3 温泉旅行を邪魔されたアウローラの怒りの矛先は…
「アウローラ、そんなところに立ってないで、俺とくるんだ!」
しかし、怒りに燃えるアウローラに俺の声は届かない。
「誅殺だ!」
そう叫ぶと、アウローラは自分のスカートを半分以上引きちぎり、白い足を顕わにすると、赤いハイヒールを脱ぎ捨て、割れた窓から外へ飛び出していった。
「……いってしまった……」
無力感に落ちた俺に支配人が声をかけた。
「お客様、早く避難してください。」
見るとレストランには俺と支配人以外だれもいない。
「あ、ああ」
アウローラを気にしながらおれは、支配人の後についていった。
外に飛び出したアウローラは、大通りをわき目も振らずに駆けた。
大通りの真ん中には、黒竜の巨体が見える。
彼女に気が付かないのか、建物を破壊しては、その瓦礫を逃げ惑う人々に投げつけている。
「黒竜、あの世で後悔しろ!」
アウローラが別空間の箱から刃渡り2メートルほどの長刀を取り出した。
愛刀の朝霧丸だ。
黒竜がアウローラに気が付くのと、朝霧丸が横に一閃するのがほぼ同時だった。
黒竜はなにが起こったか、知る間もなく、その首と胴体を切り離される。空中を一回転した首は、そばの建物に頭頂部から突っ込み、それに少し遅れて胴体が大通りに地響きをたてて倒れた。
粉塵が舞い上がる中、アウローラは朝霧丸を軽く振り、別空間の箱に戻そうとした。そのとき、耳をつんざく咆哮が辺りに轟いた。
アウローラがその方向に目を向けると、空に先ほどと同じ黒竜が3匹、こちらに向かって飛んでくる。
「まだ、いたのか。」
アウローラの目が残忍に光った。
戻そうとした朝霧丸を肩に担ぐと、アウローラの背中から羽根が現れた。その羽根がひとはばたきすると、アウローラの身体が猛スピードで上空に飛び上がった。
3匹の黒竜が飛び上がってくるアウローラに向かっていく。
それぞれの口が開き、灼熱の息吹が次々とアウローラに向かって放射された。
それを難なく躱したアウローラは3匹の間近に急接近する。
黒竜の鋭い爪がアウローラを引き裂こうする。
そのとき、朝霧丸が一閃した。
途端に黒竜の指が飛散する。
激痛の叫びがあがる。
「指が切られたくらいで、大層な声をあげるんじゃあないよ。」
怯む黒竜を肩から斜めに袈裟懸けに斬る。
絶叫をあげて落ちる黒竜を尻目に、後ろから襲い掛かる黒竜の首に朝霧丸が突き刺さり、後頭部に切っ先が突き出る。
今度は声も上げられず、黒竜は落ちていった。
残った黒竜は本能的に恐怖を感じたのか、逃げようと向きを変える。
「自分だけ逃げようなんてさびしいことしないで、仲間と一緒になかよく地獄へ行きな。」
朝霧丸が縦に一閃する。
黒竜の動きが止まる。
慣性で進む黒竜の身体が、真ん中から左右に分かれ、そのまま地面へと落ちていった。
3匹の黒竜を余裕で切り捨てたアウローラは、冷めた目で地面に転がる黒竜の亡骸を確認すると、自分の戻るべき場所へ戻ろうとした。
アウローラが黒竜と戦っているとき、おれは支配人に連れられて宿屋の外へ避難していた。
「こちらに避難小屋があります。急いでください。」
支配人に先導されておれは、急いで避難小屋に向かった。
「もうすぐで……」
おれの方を向いた支配人の言葉が急に途切れた。
その目が恐怖で大きく見開かれている。
その視線の先が気になったおれは、その方向に顔を向けた。
向けた先に、宿屋の屋根の上に乘ってこちらを睨んでいる黒竜がいた。
「ひ、ひぇ~」
素っ頓狂な叫びをあげた支配人は、その場にへたり込んだ。
黒竜の目は明らかに俺たちを狙っている。
その証拠に黒竜の口が開き始めた。
灼熱の息吹を放つつもりか。
「早く逃げろ!」
と言って、振り返った先で、支配人が気絶して横たわっていた。
「こんなときに」
もう一度、黒竜の方に顔を向ける。
黒竜が口を大きく開けている。
「まずい。」
灼熱の息吹が放たれる。
咄嗟に俺の口から言葉がこぼれる。
目の前で放たれた灼熱の息吹が、こぼれたおれの言葉とともに切り取られたように消えた。
その現象に黒竜が戸惑ったような顔をする。そして、今一度、灼熱の息吹を放つため、口を大きく開けた。
今まさに灼熱の息吹を放とうとしたその口の中に、先ほど消えた灼熱の息吹が突然出現した。
灼熱の息吹と灼熱の息吹がぶつかり、黒竜の口の中で爆炎が広がった。超高熱の炎は黒竜の頭を内部から焼き尽くし、あっという間に黒焦げにして、四散していった。
頭を失くした黒竜は棒のように仰向けに倒れ、その衝撃で俺達の泊っていた宿屋は押しつぶされてしまった。
「ああ、せっかくの宿屋が…」
もったいなさそうな顔をしながら、おれは倒れている支配人を抱きかかえ、避難小屋に運んでいった。
そのころ、俺の元へ戻ろうと、街の上空を飛んでいたアウローラは、今までとは違う、巨大な魔気を感じ、思わず後ろを振り返った。
視線の先に全身が青白く輝くひときわ大きい竜が、エンホーデンの上空にホバリング状態で浮かんでいた。
その後ろに5匹の黒竜を従えている。
「人間どもよ。我が名はゼネリュウス。魔王ジン様の4支柱のひとり。」
ラジオが壊れたようなダミ声が街中を響き渡る。
街中の人間がその姿とダミ声に釘付けとなった。
「汝らに命ずる。これよりこの地は魔王ジン様の支配下となる。そこに存するすべての種族は魔王ジン様の隷属となる。抵抗は許さぬ。この命、絶対なり。」
ゼネリュウスは、その緑に輝く眼で街並みを一睨みした。
人々が恐怖に慄くのを感じ取りながら。
そのとき、街に倒れている黒竜の姿を目にし、ゼネリュウスは不快の息を吐いた。そして、続けて恐ろしいほどの咆哮を街に向けて放った。
「抵抗はゆるさぬと言ったはずだ。抵抗すれば絶望が待っているだけだぞ。」
威嚇の声をあげたとき、自分に近づいてくる人間があることにゼネリュウスは気づいた。
羽根の生えた女だ。
真っ赤なドレスに長刀を担ぎ、漆黒の髪を靡かせて、かなりのスピードで自分に近づいてくる。いままで見たこともない種族だ。
「だれだ⁉おまえは!」
再び、ラジオの壊れたようなダミ声で、アウローラに向かって叫んだ。しかし、アウローラはその声を無視し、すぐ目の前まで迫ってくる。
変な威圧感といやな予感を感じたゼネリュウスは、その女の排除を即断した。
口を大きく開け、その奥から強力な吐息。
真に冷たき吐息を吐いた。
青白い吐息がまっすぐアウローラに向かって走る。
空気中の水分が氷結していく。
「ふん」
アウローラが一息吸い込んだ。
迫るゼネリュウスの吐息に向かって、一気に息を吐く。
アウローラの息吹に真に冷たき吐息が四散し、逆流した。
「うお‼」
ゼネリュウスとその後ろにいた黒竜にその吐息が吹き付けた。
一瞬で凍り付く。
ゼネリュウスは身体を振って、氷を振るい落とすが、黒竜5匹は完全に凍り付き、凍死状態で地面に落ちていった。
それを見てアウローラが笑う。
「さすがに親方は丈夫のようね。」
「おのれ!」
ゼネリュウスの長い尻尾がアウローラを掃う。しかし、まともに受けたアウローラの腕に弾かれる。
「!」
ゼネリュウスに驚きの表情が浮かぶ。
それは驚異と警戒となり、全力でアウローラを倒そうという決意になった。
尻尾と太い足、そして凶暴な牙を使い、アウローラに攻撃を仕掛けたが、アウローラはそれを余裕で躱し、弾き、そして態勢の崩した所で、ゼネリュウスの腹部に拳を叩きこんだ。
「ぐあ!」
ゼネリュウスが生きてきた中で、味わったことのない激痛に思わずあげた叫びが、ゼネリュウスを恥辱と怒りで満杯にした。
「おのれ、おんな‼」
ゼネリュウスの目が紅く染まり、再び真に冷たき吐息をアウローラに向かって放った。
今度は以前の倍する威力だ。
しかし、アウローラは平然としている。
持っている朝霧丸を回転させると、真に冷たき吐息に向かって突進していった。
吐息がアウローラを飲み込もうとする。
それを回転する朝霧丸が蹴散らしていく。
その様子にゼネリュウスは驚愕した。
「なんだ!なんなんだ‼」
初めて覚える恐怖に混乱しながらゼネリュウスは、アウローラを噛み砕こうと口を大きく開けたが、その寸前、朝霧丸がゼネリュウスの頭を水平に両断した。
ゼネリュウスの頭の上半分が宙を舞う。
迸る血潮が自らの吐息で瞬間的に凍結した。
アウローラは朝霧丸を別空間の箱にしまうと、ゼネリュウスに興味を見せず、そのまま背を向け、飛び去っていった。
その後ろでは、ゼネリュウスの巨体が地面に落ちた地響きで、辺りを揺らしていた。




