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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード3 ショッピングと篭絡の魔女
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2-1 交易都市イースドアにて その一 ティアラは本屋で…

 五人の娘がイースドアに旅立ったのは、それから三日後のことだ。

 イースドアは港町から発展し、内陸はもちろん大陸外とも交易をおこない、巨万の富を稼いだ都市である。ゆえにどの国にも属さず、どの国とも交易をおこなう中立と自立を貴ぶ都市、いや、その独立性から国家と呼んでも差し支えあるまい。


 その都市の中心部に五人は到着した。


 交易都市だけあってにぎわっている。しかも、さまざまな種族が普通に行き来しているのだ。ここでは互いに争っている者同士でも往来をし、決して争ったりはしない。すれば、恐ろしいほどの罰金が科せられるからである。

 それは大陸各国がこの交易都市となんらかの係わりを持っているからである。

 交易都市と事をかまえることは、その国にとって有益なことにならない。物資、貴重なアイテム、強力な魔法などそうしたものが手に入らなくなるからだ。もちろん、イースドアを隷属させようとした国はいままでにもいくつかあった。しかし、その強力な軍隊と経済的制裁によって、イースドアと事をかまえても碌な目に合わない。しかも、こちらからちょっかいを出さなければ、イースドアから侵略を受けることはない。それなら敵対するより取引した方が賢いと各国が思い、それが今日のイースドアの繁栄につながっている。


 そのイースドアに到着した五人は、おのおのの旅行の目的を達成すべく、さっそく宿を決めた。

 【金貨を掲げる賢者亭】という宿屋に入った五人は、すぐにチェックインを始める。

 「いらっしゃいませ。ご逗留ですか?」

 ここイースドアは交易都市のため、商人が長期にわたって逗留することは珍しくない。宿屋もわきまえていて、長期宿泊を念頭においてのお尋ねだった。

 「ええ、一週間ほどの予定で宿泊したいの。大丈夫?」

 「はい、部屋は開いておりますので、大丈夫ですよ。」

 アウローラの言葉に、カウンターの女性が笑顔で答えた。

 「こちらにお名前をお書きください。」

 差し出された宿帳に、アウローラは自分の名前と宿泊人数を書いた。

 「部屋は一つでよろしいですか?」

 「どうする?」

 アウローラが後ろにいる四人に尋ねると、

 「二部屋のほうがいいな。ぎゅうぎゅう詰は性に合わない。」

 アリスが答えると、アウローラはカウンターの女性にそうお願いした。女性は快く答え、鍵を二つ取り出した。

 「二階の二〇一と二〇二です。どうぞごゆっくり。」

 鍵を受け取ったアウローラは、軽く手を挙げて、階段へと向かった。むろん、四人も追随する。


 五人は二つの部屋に分かれたが、すぐに今後の行動について相談するため、アウローラのいる方の部屋に集まった。

 「さて、部屋も決まったことだし、これからの予定ね。」

 アウローラがソファに座ったまま皆を見廻すと、対面に座ったティアラが代表して答えた。

 「もちろん、予定通り私は、書籍を探しに本屋街にいきます。」

 「そうね。私は港の方に行ってみるわ。」

 と、カウンターに座っていたプリムラが答えると、隣に座っていたアリスが、それを引き取った。

 「じゃあ、私もカジノを探しに港の方に行ってみるわ。プリムラ、途中までいっしょに行こ。」

 そう提案すると、プリムラは即座に同意した。

 「ローザはどうする?」

 ベッドに寝そべっていたローザにアウローラが尋ねた。

 「あたし、鍛冶工房へ行ってみる。」

 「場所はわかる?」

 「ティアラに教えてもらったからわかる。」

 「そう、あとはアウローラね。」

 プリムラがアウローラの方を見ると、

 「私は闘技場に行ってみるわ。どんなのか、興味あるから。」

 「飛び入りしてみる?」

 アリスが軽口で尋ねると、

 「強い相手がいればね。」

 不敵な笑みを浮かべて答えたアウローラに、プリムラは心配そうな息を吐いた。

 「無茶しないでよ。一応、リミッターはかかっているんだから。」

 「そうだったわね。」

 そう言いながらアウローラは薬指にはまっている銀の指輪を撫でた。見ると五人全員の薬指に銀の指輪がはまっている。


 それは、五人が面倒を起こさないように、各人の能力を押さえるために俺が贈った抑止の指輪(リミッター)だ。


 「みんな、ご主人様のお言葉を復唱して。」

 「「「「「面倒は起こさない!」」」」」

 「よろしい、じゃあ、行きましょう。念のために地図を持っていくのよ。」

 アウローラをはじめ、みんな観光気分で部屋を出ていった。


 宿の前で分かれたティアラは、まっすぐ書店が並ぶ区画へ向かった。

 都市の中心部から西に五百メートルほど行くと、その区画に到着する。

 そこは、二百メートルほどの通りの両側に様々な書店が並ぶ、通称「インクの匂いのする通り」と呼ばれる区画である。

 専門店、古本屋、総合書店等、大小さまざまな書店が並んでいた。

 ティアラは、目を輝かせながらその通りを歩いて行く。

 思ったより人通りのない路地を歩いて行き、興味のある書店に入る。中は本の山だ。天井まで届こうかという棚に本がきっちり並んでいる。しかも、種類ごとに棚が分かれ、本のタイトル語順で並んでいた。

 ティアラの目は高速で並ぶ本を検索していく。


 その時間、実に三分ほど。


 「ここにはないようですね。」

 ティアラは、次の書店へと急いで店を出た。そのとき、出会い頭に人とぶつかりそうになる。

 「あ、ごめんなさい。」

 ティアラが軽く頭を下げると、目の前にはまさしく可憐と呼ぶにふさわしい女性が立っていた。


 年の頃は十七・八だろうか。

 白に花柄の刺繍の令嬢服がよく似合っている。

 つばの広い白い帽子には紫の花があしらわれている。


 「いえ、こちらこそ、すみません。」

 「おうじょ…、お嬢様、大丈夫ですか?」

 御付の若者が心配そうな顔をして、すぐに寄り添った。

 ティアラはその若者の立ち居振る舞い、気配にただの御付でないと感じたが、しかし、今のティアラには関係ないことだ。

 「では、失礼します。」

 ティアラは令嬢と御付を残して、さっさとその場を立ち去った。


 その後、ティアラは何件かの書店を回ったが、目的の本は見つからない。

 「いちいち、捜すのも時間の無駄ですね。しかたがない。」

 ティアラは左右を探るように見渡すと、急いで路地裏に入った。そして、背中から羽根を出すと、ゆっくりと浮き上がっていった。

 建物の屋上に降り立つと、通りを見渡し、目的の本のある店を探し始めた。ティアラの得意とする捜索魔法(マジックサーチ)である。

 ティアラの脳裏に通りにある店、一件一件が映し出され、その中にある本が次々と情報として入り込んでくる。それをティアラは秒速で取捨選択していく。

 やがて、ティアラの目指す本が見つかる。

 「よかった。あった。」

 目指す本を見つけた喜びに浮かれ、ティアラは先ほどの令嬢が、何者かに襲われていることを感じながらそれを無視した。

 ティアラは目的の本を手に入れるために、屋上から無造作に飛び降りると、目指す書店に向かって駆けた。


 目指す書店は通りのはずれにあり、いかにも歴史のある、別の言い方をすれば古ぼけた書店であった。

 本もただ棚に並べているだけで、およそ整理をしているとはいいがたい店である。それでもティアラは、目的の本を手に入れるためにワクワクしながら店に入ろうとした。


 そのとき、ティアラを押しのけながら先に店に入る者があった。

 (失礼な)と思いながらその人物を見ると、先ほどの令嬢だ。

 令嬢は店の奥へ進んでいくと、棚から一冊の本を取り、それを読むふりをしながら棚の陰に身を隠した。

 令嬢の行動を不思議に思いながら、ティアラはそのことは気にせず、目的の本を探し始めた。

 しかし、あるはずの本がない。

 不思議に思っていると、令嬢が持つ本に目が止まった。

 (あ、あの本)

 目的の本だ。

 ティアラが令嬢に声をかけようとした時、令嬢の目が大きく見開かれた。


 自分ではないと思い、振り返ると、鳥を模したような仮面をつけた男が三人、無遠慮に店に侵入してくる。その男たちを見た令嬢は、脱兎のごとく店の奥へと駆け出した。

 その拍子に帽子が脱げ、きれいなブロンドの髪がたなびく。

 「あ、その本…」

 目的の本を持って逃げる令嬢。

 その後を男たちが追う。

 当然、ティアラも追った。

 令嬢は裏口を見つけるとそこから外へ飛び出す。男たちも狭い店の中を棚や積み上げた本を蹴散らしながら奥へ進み、令嬢が出た裏口から外へ出た。そのあとにティアラも続く。

 後ろで店主の怒号が響いていた。


 外は薄暗い裏路地。

 表の清潔さとちがい、ゴミゴミとしている。

 その中を令嬢の逃げる白い姿が見えた。

 仮面の男たちの足が早まる。

 裏路地にいる人間たちは、皆素知らぬ顔をして建物の中に入っていく。関わりになりたくないという気持ちがありありだ。

 無人になっていく裏路地を白い令嬢と仮面の男たちの追跡劇が行われる。


 令嬢は角を曲がりながら、なんとか男たちを撒こうとしたが、土地感がない哀しさか、すぐに袋小路に追い込まれてしまった。

 三方を壁に囲まれ、見えるドアは固く閉ざされている。

 令嬢は完全に行き詰まった。

 目の前に三人の仮面の男たちが立ち塞がっている。

 思わず持ってきた本を武器代わりに構えて、令嬢は強気に男たちを睨んだ。


 一人が、手が届くところまで近寄ってきた。

 「だまって、来てもらおう。」

 こもった声が仮面の奥から聞こえた。

 「な、何者です。私をリンデール王国の王女サリーと知っての狼藉ですか?」

 男は何も答えない。

 かわりに右手を伸ばし、サリーの腕を握ろうとした。

 それを持った本で掃う。

 「チッ」という舌打ちが仮面の下から聞こえてきた。

 「かまわん。取り押さえろ。」

 後ろの二人がすばやくサリーの両脇に移動した。そのまま両腕を掴み、サリーを取り押さえた。

 「しばらく、寝てもらおう。」

 サリーの鼻腔に甘い香りが届く。男が出した小瓶から香る匂いだ。

 「それ…は…」

 サリーの意識が急激に遠のく。その手から本が滑り落ちた。


 「よし、連れていけ。」

 仮面の男たちのうちの一人が、サリーを担ぎ上げた時、ティアラがその場に駆け付けた。

 男たちは予期せぬ乱入者に一瞬戸惑ったが、すぐに冷静になり、こうした場合の対処に移ろうとした。つまり、ティアラも攫い、別の場所で始末するという対処である。


 三人のうちの二人が、ティアラを確保すべくすばやく動いた。

 常人では対応できない速度でティアラの両脇に移動すると、ひとりが腕を取ろうとし、もうひとりが首に腕を回そうとした。

 しかし、ティアラの身体はその両者の手をすり抜け、サリーを担ぐ男にあっという間に近づいた。

 目の前にいきなり接近したティアラに、サリーを担いだ男は一瞬、身体を硬直させた。そして、瞬間的に防御の姿勢を取った。


 しかし、ティアラの行動は予想外のものであった。

 男の足元に落ちている本を拾い上げたのだ。

 「よかった。さほど汚れてないし、壊れてもない。」

 安心したような表情を見せるティアラの目に、男たちの姿は映っていない。


 完全に無視している。


 しかし、男たちは無視されたままではいられない。

 目撃者は始末しなければならないのだ。

 

 ひとりが再びティアラを捕らえようと、躍りかかった。

 しかし、掴んだはずの腕の中にはティアラはおらず、自分の後ろをスタスタと歩いていく。

 「闇の搦め手(ダークバインド)

 いまひとりの男の足元から黒い触手が多数伸びてきた。それがティアラの身体に巻き付いていく。

 「いまだ、眠らせろ。」

 その言葉に頷いた男は、懐から小瓶を取り出し、その蓋を取った。そして、その匂いを嗅がせようとティアラに近づく。


 「面倒事は遠慮したいんですけどね。」

 そう言った途端、ティアラの身体は太陽のようにまばゆく輝いた。


 その強烈な光りに男は怯み、小瓶を落とす。

 黒い触手はその光で霧のように消えていく。


 三人の男は一瞬、目が眩んだ。


 その三人の間をティアラの身体が高速で駆け抜けていく。


 光が消え、元の裏路地の景色が広がる中、三人の男は地面に倒れていた。

 ティアラは何事もなかったように立っていたが、その表情は冴えない。

 「面倒事は去りましたけど、別の面倒事が残ったようですね。」

 ティアラの足元には、サリーが意識を失って横たわっていた。


 そのころ、本屋の主人は、衛兵に事情を聞かれていた。

 突然、店の中で起こった騒動。

 令嬢が仮面の男たちに襲われたことを、店の主人が衛兵に知らせたのだ。ついでに本が盗まれたことも。

 そばには、令嬢の御付の青年が黙って主人の話を聞いていた。青年はすぐにでも令嬢を探したいが情報もなく、闇雲に動いてもいい結果は生まれないと判断し、冷静に情報収集に当たっているところだ。


 内心は焦りに焦っている。


 そんなときに、ティアラがサリーをおぶって裏口から入ってきた。

 主人、衛兵、そして青年が驚きの表情でティアラを一斉に見た。特に青年の驚きと喜びは尋常ではなく、すぐにティアラに駆け寄ると、サリーを受け取り、傍らの椅子に座らせた。

 サリーはいまだ気を失ったままだ。

 「あなたが助けてくれたのですか?」

 「いえ、裏路地で隠れていたところを偶然見つけただけです。私の顔を見て安心したのか、そのまま気を失ってしまいました。」

 「それで、仮面の男たちは?」

 「お嬢さんを探して、どこかへ行ったようですよ。」

 面倒事にかかわらないように、苦しい嘘を並べるティアラに、青年は疑念の目を向けていたが、令嬢を助けてくれた恩人に、礼も言ってないことに気付いた青年は、深々と頭を下げた。

 「本当にありがとうございます。このお礼は必ず。」

 「いえ、気にしないでください。」

 「そうはいきません。私がお嬢様に叱られます。失礼ですが、お名前は?」

 「いえ、本当に気にしないでください。わたし、別に用事がありますので、これで失礼します。」


 軽く頭を下げて店を出ようとしたティアラを、店主と衛兵が呼び止めた。

 「お客さん、それ。」

 店主がティアラの手元を指差した。

 ティアラが目線を落とすと、手に本が握られている。

 「あ、いけない。これ、いただきます。おいくらですか?」

 そう言って、ティアラは持っていた本を店主に差し出した。

 「これね。」

 手にした本を見て、店主は訝しげにティアラを見た。

 「お客さん、本当にこれ、買うのかね。」

 その言葉に衛兵とサリーを介護していた青年が、興味深そうにティアラに視線を向けた。その視線に気が付いたティアラは、急いで懐から金貨を出すと、それを店主に握らせた。

 「これで…。おつりはいいです。」

 そう言うが早いか、店主が持っていた本をひったくるように取ると、逃げるように店を出ていった。


 「あ、待ちたまえ。まだ、聞きたいことが…」

 衛兵がティアラの後を追って、店から出ていった。

 残された店主は、手の中にある金貨を見ながらボソッと呟いた。

 「あんな本を欲しがるなんて、いまどきの娘さんは大胆だね。」

 店主の顔にいやらしい笑みが浮かんだ。


 気を失っていたサリーも意識を取り戻した。

 「あ、クリム。ここは?」

 サリーはまだ意識が完全ではないようで、自分のいる場所を確かめようと周りを見渡した。

 「大丈夫ですか?王女様。」

 クリムはサリーにだけ聞こえるように小声で話しかけた。

 「大丈夫みたいね。賊は?」

 「わかりません。」

 クリムが首を振ると、サリーも襲われた状況を思い出そうとした。

 「確か、袋小路に追い詰められ、何かを嗅がされて気を失ったようだけど

でも、どうしてここに。」

 サリーがやっと自分が逃げ込んだ本屋にいることに気付いた。

 「さる女性が助けてくれたようです。」 

 「その方は?」

 「すぐに立ち去りました。名前も告げず。」

 クリムは済まなそうな顔をして、サリーに頭を下げた。

 「過ぎたことはしかたがありません。それより襲ってきた賊です。」

 その言葉に、クリムも厳しい顔つきに変わり、サリーを見た。

 「やはり、シルヴァーナ様の放った追手でしょうか?」

 「たぶんね。」

 そう答えたもののサリーは思案する。

 「王女様、とりあえず宿に帰りますか?」

 「そうね。そうしましょう。グスタフとも合流しないと。」


 サリーが立ち上がろうとすると、クリムが支えようと両手を差し出した。それを手で制し、サリーは気丈な顔つきで立ち上がり、店主の方を見た。

 「店主、お騒がせしました。」

 サリーは店主に向かって丁寧に頭を下げると、店から出ていった。クリムは店主に歩み寄り、懐から布袋を出すと、中から金貨を十枚取り出した。

 「少ないが慰謝料だ。取っておいてくれ。」

 店主に金貨を握らせると、クリムも外へ出て、サリーの傍らに寄り添い、共に歩いて行った。

 店主は今日一日でひと月分の売り上げ以上の収入を得て、にんまりとした。

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