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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード3 ショッピングと篭絡の魔女
29/97

2-4 交易都市イースドアにて その四 アリス、カジノを見つけて…

 プリムラと別れたアリスは、港町から反対方向に足を向けていた。都市としては北のブロックになる。

 そこはいわゆる歓楽街。

 酒場や食堂、そして賭博場(カジノ)が集まっているところだ。もちろん、娼館もある。そのような中をアリスは、興味と好奇心に打ち震えながら歩いていく。

 

 いつものボディラインを強調したドレスを着たアリスは、まるでお上りさんのような様子で、目を輝かせながら歩き続けた。当然、そうしたアリスの態度、そしてその美しさからいろいろな輩が寄ってくる。

 いわゆるナンパだ。

 「よう、ねえちゃん、ひとりで寂しそうだな。どうだい。一緒に飲まねえか?いいところがあるぜ。」

 見るからにチンピラと思える輩が三人、アリスの前に立ち塞がった。

 アリスは一瞬面倒くさそうな顔をしたが、あることを思いつき、すぐに三人に笑顔をむけた。

 「ねえ、あなたたち、ここらで一番大きな賭博場(カジノ)を知らない?」

 予想に反したアリスの反応に一瞬戸惑った三人だが、すぐに思い直すと、お互いに目配せしてアリスを囲んだ。。

 「おお、知ってるぜ。案内してやろう。」

 三人は前にふたり、後ろに一人という位置取りでアリスを伴い、案内役を装って歩き始めた。


 「ねえ、まだなの?」

 歩くことに飽きたアリスが前を行く男に声をかけた。

 「もうすぐそこだよ。」

 表通りから狭い路地に入ってしばらく経っていた。

 「ほら、見えてきた。」

 前を歩く男が指を指し示す。

 アリスはその方向に目を向けるが、思うような建物は見えない。路地に並ぶ粗末な建物が続いているだけだ。

 「どこにあるのよ。」

 アリスが目を凝らしたとき、後ろの男がアリスを羽交い絞めに──しようとしたが、アリスの姿はその両腕からするりと抜けた。

 「なっ!」

 男が目を見張る。

 前の男たちもその状況に気づいたのか、急いで振り返った。


 しかし、アリスの姿がない。

 「どこへ行った!?」

 三人が狭い路地をあちこちに視線を送った。


 「ねえ、本当はどこにあるの?」

 その声の方向に三人の目が向く。


 いつの間にか、三人の前にアリスが立っていた。

 「いつのまに…?」

 本能的に危険を感じた三人の手が腰に伸びる。短剣に指がかかろうとした時、アリスの姿が消え、同時に短い悲鳴とともに二人が白目を向いて倒れた。

 「!?」

 状況を理解できぬまま、男の腕が後ろにねじ上げられた。

 「ぐあっ!」

 腕に激痛が走った。

 「ねえ、本当はどこにあるの?」

 前に聞いた質問が後頭部から聞こえてきた。同時に(かぐわ)しい香りが男の鼻腔をくすぐる。

 「おまえ、なんなんだ?」

 「聞かれたことだけに答えなさい。」

 アリスの声とともに、また腕に激痛が走った。 

 「わ、わ、わかった。案内する。」

 「そう、よかった。」

 激痛が止むと同時に男の腕も自由になった。男は恐る恐る後ろを振り返ると、アリスが魅惑的な笑顔を湛えて立っている。



 狭い路地から表通りに出たアリスは、男に案内されるまま通りを歩いて行った。

 五分も歩いただろうか、アリスの目の前に周りにある建物とは比べ物にならない大きさの建物が現れた。

 大陸でもあまり例のない十階建ての建物だ。

 玄関には、ギリシャ風の柱が左右に二本ずつ壁に装飾され、その間に美しい乙女の彫像が客を迎えている。

 その両側の壁は全面ガラス張りだ。

 その上にはバルコニー付きの窓が整然と最上階まで並んでいて、建物の天辺には遠くからでも見えるように、【カジノシティ・ハイラル】の文字がでかでかと書かれた看板が掲げられていた。

 「ここだよ。この街じゃあ一番の賭博場(カジノ)だ。」

 「そう、ここ。」

 その威容に、さすがのアリスもいささか驚いた。

 「案内したからもういいだろう。」

 男は一刻も早くアリスから逃げたかった。その様子に気が付いたアリスはにっこり笑うと、ポケットから何かを取り出し、指で弾いた。

 コインが一枚、宙を舞って男の元に落ちてきた。男は思わず、それを両手で受け取る。

 手の中にあったのは金貨であった。

 「お礼よ。とっといて。」

 そう言い残して、アリスは建物の中に入っていった。


 「赤の7番です。」

 ディーラーの声にまわりにいる人々から感嘆と驚愕の声があがった。

 アリスの前にチップが塊となっておかれる。

 「これで十回連続だぞ。」

 だれかが思わずもらす。

 皆が驚きの目でルーレット台を見つめていた。

 アリスはルーレット台につくと、初めからカラーにかけた。つまり、赤か黒かだ。

 当たる確率が高い分、倍率は最低の二倍。

 だが、アリスはそれを十回連続で当てている。しかも、倍々でかけているのだ。つまり、最初に二枚掛けて当たる。当然、チップは四枚になる。次にその元手と配当の合計数を掛ける。また、当たる。また同じように掛ける。それを十回連続して掛けてきたのだ。

 いまやは、枚数は2048枚。

 「では、次、回します。」

 ディーラーがルーレットを回した。

 ルーレット台にいる客が思い思いにチップを置いていく。しかし、大半の客はアリスの手の動きを見ていた。

 「ボールが入ります。」

 ディーラーの手から白い球が投げ込まれ、ルーレットとは反対方向に廻る。

 アリスがおもむろに2048枚を赤に掛ける。

 それを見て、追随する客も何人かいた。

 「締め切りです。」

 ディーラーがベルを鳴らす。

 皆がルーレットに注目した。

 

 “カラン”

 

 乾いた音とともに白い球がルーレットの溝に落ちる。

 全員の目がそこに集まった。

 「赤の13番です。」

 どよめきが客の間に広がった。

 ディーラーが急いで清算を始める。

 アリスの掛けたチップの上に2048枚が重ねられる。合計で4096枚だ。

 「では、次、回します。」

 ディーラーがルーレットを回した。

 その場の全員がアリスに注目するが、アリスは動かない。

 チップを自分の前で並べているだけだ。

 「ボールが入ります。」

 ルーレットに白い球が入った。しかし、アリスはまだ動かない。

 客たちは怪訝な顔つきでアリスを見つめた。

 「締め切ります。」

 ディーラーの宣言と同時にアリスが席を立った。

 側にいるウェイターにチップの交換を頼む。その後、“カラン”という音とともに球がルーレットの溝に入る。

 

 「0です。」

 

 客の間で驚愕の、悲鳴に似た声が、広がっていく。

 それを背にアリスは、さっさとバーカウンターに足を向けた。

 

 「見事なものですね。」

 カウンターに座り、スピリッツを頼んだアリスの横に青年が座った。

 長いブロンドの髪を後ろで束ね、モーニングに蝶ネクタイ、切れ長の目でアリスを見つめる美青年(イケメン)だ。

 アリスは出されたスピリッツに口をつけると、あとは押し黙り、美青年を無視するようにグラスを眺めた。

 「どうして、あそこで“0”が出るとわかったんですか?」

 涼やかな声で尋ねる青年に、アリスは沈黙で返答した。

 「教えてくれないのですか?」

 「名前も名乗らない人間に答えるつもりはないわ。」

 冷ややかな言葉に、美青年は苦笑した。

 「失礼しました。私はリシャール。リシャール・スレイマンと申します。」

 笑顔で見せる白い歯がきらりと光ったように見えた。

 「私はアリス。」

 「アリスさんですか。素敵なお名前ですね。」

 おべっかとわかっていても悪い気はしない。そう思うアリスは、楽し気な顔をしてグラスにまた口をつけた。


 「私の質問にまだ、お答えいただいておりませんが。」

 そう言えばと思ったアリスは、リシャールのほうへ顔を向けた。

 「単なる勘よ。それに引き際だったしね。」

 「勘ですか?」

 その答えにリシャールの口元に笑みが浮かんだ。

 「で、そんなことを聞きに隣に来たの?」

 挑発的なアリスの物言いに対し、リシャールは相変わらず笑みを浮かべたままだ。

 「もちろん、それだけではないですよ。どうです。私とサシで勝負しませんか?」

 意外というか、当然というか、リシャールの挑戦にアリスは心が浮き立つ思いをした。

 「ルーレットで?」

 小首を傾げて魅惑的な表情をリシャールに向けるアリスに、リシャールはそれに魅了されず、軽くいなした。

 「もちろん違いますよ。スタッドでいかがですか?」

 「スタッドね。」

 スタッド。いわゆるオーブンポーカーである。

 「いかがです。アリスさん。」

 挑戦的な眼でアリスを見つめるリシャールに、今度はアリスが軽くいなした。

 「今日はよしておくわ。」

 「逃げるんですか?」

 「今日はもう運気が下がったようだから。」

 「では、明日は?」

 「明日ね。」

 アリスは思案気な表情を見せて、スピリッツを少しあおった。


 二人の間に小さな沈黙が流れる。


 リシャールはアリスが返事するまで黙って待ち続けるようだ。そう感じたアリスは、心の中で一つ決心をした。

 「いいわ。勝負を受けましょう。」

 「よかった。あなたとならいい勝負ができそうですよ。」

 「お世辞はいいから場所はどこでやるの?」

 アリスが挑戦的にリシャールを睨む。その目にリシャールの顔が引き締まる。

 「もちろん、ここです。」

 「ここね。時間は?」

 「明日の夕方6時でいかがですか?」

 「けっこうね。楽しみにしているわ。」

 そう言うと、アリスは立ち上がり、出口の方へ歩いて行った。途中、交換所で現金を受け取ると、期待に弾む笑顔を浮かべて建物を出ていった。

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