本筋に入る前に
この世界で一番大きな大陸。【ユーモレイア】
その北の地に魔王アルカイトスの居城がある。
そこは一年の半分以上を吹雪が舞い、灰色の雲が空を覆って日光を遮り、積もった雪はどんな季節でも溶けることのない地。
しかし、その日はめずらしく吹雪は止み、灰色の雲の間から薄日が差す、1年のうち指で数えるほどのおだやかな天候の日であった。その天候の中、アルカイトスの城に向かって飛んでくる一団があった。
皆が黒いフードとローブを羽織り、どのような種族なのかはわからない。
ただ、一団の中の特定の人物を守るように円陣を組み、城に向かってまっすぐ飛んでいる。
やがて、その一団が城の大門の前に降り立った。
「魔王リリアナ様だ。門を開けよ。」
一団のひとりが大声をあげた。
それに答えるように雪と氷がこびりついた大門が、金属と木が擦れ合う大きな音を立てながら、ゆっくりと開いた。
開き切った門を見て、一団は歩いて門をくぐった。
アルカイトスの城の奥まったところ、いわゆる応接間と言われる部屋に一人の青年が大きな椅子に座っていた。
ブロンドの髪を肩まで垂らし、紺色の王族風の服で身を包み、金色のネックレスを首に掛けた青年、魔王アルカイトスがその金色の瞳で見ているのは、右手に持った黒い結晶だ。
アルカイトスは、その結晶を見ては、目を瞑って思案にくれ、また目を開いては、結晶を見つめる。それを3時間ほど続けていた。
そして、また目を瞑って思案しようとしたとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
傍らにいたメイドがドアを少し開ける。
そして、何事か話した後、ドアから離れると、アルカイトスに向かって口を開いた。
「陛下、リリアナ様が参りました。執事が面会の許可を求めておりますが?」
その名前にアルカイトスは軽く首を傾げた。
「リリアナが?」
そして、すこし思案すると、入室の許可を出す。
メイドがドアに向かい、その外にいる者になにか話しかけた後、ドアが大きく開けられた。
そのドアの前に、執事の制服を着た老人とその後ろに若い女性の姿が見えた。
「陛下、リリアナ様です。」
執事が軽く頭を下げた後、その身体をメイドとは反対の方向に移動すると、その後ろに控えていた女性が前に歩いてきた。
腰辺りまである紫の髪を揺らし、身体に密着したやはり紫色のドレスに白い真珠が散りばめられたネックレスを首から下げ、左の二の腕には白金の腕輪、両の手に紫色の手袋をした長身の美女が、アルカイトスの座る場所に歩み寄ってくる。しかし、その美女が人間種でないことは、頭から生える羊のような角、そしてお尻の辺りから蛇のようにうねる尻尾でわかる。
「ごきげんよう、アルカイトス。」
その美女、リリアナがため口でアルカイトスの名を呼ぶと、メイドと執事の目に怒りの炎が点った。
「おまえたち、下がっていろ。」
アルカイトスが命令すると、メイドと執事は頭を下げながら後ろ歩きで部屋から出ていった。
二人きりになったことを確認したリリアナは、アルカイトスの近く、紫水晶でできあがったテーブルに並ぶ椅子の一つに座った。
「相変わらず、殺風景な部屋ね。」
辺りを見廻しながらリリアナは憎まれ口をたたく。それに対してアルカイトスは憤りも反論も見せず、ただ、黙ってリリアナを見つめた。
短い沈黙のあと、おもむろにアルカイトスが口を開いた。
「それで、何の用だ?リリアナ。」
「あら、用がなけりゃ来ちゃいけない。」
無表情のアルカイトスに、甘えたような口調でリリアナは返す。しかし、そんなリリアナの誘惑にもアルカイトスは動じない。
「いろいろと動いているお前に、そんな暇があるのか?」
「あら、あたしのこと気にかけてくれてたの?」
魅惑的な笑みを赤い唇に浮かべ、リリアナが身を乗り出す。
それに対し、アルカイトスの態度は変わらない。どこまでも無表情だ。
その態度に呆れたのか、リリアナは一つ息を吐くと、自分の谷間から黒い結晶を取り出した。
「これに興味があると思ってね。」
「それは…?」
アルカイトスが手にしている黒い結晶と同じものだ。
「どこで手に入れたかは、言わなくてもわかるわよね。」
「ふっ、バキュラか…」
無表情のアルカイトスがはじめて表情を見せた。その笑みはこの地の気候に匹敵するほどの冷たさを持っている。
「この大陸に君臨していた四人の魔王のうち、ふたりが滅したわ。」
「そうだな。」
関心なさそうに返答するアルカイトスに、リリアナは少し苛ついたように唇を歪める。
「すましているけど、これって大問題じゃあないの?魔王が二人もよ。次はわたしたちのうちどちらかかもよ。」
興奮気味に顔を近づけるリリアナを無視するように、黒い結晶を胸ポケットにしまったアルカイトスは、両手を組み、そのうえに顎を乗せて、改めてリリアナの美しい顔を覗き込みながら呟いた。
「それで、だれがやったかはわかっているのか?」
その涼やかな目と口調に少しドギマギしたリリアナは、思わずそっぽを向く。
「勇者や聖女の仕業じゃあないことは、確かね。」
「ほう、なぜ、そう言える?」
「勇者や聖女の動きは逐一、見張ってる。そんな動きはなかった。それはあなただってわかっていることでしょ。」
「まあね。彼らの行動は私の方でも監視している。彼らがバキュラの元に行ったのは、彼が滅したあとのようだ。」
「そのようね。それにいまのあいつらじゃあ、バキュラはともかく、ジンのやつは倒せないわ。」
「それはそうだな。」
そう答えると、アルカイトスは手を叩いた。
その合図に応えるように、ドアが開き、例の執事が姿を現した。
「何を飲む?」
「赤ワイン」
「赤ワインと、私にはフルーツジュースを。」
「畏まりました。」という返答ともに、頭を下げて、執事は下がった。
「で、リリアナはどう思うんだ?」
「どう思うって?」
「この大陸でなにが起こっているのかということさ。」
教師が生徒を試そうとしているような目つきで見るアルカイトスに、リリアナは嘲笑めいた笑顔で返した。
「そんなことわからないわ。ただ…」
「ただ…?」
「私たちの知らない強者が、魔王を殲滅しようとしているとしたら?」
「知らない強者か…」
アルカイトスが思案顔になった。
「それは、人間どもが呼んだか…?それとも天使どもか…?」
「あるいはその両方…」
リリアナの推察に、アルカイトスは少し驚いたような顔をした。
「それはないだろう。人間と天使が手を組むことは。」
「あーら、わからないわよ。魔王打倒という目的で手を組んだかも。」
確かにリリアナの言うことにも一理あるとアルカイトスは思う。
天使と人間が一時的に手を組み、なんらかの強者を作り出して、人間どもと一緒に我らを打倒する。
そして、我らを打倒した後、その強者の矛先は人間どもか。
天使ならそのくらい考えそうだな。
だが、そんな強者を天使と人間で作り出せるか?
ま、どちらにしても、私の計画には支障はないな。
「どうしたの?」
リリアナの言葉に、思案から引き戻されたアルカイトスは、何事もなかったように作り笑いを見せた。そこへ執事がワインとジュースを持ってきた。
リリアナの前にグラスとワインの瓶が置かれる。
アルカイトスの前に置かれたグラスには、オレンジ色の液体が満たされていた。
「いただきます。」
そう言って、リリアナはワインをグラスに並々と注ぎ、水のように飲み干した。
「ぷはぁ、相変わらず、アルカイトスのところのワインはおいしいわ。」
「ありがとう。」
礼を言いながら、アルカイトスもジュースに口をつけた。
「そうそう、そう言えば…」
二杯目を注ごうとした手を止めて、リリアナが、いま思い出した、という風の表情を見せて、アルカイトスに顔をむけた。
「なんだい?」
「その強者って、女みたいよ。」
「おんな……?」
一年ぶりで続きを投稿させていただきます。
なんとか終わりまで書き上げたいと思っていますので、みなさんの応援、よろしくお願いします。




