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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード3 ショッピングと篭絡の魔女
35/97

7-1 血と狂乱のパーティに娘たちは乱痴気騒ぎ その一 プリムラ、暴れる

 パーティ会場での騒ぎから離れたところ、ここは調理室。


 そこに突然現れたプリムラ。


 その場にいたダントンをはじめとする料理人たちは、プリムラの登場に驚きと怒りを表していた。

 「勝手に入ってくるな!」

 「ここは女の来るところじゃない!帰れ、帰れ。」

 「プリムラ殿。いくらあなたでもここは来るべき場所ではない。」

 この間、市場で見かけた助手二人は、口汚く罵り、ダントンは穏やかにプリムラの退出を促した。

 しかし、プリムラはそのどの言葉にも従おうとしない。

 「ダントン、これはあなたが作ったの?」

 そう言って差し出したのは、先ほど衛兵のそばに落ちていた揚げ物。

 「なんだ、それは。そんなものは知らんぞ。」

 「でしょうね。あなたの料理にしては雑だから。」

 納得したプリムラの視線が、ダントンから後ろに控える助手二人に移る。

 「そこのあなたが作ったの?」

 プリムラの指差す先には助手のひとり、ジェリコが立っていた。

 「おれは知らん!」

否定するジェリコのそばに近づくプリムラは、いきなりその手を取った。

 「これは油よね。あなた、油を扱う料理を任されたの?」

 「ジェリコは盛り付け担当だ。油は扱ってない。」

 ダントンの言葉にジェリコの顔が青ざめる。

 「な・何かの拍子に指についたんだ。」

 必死の言い訳にプリムラが鼻で笑った。

 「あなたの指からこの揚げ物の匂いがする。ダントンが作ってない揚げ物の匂いが、なぜあなたの指についているの?」

 その一言にジェリコの表情が一変した。


 「くそ!」

 プリムラの手を強引に振り払うと、どこに持っていたのか、包丁を構える。

 「おとなしく料理を食べてればいいものを。出しゃばりやがって。」

 ジェリコの顔つきが醜悪に歪む。

 「雑な料理はゆるせないの。」

 プリムラが身構えようとした時、ダントンがその前に出た。

 「ジェリコ!きさま、よくも儂の顔に泥を塗ってくれたな。」

 怒り心頭のダントンに、ジェリコは嘲笑で返した。

 「お山の大将を気取っているお前さんの下にいるのは、つらかったぜ。えらそうに、俺様にあれこれ指図しやがって。」

 ジェリコが包丁の切っ先をダントンに突きつける。

 「なんだと!」

 「てめえの指図はもう受けん。死にな。」

 ジェリコの包丁を持つ手が、目にも止まらぬ速さで、ダントンの胸を狙って伸びた。

 その速さにダントンは躱すこともままならず、立ったまま目を瞑った。


 鈍い金属音とともになにかが跳ね上がり、床に落ちる音が続いた。


 静かに目を開けると、ダントンの目の前にプリムラの背があり、その向こうで腕を抑えて、苦痛に顔を歪めているジェリコがいた。少し離れた床には包丁が落ちている。

 「雑な料理しか作れないくせに、一丁前のことを言うんじゃないわよ。」

 「うるせえ!」

 ジェリコが更にもう一本、包丁をどこからか取り出した。

 「さすが雑な料理人ね。料理人の魂というべき包丁を武器に使うなんて。」

 その非難にジェリコの口の端に薄笑いが滲んだ。

 「おれは料理人じゃあねえ。殺し屋だ。」

 そう正体を明かした途端、ジェリコの包丁が今度はプリムラの胸を狙った。

 また、金属音がして包丁が跳ね返る。今度は手放さない。

 プリムラが何をしたか、認識したからだ。


 プリムラの腕から黒く薄い布のようなものが垂れ下がっている。

 更にジェリコの包丁が迫る。

 プリムラの黒い布がその包丁を弾く。


 ジェリコの表情に驚きの色が浮かんだ。


 「ダントン、後ろに下がって。他のみんなもここから逃げなさい。」

 プリムラの言葉に室内にいた料理人たちが裏口から逃げ出そうとした。

 「逃がさねえぜ。」

 ジェリコの目が怪しく光る。

 ジェリコが左腕を伸ばすと、その腕の周りに数本の包丁が現れた。そして、左腕を振ると、その包丁が一斉に逃げ出そうとした料理人の背中や後頭部に突き刺さった。


 短い悲鳴とともに床に倒れる料理人たち。

 ダントンの口から嗚咽が漏れる。

 しかし、プリムラは表情を変えない。


 「今度はおまえだ。」

 いつのまにかジェリコの両肩の周りに数十本の包丁が浮かんでいる。

 その切っ先がすべてプリムラに向かっていた。

 それを見たダントンがプリムラの後ろで小さくなって隠れる。


 「そこを動かないで。」

 後ろのダントンにそっと囁いたプリムラは、両腕を垂らしてジェリコの前に立ちはだかった。

 「盾になるつもりか?無駄な努力だぜ、豚女。」

 ジェリコの一言にプリムラの眉が敏感に反応した。

 「余計なことを言ったわね。似非(えせ)料理人。」

 「おれは殺し屋だと言ったろ。……まあ、いい。ここで死ぬんだ。すきなだけ言ってろ。」

 悪態をつきながらジェリコの右腕が上がった。

 それを合図にまわりの数十本の包丁が一斉にプリムラに飛びかかった。


 プリムラとダントンは数十本の包丁に刺し貫かれ、ハリネズミのようになるはずだった。少なくともジェリコはそう思っていた。

 しかし、現実はちがう。

 数十本の包丁が空中で静止しているのだ。

 プリムラとダントンには傷どころか、届きもしていない。

 

 ジェリコの表情が呆然という言葉を貼り付けて固まった。

 

 「な・なんだ?それは…」

 ジェリコが指差す先には、黒く薄い布状のものがプリムラたちを覆っており、それが飛んで来た包丁をすべて受け止めているのだ。

 およそ信じられない現実であった。


 「似非料理人の包丁はなまくらということね。」

 布状のものをプリムラが引っ張ると、包丁はすべて床に落ち、何事もなかったように薄笑いを浮かべるプリムラにジェリコは背筋の凍る思いをした。


 「くそ!」

 再度、包丁を構えるとジェリコが握っている包丁の左右に同じものが連続して現れた。

 また、数十本の包丁がプリムラを狙って宙に浮かぶ。

 「こりないわね。」

 「くらえ!」

 横に並ぶ包丁らが矢のようにプリムラに向かって飛ぶ。


 「ダーク・シルク (闇夜の絹布)」

 飛んで来た包丁がプリムラが広げた黒い布状のものに包まれ、その勢いを失くすと同時に塵となって消えていった。

 その隙をついたか、ジェリコがプリムラの横に移動し、今度は銀色に輝くナイフを突き出した。

 「無駄よ」

 プリムラの右手からダーク・シルク (闇夜の絹布)が出現し、ナイフに絡まると、それをジェリコの手から捥ぎ取った。

 「なに!?」

 驚きながら後ろに飛んだジェリコは、調理室の一番奥まったところに陣取った。

 「もうあきらめたら。」

 ジェリコから奪い取ったナイフを弄びながら、プリムラが絶対優位の姿勢でジェリコを追い詰めた。

 絶体絶命のジェリコは、自分の周りを見渡し、左横にある戸棚に目をつけ、そして反対にある裏口に視線を飛ばした。

 それを見てプリムラは、ジェリコがなにかを企んでいると察し、警戒の態度を取った。


 「なにを企んでいるか知らないけど、悪あがきはやめたら。」

 プリムラの説得にジェリコは、無邪気とも言える笑顔を見せた。

 「そうだな。人間、あきらめが肝心か?」

 意外に素直なジェリコに、プリムラとダントンはかえって虚をつかれた。その隙をつき、ジェリコは左横の戸棚に取付き、扉を開けて中の袋を取り出し、思いっきり放り投げた。

 それが調理台に当たり、袋が破れると同時に、白い粉が辺り一面に舞い散った。


 「なに、これ!?」

 「小麦粉!」

 プリムラとダントンは小麦粉がかかるのを思わず避けようとした。その行動の乱れに乗じて、ジェリコは更に小麦粉の袋を放り投げ、小麦粉の煙幕を張った。

 白い煙幕は視界を遮り、ジェリコはそれを機に裏口のドアへ移動した。

 「まて!」

 プリムラが追いかけようとしたとき、ジェリコの笑い声が白い煙幕の向こうから聞こえてくる。

 「なかなかやるが、最後に勝つのは俺様だ。」

 そう言うと、ジェリコの右手に紅い炎が点った。

 「あばよ。」

 「しまった!」

 プリムラの叫びとドアの開閉の音が同時だった。


 【粉塵爆発】

 可燃性の微粒子が空気中に浮遊している状態で、充分なエネルギーを持つ着火源の存在により爆発を起こす現象。

 ジェリコは小麦粉を使って、その粉塵爆発を引き起こそうとした。


 港の市場からの荷物を集積する場所として宿屋の裏に作られた広場。そこにジェリコは一人立っている。

 「ふん、残念だったな。豚女。」

 独り言をつぶやくジェリコの確信。

 数秒も待たず大爆発が起こるはずであった。


 しかし、いくら待っても爆発は起こらない。

 

 「まさか…、失敗したのか…?」

 不安と焦りがジェリコの心を支配し始める。爆発をいまかいまかと待ちわび、調理室の裏口を凝視するジェリコの耳に聞きなれた声が届いた。

 「いくら待ったって、爆発は起こらないわよ。」

 裏口がゆっくりと開き、その後ろからプリムラの豊満な姿とダントンの呆然とした姿が現れた。

 「ど・どういうことだ!?」

 「爆発寸前にこれですべてを包んだのよ。」

 そう説明するプリムラの右手の平に黒い球が浮かんでいる。その中心では赤い炎が点滅していた。

 「包んだ…?」

 信じられない話である。

 と同時に、危機感が、怒りが、ジェリコの全身を包み込んだ。

 そして、それが引き金となる。

 「うおおおおお~‼」

 獣の咆哮とともにジェリコの身体が、突然、変化し始めた。

 着ていた服が膨れ上がる身体に耐え切れず、びりびりと破れ、爪が異様に伸び、顔が縦に伸びていく。口の中の歯はすべて鋭い牙となり、両耳が頭に移動しながら長く伸びる。

 ものの数秒でジェリコは銀色の毛をもつ人狼と変身した。


 それを見たプリムラの口に不敵な笑みが浮かぶ。

 「狼の肉はおいしくないのよね。」

 「があぁっ!」

 怒りの咆哮とともにジェリコの身体が消えた。いや、常人の目にはとらえきれない速さで移動したのだ。

 プリムラは後ろにいるダントンの襟首をつかむと、軽々と持ち上げ、調理室の裏口に向かってダントンを放り投げた。それと同時にジェリコの牙がプリムラの首に襲い掛かる。

 それを予測してか、プリムラの身体が後方に飛ぶ。

 ジェリコの牙は虚しく空を噛んだ。

 「ファイアブレッド (火炎弾)」

 着地と同時にプリムラの手の平から紅い火球が飛ぶ。

 今度はジェリコが身を躱し、火炎弾は当たらない。

 「この姿を見て、生き残った奴はいない。おまえもバラバラに引き裂いてやるぜ。」

 ジェリコの目が細くなり、赤い舌が奇妙な動きをする。

 「勝手にほざいてろ。」

 プリムラはあくまで強気だ。

 「今度は躱せるか!?」


 ジェリコがプリムラの周りを走り始めた。そのスピードは徐々に上がり、ジェリコの姿が複数になっていく。

 「こいつは…」

 複数のジェリコが同時に八方からプリムラに襲い掛かった。

「ダーク・シルク (闇夜の絹布)」

 プリムラのまわりに黒い布状のものが広がる。ジェリコの牙はそれに噛みついた。

 すると、噛みついた部分が黒い粒子状になり、消えて無くなる。

 「!?」

 元の一体に戻り、プリムラの前に立ったジェリコが自慢げに口を開く。

 「俺の牙には聖魔術が付与されている。闇属性は霧散するんだ。」

 「面倒ね。」

 ドヤ顔のジェリコをプリムラは忌々しそうに見る。

 「おまえは闇魔法使いと見える。ならおまえの打つ手はない。」

 「さあ、どうかしら。」

 「強がりもいまのうちさ。絶望を味わいながら死ね。」

 ジェリコの身体が再びプリムラの周りを廻り始める。

 調理室前で小さくなっているダントンは、プリムラを心配そうに見つめていた。


 また、ジェリコの身体が複数に増える。

 プリムラは黙って立っていた。

 一匹がプリムラに襲い掛かる。

 ダーク・シルク (闇夜の絹布)が再び展開する。

 それに噛みつくと、布状の一部が消えて無くなった。

 別の一匹も噛みつく。

 それが連続し、ダーク・シルク (闇夜の絹布)は穴だらけになっていった。

 「いい感じになってきたじゃあねえか。」

 複数のジェリコが動き回りながら嘲る。それでもプリムラに焦りの色は見えない。

 「次で最後だ。」

 その言葉を残してジェリコが消えた。

 プリムラの身体が沈む。

 そのうえをジェリコが通り過ぎた。続いてプリムラの喉を狙って別のジェリコの牙が迫る。

 それを辛うじて躱す。

 「いつまで躱せるかな。」

 嘲笑が響く。

 

 ジェリコの姿が影のようになる。

 人外のスピードでプリムラに攻撃を仕掛ける。

 次々と襲い掛かる鋭い牙。

 プリムラもそれを驚異の反射神経で躱す。

 しかし、さしものプリムラもジェリコのスピードについていくのが精一杯なのか、反撃できない。


 今度も身を沈めて、ジェリコの牙を躱すだけだ。

 そのとき、足元の影からジェリコの身体が鋭い牙とともに出現した。それを身を反らして躱したプリムラの背後から別のジェリコが襲い掛かる。

 「ダークランス(闇の魔槍)」

 プリムラの影が伸び、それが鋭い槍となってジェリコを刺し貫いた。

 「残念」

 刺し貫かれたジェリコが霧となって消えると同時に、上空からジェリコが降下し、身を反らしたプリムラにその四肢を乗せ、地面に抑えつけた。

 目の前によだれで濡れる鋭い牙がある。

 「死ね!」

 「おまえがね。ブラックフレア(漆黒の獄炎)」

 プリムラの全身から黒い炎が立ち上った。

 たちまちジェリコの全身を黒炎が包み込む。

 「ぎゃあああぁぁ~」

 絶叫を残してジェリコの身体が、あっという間に灰となって四散した。


 争いの喧騒が止み、夜の静寂が広場に広がった。

 立ち上がったプリムラは、ドレスの埃を掃うと、調理室の裏口前で震えているダントンの元へ歩み寄った。

 「だいじょうぶ?」

 手を差し伸べるプリムラに、震える唇で笑顔を作り、ダントンはプリムラの手を取って立ち上がった。

 「あなたこそ大丈夫か?」

 「私は大丈夫よ。」

 「それはよかった…」

 安堵の息を吐いたダントンの目に異様な姿が映った。


 プリムラがダントンの元へ歩み寄ったのを見測るように、ジェリコだった灰の山から腕が飛び出した。やがて、頭、上半身、そして下半身と人の姿に戻ったジェリコが灰の中から現れたのだ。

 「ばかが。灰にしたのはおれの人形(コピー)だ。」

 ジェリコの手が青白く輝くと、そこに一本の剣が出現した。

 「へへへ、勝ち誇ってろ。この聖剣を模した剣なら、いかにおまえでも防げまい。」

 足音も立てず、そっと忍び寄ったジェリコは、プリムラの背後で剣を大きく振りかぶった。

 それを見たダントンの目が大きく見開かれる。

 

 「死ね」

 「どっちが」

 剣が振り下ろされる寸前、プリムラが振り向きざま、右手を逆袈裟に振り上げる。

 右手から伸びた黒い翼がジェリコの身体を斜め下から肩口へと切り裂いた。

 「ぐわあ!」

 ジェリコの身体が斜めにズレながら地面に落ちる。もう片方も続けて地面に倒れた。


 「気付かないとでも思った。」

 物言わぬ躯と化したジェリコを見下しながらプリムラは吐き捨てた。

 その様子を見て、ダントンが素朴に尋ねた。

 「どうして、わかった?」

 「別に…、似非料理人だからやられたやつも似非かなと思って。」

 ダントンの疑問に、プリムラは微笑みを浮かべて答えた。


グローブフィッシュって、「ふぐ」と同じものだと思ってください。

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