27 からっぽやみ魔王 護衛を依頼される
少女と父親は抱き合い、無事を確かめ合っている。
「どこもけがはないか?クレア」
「ええ、あの方に助けられたの。」
そう言って、クレアはアウローラを指差す。
それを見て父親と呼ばれた男はアウローラに歩み寄った。
「ありがとうございます。申し遅れました。私はチャリオで商会を営んでますグレーブルと申します。」
「アウローラと申します。無事で本当によかったですね。」
頭を下げて感謝を示すグレーブルに、アウローラは素直に少女の災難を労った。
「ぜひ、屋敷まで来ていただけませんか?お礼も差し上げたいですし。」
「お礼などとんでもない。」
アウローラは固く固辞するが、相手はなかなか引き下がらない。アウローラが助けを求めるようにおれを見るから、おれは素直に受けなさいと目で合図する。
「わかりました。そこまで言ってくださるのでしたらお招きを受けましょう。」
「おお、ありがとうございます。」
グレーブルは喜びの笑顔を顔いっぱいに広げて、感謝の言葉を繰り返した。
「それで私の主人と仲間もいっしょに同行してもかまいませんか?」
「アウローラ様のお仲間でしたらかまいませんとも。」
こうしておれたちはグレーブルの屋敷に招待されることになった。
グレーブルの屋敷はチャリオの街のなかでも閑静な住宅地区に建っており、建ち並ぶ屋敷郡の中でもひときわ立派な建物である。
玄関から広いエントランスを通り抜けて、おれたちは応接間に案内された。
見るからに高そうな家具や絵画が並び、ソファは埋まるような柔らかさだ。多少緊張しながら待っていると、メイドがお茶を運んできた。
「どうぞ。」
三人の前に並べられたお茶は、良い香りを漂わせている。
さっそくプリムラが口をつけた。
「ふむ、良いお茶ですね。」
メイドに向かってにっこりと笑いかけると、メイドも我が事のように喜びの表情を見せて退出していった。
それと入れ替わるようにグレーブルとクレアが、別のメイドを伴って入ってきた。
二人とも来客用の衣服と思われるような豪奢なものに着替えてきている。
「お待たせしてすみません。」
そう言いながら二人揃っておれたちの真向かいに立った。
「このたびは娘を助けていただき、誠にありがとうございました。」
そして、揃って頭を下げるので、おれたちも思わず立ち上がり、合わせるように頭を下げた。
「さっ、お座りください。」
グレーブルに勧められ、ソファに座り直したおれたちを見て、二人もソファに座った。
「あなた方がいなかったらクレアがどうなっていたかと思うと、ゾッとします。」
グレーブルは、クレアを金輪際離さないという風に、その小さな手を握った。
「一体どうして攫われたのですか?」
おれの質問にグレーブルは頭を振った。
「わかりません。たぶん金目当てだったのでしょう。」
「脅迫状とか来ていたんですか?」
これはアウローラの質問。
「いえ、それはありませんでした。たぶん、アジトに着いてから送るつもりだったのでしょう。」
グレーブルは暗い顔で推察を口にした。
「その途中で熊に出くわしてやられたか。」
「幸運というか、不運というか。」
そう口にしてプリムラは慌てて口を抑え、小さく詫びをした。
「いえ、幸運なのは確かです。あなた達に出会えたわけですから。」
グレーブルはおれたちの顔を見回し、本当に幸運を喜んでいる。
「そういえば、まだあなた方のお名前をお聞きしておりませんでしたな。」
グレーブルがおれの顔を直視しながら尋ねた。
「テヴェリス・オールドムーヴと申します。」
「プリムラと申します。」
おれとプリムラはそろって頭を下げた。
「テヴェリス殿とプリムラ殿。してなにをなさっておられるのですか?」
率直に尋ねるグレーブルにおれが少し躊躇していると、横からアウローラが口を開いた。
「わたしたちは冒険者です。」
「ほお、冒険者?それでどちらへ行かれるのですか?」
「勝手気ままにあちこちですよ。まあ、路銀が寂しくなってきたからこの街にやってきたというわけでしてね。」
おれは適当なことを言って、この場を切り抜けようとした。
「では、しばらくはこの街に滞在されるのですね。」
「まあ、そうですね。」
なんかいやな予感がする。
「でしたらこの屋敷で滞在いたしませんか?」
「へっ?」
おれは珍妙な疑問符を発して、あわてて口を押えた。
「失礼しました。それはどういうことですか?」
おれの質問にグレーブルはにっこりと笑った。
「言葉通りですよ。娘を助けていただいた恩人をこのまま帰すわけにはいきません。」
「いや、そんなお気遣いは無用に願いたい。」
おれはなんとか穏便に断ろうとするが、グレーブルは引き下がらない。
「このまま帰してしまっては、このグレーブルの名折れですし、なにより娘がアウローラ殿を気に入りまして、どうしても一緒にいたいと申しますので。」
娘を出汁に使うとは卑怯だな。
「アウローラ姉さま。どうかしばらくこの屋敷にとどまってくださいませんか?」
クレアが潤んだ目でアウローラを見つめる。
どうやらクレアはアウローラの強さと優しさにあこがれを抱いたようだ。
「こまりましたね。」
アウローラがおれの顔に視線を送る。
ここまで熱心に勧誘されると、おれの心も揺れ動く。
ただ、おれたちはお尋ね者だからな。この家に迷惑がかかる恐れもある。
「実は娘を助けていただいた礼だけではないのです。」
グレーブルの顔を険しくなった。
「と、申しますと?」
「娘の護衛もお願いしたいのです。」
ほらきた。嫌な予感が当たった。
「護衛ですか?しかし、誘拐犯はみな死んだのでは?」
たしかにクレア以外、あの場に生き残った者はいなかったはずだ。
「おっしゃる通り誘拐を実行した輩はみなサーベルベアにやられました。しかし、黒幕が生きていると思うのですよ。」
「ほお、その根拠は?」
「あの誘拐は家の事情をよく知っている者の仕業だと思うのです。」
グレーブルの言葉には確信めいたものがある。
「つまり内部に黒幕、もしくはそれと通じている者がいると?」
「おっしゃる通りです。」
グレーブルは身を乗り出し、クレアは恐ろし気に自分の父の発言を聞いていた。それを見ておれはアウローラに言葉をかける。
「お嬢さんが怖がっているようです。アウローラ、お嬢さんを部屋まで連れて行ってあげなさい。」
そう言うと、アウローラは軽く頷き、その場から立ち上がり、クレアの元に歩み寄った。
「お嬢さん、お部屋でお話でもしましょう。」
「はい」
クレアはうれしそうな顔をして素直についていく。
「アンナ、部屋まで案内してくれるか?」
グレーブルが扉の前に立つメイドに命じると、アンナと呼ばれたメイドがドアを開け、ふたりを案内すべくついていった。
「お気遣い痛み入ります。」
グレーブルが頭を下げるのを手で制したおれは、話の続きを促した。
「娘が外出することは、その日に決まったことです。決して予定があったわけではありません。」
「すると娘さんの行動を監視していた者が実行犯に連絡したか、命令したかということですか?」
「そうなりますね。」
グレーブルは難しい顔つきをする。
「屋敷の者で行方を晦ました者はおりますか?」
プリムラの質問にグレーブルは首を振った。
「おりません。」
「最近、雇った者は?」
おれからの質問にもグレーブルは同じように首を振った。
「皆、長い間務めている者ばかりです。」
その返答におれは考え込んだ。
屋敷の者は長年勤めた者ばかり。行方を晦ました者もいない。すると外から監視していたということか?
あるいは魅了されて、命令通り動く人形になっているという線もあるな。
おれがあれこれ推理していると、グレーブルがおずおずと話しかけてきた。
「どうでしょう?護衛を引き受けてくださいませんか?」
「この状況でわたしたちを信用してもいいんですか?」
プリムラがもっともな質問をする。
「サーベルベアに襲われたのは、たぶん予想外の出来事だったのでしょう。それを助けくださり、娘を保護してくださった。誘拐犯の一味とは思えません。逆にその力、能力を高く買っているのですよ。」
自信満々に返答する。
そう言われれば悪い気はしない。
しかし、面倒事はさけたい。
おれが悩んでいると、プリムラがおれに向かって
「旦那様、引き受けましょう。」
と、提案してきた。
「えっ、プリムラ、いいのか?」
「ここまで頼りにされているのです。旦那様のお力を見せる絶好の機会です。」
いや、力なんか見せなくてもいいんだが。
おれが思い悩んでいることを知ってか知らずか、プリムラは意気込み高くおれを見つめ、グレーブルは期待を満タンにして、これまたおれを見つめる。
二人の圧に負け、おれはグレーブルの申し出を受け入れた。
「おお、ありがとうございます。さっそく部屋を用意させましょう。使用人は好きにお使いくださって結構です。」
そう言い残すと、グレーブルは意気揚々と部屋を出ていった。
残ったのは、深いため息をつくおれと、鼻息荒いプリムラだ。
「楽しくなってきましたね。旦那様。どんな輩が出てくるのか?」
「プリムラよ。おれが面倒事がきらいなのは知っているだろう。」
「しかし、困った人を見過ごせないのも旦那様ですよ。」
その指摘におれは二の句が継げない。
「引き受けてしまったのはしかたがないが、しかし、おれたちは仮にもお尋ね者だろう。この家に迷惑が掛からないかな?」
「そのときはそのときですよ。」
プリムラは楽観的に言う。
この500年で性格変わったか?
そんなことを思いながら話していると、執事らしき初老の男がやってきて、部屋の準備が整った旨を教えてくれた。
おれたちは執事の案内で準備された部屋に向かう。
通された部屋は来客用なんだろうが、かなり豪勢な造りの部屋だ。
リビングと寝室が別になっており、トイレ、浴場もついている。さらに寝室にはベッドが四つもあった。
「ひゃあ、これまた豪勢だな。」
おれは田舎者丸出しの様子で部屋を見回した。
「お食事の用意が整いましたら、お知らせいたします。それまではごゆっくりお過ごしください。」
慇懃な態度で頭を下げる執事は、音もなく部屋から出て行った。
「こりゃ、護衛のほうはがんばらんといかんな。」
おれは高級とわかるソファに身を沈める。
「そうですね。プリムラも微力ながらお手伝いいたします。」
そう言いながらプリムラはおれの横に座り、しなだれてきた。そして、甘い息をおれの耳あたりに吹きかけてくる。
「今宵はゆっくり楽しみましょうね。」
息だけでなく、声まで甘くしてプリムラはその豊満な肉体を擦り寄せてくる。
二人の間に甘い雰囲気が漂ってきたとき、突然、ドアが開いた。
「あっ、プリムラ、ずるい!」
と、そこに立っていたのは、アウローラだ。
「早いもの勝ちよ。アウローラ。」
プリムラがおれの腕を強く抱きしめると、アウローラもおれの隣に座り、腕を強く抱きしめる。
「昨日は譲ってあげたんだから、今夜は私の番よ。」
「アウローラはいままで旦那様にたっぷり可愛がってもらったんでしょう。私もいっぱい旦那様に可愛がってもらたいもん。」
「ぜんぜん足りないもん。もっともっとご主人様と楽しみたいもん。」
「私もだもん。」
おれを挟んで睨み合い。一歩も引く様子はない。
もんもんって、子供か?
「あ〜、そんなに腕を引っ張ったら抜けちゃうよ。」
おれの悲鳴に両者は驚いたように手を離した。
「すみません。ご主人様。」
「痛くなかったですか?旦那様。」
心配そうにおれを見つめる両者の頭を撫でると、おれはニッコリ笑う。
「ふたりとも喧嘩しないで。今日は一緒に寝よ。」
おれの提案にふたりは目を見開き、頬を紅潮させて縋り付いてきた。
今夜、寝れるかな。
そんな不安を抱いていると、ドアをノックする音がする。
「どうぞ。」
おれが返答すると、ドアが静かに開き、先程の執事が顔を見せた。
「お食事の用意ができました。食堂まで御出でください。」
「あ、ありがとうございます。」
邪魔が入ったおかげで、その場は一旦お開きになり、おれたち三人は執事の案内で食堂へ向かった。
食堂も高級レストランを思わせるような立派な場所で、長いテーブルに純白のシーツ、銀色に輝く燭台と蠟燭、天井にはクリスタルで作られたシャンデリアが輝き、その光を受け、豪勢な料理が次から次へと運ばれてきた。
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください。」
主人であるグレーブルの勧めでおれたちは料理に口をつけた。
味も一級品だ。
プリムラの料理で舌が肥えているおれでも唸らされる味の良さ。隣に座るプリムラもその味付けに少なからず感心した様子で、真剣な表情で料理を口に運んでいる。
アウローラは豪快に料理を次から次へと頬張り、その合間にワインを喉に流し込んでいる。
「いかがですかな?料理のほうは?」
「いやぁ、おいしいですよ。」
心配そうに尋ねるグレーブルに、おれの中では精一杯の誉め言葉を口にした。
「おほめいただき恐縮です。」
グレーブルが我が事のように喜びと安堵の表情を表した。その隣にいるクレアもアウローラがおいしそうに食べてくれることに喜びを感じている。
口から出まかせを交えた他愛のない話で場が和む中、食事は進み、最後のデザートを食べ終わったところで晩餐は終了ということになり、おれたちは部屋に引き上げようとした。
そのとき、クレアがモジモジしながら小さく言葉を紡いだ。
「あの、アウローラお姉さま、私の部屋に来ていただけませんか?」
上目遣いにアウローラを見るクレアの目には、いっしょに寝てほしいという願望がありありと見て取れる。
「そうね。今日からでも護衛するためにもアウローラは、クレア嬢と一緒の部屋で過ごしたほうがいいわね。」
クレアの願望を察したプリムラが、いきなり提案をしてきた。それに驚いたアウローラはプリムラを睨む。
「だ、だめですか?」
恥ずかし気に懇願するクレアを見て、アウローラも無下に断れない。
「え、だ・め・じゃあないけど……」
と、困った顔でおれを見る。
今夜、おれと一緒に寝るという約束が果たせなくなる。しかも、プリムラが一人残っておれを独占しようとしていることは明らかだ。
「プリムラ…」
「ふふ、お嬢さんを一人にするなんてそんな物騒なことしないわよね。アウローラ。」
まんまとアウローラを他所にやり、おれを独り占めにできると思ったプリムラは悪い笑顔を見せている。




