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からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人(つま)たち  作者: 甲陽晟
エピソード2 温泉旅行と魔竜退治
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1 アウローラの誕生日に温泉旅行なんてどうだろ…

 おれは今、もやもやしている。

 それは、見覚えのある芸能人の名前が、中々出てこない苛立ちと焦りにも似た感覚だ。

 確かになにかある、なにか重要なことを忘れている。

 おれは、そんな堂々巡りをしながら、ベッドの中で右に左に寝返りを打ち続けた。

 そんな気持ちになったのも、一昨日のアウローラの一言だ。


 その日は、アウローラがおれと共寝ともねをする日だった。

 おれの寝室で気持ちいいことをして、二人とも満足のまどろみに入った時、アウローラがおれの耳元で囁いた。


 『ご主人様、楽しみにしてますね♡』


 唐突に言われた一言。

 こんなことをベッドの中で言われて、気にならないほうがおかしい。

 アウローラがおれに何かを期待している。

 アウローラにとって重要なこと、おれになにかをしてもらいたいこと。

 翌日、寝室の中でひとり、おれは頭から湯気が出るほど考えを巡らせた。

 「なんなんだ?なんなんだ?なんなんだ?」

 おれは、枕を締め上げながら考え、布団を跳ね上げては考え、起きて、ベッドの周りをこれでもかと回って考えた。


 「まてよ。なんか特別な日でもあるのか?」


 電光のように閃いたおれは、別空間の箱(サブスペースボックス)の中の個人金庫プライベートセーフを取り出した。これは、俺以外には開けられない、まさしく俺のためだけの金庫だ。

 鍵の部分に指を当て、口の中でパスワードを唱える。

 「アブラ・カタブラ・ゴマヒラケ」

 カチンと言う音ともに金庫の蓋が開いた。

 中には一冊の分厚い手帳が入っている。

 だれにも、もちろん彼女たちにも見せることのない、『秘密の手帳』だ。

 それを取り出し、アウローラのページを開く。

 中にはアウローラのことがびっしりと書かれている。

 いわく、アウローラの本名、【アウローラ・ダウネー】

 種族【竜王(ドラゴンロード)

 二つ名【暴力のアウローラ】

 職業【おれの秘書】

 そして、生月日。

 もちろん、そのあとにもいろいろと項目が続いているが、おれが着目したのは、この一点だ。


 誕生日 8月1日。


 そうだ。

 アウローラの誕生日。

 今が7月の下旬だからあと一週間だ。

 

 まずい。アウローラが期待している。忘れてましたなんて言えない。そんなことを言えば、怒り狂う。いや怒るだけならいい。もし、泣きでもして、口もきいてくれなくなったら、おれは暗黒空間の奥底に落ち込んでしまう。


 非常事態だ‼


 おれは考えた。

 それこそ、頭が煮えたぎるくらい考えた。

 花とか小物でごまかすか。

 いやいや、鼻で笑われてしまう。

 うまいものを食べさせる。

 プリムラという天下無敵の料理人がいて、うまいものなんて見つけられない。

 かと言って言葉だけというと……、冷たい目で見られて、針のむしろに座らさられる。


 目の前に詰みという二文字がちらついた時、ふと、以前出かけたピクニックのことを思い出した。

 そうだ。あのとき、アウローラは『二人っきりデート光線』を出していたではないか。今度の誕生日におれと二人っきりのデートというのは。

 うん、いいぞ。

 泊りがけの旅行というのもいいな。

 旅行と言えば、温泉だな。

 うん、そうだ。アウローラと温泉旅行。

 アウローラもきっと気に入るはずだ。

 そこではたと気が付いた。

 でも、どこへいくんだ?

 温泉と言ってもおれには、どこに温泉があるのかも知らない。

 そこで、また深く思い悩んだおれの脳裏に、ひとりの女性が浮かんだ。

 ティアラ。

 そうだ、ティアラに相談しよう。

 ティアラは、俺を含めてみんなの中でもっとも知識が豊富だ。しかも、【暴観】という二つ名のとおり、ティアラは世界のあらゆる場所を見通している。

 ティアラならいい温泉地を知っているだろう。

 そう思い定めたおれは、図書室へと向かった。


 この城の図書室は、室とは名乗っているが、四千万を超える蔵書を誇る巨大図書館だ。その種類と質の高さは、どんな国の大図書館にも引けは取らない。

 そんな図書室を一手に管理しているのが、ティアラだ。

 ティアラは、この図書室のどこに、どんな書籍があり、その内容から関連本まで図書室のありとあらゆることに熟知している。

 まさに図書室の主であり、彼女にとってここは絶対聖域なのだ。

 そんな場所におれはやってきた。

 ちなみに、おれは城の中で転移魔法は使わない。運動も兼ねて足で移動する。(ときどき自転車を使うこともあるが)

 「ティアラ、いるか!」

 やってきてそうそう大声で叫ぶ。

 その声に、図書室の神聖な静寂が破られ、ティアラが急いでおれの元に飛んで来た。

 「マスター、図書室での大声は厳禁です。」

 ティアラがめずらしく頬を膨らませて、怒った表情でおれを睨んだ。

 怒ったティアラもきれいだ。

 「ごめん、ティアラ。急いでたもんでな。」

 おれが恐縮そうな態度をとると、ティアラは慌てたように(ひざまず)いた。

 「いえ、わたしこそ無礼な態度をとりました。申し訳ございません。」

 「いや、いいんだ。急いでたので、つい大声をあげてしまった。すまん。」

 おれの謝罪にティアラはかわいい笑顔で答えてくれた。

 「それで、どのような御用でしょうか?」

 「それが…、どこかおすすめの温泉を知ってたら教えてくれないか?」

 意外な願いに、ティアラは目をパチクリさせた。

 「温泉ですか?」

 「そう、アウローラの誕生日に温泉にでも連れて行ってやろうかと思ってな。ティアラならいいところを知っていると思ってきたんだ。」

 アウローラと一緒という言葉に、ちょっと嫉妬心を見せたティアラであったが、おれの懇願は無下にするわけにはいかない、というようなため息をつきながら、別空間の箱(サブスペースボックス)から一冊のファイルを取り出し、それをめくり始めた。

 「温泉ですか?泉質とか名物とかご希望はありますか?」

 「そうだな。特に思いつかないが、女性が喜びそうなところがいいな。」

 漠然としたおれの希望に沿うように、ティアラが一生懸命考えながらページをめくっていると、あるページで指が停まった。

 「ここがいいかもしれませんね。」

 「どこだね?」

 おれはティアラの示したファイルのページを覗き込んだ。

 それは、この間、ピクニックに行った世界にある温泉地だった。

 「ここか」

 「ここは、大陸の南西部にある火山地帯に位置する温泉で、七つの違った泉質を持つ温泉があり、その中のひとつはお肌にとってもよく、別名、美人の湯と言われています。」

 「美人の湯ね。」

 おれは、ティアラの説明を聞きながら、ここならアウローラも喜ぶだろうと思った。

 アウローラの笑顔が目に浮かぶ。

 それを傍らで見ているティアラは、羨ましそうな顔をする。

 「ティアラ、ありがとう。さっそく、アウローラに言ってくるよ。」

 「これ、場所のメモです。」

 ティアラが書いたメモを受け取り、俺はすぐさま図書室から出ていった。

 それを見送るティアラは、二度目のため息をついた。

 「ふう、アウローラが羨ましいですね。私も誕生日にマスターにどこかへ連れて行ってもらいましょうか。」

 ティアラは、自分の誕生日を指折り数えた。


 図書室を後にしたおれは、アウローラを探して警戒装置セキュリティ検索サーチをさせた。

 すぐに警戒装置セキュリティからの返答が返ってくる。

 アウローラは執務室で掃除をしている。

 執務室といっても別におれは仕事をしているわけではない。おれの勉強や趣味のための部屋だ。

 おれは、長く続く廊下を執務室に向かって駆け出した。

 ここでもおれは転移を使わない。

 駆けて数十分、目の前に木製の豪勢なドアが見えてきた。やっと執務室に着いたと駆けるのやめ、歩き出す。日頃の鍛錬の成果で息切れもしていない。

 ドアの前に立って服装を正す。

 自分の部屋なのにノックをする。

 なかから「どうぞ」の声が聞こえてきた。

 アウローラがいるな。

 すこし緊張しながらドアを開けると、いつもの秘書姿、今日は黒のストライプのジャケットに同じ色のパンツ、それに白のエプロンをかけているアウローラが、手に羽根のはたきを持って、こちらにすばらしい笑顔を向けて立っていた。

 「ご主人様、どうなさいました?」

 小首を傾げて微笑みを見せるアウローラは、超一級の美女だ。

 「いや、ちょっとアウローラに用事があってな。」

 「なんでしょう?」

 期待感満点の目を向ける。

 おれの心臓が高鳴る。何度やってもこういうシチュエーションは慣れない。

 言葉が喉で絡まるのを、おれは空ゼキで押し出す。

 「アウローラ、誕生日がもうすぐだよな。」

 「は、はい。」

 アウローラの目が一層輝く。

 「どうだ、誕生日におれとどこかへ出かけるか?……えっと、ふたりきりで…」

 最後の言葉にアウローラが敏感に反応した。

 「ふたりっきり…で、…ですか?」

 「そう、お、温泉でもどうだ?ま、一泊二日程度だけど……いっしょに…」

 おれの心拍数が最高潮に高まる。

 からっぽやみのおれが、気合を入れて紡いだ言葉だ。

 おれは、上目使いにアウローラの様子を伺った。

 アウローラは頬を紅潮させ、羽根のはたきを猛烈に握りしめて、肩を震わせている。

 なんか反応がこわい。

 「よろこんで‼よろこんで、お受けいたします‼」

 今にも抱きつこうするアウローラを、おれは手で制し、肝心なことを告げた。

 「場所はここにしようと思う。」

 そう言って、おれはティアラのメモを渡した。アウローラはそれを凝視した後、歓喜で今にも爆発しそうな表情を見せながら、

 「はい、かしこまりました。すぐに旅の用意をいたします。」

 そう言うが早いか、「失礼します」の挨拶もそこそこに、執務室から飛び出していった。

 一人残されたおれは、なんとなく気の抜けた感覚に襲われ、かなり大きな革張りの椅子に座り込んだ。


 アウローラは、廊下に出ると、転移魔法を使って自分の部屋に移動した。

 「ご主人様と温泉♪ ご主人様と温泉♪ ご主人様と温泉♪」

 アウローラはルンルン気分で旅支度を始めた。

 クローゼットを開け放し、中から洋服を片っ端から取り出した。しかし、出て来る物はいずれも秘書風のスーツ類ばかり。色もシックなものばかりだ。

 「こまったわ。いいのがない。」

 秘書を自任するアウローラは、それにふさわしい服しか誂えてない。愛しの人とデートに着ていくような服がないのだ。

 アウローラは困った。

 どうしたらいいか悩んだ。

 アウローラはベージュ基調の自分の寝室の中で、同じところをぐるぐる回り続けた。

 

 そんなとき、ドアを叩く音がした。

 「はい?」

 「アウローラ、ちょっといい?」

 ドアの向こうにいるのは、プリムラだ。

 アウローラの頭に閃くものがあった。

 「どうぞ。どうぞ。」

 ドアを開けたプリムラは、アウローラの部屋の異様な状態に驚いた。

 「アウローラ、どうしたの?」

 部屋中に服が散乱している。

 整理、清潔好きのプリムラには、耐えられない光景だ。

 「プリムラ、いいところに来た。助けて。」

 「助けてって。一体何があったの?」

 アウローラが助けを求めるなど、めったにないことだ。それだけの異常事態が発生したと考えていい。

 そう思ったプリムラは心配そうな顔でアウローラのもとへ駆け寄った。

 「アウローラ、落ち着くのよ。心配しないで、私がついている。」

 そう言って、アウローラの両手を握るプリムラに、感謝と安堵の目を向けてアウローラが口を開いた。

 「ご主人様と出かける服がないの。どうしたらいい?プリムラ。」

 その言葉に一瞬、プリムラの思考が停止した。

 そして、すぐに思考が廻り始めると、プリムラは改めてアウローラに尋ねた。

 「いま、なんて言った?」

 「だから、ご主人様と一緒に温泉に行くのよ。それに着ていく服がないのよ。助けて、プリムラ。」

 「服がない?」

 「そう、クローゼットの中を引っ掻き回したんだけど、いいのがないのよ。」

 泣きそうな顔で助けを求めるアウローラを見て、プリムラは安堵と同時に怒りを感じた。

 「もう、助けって言ったから、どんな一大事が起こったかと心配したじゃない。」

 「一大事よ。ご主人様とのデートは。」

 「は~…」

 思わず深いため息が出る。

 「旦那様とデートすることになったの。それで、着ていく服がないって泣いてたわけ。」

 「そう、私の誕生日にご主人様が温泉に連れてってくれるというのよ。」

 「誕生日ね。」

 明かな嫉妬の色を見せるプリムラに、アウローラはその意を感じ、いつもの冷静な態度にもどった。

 「プリムラ、これはあなたや他のにもチャンスなのよ。」

 「どういうこと?」

 アウローラの言っていることがピンとこないプリムラは、小首を傾げてアウローラに尋ねた。

 「いい、私が誕生日の記念に温泉旅行へ行くということは、みんなの誕生日にもなにかしなくてならなくなるということよ。」

 「え?」

 プリムラはまだ意味を解してない。

 「ご主人様は、ああみえてきっちりしている。私だけ誕生日祝いをするということはないわ。」

 プリムラはようやくアウローラが言わんとすることを理解した。

 「そうか!私たちがおねだりすれば、旦那様の性格からいって無下にするわけがない。私たちの誕生日にも何かしてくれる。」

 「そういうこと。いままで私たちの誕生日をスルーしてきたけど、今度からはそうはいかなくなるってこと。少なくても今回はね。」

 アウローラが小悪魔のような笑みを浮かべると、プリムラも同調するように邪な笑みを浮かべた。

 「アウローラの次に誕生日というと、私じゃあない。」

 プリムラの顔が歓喜に彩られた。

 「だからね。服をお願いよ。」

 そこのつながりが意味不明だけど、プリムラは長年の友の願いを聞くことにした。

 「そうね。私も服のことはよくわからないから、アリスに聞いてみましょう。」

 「アリスか。大丈夫かな?」

 「少なくても私たちより殿方を魅了する服装は知っているわ。」

 プリムラの進言に頷いたアウローラの手を取ったプリムラは、共にアリスのいる植物園に転移していった。


 そんな話になっているとは梅雨知らず、おれは執務室で革張り椅子に身を委ねて、惰眠をむさぼっていた。


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