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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード3 ショッピングと篭絡の魔女
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6 思惑は集い 陰謀は巡り 晩餐会は踊る

 日が西に隠れ、宵闇が東から忍び寄るころ、【王者の輝き亭】には様々な種類の馬車が到着し、ひしめき合っていた。

 馬車から降りてくるのは、旅行に来ている王族や貴族、あるいはイースドアの有力者たち。

 婦人たちはここぞとばかりに豪奢なドレスに、高価な宝飾品で着飾り、濃い化粧で見目をなんとかごまかそうとしている。

 もちろん、そんなことをしなくても、内から出る気品や誰の目も引く美麗で注目される者も少なくない数いる。

 その中のひとり、プリムラはその体型とは裏腹に、その華麗な動きで宿屋の中に入っていった。


 エントランスホールには多くの来客がひしめき合っていた。

 そのすべてが同じ方向に歩いている。

 晩餐会の会場である。

 長い渡り廊下を歩いて行くと、広いホールに辿り着く。

 大陸にあるどの宮殿のホールにも負けない豪奢な作り。巨大なクリスタル製のシャンデリアが五つ天井から下がっており、魔法の灯(マジックトーチ)がホールの隅々まで照らしている。

 壁は様々な種類の彫刻と絵画で飾られており、上を見れば、天井一面にフレスコ画で王者が魔物を打ち据えている場面が描かれている。


 ホールの中央にはとてつもなく長いテーブルが置かれ、真っ白なシーツが全面を覆い、そのうえに豪華な料理がこれでもかと並んでいる。

 肉に魚、野菜に果物、この大陸で手に入るあらゆる食材が、一流の料理人によって料理され、盛りつけられ、飾られている。

 それはこの晩餐会に出席したすべての来賓者の目を奪うのに十分なものであった。

 立食形式のパーティは、出席した皆に蒸留酒や発泡酒、果実酒、水にいたるまで好みに合わせて配られ、この晩餐会の主賓を今かと待ちわびていた。


 その時が来た。


 ホールにいるほとんどの視線が一方向にそろう。

 開け放たれたドアの向こうから一団が現れる。

 美男美女に囲まれた、ひときわ目をひく佳人。

 白を基調に紫色の大輪の花を散りばめた刺繍をあしらったドレス、紫色のつややかな長髪をたなびかせ、そこに輝く黄金のティアラ、首には色とりどりの宝石を散りばめたネックレス。

 豪華で絢爛な装いながら、しかし、その美貌はいかなる装身具にも劣ることを知らない。まさしく、美の女神と呼ぶにふさわしい貴婦人が優雅な振舞いで来客者の面々の前を歩いて行く。

 その場にいる、一部の者を除いて、皆が目を奪われていた。


 【王者の輝き亭】のオーナーであり、イースドア評議会の議長でもあるエミリア・オーベル・グランディオである。


 エミリアはホールの上座に位置すると、ホールの来客者に向かって軽くお辞儀をした。

 「みなさま、今日はお忙しい中、ようこそお出でくださいました。」

 鈴のような声が場内に響き渡る。

 「本日、このような会を開きましたのも、特別なゲストをお招きしたからです。」

 エミリアの視線がホールの入り口に向いた。

 そこには二組の男女がいた。

 向かって左側に立つのは、スカートにピンクのバラをあしらった純白のドレスを無理なく着こなし、まさしくプリンセス然とした威風を纏った美女であり、その首にかかる真っ赤なルビーのネックレスがいやみにならず、アクセントとしてその美しさを引き立てていた。

 その隣には、緑色と黄色のコントラストが映える貴族服を着こなし、金髪を後ろに撫でつけた紳士が立っていた。

 ただ、女性の身長が若干高く、そのバランスが少し滑稽に見えるのは、紳士の目が緊張で泳いでいるためであろう。

 「皆さま、ご紹介いたします。リンデール王国第一王女、サリー・ファニア・リンデール殿下です。」

 サリーは皆からの拍手に、貴族の礼法で答えた。

 「そのお隣が、バルトシュタイン皇国第二皇子、アイサルト・シャローム・バルトシュタイン殿下です。」

 アイサルトは人形のように頭を下げ、エミリアに促されるまま、歩き出し、その隣に立った。サリーも後に続いて歩き出したとき、その後ろに続く美女を見て、並び立っている客たちの間にどよめきが広がった。

 薄い蒼を基調としたパーティドレス、特別な宝飾品もつけていないが、その少し冷たい美貌が、ドレスと相まって美しさを際立たたせていた。

 晩餐会の主人であるエミリアもその美しさに、小さく感嘆の声をあげた。

 その美女、ティアラは、サリーの後に従って上座に歩み、サリーの立つ位置から斜め後ろに位置取りをした。

 

 来賓がすべてそろい、エミリアが開催を宣言しようとした時、ホールの入り口に一組の男女が現れた。

 ベージュを基調に、金の刺繍を施した貴族服を纏い、さきほどのアイサルトより威風堂々とした佇まいで登場した男、アイザック。その横には、アイザックが用意したパーティドレスを着こなし、さらに美しさを増した貴婦人、アウローラが優雅に立っていた。

 そのあまりに見事な一組に、会場にいる人々が等しく感嘆と羨望の入り混じった声を上げた。エミリアも二度目の小声をあげる。

 男女のカップルは、アイザックのエスコートのまま、来客の一番先頭に並んで立った。

 どこかで説明じみた声があがる。

 「あれは、バルトシュタインのシュタルツ伯爵のようですわね。」

 「隣にいる婦人はどなたでしょう?新しい愛人かしら。」

 「噂では伯爵はお盛んだとか。」

 「まあ」

 やっかみ半分の井戸端会話がそこかしこで上がるが、アイザックもアウローラも一向に気にする様子はない。

 その雑音を消したのは、エミリアの開催宣言であった。

 晩餐会は幕を上げたのである。


 ホールは晩餐会特有の喧騒と熱気であふれかえっていた。

 BGMのごとく流れる弦楽合奏の音。

 それに重なるように湧き上がる会話と笑い声。

 その中で一向にそれらに加わろうとせず、黙々と食事をしているプリムラ。

 「うん、なかなかの味付けね。見た目も豪華。そのうえ繊細。確かにいばるだけのことはあるわ。」

 プリムラが大皿から料理を取り上げようとしたとき、横からそれを器用な手つきで取り分けてくれる男がいた。

 目をあげると、目の前にいたのは特徴的なカイゼル髭の小男。ダントンである。今日は総料理長の装いで、頭にかぶるコック帽がひときわ威厳を見せている。

 「どうですか?料理の方は?」

 普段見せないであろう笑顔を見せて立っているダントンに向かい、プリムラも愛嬌たっぷりの笑顔を返した。

 「堪能しているわ。どれもこれも一級品を超えた料理。勉強になります。」

 素直な賞賛に、ダントンの頬が紅潮した。

 「ありがとう。どの来客の言葉より心に染みます。」

 「あら、本当のことを言ったまでよ。」

 プリムラは当然という顔をして、また料理に目を向けた。それを見るダントンの眼差しが温かいものに変わる。

 「あの、プ・プリムラ殿…」

 ダントンが声をかけようとした時、それを遮ってプリムラが怪訝そうな顔をした。

 「グローブフィッシュの料理はないの?」

 「グローブフィッシュ?いや、今日のメニューにグローブフィッシュは入っていないが。」

 ダントンも同様に怪訝そうな顔をした。

 「そう…」

 「プリムラ殿?」

 なにかを思案しているプリムラを、心配そうに再度尋ねようとしたとき、ダントンを呼ぶ声がした。

 「プリムラ殿。調理場が呼んでいるようなのでこれで失礼します。」

 「ああ、がんばってください。今日はご馳走様。」

 プリムラからの飛び切りの笑顔を送られたダントンは、心臓が締め付けられる感覚をはじめて味わった。

 ダントンが調理場に急ぐ後姿を見ながら、プリムラの脳裏に面倒事の予感が更に深まった。しかし、それはプリムラを不快にはさせなかった。

 「おもしろそうなことが起こりそうね。」

 不敵な笑みを浮かべながら、プリムラは次々と料理を頬張っていった。


 おしゃべりと音楽が入り混じり、溢れかえっているホールを見ながら、ティアラは退屈そうな顔を崩さなかった。

 何人かから踊りの誘いを受けるが、冷徹な笑みを浮かべて、すべて断っている。そのうち、だれもティアラのそばに寄らなくなっていた。

 そんなティアラに近づく人物がいた。


 アウローラである。


 アウローラも退屈な晩餐会にうんざりしていて、ティアラに愚痴を言いにきたのだ。

 「楽しんでる?」

 「そこそこには…」

 ティアラが素っ気なく答えると、アウローラは苦笑を浮かべた。

 「そこそこね。」

 アウローラは手にしていた発泡酒を一気に飲み干すと、ティアラの横顔に自分の顔を近づけた。

 「でも、なぜ、ティアラがこの晩餐会にいるの?しかも、王女様と一緒に?」

 「なりゆきです。」

 「なりゆき…?」

 ティアラは相変わらず、冷静な態度で、会場を観察している。それはなにかを警戒している、あるいは待ち望んでいるように見えた。


 「ティアラ、なにを待っているのよ。」

 「どういうことですか?」

 ティアラがはじめてアウローラに顔を向けた。

 「あなた、ただ黙ってここに突っ立ているわけじゃないでしょ。」

 「わかりますか?」

 「あたりまえでしょ。何百年付き合っていると思っているのよ。」

 「数えたことはありません。」

 そっけなく答えたティアラは、また視線を会場にもどした。


 「なにかが起こるっていうの?」

 「王女を狙って刺客が潜り込んでいるようです。」

 「刺客?」

 その言葉に弾かれるように、アウローラは会場に目を移した。

 「どいつが刺客?」

 アウローラが会場をくまなく見渡すと、ティアラは深いため息をついた。

 「私が刺客ですって、判り切った姿でいるわけないでしょう。」

 ティアラが少し怒ったような表情をすると、アウローラは愛嬌よく舌を出した。

 「でも、刺客はいるんでしょ。」

 はっきり期待しているという表情のアウローラに、ティアラは呆れながら、

 「面倒事は避けるようにと、マスターから言われたんじゃないですか?」

 「それはそうだけど、降りかかってくる火の粉までは避けようがないじゃあない。」

 そんな会話をしていたとき、会場の外が騒がしくなった。


 「来た?」

 「……」


 アウローラもティアラも次に起こる騒動に、心を浮き立たせていた。


 一通りの料理を平らげたプリムラは、晩餐会の喧騒を逃れて、会場から廊下に出た。客人同士のうわさ話や与太話、あるいは社交ダンスに興味のないプリムラは、外の空気を吸いにという振りをして、より興味のある、ダントンがいる調理室を覗こうと思い立ったのだ。

 廊下には晩餐会の客人を警護するための衛兵が詰めていたが、何処か気の抜けた表情をしており、多くが何かを頬張っていた。

 「ま、豪華な料理を横目に警護のために立ちんぼじゃ、お腹もすくわよね。」

 そんな独り言を言いながら廊下を歩いていたとき、後ろのほうでうめき声がして、人が倒れる音が続いた。

 「⁉」

 驚いて振り返るプリムラの目に、苦しみながら倒れる衛兵の姿が映った。それも一人二人ではない。かなりの数の衛兵が同じように倒れていく。


 「おい、どうした?」

 倒れた衛兵に別の衛兵が駆け寄る。

 プリムラも様子を見に、そばに駆け寄った。

 衛兵は口から泡を吹いて、痙攣をおこしている。

 そばには何かの食物が落ちていた。

 それを拾い上げたプリムラは、その食物をしげしげと眺めたあと、少しかじってみた。

 プリムラの顔が渋く歪む。

 「なるほど、グローブフィッシュはこのために使われたわけね。」

 それがなんなのかプリムラにはすぐに見当がついた。

 しかし、傍らで見ていた衛兵はプリムラの行動を驚愕の顔で見つめている。

 「奥様はそれを食べても平気なのですか?」

 衛兵にも仲間が倒れた原因がなんなのか、なんとなく察していた。だからこそ、プリムラの行動に驚いているのだ。

 仲間が食べた食材に毒が混入されている。

 そう思ったのだ。

 「こんな毒、私には効かないわ。」

 そう言うとプリムラは、調理室のある区画へ駆け出した。


 その少し前。

 【王者の輝き亭】の屋上に二つの人影が、それは闇に染まる天空から突如、降って湧いたように現れ、屋上に降り立った。

 「まだ、始まってないようね。」

 片方がぼそっと呟いた。

 ふたりとも黒いフードを頭から被り、その正体はわからない。

 「うふふ、楽しみだなあ。どんなパーティになるんだろ。」

 もう片方が無邪気にしゃべる。けっこう甲高い声だ。

 「ベルトーク、あまりはしゃぐな。」

 片方の人物がフードを降ろした。その下から現れたのは、銀髪に羊のような角を生やした美女である。

 「モルは堅いな。もう少し弾けたら。せっかくのパーティなんだもの。」

 もう片方もフードを取った。そこには黒髪に紅い筋が混じったショートカットの美しいがどこか壊れた雰囲気を持つ美少女だ。

 「命令を忘れるな。わたしたちはパーティに来たのではない。やつらがちゃんと動くか監視に来たのだ。」

 「でも、やつらで手に余るようなら動いていいんでしょ。」

 「ま、動くなと言われてはない。だが、やつらの手に余るようなことはあるまい。」

 「わからないよ。世の中、予期せぬことが起こる。だからおもしろい。」

 ベルトークはその予期せぬことを楽しみにしているように、屋上の端から下を覗き込んだ。その後ろでモルはベルトークの期待を無駄だと決めつけた顔をして、その背中に声をかけた。

 「とっとと仕事にかかるよ。」

 「ハイハイ」

 二人は再び闇に消えた。


 そして、晩餐会会場。

 表の異変はすでに会場にまで達していた。

 窓を突き破って突然、乱入してきた一団があったからだ。

 皆が鳥のような仮面をかぶっている総勢8人ほどの乱入者。

 それが鋭く輝く短刀を振りかざさして、会場内を駆け抜ける。そのさい、何人かの参加者が血を吹き上げて倒れた。


 途端に悲鳴と怒号が交錯し、ホールを埋め尽くす。

 ある者は硬直し、ある者は逃げ出そうとし、ある者は自らのパートナーをかばおうと前に出た。

 

 会場から逃げ出そうとした一群が、ホールのドアを開けようとしたとき、ドアの隙間から銀に光る細長いものが飛び出した。

 それは正確にドアを開けようとした男の喉を貫き、一突きで絶命させた。


 「キャ─── ‼」

 「うわぁぁぁ~‼」

 「ひえぇぇぇ~」


 その光景を見た複数の男女が貴族らしからぬ声を上げ、ドアから離れようとし、またはその場にへたり込み、あるいは気絶して倒れた。

 誰一人としてドアに近づかない。

 後ろでは仮面の一団がエミリアとサリーの元へ迫っていた。

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