない部屋がある。
棚の一つもないその部屋で、前触れもなく異変が起きた。
床が淡く光り、魔法陣が突如出現する。
その光量が増したと思うと、魔法陣の中から二つの人影が浮かびあがった。
ひとりはメイド姿の女性であり、いまひとりは、北の地にいるはずのアルカイトスである。
二人の姿が完全に現れると、魔法陣の光は潮を引くように消えていった。
無言のままメイドが先に立って、部屋のドアを開ける。
それを待って、アルカイトスが部屋から出、その後にメイドが続いた。
メイドがまた先に立ち、アルカイトスを案内するように階段の方へ歩いて行く。階段を登り、地下室を仕切るドアを押し開けてメイドが地上に出ると、そこは小さな窓からの明かりのみの薄暗い部屋だ。物置のようで、食糧を入れた麻袋や樽、調味料などを入れた瓶を並べた棚が置かれている。
その部屋を横切るように進むメイドは、部屋のドアを開け、自らの主人を待つ。アルカイトスが地下室から出ると、メイドが開けたドアから店内に出る。
突然の二人の出現に、店の主人をはじめとして、女給、客の2人まで驚き、直立したあと片膝をついた。
「これは、アルカイトス様。ご機嫌麗しく。」
「挨拶はよい。それより外に知られるとまずい。立て。」
その命令に4人はおずおずと立ち上がった。
4人が、アルカイトスを主と認めていることから、この店がアルカイトス麾下の店とわかる。
「急なお出で。なにかありましたか?」
店主が不安そうな顔で尋ねた。
「いや、気まぐれで来ただけだ。リリアナの様子を見たいと思ってな。」
「リリアナ様の…?」
怪訝そうな店主の顔を横目に、アルカイトスはカウンターに座った。
「なにかお飲みになりますか?」
「いや、いい。それよりリリアナの様子はどうだ?」
「特には。そうそう、今夜、晩餐会を開くそうです。」
店主がついでのようにアルカイトスに話した。
「晩餐会?」
その言葉を聞いて、アルカイトスがなにかを思案し始めた。
冷たい緊張感が流れる。
やがて、アルカイトスが店主に目を向けた。
「覗いてみるか?」
「え、覗いてみる?」
唐突な物言いに、店主は思わず反問したが、慌てて目を伏せた。
そんな店主を無視して、アルカイトスは客のひとりに顔を向けた。
「ロバート、おまえは晩餐会に出席しろ。」
突然の指名に驚きながら、ロバートは姿勢を正した。
「ひとりでですか?」
「ライヤ、おまえがついて行け。」
一緒に来たメイドにアルカイトスが命じると、ライヤと呼ばれたメイドは黙って頷いた。
「しかし、招待状がありませんよ。」
店主がもっともな疑問を投げかける。
「他の招待客から譲ってもらえばよかろう。」
さらっと言うその言葉に、ロバートは意味ありげに笑い、店主は背筋に冷たいものを感じる。
「畏まりました。すぐに用意します。」
ロバートが店を出ようとした時、アルカイトスが呼び止めた。
「遠視の宝玉を忘れるなよ。」
「はい、アルカイトス様。」
深々と頭を下げると、ロバートはさっさと店を出ていく。その後をライヤが追いかける。
「ハイツ、お前も一緒に行って、手伝って来い。」
残ったもう一人の客に、アルカイトスが命じると、ハイツと呼ばれた客も頭を下げて、すぐに店を出た。
店に残ったのは、アルカイトスと店主と女給だけだ。
アルカイトスが店主に身体を向ける。
「店主、フルーツジュースをくれ。」
「畏まりました。」
店主は深々と頭を下げた。
それから暫しの時間が過ぎる。
アルカイトスは店の奥の部屋で、テーブルの上に置いた水晶球を覗き込んでいた。
そこに映るのは、リリアナ主催の晩餐会の会場。
どうやらロバートとライヤは上手い具合に潜り込めたようだ。
しばらくは、晩餐会の退屈な様子が映し出されていたが、突如、ガラスの割れる音ともに悲鳴が聞こえ、会場が騒然となった。
ロバートの持つ遠視の宝玉が音と悲鳴の原因を見極めるべく、その方向に動くと、目の前に仮面を被った一団が、レイピア片手にある女性を狙って駆けていた。
「ほほぉ、面白いことになったな。」
観劇するような態度で、アルカイトスは成り行きを見守った。
すると、仮面の一団を躱し、襲われた女性を抱えて、とある女性が会場から逃げ出した。ロバートの宝玉はそれ以上は追うことができず、別な方向に宝玉を向ける。
その先では、別の仮面の一団が一人の紳士を襲っており、その紳士と連れと思われる婦人が対決していた。
「ふむ、これはおしまいかな?」
そう思っていると、どこからともなく、もう一人の婦人が駆けつけ、あっという間に仮面の一団を蹴散らした。
その強さにさしものアルカイトスも目を丸くした。
「この女と先ほどの女、興味深いな。」
アルカイトスの口元に新たなおもちゃを得た子供のような笑みが浮かんだ。
やがて、紳士を助けた婦人がドアを蹴り破った。
ロバートもその後を追い、壊れたドアから外の覗く。
そこには、別な仮面の男がおり、婦人と対峙していた。
戦いは手を汗握る展開だったが、最終的に婦人の勝利で終わった。
その後は、なにやら紳士とどこかの料理長が現れ、求婚の騒ぎを起こし、どこからか現れた先ほどの女性が王女を連れて、このドタバタに参加する。
そして、女性が光り輝くと、三人は忽然と姿を消した。
一部始終を見ていたアルカイトスの抑えた笑いが、部屋中に響く。
いつも冷静なアルカイトスが、部下の前で笑い声をあげるのは、珍しい。
いや、初めてかもしれない。
そばに立っていた店主はそう思った。
しばらくして、笑いは収まり、いつのもアルカイトスがそこにいた。
しかし、うれしそうな笑みは顔に残っている。
「バシュト、イースドアにいる部下を全員集めろ。」
「どうないさいますので?」
「この女どもを探し出すのだ。」
「探し出して…?」
「いまは、居場所を突き止め、監視するだけでいい。」
「畏まりました。」
バシュトは、深々と頭を下げると、すばやくその部屋を出ていった。
「なにやら、おもしろいことになりそうだ。」
アルカイトスの顔に、また冷たい笑みが浮かぶ。




