9 アリス、勝負の先に……
晩餐会での大騒動より時は遡り。
アリスは約束の場所に向かって、馬車に揺られていた。
久しぶりに燃えるような勝負の予感に、心が浮き立つのを抑えることができない。
「こんな気持ち、久しぶり。」
独り言をつぶやきながら窓の外を眺めていると、目的のカジノに到着した。
ドアボーイがすぐに馬車のドアを開ける。中から下りてくるアリスは、薄紫のパーティドレスで、右肩のところに大きな花の装飾が施されている。
その美しさに若いドアボーイは一時見とれてしまい、その幼さにアリスは軽く微笑みかけた。
途端にドアボーイは顔を真っ赤にして目を伏せた。
アリスは、約束の場所【カジノシティ ハイラル】の回転ドアをくぐり、カウンターに向かった。
「アリス様でいらっしゃいますね。」
カウンターに立つ壮年の支配人が、恭しく頭を下げた。
「スレイマン様がお待ちです。ご案内いたします。どうぞ。」
いつの間にかボーイが横に立ち、アリスをエスコートした。
「ありがとう。これ、チップに換えて持ってきて。」
そう言って、カウンターにパンパンの革袋を置く。それを涼しい顔で受け取った支配人は、片側にいる部下に何かを指示して下がらせた。
アリスは、ボーイの案内で奥へと歩いて行く。
大きなカジノ会場の横にある廊下を奥へと進み、ボーイは突き当りのドアの前に立って、ノックした。
ドアの向こうから「どうぞ」の声がする。
静かにドアを開けると、意外と広い部屋に昨日会ったブロンドの美青年、リシャールが立っていた。
「やあ、お待ちしてましたよ。」
極上の笑顔をアリスに向け、部屋の中央にある八角形のテーブルにアリスをエスコートする。
椅子を引き、アリスを座らせると、リシャールは真向かいに座った。
傍らには白髪に白髭のディーラーと思しき初老の男が立っている。
部屋を見渡すと、縦の対面の壁にはそれぞれどこかの風景画が飾られ、横の対面には大きな花瓶に花が、反対側には裸婦像が立っていた。
探るように辺りを見廻したあと、アリスは正面に座るリシャールに笑顔を送る。
ウェイターが両者の横にチップを重ねた。
「では、はじめましょうか?」
「ええ」
二人の受け答えを聞いて、初老のディーラーが二人の真横に座った。
「それでは、これより始めます。ゲストはアリス様、スレイマン様おふたりです。ルールはセブン・スタッド。それでよろしいですね?」
ディーラーが二人を交互に見ると、ふたりはほぼ同じく頷いた。
「レートは、100,200,400です。よろしいですか?」
同じように頷くのを確認したディーラーは、テーブルの下からカードの入った箱を取り出し、封を切った。
「では、アンティを置いてください。」
二人は自分の前にチップを置く。
それを確認して、ディーラーが二人の前にカードを3枚、2枚は裏向きに、1枚は表向きに置いた。
「スレイマン様が先になります。」
二人は裏向きのカードを覗くように見る。
ひりつくような勝負が始まった。
「アリス様の勝ちです。」
ディーラーの言葉とともに、中央に置いてあったチップがすべてアリスの前に移動した。
こうしたチップの往復が何度あっただろう。
時間を忘れるほど、白熱した勝負がこの部屋で繰り広げられていた。
「少し休憩しない?」
「いいですね。何か飲みますか?」
「水でいいわ。」
「じゃあ、彼女にはミネラルウォーターを。私にはスピリッツをくれ。」
リシャールの注文に部屋のディーラーが扉のところへ歩み、外で待っているウェイターに注文を伝えた。
ほどなく、ウェイターが入ってきて、アリスの前にミネラルウォーター入りのグラスを、リシャールの前には琥珀色の液体の入ったグラスが置かれた。
それで喉を潤したアリスを見て、リシャールが口を開いた。
「ディーラー、現在のチップの数は?」
「アリス様が少し上回っておられるようです。」
その報告にリシャールが少し渋い顔をした。
「はじめましょうか?」
アリスの言葉にリシャールは椅子に座り直した。
「アンティを置いてください。」
ディーラーの言葉でそれぞれがアンティを自分の前に置く。
それを見て、ディーラーが二人の前にカードを3枚置く。
二人がほぼ同時に伏せた2枚のカードを見る。
「オールイン」
リシャールが持っているチップをすべて中央に置いた。それを見て、アリスとディーラーが軽く目を見張る。
「ここらで決着といきませんか?アリスさん。」
涼やかだが、挑戦的な笑みがリシャールの顔に浮かぶ。
それを見て、アリスも口の端を釣り上げる。
「いいわ。受けましょう。」
そう言うと、アリスも手持ちのチップをすべて中央に置いた。
「かしこまりました。これをラストとします。」
二人の意思を確認したディーラーは、続けざまにカードを配っていく。
緊迫の時間が過ぎていく。
1枚、1枚置いていくカードの音が部屋中に響くようだ。
最後の1枚が伏せられて両者の前に置かれる。
リシャールのオープンカードにはクラブとハートのキング、あとはスペードの8とダイヤの5だ。そして、アリスのオープンカードはハートとスペードのクイーン、あとはハートの10とスペードの3である。
もはや、後戻りはできない。
全部か無である。
しばらくの間、見つめ合っている二人を見て、ディーラーはフォールドはないと確信した。
「スレイマン様からオープンしてください。」
ディーラーに言われ、リシャールが伏せた札を開いていく。
1枚目、スペードのキング、2枚目、クラブの5だ。【フルハウス】は決定している。
3枚目をゆっくり開く。
アリスの目に映ったのは、ダイアのキング。
「キングのフォーカードでございます。」
ディーラーの告知に、リシャールの口元に勝利を確信した笑みが浮かぶ。
アリスが勝つには【エースのフォーカード】以上が必要だ。
しかし、エースは一枚も出ていない。
「では、アリス様、オープンしてください。」
アリスは言われて、1枚目を開く。
ハートの8だ。
2枚目を開く。ハートの9だ。
リシャールの顔から勝利の確信が消えていく。
(まさか…)
アリスが3枚目に指をかける。
もったいつけることもなく、カードが開く。
そこにあったのは、ハートのジャック。
「アリス様、ストレートフラッシュです。」
リシャールの顔から表情が抜ける。
「アリス様の勝ちでございます。」
ディーラーの勝利宣言にアリスは一息ついた。
それだけ競った勝負だったということだ。
アリスの中に高揚感がじわじわと湧き上がる。
それは一瞬の隙を生んだ。
突如、アリスに目眩が生じる。
(えっ?)
リシャールの後ろにある風景画が歪んで見える。
「まさか…?」
「どうなさいました?アリス殿。」
リシャールが心配そうな顔をする。
危険を察知したアリスは、この場を離れなければという思いで、席を立とうとする。しかし、足がふらついて、体のバランスがとれない。
目の前の絵が徐々に形を変え、絵の中から別の表情が現れる。
それは二つの目となって、アリスを捕らえた。
「あの、絵か…?」
そう思った時には遅かった。
その目に魅了され、アリスの意識が遠退いていく。
(勝負は隠れ蓑…、目的は……?)
アリスはそのまま床に倒れた。
ディーラーが倒れたアリスの傍らにかがみこみ、状態を確かめる。
「完全に意識を失っております。スレイマン様。」
リシャールは、ブロンドの髪をかき上げ、ほくそ笑んだ。
「よい、獲物が獲れた。すぐにリリアナ様のところへ運べ。」
その言葉は、アリスには聞こえない。
ギャンブルの緊張感が少しでも伝わりましたでしょうか?




