6 アウローラの誕生日記念の旅行は、うまいこといったと思うけど…
物言わぬ砂山になったトラルスに興味もないティアラは、ゆっくりと降りると崩れた玄関を眺めた。
そこへ、アリスとローザも降りてきて、ティアラと同じように瓦礫の山を見つめる。
「ちょっと壊れちゃったね。」
ローザが目の前の大きな瓦礫を掴むと、小石を拾い上げるように持ち上げ、そのまま後ろに放り投げた。
「ちょっと、あぶないじゃない。」
いきなり放り投げられた瓦礫に驚いた様子を見せたアリスが、ローザに注意した。
それを見て、ローザが軽く舌を出す。
「奥の方は大丈夫でしょうか?」
「玄関だけのように見えるけど。」
三人が瓦礫の前に佇んでいると、遅れてプリムラが到着した。
「おまたせって、どうしたの?これ。」
玄関の崩壊した場面を見て、プリムラが目を丸くした。
「勢いあまって壊れちゃった。」
いたずらが見つかった子供が見せるごまかしの笑いをするローザに、プリムラが目で叱りつけた。
「ともかく、中に入って見ましょうか?」
「そうね。インフィニティ・ダーク(無限の闇)」
プリムラの足元の影が急速に広がる。
その影が瓦礫の下を進んでいくと、そのそばから瓦礫が影の中に沈んでいった。さしたる時間もかからず、瓦礫はきれいさっぱりなくなった。
「さ、行きましょう。」
プリムラを先頭に四人は、城の中に入っていった。
幸い城の中は、玄関ほど被害はなかった。
広大なエントランスホールを進むと、突き当りにまた巨大な扉があった。そこにも二匹の竜が彫られている。その扉を押し開けると、目の前には、エントランスホールの二倍はあろうかという謁見の間があり、正面に黒光りする巨大な玉座が一段高く備え付けられていた。
その前に五匹の有翼竜人が立っていた。
全員が金色の鎧を身に着け、同じ色の籠手と脛当を装備し、手には銀色に輝く三又槍を持っていた。
五匹は四人が入ってくると、間を置かず、四人に向かって駆け出した。
有無を言わせぬ攻撃に四人の防御は間に合わない。
「シャドウ・キャプチャー(真影の捕縛)」
有翼竜人の足元の影から黒い鎖が飛び出し、それが五匹それぞれに絡まった。
五匹の動きが止まる。
その間にティアラ、アリス、ローザが三方に散る。
黒い鎖はすぐにバラバラになって外れた。
「闇魔法の耐性があるのかしら。」
プリムラがつぶやく。
五匹は他の三人には目もくれず、まっすぐプリムラに襲い掛かった。
「モテる女はつらいわね。」
三又槍が上下左右からプリムラを貫かんと繰り出される。
しかし、プリムラはその体型から想像できないような動きで、その槍を悉く躱した。
有翼竜人の顔に驚きが張り付く。
「次はわたしよ。」
プリムラの背中から黒い翼が広がる。
「ブラックレザーウィング(漆黒の鋭翼)」
驚くべきスピードで翼が走る。
それを三又槍で防ごうとした竜人は、槍ごと真っ二つに切断された。
竜人の顔が驚きから恐怖に変わった。
距離を置こうとするが、プリムラはそれをゆるさない。
「可愛がってあげるわよ。」
優しい口調で語りかけながら、黒い翼は竜人を次々と斬り倒していった。
最後の竜人を縦一文字に切断すると、プリムラはかいていない汗をぬぐう仕草をした。
「プリムラ、すごい。」
「さすがですね。プリムラ。」
「最高よ、プリムラ。」
三人がそれぞれ口調で賞賛をあげながら、プリムラの元に寄ってくる。それをプリムラはため息交じりに迎える。
「あなたたち、私にばかり仕事押し付けてない?」
「そんなことないよ。」
アリスが素知らぬ顔をする。
「さ、パパとアウローラのためにさっさとやっちゃおう。」
プリムラの苦言をスルーするように、ローザが自分のポシェットから人形をいくつか取り出す。
「そうですね。早いところやってしまいましょう。待ってください。いま、源泉を探しますから。」
ティアラもローザに同調して、玉座の方へ歩いて行く。
その様子を見て、プリムラは更にため息をついた。
「まったくもう。」
そう言いながら少し笑みも浮かべる。
「インフィニティ・ダーク(無限の闇)」
黒い影がプリムラを中心に広がり、倒れている竜人たちを、床を汚している血や臓物ともども吸い込んでいった。
「みんな、旦那様を迎える準備をしましょう。」
プリムラの仕切りに他の三人が元気よく返事をした。
皆が頑張っている頃、おれとアウローラは別荘でゆっくりくつろいでいた。
「ご主人様、アーン」
アウローラがプリムラお手製のビスケットをおれの口へ持ってくる。
「アーン」
おれも子供の用に口開けてそれを食べる。
そのとき、念話の呼び出しが鳴った。
「パパ、できたよ。」
ローザの元気いっぱいの声に、驚いたおれは、ビスケットを喉に詰まらせた。
「うぐ、うぐぐっ」
「大丈夫ですか?ご主人様。」
驚いたアウローラが背中を軽く叩く。
そのおかげで、無事ビスケットが喉を通ると、アウローラが紅茶を差し出す。
おれは、それが熱いのも忘れて、水のように一口飲む。
「アチチ!」
「まあ、すみません。」
アウローラは、サイドテーブルにある水差しから水をグラスに注ぎ、俺の元に持ってきた。
差し出された水をおれは、うまそうに飲み干す。
「はあ~、ありがとう。アウローラ」
グラスを返すと、おれは改めてローザからの念話を聞いた。
「パパ、なにかあったの?」
心配そうに語りかけるローザの声に、苦笑いを浮かべるおれは、
「なんでもない」
と答える。
「で、なにができたって。」
「温泉の準備よ。突貫で浴室を作って、更衣室を作って、温泉も引いたからアウローラといっしょに来てくれる?」
「わかった。ご苦労様。」
「えへへ。待ってるよ。」
念話が切れると、おれはアウローラに向き直った。
「温泉の準備ができたそうだ。」
「そうですか。」
アウローラはうれしさ半分、名残惜しさ半分の表情を見せる。二人っきりの時間が気に入っていたようだ。
「すぐ行くか?」
「はい。準備はとうにできてます。」
「よし、せっかくだ。温泉まで道行きといこう。」
「はい♡」
おれが腕を差し出すと、アウローラがその腕に自分の腕を絡ませる。そのままベランダに出ると、おれはローザたちがいる方向を確認した。
「移送」
おれとアウローラの身体がふわりと浮いた。そして、なにかに引っ張られるように大空へと飛んでいった。
おれとアウローラの身体は、音速を超えるスピードで大空を飛んでいく。俺の腕にしっかりと自分の腕を絡ませてるアウローラは、おれの肩に頭を寄せて、緩んだ笑みを浮かべている。
おれは鼻の下が伸びないように、しっかりと口元を結び、どこかのヒーローのような顔つきを保った。
目的の城には数分で到着し、城の前の広場におれとアウローラは音もなく着地した。城からはさっそくローザが駆け出してきた。
「パパ、いらっしゃい。待ってたよ。」
ローザはすぐに俺の元に来ると、アウローラが絡めていたおれの腕をひっぱり、城の方へ案内しようとした。
アウローラは二人きりの道行が終了したことに、不満げな表情を見せ、少し不貞腐れたような態度で、その場に佇んだ。
アウローラがついてこないことに気付いたおれは、後ろを振り向き、手を差し伸べた。
「アウローラ、なにしている。主賓のお前がいなくちゃ、なんにもならないだろう。」
差し伸べられた手を見て、アウローラの態度が一変。
さきほどまでの不貞腐れた態度はどこかへ行き、幸せ感満タンという表情でおれの手に縋りついてきた。
「ご主人さまぁぁぁぁ──♡」
おれの右腕に両手を搦めて、濡れた目でおれを見つめてくる。気恥ずかしさで照れ笑いをするおれをローザが引っ張った。
「早く」
おれとアウローラは、共だって城の中に入っていった。
城の玄関だったところは、破壊された後もすっかりなくなり、豪華な入り口に変わっていた。扉はクリスタル製の回転ドア。扉の両脇には屈強な裸の巨人の彫像が立っている。
たしか、この世界ではない別の世界の東に位置する島国に、こんな二体の彫像があると聞いたことがある。
「あれは、ローザが作ったのか?」
「うん、けっこうイケてるでしょ。」
自慢げの笑顔を向けるローザに、おれはなにも言えなかった。
ただ、となりのアウローラはけっこう喰いついている。
「ささ、入って。入って。」
ローザが先頭に立って回転ドアを押す。
思ったより軽く回るドアにちょっと驚きながらおれも回転ドアを手で押して中に入る。
エントランスホールはかなり巨大だ。
東洋系の紋様が入った柱が左右に六本づつ並んでいる。床一面は大理石で敷き詰められており、その中央をワインレッドの絨毯がまっすぐ伸びている。
伸びた先には二つの扉がある。
二つとも格子作りの長方形の扉で、その前に暖簾と呼ばれる茶色の布が垂れ下がっている。そこには白字で「男湯」、「女湯」と書かれてあった。
「ローザの温泉にようこそ。」
格子作りの扉の前に立ったローザが扉を指し示すと、二つの扉は独りでに、左右に開いた。
その扉の後ろにいたのは、ティエラとアリスだ。
「パパは男湯。アウローラは女湯。」
ローザに押されるようにおれたちは、扉の向こうに入る。
中は予想通りにかなり広い。
全面白いタイル張り。天井には魔法の灯と回転する羽根。床は植物で織られた敷物で全面覆われ、右手には洗面台と鏡が並び、左にはゆったりとした椅子や簡単なベッド。体重を測る機械もある。
大きな窓が左手全面を占拠し、やわらかな光が差し込んでいた。
中央に衣服をいれるロッカーがいくつも並んでいるが、正直言ってひとりで使うには持て余す広さと数だ。
「さ、マスター、衣服をお脱ぎください。」
ティアラが目の前でタオル片手に待っている。
おれは、七番と書かれたロッカーを開けると、衣服を脱ぎ、その中に放り込み、扉を閉めた。誰もいないから鍵を閉める必要もない。
タオルを受け取ったおれは、一番奥の摺りガラス製の扉を押し開き、浴室に入った。
浴室もやはり広い。
城の浴室にも引けを取らない。
右手にはシャワーとカランが並び、左手には大小三つほどの浴槽がある。そのどれも源泉かけ流しであり、浴槽からお湯が溢れ出て、その湯気が広い浴室に充満している。
「ご主人様。」
後ろから声をかけられ、おれはドキッとする。
振り返ると、アウローラが裸体にタオルを当てた格好で立っている。
ほとんど隠し切れていない。
「アウローラ、どうして?」
「ここは混浴なんです。」
恥ずかしそうに答えるアウローラに、おれは思わず下半身をタオルで隠す。
「そ、そうか…」
(入り口だけ別々か…)
昨日の続きのような、恥ずかしくも喜ばしい気分に、おれの顔はすでに上気している。アウローラも同じなのか顔がピンク色に染まっていた。
「一緒に入るか?」
おずおずと尋ねるおれに、アウローラは、いままで見せたことのないような恥ずかし気な顔を向けて、頷いた。
昨日以上に可愛らしい。
高鳴る心臓を押さえながらおれは手を差し出す。
アウローラがその手を取る。
そして、ふたりで一番奥の浴槽に行く。
それはもっとも大きく、自然の岩盤を利用したような浴槽で、浴槽の片側に羽根の生えた獅子がいかつい顔で立っており、その口からは豊富な湯が流れ落ちていた。
浴槽の天井部分は無く、青い空が覗いていた。
いわゆる露天風呂だ。
おれは、アウローラを木製の風呂椅子に座らせると、片側にあるシャワーを手に取り、蛇口をひねってお湯を出した。
細かいお湯の糸が噴き出し、それをアウローラの背中にかける。
アウローラの白い肌にお湯が流れ、それを自分の手でさすっていく。一通りかけた後、今度はおれがシャワーを浴びた。
全体をかけ流した後、おれは露天風呂のほうに身体を向けた。すでにアウローラが風呂の縁に立っている。
「さ、はいろう。」
その言葉にアウローラは黙って頷く。
二人そろって、湯船に足を着けると、程よい熱さが足から下半身に広がる。そのままゆっくりと湯船に全身をつけると、おれは大きく息を吐いた。
これで、“極楽、極楽”といえばまさしく【おっさん】だ。
「アウローラ、ようやく温泉に入れたな。」
「はい、ご主人様、アウローラはうれしゅうございます。」
普段みせない緩んだ笑顔を見せて、アウローラはおれにすり寄ってきた。
肩に頭を乗せ、悦に浸る。
おれもアウローラの背に手を回した。
まさしく、至福の時。
そのとき、
「湯加減はどう?」
という、聞きなれた声が浴室に響き渡った。
びっくりして、その声の方向に顔を向けると、そこにはアリスとティアラが水着姿で立っていた。
「なんだ、おまえたち。」
おれが真っ赤な顔のまま、思わず怒鳴った。
「なんだはないでしょ。せっかくだから背中でも流してあげようと思ってきたのよ。」
「よ、余計なお世話よ。」
アウローラも顔を真っ赤にして叫んだ。
「照れない、照れない。さ、上がって上って。このアリス様がじっくりとボディケアをしてあげるから。」
「おれは遠慮しておくよ。」
そう言っておれは、湯船から上がろうとした。
その前にティアラが立ちはだかる。
「マスター、今日はお疲れでしょうからマッサージなどして差し上げましょう。」
「心遣いはうれしいが、ティアラ、気持ちだけ受け取っておくよ。」
「遠慮しないで。」
おれの手をティアラが引っ張る。
アウローラの方はアリスが浴室から先ほどの更衣室へ連れていくところだ。
「今日は、ともかくゆっくり、くつろいで、リフレッシュしてもらいますからね。」
おれとアウローラは簡易ベッドに寝かされ、さっそくマッサージがはじまった。
正直、──── 気持ちいい。
隣でもアウローラがアリスのマッサージで恍惚な表情を浮かべている。
おれもティアラのマッサージで極楽気分だ。
「ここが済んだらプリムラがご馳走を作って待ってますよ。」
その言葉におれの胃袋はおおいに刺激をうけた。
アウローラも同様なのか、口元が緩んでいる。
「アウローラ、幸せかい?」
「はい、ご主人様」
とびっきりの笑顔だ。
おれは満足感でいっぱいになった。
そんな幸せなひと時は、突然やぶられた。




