7-2 血と狂乱のパーティに娘たちは乱痴気騒ぎ その二 ティアラ、逃げる
同じ頃。
晩餐会会場はパニック状態であった。
会場に乱入してきた一団。
皆が同じ鳥を模したような仮面をかぶり、羽根つき帽子にフリルのついた夜会服を着た者たちだ。
それが脇目も振らず、エミリアとサリーのいる場所へ駆けていく。
その姿を見て、サリーは息を飲んだ。
エミリアの周りにいるエスコートの男たちは防衛体制を敷く。
ティアラがサリーの前に立ち、仮面の一団から彼女を守る構えをみせる。
刺客たちがレイピアを抜く。
ティアラがそれに対して素手で対峙した。
仮面の刺客は、無言のままティアラを排除しようと、レイピアを突き出す。
それは寸分たがわず、ティアラの心臓を狙った。
しかし、その切っ先がティアラに届く前に、ティアラは回転し、レイピアを受け流しながら手刀で刺客の後頭部を打った。
刺客は一撃で気絶し、床に俯せで倒れた。
その拍子に手から離れたレイピアを、ティアラは急いで拾い上げる。
驚きの声が仮面から漏れる。それも一瞬の間。刺客は続けざまにレイピアを繰り出す。
その悉くをティアラの握ったレイピアが受け流した。
サリーの前で仁王立ちのティアラに、刺客の一団は怯んだ。
「サリーには指一本触れさせません。」
ティアラの頼もしい言葉に、サリーは胸が高鳴るのを覚えた。
「ずいぶん、頼もしいことを言うじゃない。」
サリーの後ろでアウローラが野次馬丸出しで見ていた。
「アウローラ、いいのですか?あなたのパートナーにも刺客が迫っているようですよ。」
ティアラに言われて、アウローラは後ろを振り返った。
見れば、いつのまにか別の仮面の一団がアイザックたちを取り囲んでいる。
「いっけない!」
アウローラはすぐにアイザックの元へ駆けていった。
アウローラがティアラを置いてアイザックを助けに行った後、ティアラの目の前には刺客が5人、後ろにはサリーが一人。あとは、少し離れた所にエミリアと御付の者がいるだけだ。会場にいるほかの客たちは恐怖で固まって震えているか、逃げ出そうと右往左往しているか、気絶しているか、死んでいるかの四様しかない。
刺客5人は他の者に目もくれず、ティアラの後ろにいるサリーを攫おうと動いている。
しかし、ティアラがそれを許そうとしない。
結果、刺客はティアラと戦うことになる。
こもった気合とともに、刺客の一人のレイピアがティアラを突き刺そうと伸びた。
それを半身になって躱すティアラのレイピアが、逆に刺客を横に掃う。
刺客も身体を後ろに下げて、それを避けた。
なかなかの腕前である。
「助けてくれ。」
ティアラが戦っているのを知った客のひとりが、助けを求めて駆け寄ってくる。
他の客もそれに続く。
「ちっ」
客が邪魔で思うように戦えなくなることに、ティアラは舌打ちした。
「サリー、逃げますよ。」
ティアラは手にしたレイピアを捨て、いきなりサリーの腕を掴むと、そのまま両手で抱き上げた。
「ティアラさん、何を?」
「黙って、舌を噛みますよ。」
そう言うが早いか、刺客に向かって駆け出した。
その思いがけない行動に刺客たちは一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直し、ティアラを迎い撃つべく身構えた。
それに反応してティアラの足が床を蹴った。
飛び上がったティアラの背中から白い翼が出現し、刺客の頭上を滑るように飛び越えたティアラは、会場の窓を突き破り、外へ飛び出した。
【王者の輝き亭】の中庭に降り立ったティアラは、すぐに翼を背中にしまい、サリーを抱いたまま走り出した。
「ティアラさん、いま、背中から翼が…」
「気のせいです。」
サリーの疑問を無視したティアラは、安全な場所を探して検索魔法を使った。しかし、会場の外にも刺客が待ち構えており、安全な場所は見当たらない。
そうこうしているうちに、外にいる刺客がティアラを囲んだ。
「サリーさん、少し我慢してください。」
そう言うと、ティアラはそばに立つ木に向かってサリーを放り投げた。
「きゃあ!」
放り投げられたサリーは、枝が密集するところに引っかかり、そのまま落ちないように枝にしがみついた。その下では、ティアラが自分を囲む刺客を睨みつけていた。
ティアラは、背中に手を回し、別空間の箱から銀の槍を取り出した。
それをサリーは固唾を飲んで見守る。
そして、もう一人、はるか上空で同じように見守る女がいた。
「へえ、おもしろそうじゃない。」
モルとともにいたベルトークだ。
二人の注目を浴びながらティアラの戦いが始まる。
ティアラを囲む刺客7人は、会場に乱入してきた一団とは違い、仮面をつけていない。しかし、その素顔は仮面をつけているように無表情であり、一様に死んだような目をしている。
しかし、殺気だけは中庭を埋めるほど全員から迸っており、ティアラを無事返すつもりは毛頭ないらしい。
それを受けるティアラも無反応で、無表情だ。
刺客が一斉にティアラに襲い掛かる。
手にしたブロードソードが八方からティアラを斬りつけた。
しかし、ティアラには傷ひとつ、つけられない。
すべて絶妙なタイミングで躱したのだ。
刺客たちの無表情な顔から、驚きの声が小さく上がる。
その隙をついて、ティアラの槍が素早く繰り出された。
一人の喉が貫かれるの始めとして、引き抜いた槍の石突きで後ろにいる刺客の顔面を割り、槍を横に薙ぎ払って二人の刺客の首を切り裂いた。
一瞬にして4人の刺客が倒された。
その光景に刺客は一旦、距離を取り、ブロードソードを正眼に構えた。その後ろに残りの二人が隠れるように立つ。
睨み合う短い間があく。
何かを仕掛けてくることは、その場の緊張感が教えていた。
先頭の刺客が剣を構えたまま駆け出す。後ろの二人も同様に掛ける。
正面からは一人に見える。
無防備に先頭がティアラの前に身をさらけ出した。
そのままティアラの槍に自ら刺さりに行く。
「!?」
その不可解な行動の意図が知れないまま、刺客の身体をティアラの槍が背中へと貫き抜ける。
そのとき、刺客がその槍を両手で握った。
ティアラの槍が奪われた形だ。
その刺客の後ろから黒い影が頭を飛び越えて、ティアラに向かってくる。
手にはブロードソードだ。
それがティアラの頭を断ち割らんばかりに振り下ろされる。
「防御魔法」
ティアラの前に魔法の盾が出現し、ブロードソードを防ぐ。
だが、今一人が先頭の男の股間をすり抜け、ティアラの足元に姿を現すと、手にしたショートソードを下から突き上げた。
ティアラの腹部が刺し貫かれかと思われた。
その瞬間、ティアラの右足が今一人の刺客の腹部を蹴り上げた。
そのすさまじい蹴りに、刺客の身体は浮き上がり、ブロードソードを振り下ろしていた刺客にぶつかり、ともに宙を舞い上がっていった。
放物線を描いて中庭の木にぶつかり、そのまま落ちて、二人は動かなくなった。
その光景を見た槍に貫かれた刺客は、驚きの表情を満面に残したまま絶命した。
刺客を退けたティアラは、倒れた刺客から槍を引き抜き、木にしがみついているサリーを助けるべく、その木に歩み寄った。
そのとき、殺気と奇声と共に、なにかがティアラの頭上から降ってきた。
「ひゃっほー!」
間一髪、ティアラの身体が横に飛ぶ。
ティアラが元いた位置が爆散する。
その粉塵から姿を現したのは、人の背の丈ほどある斧を背負った女であった。
赤いメッシュの入った黒髪に、肩当と胸当て、手甲に脛当ての軽装の、一目戦士とわかる女。ただ、その雰囲気は狂戦士の狂気を纏っている。
「うふふふ、見てたよ。あんた、やるじゃあない。」
「一応お礼は言っとくわ。ありがとう。」
「あたいと戦おうよ。」
いきなりの申し出に、ティアラは面食らった。
「どうしてあなたと戦わなきゃならないの?」
「どうしってて、あんたが強いからさ。」
「強いと戦うの?」
「そうさ、弱い奴と戦ってもしょうがないだろ。強い奴と戦って、そして勝つ。それ以上の喜びはないじゃない。」
女は、唇に微笑みを浮かべ、巨大な斧を軽々と構えた。
「いやだといったら。」
「上にいる女が死ぬだけ。」
「しょうがないわね。」
ティアラは不承不承承諾した。
「そうこなくちゃ」
「あなた、名前は?」
「ベルトークってんだ。あんたは?」
「ティアラ」
そう名乗ると同時に、ティアラの身体が一陣の風となった。
ティアラの槍がベルトークを貫かんと、鋭く伸びる。
それをベルトークの巨斧が弾く。
それが連続して続く。
しかし、ベルトークは巨斧を羽のように軽々と振り回し、ティアラの槍を悉く弾き返した。
「どうした?もう終わりかい。」
ベルトークが挑発する。
それにティアラは無言で答えた。
「じゃあ、今度はこっちから行くよ。」
口に笑みをたたえたままベルトークの巨斧が風となってティアラに迫る。それを軽々と躱すが、巨斧の連続がその後に続く。
その連続攻撃を今度はティアラが躱し続けた。
ベルトークの連続攻撃のなか、下から振り上げた巨斧を、ティアラがスウェーバックして躱すと、ベルトークは振り上げた巨斧をそのままティアラの肩口に振り下ろした。それを待っていたように半身で躱したティアラは、そのまま地面を蹴り、ベルトークの頭上を飛び越して背後に立ち、一瞬の隙をついて槍を突き出した。
躱す間もなく、槍の穂先がベルトークの胸を貫いた。
「ぐっ」
短い悲鳴の後、ベルトークが片膝をついた時、片側にあった巨斧がひとりでに地面を滑り、その刃先がティアラの下半身に迫った。
「防御魔法」
魔法の盾が前面に展開し、巨斧と防御魔法が衝突した。
その衝撃で防御魔法は粉々に破壊され、ティアラは後方に吹き飛ばされ、そのさい、槍が手から離れてしまった。
「惜しかったね。いい線いってたけどあたしには通用しないな。」
手に巨斧を戻したベルトークは、平気な顔で立ち上がり、胸に刺さった槍を引き抜いてその場に投げ捨てた。
「武器は手にない。さて、どうする?」
「さて、どうしようかしら?」
さらっと言いのけるティアラに、ベルトークは嘲笑を向ける。
「強がりもどこまで通じるかしら?」
巨斧を改めて手にしたベルトークが地を駆けた。
そのスピードを生かした攻撃がティアラを襲う。
それを躱し、距離を取ろうとするが、ベルトークのフットワークと巨斧の動きは巧妙で、なかなか距離を取れない。一定の距離を保ったままベルトークの巨斧がティアラを切り裂かんと振り回される。
(あれだけ大きな斧なのに重さを感じない。それでいてこの威力。なぜ?)
「あれこれ考えない方がいいよ。反応が遅れる。」
ベルトークの言った通り、一瞬、ティアラの反応が遅れ、回避が不十分になった。巨斧の刃先がティアラの腕を掠める。
「チッ」
バランスを崩しながらもティアラは、ベルトークの背後に廻りこむ。しかし、回り込んだ時、巨斧の柄が突然伸び、ティアラの腹部を打った。
「うぐっ」
短い悲鳴とともにティアラが尻餅をつく。
「死ね!」
頭上から巨斧が降ってくる。
ティアラの背中から白い翼が出現し、地面を滑るように飛ぶ。
そのあとに巨斧が地面を穿った。
地面の大穴を確認しながらティアラは、上空高く飛び上がり、そこで静止した。
「その翼は…?」
ベルトークがはじめて驚きの表情を見せて、上空を見る。
それは木の上にいるサリーも同様だった。
「天使…?」
天高く浮かぶティアラの姿は天使そのものだった。
「おまえの正体は天使だったのかい?」
ベルトークの問いにティアラは答えない。
かわりにティアラの目が紅色に輝く。
ティアラがなにもしてこないことに、ベルトークは訝しげな顔をしていたが、やがて口の端に笑みを浮かべると、その身体が浮かびあがり、いきなり急上昇を始めた。
宙に浮くティアラに向かって巨斧を振るう。
ティアラはそれを軽々と躱して、距離を取った。
そのティアラに向けて、ベルトークが巨斧を突きつけた。
「あたいが空を飛べないとでも思った?」
ティアラは目を紅くしたまま黙っている。
「あんたが天使なのは驚いたけど、それだけ。あたいの勝利は動かない。」
「なぜ、そう思うの?」
「だって、あたいはあんたより強いもの。」
呆れるほどの自信を見せるが、あながち冗談でないことはティアラにはわかる。ただ、一点を除けば。
「もうそろそろ終わりしようか?」
「賛成ね。サリーをいつまでもあのままにできないし。」
「あたいに勝つつもり?」
嘲りの笑いがベルトークの喉の奥から漏れる。
「そのとおりよ。」
ティアラの返答にベルトークの顔色が変わった。
気に障ったらしい。
「後悔しながらあの世へいくといい。」
巨斧を大きく振りかぶったベルトークが、いきなり加速してティアラに向かって飛んだ。
まさしく一陣の風のように迫る。
「ホーリー・ジョベリン (聖光の投槍)」
ティアラの右手から光る槍が出現すると、それをベルトークに向かって投げつけた。
光の線がベルトークを貫こうとした時、巨斧から薄紫色の光が迸り、ベルトークの周りを包む。それにぶつかった光の線が光の粒子となって飛散した。
「防御魔法はあんただけの専売じゃあないよ。」
薄紫色の光の幕を纏ったまま、ベルトークの巨斧がティアラを断ち切る。
寸前で回避したティアラは、ベルトークの頭上に位置し、再びホーリー・ジョベリンを放った。
それも複数。
ベルトークは、それを防御魔法で悉く防ぎながら、猛スピードで迫り、巨斧でティアラを断ち切ろうとする。それをティアラは、柳に風のごとく躱す。
「ちょこまかと。」
苛つくベルトークが巨斧を両手で持ち直すと、巨斧が青白く輝きだし、やがて、二つに分裂した。
「フォロワーズ・アックス (従者の斧)」
ベルトークが手にするものと同じ巨斧が隣に浮かぶ。
「二つの斧、どこまで躱せるかしら。」
ベルトークの目が光ると同時に、浮かぶ巨斧がティアラに向かって切り込んだ。
それを躱しながらホーリー・ジョベリンを撃ち込む。
ベルトークはそれを躱しもせず、防御魔法で防ぎながら巨斧を振り下ろす。その横から浮かぶ巨斧が切り込んでくる。
「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」
ティアラを光の球体が包み込む。
打ち込まれた二つの斧は、球体の表面を滑るように進み、一本はあらぬ方向に飛び。もう一本はそのまま戻って、ベルトークの身体に喰い込んだ。
「ぐわっ!?」
深々と食い込んだ巨斧を抱えるようにして、ベルトークは地面に落ちていった。
それを木から見上げていたサリーは、ティアラが勝利したと一瞬思った。しかし、次の瞬間、サリーの目に信じられないものが映った。
あらぬ方向に飛んでいったもう一本の巨斧が、ブーメランのように戻り、ティアラに向かったのだ。
相手を倒したと思っているティアラは、無防備状態である。
サリーは危険を知らせるために叫ぼうとした。
しかし、すでに遅く、巨斧はティアラの背後に迫っていた。
思わずサリーは目を瞑る。
静寂が流れる。
サリーは悲鳴も何も聞こえないことに訝しがりながら、恐る恐る目を開けた。
相変わらず、宙に浮くティアラがいる。
その左手にはベルトークの巨斧が握られていた。
「残念だったわね。」
ティアラが巨斧に語りかける。すると、巨斧から返答が返ってきた。
「どうして、わかった?」
「私のホーリー・ジョベリンを避けもせず、向かってきたから。見た目の女が本体じゃあないなと思っただけ。」
「思っただけ…?」
「斧を二つに分裂して、同時攻撃をかけてきて、ああ、誘っているなと思ったの?」
「そして、私は誘われたわけか?」
「そ、ご苦労さんだったわね。」
ティアラが握っている巨斧に目を向け、哀れみの情を見せる。
「おまえ、何者だ?」
「答える必要はないわ。クリーンオブサンライト(浄化の陽光)」
そう言うと、ティアラの左手が眩く輝いた。
「ぎゃあああぁぁ~‼」
光の中で巨斧は砂のように崩れ、中から黒い霧のようなもの吹きだすと、それも光の中で霧散していった。
絶叫が途絶え、静寂が再び蘇ると、ティアラはサリーがしがみつく木に向かってゆっくり降りていった。
夢心地の表情をして、木にしがみつくサリーを抱き上げ、地上に降りたティアラは、サリーを抱いたまま歩き出した。
「ティ・ティアラさん……、あなたは……、天使なのですか?」
「いいえ。」
「でも、背中の羽根が…」
ティアラは背の羽根を急いでしまい、何食わぬ顔で答えた。
「気のせいです。」




