2-2 交易都市イースドアにて その二 港町のプリムラは
プリムラとアリスはイースドアの東部に位置する港へ向かった。
交易都市発展の礎となった区域だけあり、活気に満ちている。
様々な商店が並び、人や馬車がお祭りのごとく行きかっている。その中をプリムラとアリスは、興味深く周りを見ながら歩いて行った。
「プリムラ、この辺で分かれましょう。」
「アリス、あまり深入りしないようにね。」
「大丈夫。プリムラも食材に集中しすぎて海に落ちないようにね。」
「何言ってんの。」
プリムラに笑顔で送られてアリスは、港とは反対方向の通りを歩いて行った。
「さて、どんな材料があるかしら。」
プリムラは、期待を胸に港の方へ足を向けた。
十分ほど歩くとプリムラの目の前に青い海が広がった。
埠頭や沖合には大小様々な船が停留または浮かんでおり、埠頭には人夫や水夫が喧嘩でもしているような怒鳴り声で作業をしていた。
プリムラは、そんな喧騒を横目で見ながら、市場を探した。
やはり五分ほど歩くと、ひときわ大きい倉庫があり、そのなかに大勢の人間が出入りしていた。商人、漁師、料理人、主婦の姿もある。
それらが目の前の魚介類や乾物などを品定めし、値段交渉をして売買に勤しんでいる。
イースドアの魚市場は今日もにぎわっていた。
プリムラもその中を珍しい食材がないか、興味津々で眺め、歩き回った。
「さすがにイースドアね。食材が豊富だわ。」
しばらく歩き回ったプリムラの目にある魚介類が目に止まった。
情報としてはあるが、現実に見るのは初めての魚だ。
ピンク色の大ぶりの魚。
”ピンクブリーム“と呼ばれている。
白身は淡白ながら味わい深く、刺身にしてよし、煮付にしてよし、ごはんと一緒に炊いてもよい。
その隣には“ビックタニィ“と呼ばれる赤身の大きな魚が、頭付きで横たわっている。その身は薔薇のように赤く、良質の油が乗っており、刺身で食べればとろけるような味わいがある。
どれも食材としては高級の部類に入る。
この二つの食材を見て、プリムラの頭に異世界の料理、“SUSHI”が浮かぶ。一度は挑戦してみたいと思っている料理だ。
「旦那様に食べさせたい。」
そう思うが早いか、プリムラは食材の購入に走る。
”ピンクブリーム“や”ビックタニィ“だけでは足りない。
他の魚や貝類、甲殻類もほしい。
異世界で“海苔”と呼ばれる食材も購入しなくては。
プリムラの目が燃え上がる。
「それとそれをちょうだい。それから”uni“はないのかしら?」
「お客さん、運がいい。さっき水揚げしたばかりの”uni“があるよ。」
「それ、見せて。」
「はいよ。」
そう言うと店主は、木箱に入った黒っぽいとげとげした物を取り出した。
「なかなかよさそうね。全部もらうわ。」
「まいど!」
「それから“スピニロブスター”はあるかしら?」
「お客さん、大丈夫ですか?高級品ばかりですよ。」
店主が心配そうな顔でプリムラを見た。
その顔を見て、プリムラはポケットから革袋を取り出す。そして、それを店主に渡した。店主はその中を覗き、目を見張る。
「これで足りる?」
プリムラが笑顔で尋ねると、店主は驚いた顔をし、すぐに破顔した。
「うちの商品全部買えるぜ。」
店主はそばにいた店員に“スピニロブスター”を持ってくるように指示する。ほどなく店員が、スピニロブスターが入った木箱を持ってきた。
「これで全部です。お客さん。」
「ありがとう。」
プリムラは満足そうな顔をした。そのとき、市場の中を大音量のダミ声が轟いた。
「どけ!どけ!」
その声を聞いて店主が驚いたような顔をした。
その声の方向にプリムラが顔を向けると、そこに三人の屈強な男を引き連れた小太りの男がいた。
丸顔に薄い黒髪を七三にきっちりなでつけ、鼻の下のカイザー髭もワックスかなんかで同じようにきっちり整えている。白い作業服のようなものに、白いズボン。ブーツも白だ。
他の三人も同じような白い作業服だ。
見るからに料理人と思しき四人が、プリムラのところへ精一杯の威厳を見せて歩いてきた。
「店主、これを早急に用意してくれ。」
そう言って、連れのひとりがメモ紙を手渡した。それを見た店主は、こまったような顔をした。
「ダントンさん、申し訳ない。このメモの材料、すべて売り切れたんだ。」
「売り切れた?これが全部か?」
ダントンと呼ばれたカイザー髭の小男は、驚いた顔をした。
「ええ、このお客さんが全部買ってしまったんですよ。」
そう言って店主がプリムラの方に視線を送った。しかし、プリムラはそれに気づかぬふりをして、市場から出ていこうとした。
その後を追うように連れのひとりが、プリムラの背中に声をかけた。
「おい、女。いま、買った食材を譲れ。」
横柄な物言いを無視するように、プリムラは歩き続けた。
「おい、聞こえないのか?」
男がプリムラの肩に手を掛けようとすると、プリムラの手がすばやくその手を払い除けた。
「私の体に気安く触れないでくれる。」
軽く睨んだ後、プリムラはまた歩き始めた。
その反抗にカチンときた男は、プリムラの前に回り込み、その行く手を遮った。
「おまえ、あの方がどなたか知っているのか?」
「今日来たばかりで、知ってるわけないじゃない。」
「なら、教えてやる。あの方は【王者の輝き亭】の総料理長、ダントン様だ。」
どうだと言わんばかりに胸を張る男を見て、プリムラは男の態度の意味が解らず、首を傾げた。
「その総料理長と私がどんな関係があるの?」
「おまえが買った食材をダントン様が所望なのだ。黙って譲れ。」
男が威圧的に睨む。
プリムラも睨み返す。
「私の買った食材をなぜ、そのダンロとかいうやつに譲らなくちゃならないの?」
プリムラの言い間違いに男の顔を赤くなった。
そこへ店主が駆け寄り、間に入った。
「ちょ・ちょっと、こんなところで喧嘩はこまります。お客さん、すまない。さっきの食材、ダントンさんに譲ってやっちゃくれないか?」
拝むように頼む店主を見て、プリムラはまた首を傾げた。
「どういうこと?」
店主の態度が理解できないプリムラに対し、店主はプリムラを店の中に引っ張っていった。
「ここらで【王者の輝き亭】ともめるのはこまるんだ。あそこの亭主はこの街の宿屋連のまとめ役だし、評議会の議長も務めているんだ。そこの料理長ともめると、今後の商売に差しさわりが出る。だから、たのむから食材を譲ってくれ。あんたには後で同じものを優先的に回すからさ。」
土下座せんばかりに店主が頼むのを見て、プリムラはあきらめのため息をついた。
「いいわ。あなたを困らせるのは本意じゃないし、揉め事も起こしたくないし。食材はあいつらに譲るわ。」
「ほんとかい⁉」
店主の顔がパッと明るくなった。
「あなたも大変ね。」
そう同情すると、プリムラはダントンたちの前へ歩いて行った。
「わかったわ。食材は譲ってあげる。ただし…」
プリムラはダントンの前に立つと、自分より低いダントンに対し威圧的に見下ろした。
「ただし…?」
「あなたの宿屋に招待してくれる?どんな料理を作るか、ごちそうしてほしいの?」
プリムラの提案にそばにいた三人が驚き、すぐに怒りの表情を同時に見せた。
「ふざけるな!総料理長の料理は、そんじょそこらの人間がおいそれと食べれる代物じゃあないんだぞ!」
「けちけちしないで食べさせたらいいじゃない。」
プリムラも三人の恫喝に負けない姿勢を見せる。それを見たダントンが高笑いをした。
「いいだろう。明日の夕刻、宿屋にこい。特別にご馳走してやる。」
ダントンの申し出に三人が驚きの表情をダントンに向けた。
「料理長、よろしいのですか?」
「こんなどこの馬の骨ともわからない輩に。」
「失礼ね。」
プリムラの不満顔を他所に、三人はダントンに翻意するように説得した。しかし、ダントンの決意は固いようだ。三人に対して首を横に振ると、プリムラの前に立った。
「まだ、名前を聞いてなかったな。」
「プリムラ・テレシコワよ。」
「プリムラ・テレシコワ… いい名前だな。明日の夕刻、待っているぞ。」
そう言い残すとダントンは市場の奥へと歩いて行った。三人も急いで後を追う。それを見送るプリムラは、楽しみができたと喜びながら市場を出ていった。




