4 ティアラ、謝礼に惹かれて護衛を引き受ける
アウローラがアイザックに引っ張り回されてる一方、ティアラは再び「インクの匂いのする通り」を訪れていた。
今回は目的があるわけではない。ただ、本屋を眺め、本棚を見て回り、知的好奇心を満足させるためのウィンドショッピングに興じようと思い、やってきたのだ。
昨日、見つけた大型書店。
古今東西の書籍がびっしりと本棚に収められている。
ティアラの背の倍はあろうかというその本棚を眺めるだけで、ティアラは心がワクワクしてくるのを抑えられない。
たしかに城の図書館には、あらゆる世界の書籍がそろっている。しかし、それはそれ。たとえ、おなじ内容の書籍があったとしても装丁や出版時期、あるいは編集した国や団体によって書籍の内容は違ってくる。それは無限の広がりを持つ宇宙のようだとティアラは思っている。
だから、たとえ世界の狭い場所での本屋であってもティアラの心を掴むのだ。
少女のように目を輝かしながら店の中を歩くティアラが、二階に向かおうと階段に足をかけた時、その後ろ姿に注視する男がいた。
旅人のような格好に、腰にはロングソードを下げ、金髪の下に硬い意志を秘めた目がある。その目が階段を登るティアラを注視しているのだ。
「まちがいない。あの娘だ。」
意を決した青年 サリーがクリムと呼んだ男は、ティアラの後を追って階段を登った。
ティアラは二階にある本棚の間をゆっくりと進んでいく。
二階は一階とはまた別の種類の書籍が立ち並んでいる。
特に古書の写本が多く陳列しているのだ。
「まあ、この本に古代ヤルタ語の写本があるなんて。」
ティアラが本棚から取り出した古書は、図書館では丁度欠番になっていた訳本だ。他の翻訳本はあるのに、古代ヤルタ語だけが丁度、欠けていたのだ。
「そのうちに、と思ってそのままにしてましたけど、ここで出会ったのも何かの御導きかもしれませんね。」
あまりのうれしさに、ティアラは自分に近づく人物があることに気付かなかった。
「まさにこれは神の御導きですね。」
そう話しかけられて、ティアラは初めて自分の横に男が立っていることに気付いた。
「あなたは…」
その顔を見て、ティアラはすぐに昨日会った女性の従者であることを思い出した。
「あなたを探して方々歩き回りました。」
「わたしを…?」
「はい、お・お嬢様がぜひ昨日のお礼をしたいと申しまして。あなたを探すよう命じられたのです。」
男には命令を達成できた安堵感が見えた。
「お礼はいらないと申しましたが。」
ティアラは面倒事がやってきたと思い、不機嫌な顔つきになった。ただ、普段から表情の乏しいティアラだけに、不機嫌さがあまり面にでていないが。
「そうはまいりません。お嬢様のたっての願いです。ぜひ、一緒においでください。」
力づくでも連れていこうという気概が男から感じられた。この男のレベルならあしらうのは簡単だが、ここは書店。静寂をたっとぶ場所だ。
本をことに大事にするティアラにとって、ここで騒ぎを起こすことは本意ではない。
「わかりました。一緒に参りましょう。」
あきらめのため息とともに承諾したティアラに、男は喜びを真っ正直に表した。
「ありがとうございます。あ、申し遅れました。私はクリムと申します。」
「ティアラよ。」
「では、ティアラ殿。こちらへ。」
クリムに案内されるままティアラは、書店から外に出た。もちろん、先ほどの見つけた古書を買ってからだが。
馬車に揺られて数十分、ティアラとクリムは中規模の宿屋に到着した。
馬車を降りたティアラは、その粗末な宿屋を目にして少し訝しんだ。
「ここにお泊りなんですか?」
それには答えず、クリムはさっさと宿の中に入っていった。それを見たティアラは、なるようになれという開き直りの心持で、後に続いて宿の中に入っていった。
クリムは受付にいる宿屋の女将に軽く挨拶をすると、ティアラの方を向いて二階に上がるよう促した。ティアラは言われるままクリムの後に続いて二階に上がり、廊下を奥へと進んでいった。
一番奥の部屋の前に立ち止まったクリムは、ドアを軽くノックする。
それに合わせてドアが少し開いた。
細目に開いたドアの隙間に見えるは、顔下半分を赤毛の髭で覆われた四角い顔の大男であった。
「私だ。お探しの方をお連れした。」
クリムの言葉に赤髭の大男は、ドアを大きく開け、クリムとティアラを部屋の中に招き入れた。
中は、ベッドとテーブル、簡易なクローゼットがひとつだけの殺風景このうえない作りの部屋だ。
そのテーブルに備え付けの、これも簡素な木製の椅子に、サリーは座っていた。変装も兼ねてか、男物の旅人風の装いにブロンドの髪を丸く束ねている。しかし、持って生まれた気品は隠しようもなく、まっすぐな目でティアラを見つめていた。
「ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ、こちらに」
サリーはすぐに立ち上がると、ティアラの手を取り、テーブルまでエスコートした。とはいえ、エスコートするほどの広さではないが。
サリーに指し示された椅子に座ると、すぐに真向かいの椅子に座ったサリーの後ろにクリムと、赤髭の大男が立った。
「申し遅れました。私は、リンデール王国第一王女、サリー・ファニア・リンデールと申します。先日は助けいただきありがとうございます。」
自ら名乗り、頭を下げるサリーを見て、クリムと赤髭の大男は驚いた顔をした。
「王女様…」と赤髭の大男が諭すように言うと、
「かまいません。グスタフ。助けていただいて素性を明かさぬのは失礼にあたります。」
グスタフと呼ばれた赤髭の大男は、一瞬で沈黙した。
「お礼もしなければいけませんし…」
「お礼はいらないと申し上げたはずですが…」
感謝の言葉を続けようとするサリーに、ティアラは食い気味の言葉で遮った。
「そうはまいりません。あのとき、助けていただかなければどうなっていたか?」
そう言うと、サリーは後ろに立つグスタフに目配せをした。
グスタフは懐から革袋を取り出し、ティアラの前に置いた。
中から貨幣の触れる音がする。
しかし、ティアラはその袋を手にすることなく、相変わらず迷惑そうな顔をした。
「このようなものはいりません。」
「どうか受け取ってください。そして、私の願い事をお聞きください。」
今度はサリーが食い気味に迫った。
「願い事?」
嫌な予感がするティアラを見つめて、サリーが更に口を開いた。
「私の護衛をしてください。」
「護衛?」
面倒事の最たるものだ。ティアラは心の中で深いため息を吐く。
「護衛って、後ろに屈強な男が二人もいるではないですか?」
二人を順に見るティアラを、サリーは首を振って否定した。
「クリムとグスタフは確かに信頼のおける従者です。しかし、晩餐会の共に連れていけません。」
「晩餐会?」
どこかで聞いたようなワードに、ティアラは首を傾げた。
「はい、今日の夕方、晩餐会があります。それにいっしょに出席してほしいのです。」
サリーは身体を前のめりにしてティアラに懇願した。
「晩餐会ですよね。」
「はい、晩餐会です。」
「それに護衛が必要なのですか?」
ティアラにはいまいち理解できない。
「詳しい事情はいまお話しできませんが、今日の晩餐会の出席を快く思わない輩がいるのです。その輩から私を守ってもらいたいのです。」
「守る?その輩があなたの命を狙うとでも?」
「ええ、たぶん。」
「たぶん?その割に確信がおありのようですね。」
ティアラの疑問にサリーは前のめりの姿勢を正した。
「ええ、あなたもご存じのように、すでに昨日、命を狙われました。」
「拉致しようとしただけでは。」
ティアラは昨日の出来事を記憶から引っ張り出し、自分の中で再生してみた。確かにサリーを殺そうとはせず、ただ、どこかへ攫おうとしていた。しかし、その後の行動はわからない。
サリーの言う通り、命を取る行動をとったかもしれない。
「相手は腕利きの殺し屋を雇っているようです。しかも晩餐会で襲われた場合、私は身を守る術をもちません。」
「それで私に。」
「お願いします。どうか、一緒に晩餐会に出席してください。そして、私を守ってください。礼ならあなたの望むだけのものを用意します。」
サリーの目は真剣そのものであった。しかし、ティアラもおいそれと願いを聞けない。
面倒事にかかわりたくないのだ。
「こまりましたね。私があなたの護衛が務まるとは思えないのですが。」
「ご謙遜を。あなたが刺客を追い払ったのはわかっているのです。」
「買いかぶりです。」
ティアラはあくまでも断りの一手だ。
「礼は十分にします。」
「礼なんていりません。」
サリーとティアラの押し問答が続く。
「王女様、これ以上の無理強いは却って失礼にあたります。もうあきらめましては。」
サリーとティアラの押し問答をいままで静観していたクリムが、たまりかねたように口を開いた。
「そうです。この方がおられずとも、我々がなんとかします。」
赤髭のグスタフもクリムに同調する。
「グスタフ、あなたは踊りが踊れるのですか?」
「うっ」
サリーのその一言に大男のグスタフが小さくなった。
その姿を尻目に、元のようにティアラの方に視線を戻したサリーは、小さく息を吐いた。ティアラを翻意することは無理だと悟ったようだ。
「そうですか。どうあっても無理ですか?」
サリーの最後の願いもティアラは冷たく首肯した。
「せっかくこれも用意したのに、無駄になりましたね。」
そう言ってサリーは、足元にあった籠から紙袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
「なんですか?これは。」
「謝礼のひとつにと今朝ほど買わせたものです。」
「……」
その紙袋の存在にティアラの好奇心が刺激された。
「中身は?」
「本です。」
「本?」
ティアラの好奇心がますます刺激される。
「拝見しても?」
「どうぞ。」
サリーの許可を受けて、ティアラは紙袋を手に取り、中を見た。
「昨日、あなたが買っていった本に続刊がありまして、ついでにと思って購入したのですが、これであなたの気持ちを動かせる訳もありませんよね。」
あきらめのため息がサリーの口から長く、重く、吐き出された。
「お引き受けしましょう。」
「引き受けるんですものね……って、いま、なんとおっしゃいました!?」
「護衛をお引き受けしますと申しました。」
さらっと言い放つティアラに、サリーを始め、後ろに控えている二人の男も目を丸くした。
「それは本当ですか?」
サリーはまだ信じられない顔をしている。後ろの二人も同様だ。
「私は嘘を申しません。護衛をお引き受けします。」
「どうして急に…?」
ティアラの心変わりが、サリーには理解できない。
「それはどうでもいいことです。それとも護衛はいらないと。」
「いえ、とんでもない。ぜひ、お願いします。」
「わかりました。ただし、護衛を引き受けるにあたって条件があります。」
「な・なんでしょう?」
サリーがゴクリと唾を飲んだ。
「私のことは詮索しないこと。」
「詮索しない?」
「よろしいですか!?」
「はい!」
ティアラの有無を言わせぬ言葉に、サリーは反射的に返事をした。
「じゃあ、これはいただいていきますね。」
そう言って、ティアラは紙袋を別空間の箱にしまった。
「えっ!?…ティアラさん、いまなにを…?」
三人の目がティアラの行った事に釘付けとなった。
「詮索しない!」
「「「はい!」」」
ティアラの一喝に、三人が恐縮した。
「では、せめてお名前だけでも。」
そのとき、はじめて自分が名乗っていないことに、ティアラは気づいた。
「ティアラよ。ティアラ・アースラルド」




