7-3 血と狂乱のパーティに娘たちは乱痴気騒ぎ その三 アウローラ 対決す
一方、仮面の一団に囲まれたアイザックたち。
「た・たすけてくれ!」
アイザックのそばに駆け寄ったアイサルトは、すぐにその後ろに隠れた。
その行動に呆れながらアイザックは、自分たちを囲む一団を睨みつけた。
刺客たちはすこしづつにじり寄ってくる。
「皇子、ここで死んでもらいます。」
笑いの仮面を被った刺客のうちのひとりが、籠った声で宣告する。
それにアイサルトは縮み上がり、アイザックの服の裾を強く握りしめた。
「わ・わた・わたわた・私は皇子なのではない。私はただの身代わりだ。」
「ち、余計なことを…」
アイザックが舌打ちをした。
しかし、刺客たちは驚かない。
「そんなことはわかっている。殺す相手の顔も知らずに仕事ができるか。」
「ばればれか…」
アイザックがため息をついた。
「皇子、お覚悟を」
笑い仮面の手にするレイピアが、アイザックの心臓を狙う。
「いやだといったら。」
冗談ともつかない軽口を言うアイザック。
その言葉を無視して刺客のレイピアがアイザックに突き掛かる。
無手のアイザックはそれをすれすれで躱すと、両手で相手のレイピアを取り上げようとした。しかし、刺客の体捌きはそれを許さず、逆にアイザックの横に移動してそのまま首を刺し貫こうとした。
そのとき、間に割り込んだ者がいた。
パーティドレスを着た女性。アイザックがローラと呼んだ女性だ。
ローラは手にした二本の短剣を武器に、笑い仮面のレイピアを弾き返すと、アイザックを護る体勢でその前に立った。
「護衛か?」
笑い仮面が改めて身構え、その後ろに更に三人の笑い仮面が加わった。
「皇子、今のうちにお逃げください!」
「ローラ、無理をするな。」
アイザックもローラの横に並び、対戦の姿勢を取る。
「皇子、武器もないのにどうするつもりですか?」
そう言われ、アイザックは無手であることに改めて気づいた。
「そうか、こりゃ無理だな。」
とぼけたことを言うアイザックと、少し呆れ顔のローラに向かって、四人の刺客は躍りかかった。
二人に緊張が走る。
「うりゃあー!」
そのとき、四人の刺客の後ろから奇声を上げて、駆けてくる者がいた。
一番後ろにいた刺客が突然、宙を舞い、会場の中央に落ちた。
続いて、その刺客から奪ったレイピアが空を切り、あっという間に、二人の刺客が丸太のように床に倒れ、最後のひとりが振り向くと同時に、その仮面が真ん中から割られ、頬のこけた男が頭から血を噴き出してそのまま倒れた。
あっという間に四人を倒した者。アイザックに贈られたパーティドレスを邪魔そうにたくし上げているアウローラである。
「アウローラ殿!」
アイザックとローラは、目の前で起きた出来事が信じられず、しばらく立ちすくんでいた。
「さあ、ここから逃げるわよ。」
「え?」
訳も分からず、アイザックはアウローラに腕を引っ張られ、会場の出口へ駆けた。
そのあとにローラとアイサルトが続く。
出口の前に来た時、扉の前でたむろする一団があった。
会場を逃げ出そうとしていた来賓たちである。
「どうしたの?」
出口に駆け付けたアウローラが、たむろする男女に尋ねた。
「会場から出られない。」
「出ようとすると、こうなる…」
一様に青ざめた顔をした男女が、床を指差す。そこには死体と化した来賓が転がっていた。
「ふーん」
その状況に顔色を変えることもなく、アウローラは扉に近づいた。
「あっ、あぶない!」
ドアノブに手をかけようとした時、扉の隙間から鋭い剣が飛び出してきた。アウローラは少し身体をずらしてそれを躱す。すると、剣は隙間から奥に消えていった。
「なるほど」
アウローラの顔に不敵な笑みが浮かんだ。
時間は少し遡る。
会場の外に待機していたサリーの従者、クリムは異変に気づき、焦る気持ちを抑えながら会場へと駆けた。同僚のグスタフが先に向かっているはずである。
(王女様、ご無事で…)
頼みは、あのティアラと名乗る女性である。
心の中で無事を祈りながら会場の入り口に辿り着いた時、いるはずの衛兵、従者たちが見えない。
灯りの乏しい廊下であるが、目を凝らすと、廊下一面に衛兵たちが倒れている。そのなかにはグスタフの姿もあった。
「グスタフ!」
グスタフは腹をえぐられ、虫の息の状態だ。
クリムは懐からポーションを取り出すと、それを乱暴に振りかけ、グスタフの口にも含ませた。
「グスタフ、大丈夫か!?」
クリムの呼びかけに、グスタフは軽くうめき声をあげる。
「ク…クリム…か?」
ポーションの効果で傷口も徐々に塞がってきている。しかし、出血が多かったためか、動けそうもない。
話すのもつらそうだ。
「だれにやられた?」
「私がやったが、どうやら助かりそうだな。」
突然、割り込んできた声に、クリムは驚いて顔を上げた。
目の前に濃い灰色のフードを被った男が立っていた。いや、泣き顔の仮面を被っているため、男女の区別はつかないが、声質から男と判断した。
「何者だ!?」
誰何とともにクリムは腰のロングソードに手をかけた。
「だれでもいい。おまえもここで死ぬんだからな。」
そう言った途端、光りが瞬き、それに反応して剣を抜いたクリムに重い衝撃が全身に伝わった。
両腕が痺れる。
おそろしいほどの斬撃だ。
「一撃目は辛うじて耐えたか?」
痺れに耐えながら、クリムは剣先を男に向けた。
「さて、あと何撃、耐えられるかな?ちなみにその男は三撃で屈した。」
仮面から聞こえる声には、ほめたたえる調子が伺える。
それだけの自信があるということだ。
「私も王国の騎士というプライドがある。そうやすやすとはやられん。」
目一杯の虚勢をはる。そうしなければ、相手の威圧に屈しそうになるからだ。
「なら、私に示せ。」
男のロングソードが一閃した。
クリムが躱すと同時に、太ももに痛みが走る。
相手を後退させるために、剣を横に掃う。
一瞬、相手が消えたと思ったら、再び姿が現れ、クリムの腕と肩に痛みが走った。
クリムは大きく後ろに飛び、距離を取る。
見れば、足、腕、肩に剣で斬られた傷があり、血が溢れ出している。
「くっ」
恐ろしいほど強い。しかし、このまま、黙って殺られるわけにはいかない。自分には使命があるのだ。
クリムはもう一本のポーションを取り出し、一気に飲み干した。苦みとともに傷口が塞がり、出血も止まった。
そして、左腕に装着している腕輪を握った。
全身に力が漲る。
王国秘蔵の身体強化の魔法具である。
「ほほう、身体強化か?」
男が興味深く、クリムを見る。
「ここを通らせてもらうぞ。」
クリムはロングソードを八双に構えた。
「その意気や良し。」
男も改めて構えた。
「であぁー!」
気合一閃、いままでとは比べ物にならないスピードで駆け、比べ物にならない勢いで剣を振る。
常人なら躱せない。
仮面男も躱そうとしない。
逆に真正面から剣を振るってくる。
剣と剣が交差する。
クリムの剣が仮面男に届く寸前、クリムの剣がなぜか外側に弾かれ、仮面男の剣がクリムの肩に喰い込みそのまままっすぐ切り裂かれた。
「ぐわぁ!」
激痛とともに全身の力が抜け、クリムは無様に廊下に倒れた。
自分の血が床に広がり、意識が遠退く。
「苦しめるのは私の趣味ではないのでな。すぐに楽にしてやる。」
そう言うと、男は剣でとどめを刺そうとした。
そのとき、後ろですさまじい衝撃音がした。
男とクリムは驚いて、その方向に視線を向ける。
晩餐会会場内の人間が逃げないように見張っていた仮面の男たちが、その扉ともども吹き飛んだのである。
扉は粉々に破壊され、もうもうと立ち込める粉塵の中から現れたのは、華麗なパーティドレスを身に着けた美女であった。その手には曲がりくねったレイピアがある。
「ヤワね。」
それを放り投げたアウローラは、倒れている仮面男たちと立ちすくんでいる仮面男たちを順に見渡し、そして、クリムにとどめを刺そうとしている泣き顔仮面に目を止めた。
「楽しそうなことしてるじゃあない。」
アウローラの足がその仮面男に向く。
そのとき、後ろから爆風から逃れた仲間の男が躍りかかった。
「うるさい。」
裏拳が男の顔面にさく裂する。
男は仮面を粉々にされながら後方に吹き飛んでいった。
「なかなかやるじゃあないですか?お嬢さん。」
泣き顔仮面の男はアウローラに正対すると、クリムへの剣をはずす。
「あなたが親分ってわけ?」
「ちょっと違いますね。私は単なる傭兵です。ここから誰一人逃げ出させないためのね。」
「あら、そう。」
アウローラはおどけた調子で両手をあげる。
「ですから、あなたもその後ろにいるやつらも皆、ここにとどまってもらいます。……うん?」
仮面の男の視線が、壊れた扉にたむろする客たちの中のアイザックに止まる。
「殺し損ねたのか?しょうがない。」
仮面の男がロングソードを鞘に納めながら、出入口へと歩いて行く。その前にアウローラが立ちはだかった。
「どこへ行く気?」
アウローラが仮面の男を睨みつける。
「もちろん、目的の男を殺しに。」
「こまるわ。一応、このドレスをくれた恩があるし。」
アウローラの冗談ともとれない言い草に、仮面の男は鼻で笑った。
「女でも私は容赦しませんよ。」
「あら、こわい。」
軽口を言い合いながら、二人の間に殺気がもつれ合う。
仮面男のロングソードが一閃する。
目にも止まらぬ速さだ。
だが、アウローラは少し身体をずらしただけで、それをなんなく躱した。
仮面男がちょっと驚いた様子を見せる。
「やるようですね。しかし、無手で私に勝てると?」
「あら、そうだったわ。」
今気づいたような顔をして、アウローラが空間に手をねじ込んだ。
別空間の箱から取り出したの、一本の剣だ。
柄にドラゴンの意匠が入っている。
「ひさしぶりにこれを使うわ。」
お気に入りなのか、アウローラが浮かれ顔になる。
「何を出しても、私には勝てませんよ。」
男は自信満々だ。
二人は剣をお互いに向け、臨戦態勢に入った。
最初に動いたのは、仮面の男だ。
見えぬ速さでロングソードが走る。
それをアウローラは易々と躱す。しかし、一振りではない。
二手、三手と同じ速さで剣が走る。
それでもアウローラは躱していく。
仮面の男が突然、アウローラに突きを入れた。
振りの動きに慣れさせておいての突然の突きは、アウローラの反応を一瞬止めた。
針のような鋭さで、剣がアウローラの喉を貫こうとした。
その切っ先がいきなり止まる。
アウローラの剣が、仮面男の剣先一点でその突きを止めたのだ。
「残念。」
剣の向こうでアウローラが冷たく笑う。
そのままアウローラの剣が、仮面男の剣を下に押し倒す。
仮面男の剣が床についた拍子に、アウローラの剣が跳ね上がった。
跳ね上がった剣が、仮面男の顔面を断ち割る──かに思えた。
仮面男は絶妙なタイミングで身体を反らし、剣を躱す。
と同時に、双方が後方に飛んで、距離を取った。
その拍子に仮面が真ん中から割れて、床に落ちる。
男の素顔が露わになる。
その顔にアウローラは見覚えがあった。
「あんた、剣闘士の…アルギュウス…」
アルギュウスが苦笑を浮かべた。
「正体がバレたらしょうがない。本気であなたを殺すことにしましょう。」
先ほどとは違う冷たい殺気がアウローラに纏わりつく。
しかし、アウローラはそれを楽しむように笑顔を見せた。
「千戦不敗の英雄と剣を交えられるなんて、ついてるわ。」
子供のようにはしゃぐアウローラに、アルギュウスは呆れたような顔をする。
「怖いもの知らずというのは、度し難いですね。」
アルギュウスが剣を上段に構える。
それに対して、アウローラは下段に構える。
辺りが凍るような緊張感が広がる。
会場の扉の陰で見守るアイザックは、その緊張感に当てられ、指一本動かせない。
二人も彫像のように動かない。
不意に何かが転がる音がした。
それをきっかけに、二人の間合いが縮まり、耳をつんざくような金属音が廊下に響き渡る。
しかし、剣が見えない。
あまりの速度に目でとらえらないのだ。
独りでに双方の服が切れていく。
見えない剣を二人がぎりぎりで躱している。
恐ろしいほどの力量だ。
二人同時に間を取る。
「なかなかやりますね。」
「あなたもね。」
二人の顔に歓喜の笑顔が浮かぶ。
「しかし、もうおしまいです。」
「そう。」
アルギュウスが一瞬で間を縮める。
肩口を狙う剣をアウローラが受ける、と同時に脇腹に冷たいものが通り過ぎようとした。
ギリギリで躱すが、脇腹が切られ、鮮血が飛ぶ。
「!?」
アルギュウスの剣が左脇腹を狙う。
同じように剣で反らし、反撃を狙うが、右上腕が切り裂ける。
鮮血が迸り、アウローラは大きく後方に飛んだ。
「さすがに致命傷にはなりませんでしたね。しかし、それも今のうちだけです。」
アルギュウスが正眼に剣を構える。
「ふふん、なにかやっているようね。」
強がりを見せるアウローラだが、その脇腹と右腕は真っ赤に染まっている。
アイザックの目にはアウローラの危機と映った。
加勢したいが、相手が不敗の英雄では邪魔になるだけ。
ただ、傍観するしかない自分をアイザックは恥じた。
しかし、当のアウローラは焦っていないし、絶望もしていない。
むしろ、楽しんでいる。
「さあ、これで決めましょう。」
「さあて、うまくいくかしら。」
アウローラが剣を肩に担ぐ。
「つぁっ!」
気合とともにアルギュウスの剣がするすると伸びる。その先はアウローラの喉。
アウローラの剣が上からアルギュウスの剣に被せて、軌道を逸らす。
同時に、アウローラが胸の前に腕を持ってくる。
その腕に何かが突き刺さった。
「‼」
アルギュウスの顔に驚愕の色が貼りつく。
見ればアウローラの左腕に短剣が突き刺さっていた。
「稚拙だね。」
口の端を釣り上げて、アルギュウスの顔を覗き込むアウローラ。
「どうして、見破った?」
「二度も受ければわかるわよ。あなたが見えない第3の腕を持っているってことはね。」
アウローラに種をばらされ、アルギュウスは意気消沈しているかと思えば、逆にしたり顔で笑っている。
「おれの第3の腕を見破ったのは見事だが、短剣を腕で受けたのはいただけないな。」
「うっ」
アウローラが片膝をついた。その拍子に腕に刺さった短剣が落ちる。
「毒が効いてきたようだな。」
「毒?」
アウローラの身体が小刻みに震えてくる。
「私がただの短剣を振るうと思うかね。毒が滲み出す仕掛けの短剣を使ったのさ。即効性はないが、十分身体を弱らせる。」
その言葉が聞こえていないのか、アウローラは俯いたまま少しも動かない。
「身体に力が入らないか?ま、苦しめるのは私の趣味ではないのでな。楽にあの世に送ってやる。」
アルギュウスが剣を逆手に持って、アウローラを突き刺そうとした。
そのとき、その剣をアウローラの剣が弾き返し、何事もなかったようにスクッと立ち上がった。
「なに!?」
アルギュウスに再び驚愕の表情が浮かんだ。
「なにを驚いているの?」
アウローラはなに事もなかったように、平然と立っている。
「ばかな。毒が効いているはずだ。どんな毒耐性にも通用するリリアナ様の毒だそ。」
「私には効かないみたい。」
アウローラは冷めた目でアルギュウスを見下している。
「ふ、毒が効かなくてもその出血は致命的だろう。」
アルギュウスが笑いを浮かべてアウローラを見た時、出血しているはずの傷から血が溢れ出ていない。
「どういうことだ?」
「あの程度の傷、気力で治すわ。」
「化け物か?」
「失礼ね。こんなか弱い女性を捕まえて。」
嘲笑を浮かべながらアウローラは剣を上段に構えた。
「ふん、どんな化け物でもこのアルギュウスに敗北はない。」
自信満々の顔つきでアルギュウスは、剣を正眼に構えた。
「じゃあ、これがはじめての敗北ね。」
アウローラから表情が消えた。
アルギュウスにいままで感じたことのない感覚が全身を支配する。
(恐怖…)
アルギュウスは心を沈めようと、静かに息を吐く。
「つぅぁ‼」
裂帛の気合が廊下に響き渡る。
アウローラの剣が真正面から振り下ろされる。
速い。
躱す間はない。
アルギュウスが攻撃を受けるべく、剣を頭の上に振り上げる。
剣と剣がぶつかり、重い衝撃音が轟く。
(今度は躱せまい。)
アルギュウスの見えない第3の腕が腰のもう一本の短剣を握る。
その刹那、受けたアルギュウスの剣が真っ二つに折れ、そのままアウローラの剣がアルギュウスを断ち割った。
折れた剣が床に落ち、大きく響くと同時に、アルギュウスの身体が左右に分かれて倒れていった。
軽く息を吐いたアウローラは、剣についた血を振り払うと、二つになったアルギュウスを見下ろし、呟いた。
「そこまでじゃあなかったわね。」




