1 かわいい娘には、買い物をさせろ、ということで…
おれの城に朝がきた。
しかも、晴天の朝だ。
気候魔法で昼夜を作り出しているが、そのさい、天候についてはランダムに変わるように警戒装置によって設定されている。
四季の移り変わり、それに合わせて晴れたり、曇ったり、雨や雪、雷、嵐さえ起こるようにしている。
もちろん、おれの希望をいれて天候を変えることはできるのだが、なるべく、手を入れず、警戒装置によるランダム設定にまかせている。
カーテン越しに部屋に差す日差しを心地よく思いながら、おれはベッドから起き上がる。パジャマを脱ぎ捨て、傍らにあるクローゼットからいつものシャツとチノパンを取り出し、さっさと着替える。
どこかの王家や貴族のようにメイドが来て、おれの着替えを用意したり、手伝ったりとかは、ここではない。
五人の娘たちにもそんなことはさせない。
共寝をしたときは別だが…
おれの性格だからと、好き勝手にさせてもらっている。
着替えたおれは、警戒装置にアクセスし、今日の朝食を食べる食堂を尋ねる。
この城には食堂が五つある。ちなみにおれの部屋は七つある。
警戒装置は五つある食堂のうち、西側の食堂を指定した。
その返答に頷いて、おれは長い廊下を西側の食堂へ歩いていく。
廊下の窓のカーテンもすべて開け放たれ、さわやかな陽光が廊下を奥まで照らしている。
廊下の窓から見える中庭の花園には七色の花が咲き乱れている。アリスが手入れしている花園のひとつだ。
そんな光景を微笑ましく眺めながら、おれは長い廊下を歩いて行く。数分ののち、おれの前に目的の食堂の扉が現れた。
扉の前に立つと、扉がひとりでに、横に動く。
目の前に広がるのは、異国の食堂だ。
三方を、動物や鳥が描かれた襖と呼ばれる異世界の壁が部屋を囲み、一方は障子と呼ばれる紙と木でできた扉が開け放たれ、先ほどとは違う庭が広がっていた。
岩と樹木が規則的とも不規則ともいえる配置で置かれ、その間を澄んだ水が流れる小川が走っている。
一段あがった床には、これも異世界の畳と呼ばれる床材が敷き詰められ、そのうえに黒い木でできた足の短いテーブルが乗っている。
一番奥には、床の間と呼ばれる木でできた、少し奥に引っ込んだ部分があり、その正面の壁には掛け軸と呼ばれる絵が掛けてある。
そして正面と両脇にそれぞれ座布団と呼ばれる、これも異世界の敷物が置かれていた。
テーブルの上には、きれいな絵が描かれた皿に盛られた料理が、所狭しと並んでおり、食堂の傍らにはアウローラを先頭に、ローザ、アリス、ティアラ、そしてプリムラが、皆がそろいの(いわゆる旅館で女中さんが着ているような)着物を着て、並んで正座していた。
「おはようございます。ご主人様。」
アウローラが真っ先に挨拶し、それに続いて4人の娘たちが、「パパ」「主様」「マスター」「旦那様」とそれぞれのおれの呼び名を口にして、お辞儀した。
「おはよう」
軽く返答すると、おれは靴を脱いで上がり、当然のように一番奥まった場所、異世界では【上座】と呼ばれる場所に進んで、座った。
それを見て、プリムラが傍らに置いた茶色で円筒形の器の蓋を取った。中から湯気がふわりと上がり、何とも言えない香りが漂ってくる。
瓢箪のような形をした平たい道具で、器の中から白い湯気のたった粒々のものを取り、もう一方の手に持ったやはり鮮やかな模様がついた食器に、その白い粒々を盛り、傍らのティアラに渡した。
ティアラは、その食器をお盆に乗せ、おれのところに持ってくる。
プリムラは同じように食器に次々と白い粒々のもの、異世界では【ごはん】と呼ばれている食品を盛っていった。
それぞれがそれを持って、各々の席につく。
やがて、ひととおり配り終わり、最後にプリムラが席に着くと、待っていたようにアウローラが号令をかけた。
「いただきます。」
「「「「いただきます」」」」
おれも「いただきます」と言うと、さっそく箸と呼ばれる二本の棒をとり、それを器用に使って、ごはんを掬い、口に持っていく。
「うまい」
顔を綻ばせながら、おれは目の前の料理に次々と箸をつけていった。
料理とごはんを交互に食べながら、おれは朝から至福のときを過ごした。
その間に、プリムラに命令されたゴーレムが、【みそ汁】と呼んでいるスープを木の食器に入れて持ってくると、各自の前に置いていった。
「プリムラの料理はやはりうまいな。」
そう褒めながら、おれは出されたみそ汁に舌鼓をうった。それを見ているプリムラは本当にうれしそうな顔をしている。
娘たちの喜ぶ顔が、おれにとっては一番うれしいことだ。
ひととおり料理を平らげ、食後の緑色のお茶を飲んで、満腹感を味わっているとき、ティアラがおれの顔を見て、なにか言いたそうな表情をした。
「どうした、ティアラ?」
「あの、マスター、お願いがあるのですが…」
「なんだ、言ってみなさい。」
おれがプリムラにもう一杯、お茶を頼むと、ティアラがおずおずと口を開いた。
「買いたいものがあるのですが…」
「買いたいもの?なんだい。」
「本です。ほしい本が三冊ほどありまして。」
「ほお、いいよ。買ってきなさい。」
その即答にティアラの顔がパッと明るくなった。
「ねえ、なんの本を買うの?」
ローザが興味津々に聞いてきた。おれも多少、興味がある。
「て、天文に関する本よ。最近、きょ、興味を持って集めているの。」
ティアラにしては、すこし慌てている。めずらしいことだ。
「どこで買うの?」
プリムラがおれの前に茶碗を置きながら尋ねた。
「この前行った世界の大陸に、イースドアという都市があるの。そこへ行くわ。」
「イースドアか。」
その都市名には聞き覚えがある。六つのギルドが集まり、その中から選ばれた十二人の評議員が、最高決定機関として都市運営をしているという。軍隊も存在し、一つの国として独立性も保っているとだれかに教わった気がする。
「交易都市のイースドアね。たしか、港もあるんだったわよね。私もついて行こうかしら。」
プリムラが何気なく言うと、ティアラが少し驚いたような顔をした。
「ついてくるのですか?」
「なに驚いているのよ。そうね。あそこには珍しい食材があるから、興味があるわね。」
プリムラの頭の中に様々な食材が浮かんだ。
「交易都市ってことは、なんでもあるの?」
ローザがプリムラに尋ねる。
「そうよ。およそ、あの世界で存在するあらゆるものが、あの都市で取引されているわね。」
「珍しいアイテムとかもあるの?」
ローザが身を乗り出した。
「もちろん、鍛冶工房もたくさんあるし、交易も盛んだからローザの見たことのないアイテムもあるかも。」
「ええ、行きたーい。」
ローザの目が好奇心たっぷりの子供の目になった。
「みんなで行ってくればいいじゃあないか。」
おれの提案にみんなの目が一斉にこちらを向いた。
「行ってもいいんですか⁉」と、ローザとアリスが同時に叫んだ。
「ああ、泊りがけで買い物三昧もいいんじゃあないか。たまにはおまえたちだけで行くといい。」
「ご主人様は?」
アウローラが尋ねてくる。
「おれは、留守番をするよ。」
「なら、私も残ります。」
と、アウローラが手をあげた。
「だめ、アウローラも一緒に行くの。」
ローザが頬を膨らませて、アウローラの提案を却下した。他の娘たちも同調してくる。
「アウローラ、見え透いてますよ。旦那様と二人っきりになろうとしているのでしょ。」
プリムラも睨む。
「そんな邪な考えじゃあないわよ。その都市に行ったって、私の興味のあるものはないですから。」
「闘技場があるわよ。」
すこしからかうような口調でアリスが発した言葉に、アウローラの眉がピクっと動いた。
「そうですね。闘技場がありますね。」
ティアラが街の様子を思い浮かべるような仕草で、アリスの発言を肯定した。
「それに、飛び入りもOKだったはずよね。」
アリスのダメ押しのような言葉に、アウローラの琴線が大いに震えた。
「まあ、外出するのもひさしぶりだから一緒に行ってもいいわね。」
しぶしぶ同意する様子を見せるアウローラに、アリスがクスっと笑った。それを見て、プリムラがアリスに顔を向けて尋ねた。
「アリスはどこか行くところがあるの?」
「決まっているじゃない。」
アリスが自信たっぷりに胸をはった。
「え、どこ?」
ローザが尋ねると、アリスは意味深な笑みをローザに向ける。それを見て、おれも興味がわく。
「アリスのことだからカジノかなんかでしょ。」
じらそうとしているアリスの思惑をアウローラが簡単に答えた。それを聞いてアリスが頬を膨らませる。
カジノか、アリスらしいな。
そう思いながら皆が羽根を伸ばす姿を思い描く。
「決まりだな。みんなそろって行ってくるといい。ゆっくり遊んでおいで。」
おれの一言で買い物旅行は決まった。




