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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード3 ショッピングと篭絡の魔女
31/99

3 アウローラ、強引に連れ回される

 翌日、アウローラは今日、どうしようか考えていた。

 晩餐会には時間がある。その間、どう過ごせばよいか、悩ましい。

 プリムラが出かける支度をする姿を見て、ソファに寝そべっていたアウローラは身体を起こした。

 「どこへいくの?」

 「市場よ。昨日、買えなかった食材を買いに行くの。」

 いつのもゴスロリ調のドレスに白いエプロン、首に黒いチョーカーを巻いたプリムラは、鼻歌を歌いながら鏡の前で自分の姿をチェックした。

 ティアラやローザも身支度をしている。

 「ティアラは今日、どうするの?」

 「また、古本屋巡りをしようと思います。意外と品ぞろえが豊富なので。」

 水色のローブを羽織ったティアラを見て、アウローラは羨ましそうな目を向けた後、ローザに顔を向けた。

 「ローザはまた、工房街?」

 「うん、この腕輪のことがちょっと気にかかってね。」

 そういうローザの右手には昨日買った腕輪があった。

 「ふーん、アリス…は、カジノか?」

 「アウローラは行くところないの?」

 「まあね。」

 そう言うと、アウローラは肘をテーブルに置き、そのうえに顎を乗せた。あきらかに暇をもてあそんでいる。

 約束は夕方だからそれまでどうしようか、悩んでいるのだ。


 「闘技場に行けばいいじゃあない。」

 「見てるだけじゃあつまらないもの。」

 「飛び入りしたら。」

 ローザが無邪気に放った言葉が、アウローラの気を引いた。

 「そうね、それもありかな?」

 そんなことをしゃべっていたところに、ドアをノックする音がした。

 「はい」

 プリムラが答えると、ドアが開き、その向こうにホテルのボーイが立っていた。

 「ダウネー様はいらっしゃいますでしょうか?」

 「わたしだけど?」

 アウローラがソファから立ち上がると、それを見てボーイが答えた。

 「一階にお客様がお越しです。」

 「客?だれ?」

 真面目そうなボーイは、アウローラの美しさに圧倒されながらおずおずと答えた。

 「シュタルツ伯爵のお使いの者だと。」

 「シュタルツ伯爵の…?」

 その名前に一同がお互いの顔を見合わせた。


 一階に降りたアウローラは、その使いの者というのを探すべく、ラウンジを見廻した。そんなアウローラの動きに、カウンターのそばにいた初老の男がいち早く気づき、アウローラの前に進み出た。

 「ダウネー様ですか?」

 ひさしぶりに名字を呼ばれ、アウローラは軽く面食らった。

 「え、ええ…」

 と、戸惑いながら返事をすると、

 「主よりお迎えするようにと。」

 髪の毛、髭、すべて真っ白のいかにも執事というその男は、馬鹿丁寧に頭を下げた。

 「約束は夕方じゃあないの?」

 「その前にぜひともお会いしたいと。」

 慇懃なうえに有無を言わせぬ迫力に、勝手が違うアウローラは思わず、首肯してしまった。

 それを見て、にっこり笑った初老の男は、「どうぞ、こちらへ」と言いながらさっさと前を歩き出す。仕方なしにその後をついていくアウローラを陰から覗き込むプリムラは、おもしろそうに笑って見送った。 

  

 宿屋の前に停めてあった馬車に、なかば無理やり乗せられたアウローラは、不満気な表情を真向かいに座る老執事に見せたが、老執事は一向に気にする様子もなく、ただニコニコと笑顔を作っていた。

 「あの、どこへ行くんですか?」

 「メアロウ商会です。」

 「メアロウ商会?」

 その名前には聞き覚えがあった。イースドアでも指折りの商会だ。

 (たしか、服飾専門の商会だったような気がするけど。)

 そんなことを思いながら馬車に揺られること数分。馬車は唐突に停まった。目の前には三階建ての見るからに格式の高い建物が建っていた。

 正面の入り口の両脇はガラス張りで、そのなかにまさしく高級で高額そうなドレスが飾られていた。

 先に降りた執事がアウローラの降車を促す。

 アウローラは促されるまま馬車をおり、前を歩き出す執事の後をついていった。


 入り口の前に立つと、ドアがいきなり開き、中から従業員と思しき男女が飛び出し、両脇に整列した。その奥には昨日会ったシュタルツ伯爵の精悍な姿があった。

 「やあ、ようこそいらっしゃいました。」

 「おまねきありがとうございます。シュタルツ伯爵。」

 「そのような他人行儀な挨拶は抜きです。さ、どうぞ、こちらへ。」

  アウローラの前に進み出たアイザックは、アウローラの手を取り、強引に店の方へと連れていった。

 抵抗しようと思えばできるアウローラだが、アイザックの行動には、なぜかつい、つられてしまう。

 (おかしな人ね。)

 心の中でなにかを楽しむような心持を抱きながら、アウローラはアイザックとともに店の中に入っていった。


 店の中は豪華な服飾が所狭しと陳列されていた。

 服以外にも靴に装飾品、手持ちのバックに帽子までなかよく並んでいる。

 初めて見る豪華絢爛な品ぞろえに、アウローラは思わず目を丸くした。

 「すごい。」

 思わず感嘆符が口に出たアウローラを見て、アイザックが指を鳴らした。すると、どこからともなく女性店員がアウローラの元に集まり、奥の部屋に連れていった。

 ドアが閉まると、アイザックは店長と思しき中年男性を呼び寄せる。

 「彼女にふさわしいドレスを数点見繕ってくれ。予算は気にしないでいい。」

 そう告げられると、店長はうやうやしく頭を下げ、傍らにいた同じような中年の女性店員に同じことを告げた。ただし、より具体的な品名を加えて。


 中年女性店員が、アウローラが入った部屋に消えると、アイザックと店長はカウンターの奥にある応接室にそろって入っていった。 

 中には店構えにふさわしい調度品と応接セットが備えられ、身体が沈むほどの柔らかいソファに座ったアイザックの前には、その部屋に待機していたメイドによってお茶がすぐに提供された。

 そのお茶を飲み、店長と談笑すること、十数分。

 応接室のドアがノックされた。

 「入りなさい。」

 店長の許可にドアが静かに開いた。


 その向こうに先ほどの中年女性店員。そして、その後ろに高貴な夫人が立っていた。

 もちろん、アウローラである。

 その姿を見たアイザックは、暫し言葉を失った。

 ソファから立ち上がったまま人形のように硬直している。

 その間、数秒。

 我に帰ったアイザックは、満面の笑みを浮かべ、恥ずかしそうにしているアウローラの元へ歩み寄った。

 「素晴らしい‼まさしく、美の化身だ。」

 恥ずかしげもない賛辞にアウローラは、顔を赤くし、羞恥と喜悦で胸の中がカオス状態になっていた。

 「お世辞はよして。」

 顔をそむけるアウローラを見て、更に心を刺激されたのか、

 「お世辞などとんでもない。心からの素直な表現です。いや、百の賛辞を並べてもあなたの美しさを讃えるに足りない。」

 気障ったらしい美辞麗句を並べるアイザックに呆れながら、それでもアウローラは悪い気がしない。

 「店主、このドレスを包んで馬車に乗せてくれ。支払いはいつのものとおりに。」

 そう言うと店主はその言葉に深くお辞儀をすることで答えた。

 「さ、着替えてください。まだ、行くところはありますので。」

 「え?他にも行くところがあるのですか?」

 アイザックのペースに巻き込まれることに、辟易しながらアウローラは再び試着室に連れていかれた。


 着替えを終えたアウローラは、店主、店員一同に見送られながら馬車に乗り込んだ。こんどは、アイザックも同伴だ。

 馬車に揺られること三十分ほど。

 馬車が停まり、降りてみると目の前には昨日の闘技場が建っていた。

 「ここは?」

 「闘技場ですよ。」

 「ええ、わかっているけど、どうして?」

 不審顔のアウローラに、アイザックは笑顔を見せた。

 「今日は、不敗の英雄が出場するのですよ。」

 「不敗の英雄?」

 思い当たることがある。

 「さあ、行きましょう。」

 腕を引かれ、アウローラとアイザックは昨日入った入り口とは、まったく別の入り口から闘技場に入っていった。


 アウローラが連れてこられたのは、いわゆる貴賓席と呼ばれる特別室。身分の高い貴族や財力のある豪商などが入ることが許される特別な観覧席だ。

 中は、豪勢な内装に、一目見て一級品とわかるテーブルや椅子。そして、床一面を覆う毛足の長い絨毯だ。

 闘技場でも一番高い位置にあり、一般観客席とは接することのない別格と言える場所なのだ。

 そこに案内されたアウローラは、豪勢な装飾をほどこされた椅子に座らされ、その隣にアイザックが当然という顔で座った。

 「ダウネー殿に是非とも今日の試合を見ていただきたく、用意させていただきました。」

 屈託のない、さわやか笑顔で話しかけるアイザックに、アウローラは半ばあきらめの気持ちが心を支配している。それに半分は、その不敗の英雄を見てみたいという誘惑に勝てない自分がいることも自覚していた。


 「それはありがとうございます。シュタルツ伯爵。」

 「アイザックとお呼びください。」

 「では、遠慮なくアイザック殿。私のこともアウローラとお呼びくださって結構ですよ。」

 「ありがとうございます。それではアウローラ殿。不敗の英雄についてはどの程度ご存じですか?」

 「ほとんどなにも。」

 それを聞いてアイザックの目が輝きだした。

 「そうですか。今日は運がいい。【不敗の英雄】ことアルギュウスはあまりの強さに対戦がなかなか組めませんでしてね。いまじゃあ、挑戦するというだけで、挑戦者のほうが勇気ある者と称えられるくらいです。」

 「へえ、それでは今日の挑戦者はその勇気ある者ということですか?」

 話半分としても興味ある人物のようだ。

 アウローラが魅かれるような表情を見せて、アイザックは満足気な笑顔を送った。

 「お、試合が始まるようですね。」

 アイザックの言葉にアウローラの目が試合場のほうへ向いた。


 まずは片方の扉が開き、挑戦者が現れる。

 「ほう、リザードマンですね。」

 意外な挑戦者に、アウローラの顔に軽い驚きが浮かぶ。

 緑の皮膚を持った蜥蜴の亜人であるリザードマンが、盾と長剣を持って中央に歩いてくる。四肢はもちろん、尻尾も大木のような太さと力強さを持った屈強な亜人だ。

 「さすがに人間で挑戦する者はいないということでしょうね。」

 アイザックは興奮ぎみにアウローラに語りかけるが、アウローラはその言葉をスルーしながら試合場をじっと見つめていた。


 やがて、歓声がひときわ高まる。

 もう片方の扉が開き、ひとりの男が現れたことへの反応だ。

 長身の男である。

 黒髪を無造作に後ろで束ね、両手に盾とやはり長剣を持っている。防具は裸の上半身に装備された胸当てと両腕のガントレット、あとは革のズボンにブーツのいたって簡素な装備だ。

 だが、上半身いたるところにある傷跡が歴戦を物語っている。

 【不敗の英雄 アルギュウス】の登場だ。

 その姿を見たアウローラは、口の端に不敵な笑みを浮かべ、試合場にいる二人を見つめた。


 銅鑼の音が場内に響き、場内に沈黙が広がる。

 英雄の戦いを片時も見逃さぬようにと、皆が注目しているのがわかる。

 アイザックも先ほどまでのおしゃべりが、嘘のように口を閉じている。

 リザードマンがアルギュウスを注視しながら時計回りに歩み始める。少しの隙を見つけようと、その目を大きく見開いて。

 アルギュウスはそんなリザードマンを目で追うが、体勢は登場したときのままだ。


 リザードマンが後ろに回る。

 しかし、アルギュウスは振り向かない。


 緊張が場内を支配する。


 リザードマンがいきなり襲い掛かった。

 長剣がアルギュウスの背中に斬りかかる。

 その瞬間、アルギュウスの姿が消え、リザードマンの左横に現れる。アルギュウスの長剣がリザードマンの首にめがけて振り下ろされる。


 辛うじて盾がその剣を防ぐ。

 と同時に、リザードマンの尻尾がアルギュウスの足を掃った。


 いや、掃ったように見えた。

 またもアルギュウスの姿が消えたのだ。


 リザードマンの目に驚愕の色が浮かぶ。

 次の瞬間、リザードマンの頭に縦に線が入る。続いて、頭骨を割れ、脳漿と血しぶきを吹きあがる。そのまま、リザードマンは地面に俯せに倒れた。

 その後ろから現れたのはアルギュウスであった。


 わずか数分の攻防で、決着は着いた。

 場内に広がった沈黙の刹那のあと、割れんばかりの歓声が起こり、闘技場を包み込んだ。皆が皆、英雄を讃え、喝采を送り、興奮と称賛はいつまでも続いた。


 「すごい!まさしく【不敗の英雄】の名に恥じない。」

 隣ではアイザックが興奮を隠そうともせず、さかんに拍手を試合場のアルギュウスに送っていた。

 「すごかったですね。アウローラ殿」

 自分と同様に興奮していると思っていたアイザックは、アウローラの静かな様子にすこし驚きの表情を見せた。

 「どうかなさいましたか?気分でもお悪いのですか?」

 驚きから心配そうな顔つきに変わったアイザックを見て、アウローラははじめて微笑みを見せた。

 「いえ、大丈夫ですわ。あまりの強さに呆気にとられまして。」

 少し苦しい言い訳かと思ったが、アイザックの様子から今の自分の気持ちは悟られていないとアウローラは判断し、ホッとした。


 確かに強い。人間にしては。

 しかし、それだけだ。

 関心は多少薄れる。

 アウローラから見れば児戯に等しい技であった。

 だが…

 (今の私ならそこそこいい勝負ができるかな?)

 心の中でほくそ笑みながら左手の薬指にはまる指輪をアウローラは撫でた。


 「さて、晩餐会までは時間があるな。お茶でもいかがですか?」

 「え、ええ…」

 晩餐会まで連れ回す気らしい。

 アウローラは心の中で深いため息をついた。

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