4 温泉旅行を再開しようとしたら、別の邪魔者が…
おれは支配人を避難小屋に送り届けると、状況を確認した。
「鳳凰の止まり木亭」はすでに全壊の様子。とても宿泊を続けることはできまい。街も黒竜どもの襲撃で相当の被害を受けているようだ。あちこちで火災が起き、夜空を不気味に照らしている。
ただ、黒竜の姿が見えなくなっていた。
原因はわかっているが。
おれは、宿屋に泊まることをあきらめ、とりあえず落ち着く場所の確保を模索した。
やはり、別荘を持ってくるしかないか。
そう結論したおれは、念話でローザを呼んだ。
『はいはーい』
ローザの元気いっぱいの声が頭に響き渡る。
「ローザか?至急、別荘を持ってきてくれないか?」
『別荘を?なにかあったの?パパ』
「ちょっとしたトラブルで宿屋に泊まれなくなった。野宿もいやだから別荘を持ってきてくれないか?」
『かしこまり!』
「場所はわかるか?」
『ティアラに聞くから大丈夫。』
「じゃあ、たのむ。あと、プリムラに食事のほうも頼むと言ってくれ。」
『は~い』
ローザの元気な返事とともに念話は切れた。
「これで今夜の宿泊は大丈夫と。あとは、アウローラだな。どこへいったか?」
ここは城の中ではないので、警戒装置は使えない。
「自分の足で探すか?」
おれは、街の方へ向かって歩き出した。
そのころ、アウローラは俺を探して、空を飛んでいた。
夜闇に紛れているため、アウローラの姿は下にいる者には見えない。
アウローラは、自分の視力を最大限に生かして、街の中を探し回った。
「ご主人様、大丈夫かしら。ああ、私ったら黒竜相手に夢中になって、ご主人様を忘れるなんて。」
街の中を見渡していた時、アウローラの頭に念話が届いた。
『アウローラ、おれはここだ。』
「あ、ご主人様。」
おれの声にアウローラは安堵し、その声の出所を探した。
『ここだ、ここだ。』
大通りの真ん中で手を振っているおれに気が付いたアウローラは、そこへ向かって降り始めた。
『アウローラ、目立たないように裏路地に降りろ。』
その言葉に、アウローラは建物と建物の間にある狭い路地に向かって降りていった。
灯りもなにもない裏路地は、真っ暗で何も見えない。しかし、アウローラにはそんな暗闇はないも等しい。
ごみごみした裏路地に降り立ったアウローラは、俺の姿を求めて周りを見廻した。
「アウローラ」
おれの声にアウローラは敏感に反応する。
「ご主人様!」
おれの姿を見止めたアウローラは、いきなり抱きついてきた。
「ご無事でなによりです。」
首に腕を回し、俺の胸に顔を埋めながら甘えたような声を出す。
「おれは大丈夫だ。アウローラは、ケガはないか?」
当然の大丈夫なことをおれはあえて聞いた。
「大丈夫です。でも怖かったです。」
アウローラはおれの胸の中で震える仕草をした。
怖いわけないのに。
「とにかく、宿屋はダメになったんで、ローザに別荘を持ってくるように言った。」
その言葉にアウローラは顔を上げた。
「ローザを呼んだのですか?」
明らかに不満げだ。
「もちろんだ。お前の衣服も取り換えなくてならないし、風呂にも入らないといけないだろう。それに腹も減った。」
それを聞いて、アウローラのお腹が突如、鳴った。
その現象に顔を赤くしたアウローラは、おれから離れ、後ろを向いた。
「仕方ないですね。」
渋々の同意がアウローラの口からこぼれた。
同じ頃、おれから念話を受け取ったローザは、ルンルン気分で出かける用意をしていた。そこへアリスがやってきた。
「ローザ、でかけるの?」
「そ、パパに呼ばれていくところ。」
「主様に?」
アリスは怪訝な顔をした。
(確か、主様はアウローラと温泉旅行に行っているはず。)
「ねぇ、ローザ。主様に呼ばれたってどういうこと?」
「パパがね、別荘を持ってきてって。」
「別荘?」
アリスの六感に触れるものがあった。
(なにかあったわね。)
アリスの好奇心がむくむくと膨れ上がる。
「ねぇねぇ、私も一緒に行ってもいいかな?」
「う~ん、いいのかな。特にダメとか言ってなかったし。」
「そう、じゃあ、待ってて。着替えてくる。」
そう言い残して、アリスは自分の部屋へ転移していった。
それを見送ってローザは、
「さて、プリムラのところへ行かなきゃ。」
そう呟きながらプリムラの調理室へ転移していった。
おれとアウローラはエンホーデンの街から離れ、馬車が転移してきたところへやってきた。
持ってきた荷物も馬車も、御者のゴーレムさえも被害を受け、おれたちは着の身着のままでここへやってきたわけだ。
「すまないな。アウローラ。せっかくの誕生日に。」
「ご主人様のせいではありませんわ。すべて、あの竜がいけないのです。」
アウローラは、憤懣やるかたない様子で、こぶしを握りしめた。
そこらに当たり散らさないかとハラハラしているところへ、ローザがタイミングよく転移してきた。
ところがその後ろに、プリムラ、アリス、そしてティアラもいる。
「パパ、おまたせ。」
「なんで、お前たちもいるんだ。」
おれは、他の三人が同伴しているのに、少なからず驚いた。
「旦那様とアウローラにおいしいお食事を差し上げるには、私がこないと。」と、プリムラ。
「私はアウローラのお世話。」と、アリス。
「私はマスターに温泉地を紹介した以上、最後まで責任を持ちませんと。」と、ティアラ。
なんだかんだ言って、おれたちの様子を見に来ただけだろう。
やじうまが。
「パパ、さっそく別荘を建てるね。」
そう言って、ローザは肩に掛けたポシェットから、おもちゃの建物を取り出し、それを宵闇に沈む草原の向こうに放り投げる。
建物はたちまち大きくなり、白亜の豪邸に変わった。
「さ、旦那様、入りましょう。」
プリムラを先頭に、おれたちは別荘に入っていった。
別荘に入った俺たちは、すぐにバラバラになった。
プリムラは調理室に行って料理の準備を。
ティアラは風呂の準備を。
アリスはアウローラの着替えを手伝い、ローザはおれの着替えの手伝いをするため後ろをついてきた。
「ローザ、着替えぐらい自分でできるよ。」
「いいの。温泉旅行の続きをするんだから、ちゃんとした服に着替えないと。」
「温泉旅行の続き?終わりじゃあないのか。」
「そんなこと言っちゃ、アウローラがかわいそうじゃない。予定通り明日まで温泉旅行しないと。」
「そんなものか。」
「そんなものよ。」
そんな会話をしながら俺とローザは、部屋に入り、着替えの準備をはじめた。
「パパ、先にお風呂に入ってきて。その間に服の用意するから。」
汚れた服を脱ぎ、バスローブ姿になったおれは、別荘にいくつかある浴場のなかで一番大きい浴場へ向かった。
ちなみに各部屋はバスルームと空間的につながっている。だから、廊下を移動することなく、バスルームにはすぐ行ける。
脱衣所に着いた俺の前には、ティアラが白いバスタオルを持って待っていた。
「どうぞ、ローブをお脱ぎください。」
いわれるまま、おれはバスローブを脱ぐ。
あまり自慢できない裸体をティアラにさらして、そのままバスルームの扉をあける。
中は湯気でいっぱいだ。
湯船もかなり大きく、10人は楽に入れる。
おれは片側にあるシャワーの蛇口をひねる。シャワー口から程よい温度の温水が降り注ぐ。それを浴びながらおれは、なにげなく風呂場の反対側をみた。
そこにも別の入り口がある。
その扉が開いた。
向こうから入ってきたのは、やはり裸体のアウローラだ。
見事なスタイルのアウローラの姿に、何度も見ているはずのおれの心臓が高鳴った。
何度見てもほれぼれとする姿だ。
「アウローラも風呂か?」
おれを見つけたアウローラは、はずかしそうに胸を隠し、ゆっくりと近づいてきた。
「はい、ご主人様、着替える前にお風呂にはいるようにと言われて。」
「おれもだ。一緒に入るか?」
「ちょっとお待ちください。軽く体を洗います。」
そう言って、アウローラもシャワーを浴びて、身体を軽く流した。
それを横目におれは、広い湯船の身を浸した。
足を伸ばし、肩まで浸かっていると、シャワーを浴びたアウローラがゆっくりと湯船に足を入れ、一旦、首まで身体を沈めると、そのままおれのそばへ近寄ってきた。
「アウローラ、今日は大変だったな。」
「そうですね。でも、こうしてご主人様と二人っきりでくつろげました。」
「温泉に入りたかったのだろ?」
「それは、そうですが、ご主人様が私のために温泉に連れてきてくれたことがうれしいのです。」
そう言って、アウローラは俺の肩に頭を乗せてきた。
城では二人で風呂に入ることはよくあるが、場所が違うと新鮮な気持ちになる。おれもそっとアウローラの肩に手をおいた。そのとき、
「パパ、アウローラ、食事の用意ができたよ!」
天真爛漫の笑顔でローザが、扉を勢いよく開けて入ってきた。
おれとアウローラは、驚き、すぐに身体を離した。
「ローザ、いきなり入ってこないで。」
アウローラが恥ずかし気に、そして邪魔された怒りに顔を真っ赤にして文句を言った。
「プリムラが早くしないと冷めるからって。」
ローザは少し口を尖らせて、バスルームから出ていった。
おれとアウローラは、同時に深いため息をついて、湯船からあがり、それぞれが入ってきた出入り口から脱衣所に出た。
おれの方には、ティアラが黙って待っていた。
脱衣所から部屋に戻ったおれは、ローザの選んだ服に着替え、部屋から食堂へと移動した。
食堂は、あの宿屋のレストランにも引けを取らない、いやそれ以上の豪勢な作りで、十人は座れるかというテーブルを中央にして、その両脇には凝った装飾の椅子が並べられ、テーブルの上には真っ白なシーツが、更にその上には金色に輝く燭台が5台ほどおかれて、それぞれに白い蝋燭が立っていた。
天井のシャンデリアから魔法の灯が輝き、食堂の隅々まで明るい。
おれやアウローラ、そしてプリムラを除く女性陣が席に着いた。
食堂のドアが開き、料理を乗せたワゴンをゴーレムたちが押してくる。どのゴーレムもウェイターの格好をしており、その白い手袋をはめた手で料理を盛った皿をテーブルのうえに次々と置いていく。
料理を置いたそばからゴーレムは退出していき、最後にプリムラが登場すると、器用な手つきで、湯気立つ料理を大皿から各自の皿に盛りつけていく。
「さ、冷めないうちに召しあがってください。旦那様。」
今日は異世界の東の国の料理、いわゆる中華料理が中心だ。
「さあ、食べよう。」
おれの一声にみなが料理を口に運んでいく。
しばらくは、食事と歓談の時間が続き、プリムラが特製の杏仁豆腐をテーブルに並べたところで、話題は温泉旅行のことになった。
「ねえ、これからどうするの?」
ローザが無邪気にアウローラに聞いた。
「邪魔が入ったからこのままおしまいね。」
アウローラの顔には、いかにも残念無念の色がありありと浮かんでいた。それを見ると、おれの胸がキュンとしまる。
「せっかく来たんだ。温泉くらい入ったらどうだ?」
おれが提案すると、アウローラは哀しそうに首を横に振る。
「温泉地があの有様ですから、無理だと思います。」
「ローザ、この別荘に温泉は引けないのか?」
「難しいかも。魔法で温泉をくみ上げることはできるけど、それは源泉のうえにいないと無理みたい。街はあのとおりだし、この辺には源泉はないし。残念だけど。」
ローザがほんとうに残念そうな顔をして、杏仁豆腐を口に運んだ。
一時の沈黙がテーブルの上に落ちてきた。
おれは考え込んだが、すぐにはいい案が浮かばない。
こんなときは、ひとまず休んで、頭をリセットしたほうがいい。そう思ったおれは、
「今日はひとまず休もう。」
と、提案し、皆も賛成した。
そうと決まって、おれとアウローラは、主賓専用の寝室へ下がる。
プリムラはゴーレムたちと後片付け、アリス、ローザ、ティアラはアウローラの邪魔をしないように、別の寝室に引き上げていった。
寝室に入ったおれたちは、それそれ、パジャマとネグリジェに着替え、キングサイズのベッドに一緒に入った。
すぐにアウローラは寄り添ってきたが、いつもと違う緊張と活劇のおかげか、すぐに寝息を立て始めた。
おれは部屋の灯を消し、闇の中で天井を見つめていた。
思案しているのは、なんとかアウローラに温泉を楽しんでもらえないかということ。
確かに、街の中にこの別荘を持っていくのは、余計な混乱や揉め事を引き起こしかねない。アウローラにはだれにも邪魔されず、ゆっくりと温泉に浸かってもらいたいのだ。
「これはすぐには眠れないな。」
といいながら三十秒後にはおれは寝息をたてていた。
次の日の朝。
ベッドから起きると、アウローラはすでに起きて、ベッドの傍らに立っておれに笑顔を送っていた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
軽く伸びをして、おれはベッドから起き上がり、アウローラに手伝ってもらい普段着に着替えた。
そのまま、連れ立って食堂に行くと、すでにプリムラ、ティアラ、アリス、ローザが控えている。
「みんな、おはよう。」
「「「「おはようございます」」」」
四人の元気な返事を聞き、それぞれの顔を見廻したとき、俺の頭に閃くものがあった。
「そうだ、源泉をここまで引けないなら、源泉のある所にここをもっていけばいいじゃあないか。」
「そうか。この別荘は持ち運べるし、源泉の上に置けば、温泉を浴室に引くのは造作もないよね。」
ローザがいの一番に同意した。
他の四人も納得したようにうなずく。
「ティアラ、この辺りで源泉が湧いているところはないか?できるだけ、人気がないところがいいな。」
「探してみます。」
おれに言われて、ティアラが虚空を見つめた。
その目が碧から紅に変わる。
おれをはじめに、皆の視線がティアラに集まる。
数十秒の沈黙のあと、ティアラの目が碧にもどった。
「見つかりました。」
「そうか。」
おれと他の四人に安堵と喜びの表情が浮かんだが、ティアラは少し、こまったような顔を見せた。
「どうした?」
「見つかったことは見つかったのですが…」
「いい温泉じゃあないのか?」
「いえ、マスターにおすすめした美人の湯が出る源泉なのですが…」
なお、いいじゃあないか。
おれの期待度がアップした。
「ただ、場所がちょっと…」
ティアラの歯切れが悪い。
「人間の街でもあるの?」
「いえ、人間じゃあないわ。」
プリムラの問いかけに、ティアラは首を横にふった。
「魔竜と思わる者が住んでる建物の下にあります。」
「「「「「えっ?」」」」」
皆が小さく驚きの声を同時にあげた。




